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シキ  作者: 現野翔子
金の章

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31/192

無知は

 無知は罪ではない。しかし〔赦しの聖女〕は自分さえも赦して良いのだろうか。






 応接間で二人の客人を出迎える。オルランド様から騎士が事情を聞きに来ると伝えられたため、待っていたのだ。


「おはようございます、マリアさん。体の具合はどうですか。」

「もう問題ありません。ご心配をおかけしました。」


 助けられた当日は少し体調を崩してしまったけれど、それも1日ゆっくり眠っていれば回復した。


「〔赦しの聖女〕が誘拐されたと騒ぎになったのはご存知ですか。」

「ええ、もちろん。ですがなぜ、島口さんが?」


 騎士の人は島口さんの背後に立っておられて、主体として話しているのは宗教省の島口さんのほうだ。



 簡単に疑問に答えてもらい、私も攫われた時の状況を伝えた。通常はすぐさま騎士にすることになる話が、何日も経過してから騎士ではない人間にすることになったのはオルランド様のおかげだ。攫われた精神的な衝撃が収まらないだろうと止めていてくださったのだ。その上、捕らわれていた状況と、目覚めた瞬間を知っている人間に、話をさせてほしいとも頼んでくださっていた。


「自分が狙われた理由に心当たりはありますか。」

「いいえ、全く。こちらの生活にも慣れたと思っていたところです。しいて言えば、一般の人々との交流が不足していたことでしょうか。誘拐された当日に気付いたのです。私はリージョン教周りに籠り過ぎていた、と。」


 儀式やこの国におけるリージョン教の捉えられ方、他の宗教に関して学ぶことに熱中し過ぎていた。そのせいで、一般の人々と直に触れ合い、人々の中に生きる文化を知ることを疎かにしていた。

 救いを求める声は人々の中にこそあるというのに。それを、こちらでの裕福な生活に浮かれて、忘れてしまっていた。


「本当に、何もないのですか。リージョン教周りに籠っていたと言うのなら。」

「ええ、ありません。」


 何かを躊躇うような島口さん。後ろに立たれている騎士の方も、こちらを訝しんでいる。

 リージョン教の教義なら詳しい。けれど、組織や人についてはあまり知らず、事件に繋がることにも心当たりはない。


「……マリアさんが狙われたのは、リージョン教会における派閥争いが関係しているかもしれません。」

「派閥争い、ですか。」


 自分が属しているはずの組織内部の話を、外部の人間から聞かされるなんて。

 権力もしくは権威を巡る争い。国家組織の中にはままあることだけれど、リージョン教にもあるなんて。罪を赦し、人を救う教えには似つかわしくない言葉だ。


「ええ。本当に何も知らないんですね。」

「お恥ずかしながら。」

「そうですか。では、ご協力ありがとうございました。」


 誘拐犯も私は見ていない。いきなり背後から拘束され、その姿を見ることも叶わなかった。もう一人の男性、この国の第一皇子が誘拐されて来た時も、暗さと動揺で確認できていない。

 私は何も知らない。自分の属する組織について知ろうともしなかった。


「私も行きます。捜査に同行させてください。」

「どのような危険があるか分かりませんので、」

「私はオルランド様の庇護下にあるけれど、少し違う立場だと伝えれば、現体制に不満を抱く人々も進んで話をすることでしょう。」


 〔赦しの聖女〕の名は、担ぎ上げるには最適のはず。私を味方に付けられるならそうするだろう。私は、誘拐したことも赦す、と言えば良いだけだ。

 強く島口さんの目を見れば、すっと逸らされ、後ろの騎士に目を向けた。


「神野さん、構いませんか。」

「今回の自分の任務は、貴方の護衛と補助です。」




 騎士の神野さんからも了承を得て、まず向かったのは城下町の小さな礼拝堂。


「こんにちは、キアラ司祭。」

「島口さん、と〔聖女〕様!?」

「初めまして、マリアと申します。」


 オルランド様と異なる思想の持ち主だという、この虹彩皇国の首都、彩光の司祭の一人、キアラ様。美しい栗毛の女性だけれど、切れ長の目が鋭い印象を与えている。


「お目にかかれて光栄です、〔聖女〕様。本日はどのようなご用件でしょうか。」

「私が攫われた件についてお話を伺いたいのです。何かご存知ではありませんか。」

「申し訳ありません、私も人伝手に聞いただけですので、新しいことは何もお耳に入れられないかと。」


 本当に申し訳なさそうな顔をされるキアラ様にこちらの心が痛くなる。けれど、真っ直ぐに聞いただけでは答えないだろうと事前に聞かされていたため、さらに言葉を続ける。


「大丈夫です、キアラ様。神はお赦しになります。そして私も、赦します。ですが私は神ならざる身。話していただかなければ、赦すべき罪を知ることができないのです。」


 普段の告白と同じだ。相手は司祭だけれど、罪を抱えている人間という意味では同じ。赦されたい人は、神に赦されているという確信のために、私に話してくれる。例外はいるけれど。

