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シキ  作者: 現野翔子
金の章

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32/192

嘘は

 嘘は吐きたくない。しかし、必要になることもある。それでも私は避けてしまう。

 嘘を吐くことは罪だ。その罪もまた、赦されるべきもの。






 細い路地を進んだ先に、その店はあった。島口さんの後に続いて入れば、意外にも整えられていて、犯罪者の通う場所とは思えない。

 カウンターの内部にはラフな格好の職員が数人座っており、左右の壁には幾つもの紙が張り出されている。けれど散らかった印象はなく、床も綺麗に掃除されている。


「こんにちは、依頼はどのカウンターから出せば良いんだ。」

「ここで聞こう。」


 職員以外には私たちしかいない。そのせいか、他の職員からも見られているような気がする。〔聖女〕と漆黒の髪の男性、という組み合わせの影響もあるかもしれないけれど。


「ここの利用は初めてか。」

「ああ。」

「なら、まずは登録を。」


 横から覗き込めば、差し出された用紙には氏名を書く欄しかない。しかも、島口さんはさらさらと「鳥羽とば栄次えいじ」と記載し、職員に渡した。


「依頼の内容は?」

「第一皇子の誘拐、報酬は金貨1000枚。見張りなどに関しては相談に応じると明記しろ。」


 虹彩皇国でも、通貨は大陸とさほど変わらない。私にはあまり馴染みのない物だけれど。

 金貨1枚で銀貨10枚、銀貨1枚で銅貨10枚、銅貨1枚で青銅貨10枚。銅貨2~3枚あれば安い店で食事を取れるくらいだ。

 金貨1000枚ともなれば、数年は働かずに暮らせるし、家を買うこともできるだろう。


「ほんとに、前の依頼者は何を考えてたんだか。誘拐して見張るだけなのに、見張りを別人に安価でさせるのを容認するなんて。なあ?」


 職員が依頼内容を登録書とは別の用紙に記載している間も、島口さんは積極的に話しかける。けれど職員は何も答えない。表の依頼斡旋所は愛想の良い人間もいると聞いたけれど、裏では愛想など必要ないのか。

 それでもめげずに以前の依頼者について聞き出そうとしている。


「少しくらい仕返ししてやりたい気分だよ。おかげでわざわざ俺が来なきゃいけなくなった。あんな安価じゃまともに見張れる奴なんて来るわけないのにな。」

「そちらも依頼に出せば良い。受け付けている。」

「残念ながら、前の依頼者が誰かは知らないんだよ。ただのお使いなんでね。それに、俺個人から出せる額なんて大したもんじゃない。」

「前回の〔第一皇子誘拐〕の依頼者程度なら、とっちめる価格もここまで大金にならない。そうだな、金貨10枚くらいか。方法を指定しないなら、金貨5枚でも受ける奴はいるだろう。」


 これは上手くいっているのか。「とっちめる」なんて物騒な話をしているけれど、まさか本当に依頼はしないはず。完全に犯罪行為なのだから。調査の一環だとしても、本当に依頼を受け、実行する人が出てしまえば問題だ。


「へえ、その程度で良いのか。なら頼む。誰なんだ、前回の依頼者は。それが分からないと依頼も出せないだろ?」

「今回のこれは例外だからな。依頼者が自分の身を隠す必要はないと明言しているからの特別対応だ。」


 何度も特例であることを念押す職員。伏せるのが基本なら、明らかにすることが信頼に関わるのだろう。


「ああ、分かってる。で?」

「アマデオだ。この辺で聖職者をやってる。あれは長生きできないタイプだな。」


 聞いたことのない名だ。まあ、私の知らない聖職者なんていくらでもいるのだけれど。

 けれどこの依頼をどう自然に取り下げるのだろう。案じつつ横顔を伺うと、上着の内側を探り、あれ、というような表情をされた。


「すまない、忘れ物だ。依頼はまた今度でも良いか。」

「報酬を忘れるなんて、随分抜けてるな。」

「次は気を付けるよ。」


 依頼斡旋所を出ると途端に呼吸が楽になる。私は一切話していないのに緊張していたらしい。


「〔聖女〕の効果はこんな場所でも絶大ですね。」

「え?私は何もしていません。」

「誘拐されたはずの〔聖女〕を伴って、同時に攫われたはずの皇子の誘拐を依頼する。相手はどう思うでしょうね。」


 どういうことなのか。止めなかった罪はある。それは黙認と捉えられるものだ。……私が皇国に悪感情を抱いていると受け取られたか。けれどそれだと、相手が私を信用するに理由になるとは思えない。

