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シキ  作者: 現野翔子
碧の章

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〔琥珀の君〕

 私が皇国に来てもう四か月。先月はマリアが攫われたりした大変だったけど、大きな怪我もなく済んで本当に良かった。

 学園生活にも随分慣れた。最初はマリアと離れて過ごすのがほんの少しだけ不安だったけど、毎週会えるし、友達もできたし、今はもう大丈夫。


「おはよう、ラウラ。」

「おはよー。」


 彼女は藤木ふじき美華みか。二学期から編入してきた私を特に気にかけてくれた女生徒だ。伯爵家のお嬢様だけど、高慢なところはない。光陽学園は全ての者に開かれる、となっているから、そんなことをしてはいけないのだとか。する人もいるけどね。


「ねえ、ラウラ、聞いた?」

「何を?」


 基本的には親切で良い人だけど、多くの令嬢令息の例に漏れず、彼女も噂好きだ。よく何かしらの噂話を仕入れてくる。


「〔赦しの聖女〕と〔琥珀の君〕のハ・ナ・シ!」

「〔琥珀の君〕?何それ。」


 〔赦しの聖女〕は当然、マリアのこと。知らないはずはない、私の姉だ。だけど、もう一人は何だ。


「〔聖女〕様の妹だから、本人から何か聞いてないかと思ったんだけど。その様子だと聞いてなさそうね。」

「うん、ごめんね。ねえ、その〔琥珀の君〕って何?」

「〔琥珀の君〕は〔聖女〕様の特別な人という話よ。好きな人だって。もう婚約しているという噂まであるのよ。それは嘘だろうけれど。」


 マリアが婚約?婚約って結婚の約束よね。結婚したら、私といてくれなくなってしまう。そんなの、聞いてない。


「何でも〔聖女〕様が誘拐された当日、〔琥珀色の時間〕でお茶をして、仲良くなったという話なの。その時〔聖女〕様は幸せそうに笑っていたらしいわ。いつも優しく微笑んでいらっしゃるけれど、周りを安心させるような微笑みではなく、自分が幸せで笑っているように見えた、と。」


 私といる時だって、笑ってくれている。あれはきっと作り笑いなんかじゃない。私のために笑ってくれているわけじゃなくて、自分から笑ってくれている。でも、幸せな笑みだったかと言われると自信がなくなるのも確かだ。微笑みや安堵の笑みはよく見るけど。


「何より、それ以降、毎週〔琥珀色の時間〕に通っていらっしゃるとか。それも、〔琥珀の君〕とゆっくりお話しできる、人の少ない時間を選んで。ね、気になるでしょう?」


 土曜日の朝、毎回出かけるようになったのはそのせいなの?私としばらく話すと、少し出かけてくるわ、って行ってしまうのは。その時以外は一緒に行こう、だったのに。


「ラウラ、聞いてるの?」

「聞いてるよ。今週帰ったらマリアに聞いてみるね。」

「ええ、楽しみにしているわ。」


 聞いて、そうだと言われたらどうしよう。〔琥珀の君〕が大切なの、ラウラより、って。私といるより〔琥珀の君〕といたいの、って。


「おはよう、ラウラ。どうしたんだ?変な顔してるけど。」


 失礼なことを言って割り込んで来たのは有栖ありす秋人あきひと。こいつも一応、美華みたいに気にかけてくれている。侯爵家のお坊ちゃんだけど、美華とは違う意味で貴族のイメージを崩してくれる。


「お前の短い足ならそろそろ行かないと、遅刻するんじゃねえの。」

「短い足じゃない!身長に見合った長さではあるから!」


 これでも剣術や銃術の成績では上位一割に入っているし、互いの実力を競い合っている。剣術だけなら敵わないけど、何でもありのルールなら何度も勝っている。




 私の通う光陽学園は初等部、中等部・高等部、研究部と分かれている。そのうち、中等部と高等部は共通の建物で勉学に励んでいる。

 私は今、十六歳。十月で十六歳になった。大陸基準ではもう大人だ。皇国ではまだだけど。高等部は主に十五歳から十八歳の人が通っていて、私は高等部の一年生だ。皇国に来る途中で出会ったエリスは研究部で、学内でたびたび会っている。