 それでもキアラ様はきっと、赦されるためにお話しくださる。


「何のことでしょうか、〔聖女〕様。」


 けれど私の予想は裏切られ、キアラ様は無表情に返される。もしかすると、キアラ様は本当に何もご存知ないのかもしれない。

 何も言えなくなった私に代わり、島口さんがキアラ様へ話しかけられる。


「キアラさん、改めて教義を見返したのですが、素晴らしい思想ですね、リージョン教というのは。」

「ええ、そうでしょう!そのお話には時間がかかります。奥でお話させていただけますか。」

「喜んで。」



 奥の一室に備え付けられた柔らかなソファと木のテーブル、そして用意されたティーセットがここの裕福さを表している。ソンブラやヴィネスでは全てを売り払っても手が届かないだろう物たちだ。

 正面にキアラ様が座り、背後に神野さんが立っている中、島口さんはさらにキアラさんの気分を良くするような発言を始める。今まで一度もリージョン教を賛美するようなことは言わず、信仰心を察せられるような行動も見られなかったのに。


「特に、正しい世界へ導く、という部分は、今のオルランド猊下では難しい部分があるでしょうね。お優しい方ではありますが。」

「貴方もそうお思いになりますか!ええ、そうなんです。オルランド様は過ちを正すことをお忘れなのです。正しい教えを広め、間違いに気付かせることも、我々リージョン教の聖職者の大切な役割だというのに。」


 キアラ様は興奮して早口に捲し立てる。それを見て島口さんはわざとらしいくらい、にっこりと笑い、続けた。


「誰なら導けるとお考えですか。一般信徒の私では判断が難しくて。」

「それはもちろん、アルフィオ様です。あんなに素晴らしい方、他にはおられません。」


 アルフィオ様は皇都彩光の司教だ。言葉で人々を導くことに長けておられるという。


「その、〔聖女〕様の前では言いづらいのですが……」

「構いませんよ、キアラ様。私もオルランド様にお世話になっておりますが、少々異なる立場を持っているのです。これは内緒にしておいてくださいね。」


 秘密の共有。こうすれば、きっと話してもらえる。


「でしたら、ご理解いただけますか。人々を救うために、アルフィオ様こそが第六枢機卿の座に相応しいと。そのために〔聖女〕様の存在が重要なのです。」

「人々を救うのは聖職者の勤めです。ですが、アルフィオ様が第六枢機卿になることと、私の誘拐にどのような関係があるのですか。」


 オルランド様を狙うのなら分かる。いなくなってしまえば、その席が空くのだから。教皇から任じていただけるかは不確定要素になってしまうけれど。


「〔聖女〕様はオルランド様の庇護下におられるでしょう?ですから、その皇国唯一の〔聖女〕様を守れなかった失態と、そのことによる動揺でさらに何か失態でもすれば、アルフィオ様に機会が回って来ると考えたのです。

 申し訳ございません。私は、〔聖女〕様をお救いしようと考えることすらしませんでした。」

「救うのは義務ではありません。聖職者も人に過ぎないのですから。大丈夫、神はお赦しになっています。そして私も赦します。」


 私は大した怪我もしていない。私は〔赦しの聖女〕なのだ。それに、赦しを与える立場で、救いを与えられて当然という態度は取れない。

 キアラ様はきっと真面目な司祭様なのだろう。だから一度は救わないと判断したけれど、そのことに罪の意識を覚えられた。きっとこの人は誘拐の指示をしていない。

 そうなれば、後聞けるのは派閥争いの詳細だ。第六枢機卿の座を巡る、オルランド様派とアルフィオ様派との対立。

 どう自然に問おうか思案している間に、島口さんが問いかけていった。


「最近、アルフィオ司教のご様子はいかがですか。立場上、オルランド猊下と会う機会は多いのですが、アルフィオ司教とはなかなか。」

「アルフィオ様は現状を憂いておいてです。しかしオルランド様とあまり御年が変わらず、焦っておいでなのです。今を逃せば、オルランド様の意思を継いだ誰かが第六枢機卿になってしまいかねない。そうなれば、リージョン教は皇国に手綱を握られたまま。

 それを覆すための方策を今、お考えなのです。詳細は聞いておりませんが、成功すればきっと、アルフィオ様が正しき世界に導けるのだと、人々も気付くはずです。」


 熱の込められた言葉で締めたキアラ様。その方策というのは私の誘拐なのか、まだ他に考えているのか、少々不安だ。


「アルフィオ司教からマリアさん誘拐を頼まれたのですか。」

「まさか。オルランド様が孫のように可愛がり、人々も慕っているという話を聞いただけです。私たちにとっても〔聖女〕様は大切なお方ですから、進んで害することなどあり得ません。」