 私も誘拐された。けれど同時に攫われた皇子を誘拐させようとしている。もしかして、私は誘拐されたふり・・をしたと思われたのか。


「私は何もしていません!」


 ただ聞いていただけなのに。いや、それが問題だったのだ。今回に限っては。


「ご協力感謝します、マリアさん。」


 悪戯が成功した少年のように笑う島口さん。無理言って捜査に同行させてもらった身では、これ以上苦情を入れられそうもない。




 アマデオ様を探して、3人で少々治安の悪い地区の教会に入る。


「〔聖女〕様!お目にかかれて光栄です。アマデオと申します。」


 見るなり駆け寄られたアマデオ様に、話を聞きたい旨を伝えると部屋に案内してくださった。その移動している間も私の様子を伺いつつ、会えて嬉しい、まさかこんな場所に来られるとは、などと仰っていて、裏の依頼斡旋所を利用し、私たちの誘拐を依頼した人とはとても思えない。

 部屋に入っても、自らお茶を入れ、丁寧に持て成してくださる。


「アマデオ様、近頃は大変でしょう。私の存在で、この国の信者たちが惑ってしまったのではありませんか。」

「いえ、そのようなことはありません。むしろ〔聖女〕様のおかげで、人々がよりリージョン教に興味を持つようになりました。」


 本当は真っ直ぐ尋ねてしまいたい。第一皇子の誘拐を依頼したでしょう、と。けれど、それは隠されてしまうかもしれないから止めてくれ、と言われている。

 ここは島口さんを見習って、上手く会話を誘導したい。極力、嘘は吐かずに。


「ところでアマデオ様。聖職者の中にも罪を犯す人間がいるようです。人々を導く立場の者がなんと嘆かわしいことでしょう。」

「〔聖女〕様、私はより良き世界の為に、日々努めております。」

「そのためなら何をしても構わないと仰いますか。」


 厳しく見つめれば、アマデオ様は目を伏せられた。両の拳を握りしめ、歯を食い縛られる。こちらが何かを知っていると伝わったようだ。

 そのまま黙って見つめ続ければ、赦しを乞うような、怯えたような表情に変わられる。


「いえ、いえ、そのようなことはありません。」


 追い詰めるのは本意ではない。ふっと視線を逸らし、努めて穏やかに語り掛ける。


「聖職者といえど、所詮は人間。過ちを犯すのも仕方のないことです、アマデオ様。神はそんな人間を愛し、赦されるのです。神は全てをご存知です、貴方の罪を既に赦されておいでです。

 ですが私は人間。聞かなければ分からず、知らないことを赦すことはできないのです。アマデオ様、貴方を赦すために、貴方の罪を告白してください。」


 赦すためです、と繰り返し強調する。

 それを受けてか、口を開きかけ、また閉じてと数回繰り返し、アマデオ様はようやく話し始められる。


「申し訳ございません、〔聖女〕様。私は罪を犯しました。

 〔聖女〕様と第一皇子の誘拐を依頼しました。攫われ、長期間行方知れずになれば、オルランド様の評判は落ち、対立するアルフィオ様が第六枢機卿になれると、キアラ様から聞かされたのです。

 ですが〔聖女〕様、これだけは分かっていただきたいのです。オルランド様はリージョン教を軽視しています。正しく世界を導けるのはリージョン教だけだというのに、皇国に媚び、他の宗教に屈しています。」


