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シキ  作者: 現野翔子
紅の章

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バルデス独立戦争と女王

 出立するベルトラン将軍の印象的な姿を思い返しつつ、信じられないくらいの平穏な日常を送っていた。

 フロンテラでは戦闘が続いていても、みな、センテーノ公爵の実力を信じており、ベルトラン将軍の影響力に期待していた。

 私もそれを感じて、反乱が収まったら軍人になる訓練をさせてもらおうなどと、呑気に考えていた。




 しかし、使者が持ち帰ったバルデスの意思は非常に固いものだった。

「我々は決して屈しない。我々は誇りあるバルデスの民。偉大な女王が健在の今、これ以上サントスに膝を折ることはない。最後の一人が倒れるまで戦うだろう。」


 ベルトラン将軍率いる王国軍の接近を伝えても、バルデスの返答は変わらなかったという。反乱の兆しが見られれば、旧バルデス王国領に釘を刺しに行ったこともあるベルトラン将軍だ。バルデスの人間も、その姿と反乱首謀者への対応を見たことがあるはず。それでもなお、今回の反乱軍は抵抗し続けることを選んだ。


「選択肢は二つ。あくまでもサントス王国の一部だとし、独立を阻止するか、……独立を認めるか。」


 半円の机を外から眺める母上の言葉で会議は紛糾した。四大公爵家と、旧バルデス王国領の中心部にあるバルデス侯爵家を除く八侯爵家、そして王家の人間が参加する会議だというのに、怒声を上げる者が現れるほどだ。


「恩知らずだ、我々が土地を改良してやったというのに!」

「富んだ土地を持ち逃げするつもりか?」

 支配下に置いた当時は、恵まれた気候のわりに貧しい土地だったという。それを改善し、今の状態にまで高め、これから投資した分を回収できるはずだった。


「ここでさらに武力を投じたとて、それに見合った利益が得られるのか?」

「全力の抵抗なら、荒れた土地に戻るだけだろう。」

 独立を阻止しても、認めても、サントスに利はない。どちらのほうがより、不利益が少ないかを判断するだけ。そう、冷静に語る彼らの表情も思わしくない。


「武力ではこちらが勝っているんだ、脅しつければ良かろう!」

「罪のない民を巻き添えにするつもりか!」

 徐々に討論ではなく口論に近づいていく言葉たち。そこへパンパンと手を叩く音が響く。

「問題は、バルデスの誰が独立を望んでいるか、ではありませんか。民なのか、貴族階級なのか。それによって取るべき対応は変わります。」

 少しの動作で空気を変え、全員の注目を集めて告げるのは、宰相でもあるアルファーロ侯爵。

「……主には貴族階級、そして民の高齢者と一部の若者です。以前から独立へ向けて扇動する者はおりましたが、ここ数年大きく増加しており、把握しきれないほどになっておりました。」

 苦々し気に告げるのはセンテーノ次期公爵のビアンカ。

「どうして早く伝えないの!」

 悲鳴のような声を上げるシントロン侯爵の娘エルシリア。自領が旧バルデス王国領にもエスピノ帝国にも接しており、何かあれば両方から攻められ得る、という点において最も危機感を抱いているのだろう。

 そんなエルシリアに、ビアンカも深く頭を下げる。

「申し訳ない。これは私たちセンテーノの失態です。」


 静けさが支配した会議場の空気を変えたのは、またもやアルファーロ侯爵。しかし、今度は彼女も眉間に皺を寄せ、厳しい表情を隠していない。

「今、すべきなのは責任の追及ではありません。センテーノ次期公爵、大半の民は独立を望んでいないと考えてよろしいですか。」

「はい。サントス領に組み込まれてから、麦などの収量が増加し、暮らしが楽になったとの声が大半です。しかし、バルデスの誇り、という言葉に踊らされている民が多いこともまた、事実です。」

 多くの民がサントスの功績を分かってくれているのなら、彼らの協力を得て、バルデス独立を阻止できないのか。非常に簡単な解決法を誰も提示しないのは何故なのだろう。私の知らない何かを、まだ彼女たちは持っているのか。


 大人たちの会話に苛立ちを覚え始めた頃、ここまで一言も発していなかったオルティス公爵がのんびりと口を開いた。

「民のことを思うのなら~、独立を認めるべきではないかしら~。」

 歌うような調子の声。南部に領地を持つ彼女は、どの国とも領境を接しておらず、バルデスの騒動とも遠い所にいる。それは当事者からすれば緊張感の足りないものに映るだろう。