 あれ以上、何も聞き出すことはできなかった。対立の意思を明確に聞き出せただけで、私の誘拐に関わったという話は聞けなかったのだ。本当になかったのだと信じたいのだけれど、島口さんたちはそう思っていなさそうだ。


「次はアルフィオ彩光司教です。はぐらかされるでしょうけど、聞かないわけにもいきませんから。マリアさん、次は黙っていてくださいますか。」

「え?はい、分かりました。」


 邪魔をしたつもりはないのだけれど。確かに私は捜査という形になれていない。けれど、島口さんも捜査をする部署の方ではない。なぜ、あんなにもスラスラと嘘を言えたのだろう。



「お久しぶりです、アルフィオさん。」

「ああ、久しぶりだな、島口君。聖女様もご無事で何よりです。」


 虹彩の中心部により近い教会の奥で私たちを出迎えられたアルフィオ様に変わった様子は見られない。立場の問題か、1~2回しか会っていないからか、距離を感じるけれど、不審な点はない。


「少しお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろん。私の知る限り、情報を提供しよう。」


 にこやかなアルフィオ様は以前と変わらず、オルランド様との折り合いが悪いというのが信じられない。

 島口さんも笑顔で話しかけているけれど、今度はどのように聞き出すつもりなのだろう。


「キアラさんともお話させていただいたのですが、非常に慕われておいでですね。」

「ああ、特に親しくしている子だ。大変真面目で、心配になるくらいだよ。」

「何か相談事もされましたか。」

「自分が親しんできた信仰と、リージョン教本来の教えの違いを知った当初は非常に悩んでいたよ。……キアラが何かしたのか。」


 キアラ様を心から心配しているようなアルフィオ様。やはり私の誘拐はまた別の原因があるのではないかと思えてくる。


「キアラさんのされることに心当たりはありませんか。様子がおかしかった、とか。最近また何か相談された、とか。」


 顎に手を当て、しばし悩む様子を見せられるアルフィオ様。けれど、何も思い当たるふしがなかったようで、首を横に振られた。


「いいや、何も。いつもと変わらず、話しに来た人の悩みを解決できたとか、できなかったとか、そんな話ばかりで。」

「オルランドさんの話はありましたか。」

「時折話すことはあったが、皇国の聖職者でオルランド様を意識しない人はいないからな。」

「貴方なら世界を正しく導ける、とキアラさんは期待しておられましたよ。」


 アルフィオ様は照れるように笑って見せる。その仕草は非常に人間らしくて、本当にただ、ほんの少しだけオルランド様と違う考えを持っていらっしゃるだけなのだと感じられた。


「買い被り過ぎだな。今の環境は全て、オルランド様の成されたことだ。」


 それに対してどのような評価を下されているのか、この言葉からでは、私には読み取れなかった。




 あの後いくつもの質問を島口さんは重ねたけれど、私の誘拐に関する話も、オルランド様との対立に関する話を聞き出すことはできなかった。


「まあ、当然か。素直に言うわけないよな。」

「裏社会にも依頼斡旋所があるのですが、利用したと思われる場所に向かいますか。」


 少々の落胆を呟く島口さんに、騎士の神野さんが提案された。


「そこは騎士の調査が行われたと聞いていますが。」

「彼らは警戒心が強く、立ち居振る舞いからも騎士とばれてしまうので、何も聞き出せない場合が多いのです。今回も俺は近くまでは行きますが、その場には同席しないほうが良いでしょう。」




 案内の道中、神野さんはその施設について説明してくれた。

 その上、裏社会の依頼斡旋所の前に、私が利用することはないだろうと、表社会の、つまりは通常の依頼斡旋所に関する説明から始めてくれた。


 通常の依頼斡旋所は、登録している利用者が依頼を出したり、受けたりできる。ある程度素性を明らかにする必要があるけれど、既に登録している人からの紹介や、皇国から全ての人に出される身分証明書で十分足りる程度のものだ。出された依頼は、依頼斡旋所の中にある掲示板に張り出され、そこから選んで依頼を受ける、という形。依頼の内容は庭仕事の手伝いや店番、運搬補助など様々だ。

 裏社会の斡旋所も大きくは変わらない。けれど登録に必要なのは名前だけで、証明書などは要らない。その名前すら偽名で構わないとか。特に違うのは依頼の内容で、窃盗、誘拐、強盗、殺人など、ほとんどが犯罪絡みで、表に出せない依頼たちになっている。


「あそこに見える、羊皮紙の絵の看板が、裏の依頼斡旋所です。」

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