 キアラ様は〔聖女〕を害するなどあり得ないと仰っていた。けれどアマデオ様は暗に指示されたと仰っている。


「第一皇子までも誘拐するよう依頼したのはなぜでしょうか。」

「現在の皇国はリージョン教を支配下においています。皇帝も皇子もそれを容認しています。ですが皇帝もただ人に過ぎません。我が子が危険な目に遭えば、動揺することでしょう。それからリージョン教が皇子の捜索を申し出て、助け出せば、リージョン教を縛ることなどできなくなるはずです。」


 誰かに助け出させるつもりだったのか。けれど、それより早く島口さんたちが私たちを発見した。彼らの計画は失敗したのだ。


「第一皇子の誘拐もキアラ様のご指示ですか。」

「いいえ。私はその先も見ているのです。リージョン教内部の問題を解決しても、皇国の支配から逃れるには時間がかかるでしょう。そのためにアルフィオ様が自由に動けるよう、準備をしていたのです。皇国の支配がなければ、唯一のリージョン教が正しきへ導けるのです。」


 リージョン教もまた人間が作り出したものであり、その点においては他の宗教と何ら変わらない。リージョン教だけが世界を導けるわけでもない。私たちリージョン教の聖職者は、数多い導き手の一人に過ぎないのだ。


「貴方の罪は、私と第一皇子の誘拐を指示したこと。動機は人が求める罰の大きさに影響を与えるだけで、罪をなかったことにはしてくれません。」

「はい、分かっております。その上、私はキアラ様の期待を裏切り、アルフィオ様から枢機卿の座を遠ざけてもしまったのです。依頼受注者の申し出を簡単に受け入れてしまったのです。そのせいでアルフィオ様が苦境に立たれることになるかもしれないと考えもせずに。」


 依頼受注者、つまり誘拐実行犯とやり取りがあったのだ。その時、会ってはいないか。


「その申し出とはどんなものですか。」

「見張りは他の人間に頼んでも良いか、と。適任がいる、と。私にはその筋の伝手がありませんから、その世界で生きている人間を信頼するより他にはないのです。」

「その依頼受注者はどなたでしょう。」

「今は主にこの近辺で活動しているという、竹内里奈と里久です。何かあればここに連絡をするように言われました。」


 渡された紙片には郊外の住所が書かれている。私と殿下が捕らわれていた小屋からほど近い。


「罪の告白をありがとうございます。大丈夫、神は全てを赦されています。そして私も赦します。神はどのような人でも愛されているのですから。」




「信心深い相手なら、マリアさんの尋問も効果的ですね。」


 教会から出た途端、島口さんに褒められる。尋問ではないけれど。


「人聞きの悪いことを言わないでください。私は罪の告白を促しただけです。」

「マリアさんや神が赦しても、この国の法は許しませんから。ほぼ騙したようなものでしょう?」


 確かに、後でアマデオ様はこの国の騎士に捕まるだろう。今は私を立てて、神野さんも見逃してくれただけ。キアラ様もきっと捕まる。それもまた、神の愛する人のすることだ。

 それでも、赦してくれる人がいるというのは、人の作った法に則って罪を償う際の心の支えとなるだろう。


「次は竹内という人の所ですね。」


 彼らもまた、国の法で裁かれる。


「マリア!」


 郊外へ足へ向けたところで、遠くから声を掛けて来たのは意外な人物で。


「エリスさん、学校はよろしいの?」

「私は研究部だから良いんだ。それよりラウラに頼まれて。彼らは護衛か?その割に片方は隙だらけだが。」


 以前罪を告白した時より、非常にしっかりとした様子で、あれが夢だったのかしらと思えるほどだ。学園で頼みごとをするほどの仲になったのなら、ラウラが救い上げているのかもしれない。