 ここで新しいことを学び、マリアにも教えられるように毎日寮でノートにまとめている。マリアもまだ、この国について勉強中だから。

 月曜日から金曜日が学校で、土曜日と日曜日がお休み。だから金曜日の放課後、オルランド様の屋敷に帰って、日曜日の午後、寮に戻るという生活を送っていた。



 いつもなら待ち遠しい金曜日。それが今回ばかりは少し怖い。マリアに聞かなくてはならないことがあるから。


「お帰り、ラウラ。今週はどうだったの?」

「楽しかったよ、色々教えてもらったの。」


 金曜日はマリアも皇国の施設で勉強して帰って来るため、ゆっくり話せるのは夕食の後。ここでノートにまとめたことの一部を共有したり、マリアからも話を聞いたりする。

 だけど、今日はなかなか口を開けない。


「ラウラ、今日は聞かせてくれないの?」

「先にマリアの話を聞かせて。」


 そう誤魔化して、時間を稼ぐ。マリアが学んでくるのは主に、リージョン教に関すること。皇国をはじめ周辺の国々でリージョン教がどのように扱われているのか、一般の人々からどのようなものだと捉えられているのか、などだ。他の宗教のことを学んでくることもある。


「……さあ、次はラウラの番よ。」

「うん、あのね、でも、今日は勉強のことじゃなくて、聞きたいことがあるの。」

「なあに?」


 いつもの優しい微笑み。私が良く知るマリアの表情だ。

 マリアからは〔琥珀の君〕の話を一度として聞いていない。それどころか、一人で街を散策した時の話自体、あまり聞いていない。今日までは攫われたから話したくないことになっているのかと思っていたけれど、もしかすると他の理由があったのかもしれない。

 答えは怖い。だけど、ここまできて質問を引っ込めたりもできない。私は躊躇しつつも問いを発した。


「マリアはさ、〔琥珀の君〕って知ってる?」

「ええ、もちろん。こんなに色んな人に知られると思わなかったわ。」


 少し頬を桃色に染めて、いつもと違う笑い方をするマリア。


「どんな人なの?」

「そうね……。素敵な人、よ。」

「それだけじゃ分からないでしょ!」

「ふふ、そうよね。じゃあ、こうかしら。私を救ってくれた人。」


 救ってくれた人。私にとってのマリアと同じ。私がマリアについて話す時、さっきのマリアのような顔をしているのかな。

 マリアはもう頬の赤みが引いていて、信仰とかマリアにとって大切なものの話をする時の微笑みになっている。いつもしてくれるのは、信仰や〔名も無き神〕、赦し、救いなどの話だ。それらの時は今日のように途切れさせることなく、すらすらと話し、教えてくれるのに、今日は少しずつしか話してくれない。

 もっと聞きたい気もした。だけど、聞きたくない気もした。マリアは救いを与えるという話はするけど、自分が救われる話なんてせず、それだけこれが特別なのだと、既に分かってしまっているから。詳しく聞けば、それがどこまで特別で大切なのか、もっと理解させられてしまう気がしたから。




 結局、私はあれ以上何も聞けないまま、学園へと戻った。


「美華、聞いたよ。」

「本当!?で、なんて言っていたの?」

「あのね、……」


 その晩、私はマリアから聞いたことをなるべくそのまま伝えた。素敵な人、私を救ってくれた人、という言葉を。その、何か特別な意味が込められている言葉を。


「ええ!そんなの、もう大好きじゃない!」


 きゃーきゃーとはしゃいで、美華はとても楽しそうだ。


「どんなことがあった、とか、何のお話をした、とかは聞かなかったの?」

「聞いてないよ。いつもと違って、なぜか進んで話してくれなかったから。」

「あらぁ。〔聖女〕様も特別なことは内緒にしたいほうかしら。そうよね、乙女ってそういうものよ。自分だけの呼び名を、それもあんなに素敵な呼び名を作るんだから。あっという間に広まっちゃって、残念がっているかもしれないわね。」


 こんな風に〔赦しの聖女〕と〔琥珀の君〕の話を聞きたがって、色々推測するのは、美華だけじゃない。他の生徒も興味を持っていて、その話は嫌でも私の耳に入って来る。マリアが〔琥珀の君〕を好きだとか、恋しているだとか。