「いえ、私が彼らの捜査に同行させていただいているの。島口さんと、神野さんよ。」


 神野さんは軽く頭を下げるが、島口さんは胡乱げにエリスさんを見ている。


「エリス・スコットだ。私も腕には自信があってな。護衛対象が二人では大変だろう。マリアは私が守ろう。」


 後半は神野さんに向かって言っている。服装を見れば神野さんだけが騎士の恰好をしているからだろう。けれどその問いには島口さんが答える。


「スコットさん、部外者を捜査に同行させるわけにはいきません。マリアさんは当事者ですから例外的に認めているだけで、何ら関わりのない貴女の同行は認められません。」

「エリスの腕前は俺が保証します。口の堅さも信用に値します。」


 エリスさんを応援するような神野さんの言葉。知り合いならなぜ、私にだけ声を掛けたのか。ただ、私もラウラの気遣いを無駄にはしたくないため、これはありがたい。

 私もエリスさんの腕前を保証できる。戦闘技能も何も持っていない私の証言なんて、信用に足らないかもしれないけれど、説得を試みる。


「海賊をほとんど一人で退けることもできるほどなんですよ。それに、エリスさんは私を心配して勝手について来てしまうだけです。捜査に関わらないのなら、私の一存で決めてしまっても構わないでしょう?」

「……その言い訳がどこまで通用するかが問題なんですけど。まあ、良いでしょう。他言はしないでください。」

「当然だ。邪魔はしない。」


 キリッとするエリスさんとは対照的に、島口さんは少々お疲れのようだ。




 エリスさんを加えて、今度こそ郊外の指定場所へ向かう。

 一度通りかかっているはずだけれど、その時は保護された直後であったため、見覚えがない。今こうして見てみると、人通りが少なく、お世辞にも綺麗な場所とは言えない。けれど荒れ果てたと言うほどではなく、人がここで生活しているのだという雰囲気は感じられる。


「竹内さん、いらっしゃいますか。少しお話を、」


 島口さんが扉を叩き、声を掛けると勢いよく開かれた。順番に飛び出して来た二人の背は低く、どちらも黒に近い髪色をしている。

 二人に押されて、横に除けられる島口さん。けれど神野さんとエリスさんがさっと二人を捕えてしまい、大きな怪我には繋がらなかった。どちらも一瞬の出来事で、私が動く間どころか、あっと声を上げる間すらなかった。

 両腕を拘束された二人は、瞳も黒に近い色をしているが、顔つきは似ていない。女性のほうは目も口も大きく、全体的に無邪気な愛らしい印象を与えるのに対し、男性のほうが小柄だが可愛らしいと表現できる見目ではない。


「竹内里奈と里久だな。」

「くそっ。せっかく見張りを避けたってのに!」

「依頼者と会ったりなんかするんじゃなかった!」


 問いかける島口さんに答えず、振りほどこうともがくけれど、神野さんもエリスさんもビクともしない。


「お前たちは裏の依頼斡旋所で依頼を受けて、アマデオと会った。」

「そうよ!私たちはお願いを聞いてあげただけ。人のお願いを聞いてあげるのは救いになるでしょう?ねえ、聖女様。」

「僕たちは救ってあげたんだよ!不安になっているあのアマデオ様を。自分では誘拐なんてできないけど、期待していただいてるんだって、笑ったアマデオ様を。」


 アマデオ様も一部の者には慕われていたのだろう。罪なんて、犯せなくて構わないのに。


「彼らの身柄はこちらで預かります。エリスさん、ご協力いただけますか。」




 竹内姉弟が連行され、私と殿下の誘拐事件はあっけなく終わった。いや、正確には終わっていないのかもしれない。まだオルランド様とアルフィオ様の対立は続いているのだから。

 けれど今回の事件に関してはこれで一区切りとされた。アルフィオ様が関わった証拠は一切なく、キアラア様からも指示はなかったと証言されているから。

 結局、教会内部では、指示をしたとしてキアラ様に、依頼を出したとしてアマデオ様に、降格と謹慎の処分が下されるに留まった。

 皇国の刑罰に関しては誘拐犯の竹内姉弟と見張っていた二人組、そしてアマデオ様に限られた。キアラ様に関する証拠は不十分であるとされたのだ。



 これからは教会内部の人々とも、それ以外の人とも積極的に関わって行こう。今回のような事件を起こさせないために。私が〔赦しの聖女〕として、対立派閥さえも包み込んでしまえば、きっと何事も起きないはずだから。

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