 私はマリアと一緒にいたい、傍にいてほしい。だって家族だから。それなのに、その家族よりも優先したくなる、実際優先している恋なんてきっと碌なものじゃない。素晴らしいものであるかのように語る人がいることも事実だけど。

 敵を知るにはまず、その恋とは何かを確かめる必要がある。この話題で楽しんでいる人たちには聞きにくいけど。


「美華、ごめんね。続きは後で良い?」

「もちろん、また楽しみにしているわ。」


 彼女を置いて、島内を歩き回る。寮から少し離れた林の中、話を聞きやすい、だけど恋について尋ねるには不適格な人間を見つけた。


「秋人、今ちょっと良い?」

「何だよ。」


 剣の素振りを止めて、こちらに顔だけを向ける。


「恋ってどんなものか分かる?」

「はあ?頭おかしくなったのか。」

「失礼ね!マリアが〔琥珀の君〕に恋してる、って話があるけど、どんな気持ちか確かめようと思って。」


 本人に聞くのは怖いから後回しで。マリアも話したそうにはしていなかったし、これはマリアへの配慮でもあるんだから。


「噂なんかあてになんないだろ。」

「私から直接話した美華も似たようなことを言ったの。」


 他の人の言っていることを聞きかじれば、胸が暖かくなるとか、苦しくなるとか、矛盾する内容が含まれていて、より分からない状態になってしまったけど。

 女子と男子では違う視点があるかもしれない。面倒そうだけど、考えてくれているようだから、じっと待つ。


「んー。ずっと一緒にいたいとか、自分だけを好きになってほしいとか、見ていてほしいとか、自分と一緒にいたいと思ってほしとか。そんな風に思うもの、かな?」

「相手にこうあってほしい、ってのが多いんだね。」


 人に求めるばかりなのはどうかと思うけど。そう思ってしまうようなものだと、秋人は思っているということか。


「あー、それだけじゃなくて、そっか、えっと、自分が思うほうなら……。そうだ、その人のことばかり考えちゃうとか、そっちばっかり見ちゃうとか。他が何も見えなくなって周りのこととか何にも考えられなくなるんだ。その人のことが最優先になる感じで、自分のことも二の次、とか。」


 何それ怖い。自分以上に大切なものなんてないのに。マリアに当て嵌めると、私よりも〔琥珀の君〕のことを優先するようになる。そんなの嫌。毎週多くを話し、互いの学習の成果を報告し合って、同じ時間を過ごしている今がなくなってしまうなんて。

 マリアが今、私に使ってくれている時間が〔琥珀の君〕に奪われてしまう。


「そんな風になっちゃうんだ。」

「まだ噂だろ。気になるなら本人に聞けよ。仲良いんだろ?」

「それしかないかあ。あんまり答えてくれないんだよね。」


 いつもならすらすらと、聞いたこと以上に教えてくれるのに。私に後ろめたいことでもあるのかな。


「答えるまで聞けば良いだろ。〔琥珀の君〕のこと、どう思ってんの?好きなの?恋してんの?って。」


 そんな単純にできたら良いけど。一応の結論は出て、どうするかは決められた。だけどマリアからの答えが恐ろしくて、乱れた心でその週は過ごすこととなった。




 そして週末。前回よりもしっかりと心の準備をして、オルランド邸に帰宅する。簡単に夕食を済ませて部屋に戻れば、決意が揺るがないうちに尋ねる。


「マリア、〔琥珀の君〕のこと、どう思ってるの?」

「先週からそればっかりね。ラウラが誰かについて聞きたがるなんて、珍しいわ。」


 どうして聞きたいと思っているのか、それをマリアは考えてくれないみたい。くすくすと笑って、楽しそうにしているから。


「で、どうなの?」

「どう、なんて聞かれても難しいわ。」

「じゃあ、好きなの?恋してるの?」

「まさか。そんなものじゃないわ。もっと違った大切なものよ。」


 嘘を吐いているようには見えない。だけど、マリアにとって恋より大切なものとなると、赦すことが一番に思いつく。父親が殺されても赦して、殺した私を義妹にしたように、きっと私に何があっても赦す。それと同じくらい、大切な人。

 それはやっぱり、恋ではなくとも私との時間を犠牲にする可能性のあるものなのだろう。私にとっては恋よりも危険な、怖いものなのかもしれない。

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