「オルティス公爵、真面目に考えていただきたい!」

 しかし、声を荒げたのはバルデスと接しないカレスティア公爵。はきはきと物を言う彼女にとって、ゆったりと話し、人を自分の空気に巻き込むようなオルティス公爵は相性が悪いのかもしれない。

「私は真面目よ~?バルデスの地はある程度豊かになっているし~、技術の提供は隣国になってからでも可能だもの。国内に対するのとは違って~、見える対価は必要だけれど~。戦争が拡大するほうが、民の生活を脅かすんじゃないかしら~。」

「戦力差を知れば、すぐに屈するはずだ。」

「解決方法が乱暴ね~。これだから軍部出身は困るわ~。」

 公爵、侯爵の中には軍部出身も多いのだが。特に公爵は半分の二人が軍部出身だ。明らかにそれを馬鹿にするような言い方で、案の定、カレスティア公爵は噛みついた。

「外敵から国を守り、国内の治安を維持しているのは誰だと思っている!」

 そんな二人のやり取りに、ついに母上が溜息を吐く。

「喧嘩は外でやってくれないかしら。」

「申し訳ございません、陛下。」

「ごめんね~、ベリンダ。」

 母上とオルティス公爵は私的な茶会を開くほど親密だ。しかし、このような場でも態度を取り繕えない人間と付き合うなど、母上は何をお考えなのか。公爵をできていることさえ不思議だ。



「力で威圧できたとて、より大きな反発を招くだけではありませんか。」

「懐柔による時間稼ぎも、そろそろ限界です。語り継がれた栄光に憧れる若者の出現が、問題の解決を遠ざけているのです。」

 先ほどは言い合ったエルシリアとビアンカが揃って独立を認める意見を出す。バルデスが独立した場合、最も影響を受ける主な三つの領のうち、二つが認めた形だ。

「フォルテア侯爵代理、エステル殿は如何思われますか。」

 アルファーロ侯爵の問いに、どもりつつもエステルは答えるが、その視線も右往左往してしまっている。

「は、はい。これ以上バルデスとの関係が悪化するのは避けたい、です。我が領地は海上でも接していて、はっきりと境界を決めるのが困難なのです。バルデスがサントス国内に残ったとしても、関係が悪化していれば、その境界で揉めてしまい、遭遇すれば戦闘に発展する危険性も高いです。ですので、バルデスの独立を認めて、良き隣人としての関係を築くべきだ、と思います。」

 今回の会議参加者の中では私を覗いて最年少のエステル。そんな彼女に付け入るように鋭い視線を送るのはカレスティア公爵だ。

「東部三領は全て、独立を認めるべきと考えるか。しかし、お母上にご確認されずともよろしいのか、フォルテア嬢。」

 言葉は軽く、呼び方も馬鹿にしているようにしか聞こえない。代理でもフォルテアの代表としてこの場にいるエステルに対して、親の確認が必要か問うなど完全な侮辱だ。

 しかしエステルは、声を震わせつつも、視線はぶれさせずに答えた。

「バルデスの不穏を、フォルテアは知っておりました。万が一の対処についても、センテーノ公爵も交えて、話し合っております。」

「センテーノ公爵とも話し合っていたのか。そこまで気付いていたのなら、それこそ、陛下に報告すべきではないか。」

「責任追及は後にして頂戴。」

 母上は基本、話し合いを聞くだけに留めている。女王に擦り寄る意見ばかりにならないようにするためだ。しかし、今回はカレスティア公爵の議論を妨げるような発言が目立っていて、自ら制止している。

 ビアンカも黙ってはいられないとばかりに、アルファーロ侯爵が手で制するのを無視して、発言を始めた。

「カレスティア公爵、貴女が母を目の敵にしていることは知っています。しかし、直接領境を接しない貴女が、民や軍の犠牲を伴う行為を推奨するとはどういうおつもりでしょうか。」

「センテーノ次期公爵。貴女も、挑発するような発言は控えていただけますか。……陛下、如何なさりますか。」

 女王の発言を妨げることは許されない。それを意図してか、アルファーロ侯爵が母上に促した。


 沈黙が支配した会議場で、母上は決定を下す。

「独立の意思が固いのなら、威圧には屈しないでしょう。罪のない民を犠牲にはできないわ。独立は認める、けれど、今まで行ってきた援助は打ち切り、投資した分を賠償金として請求しましょう。」

 どこまでも甘やかすような結論だ。既に豊かな土地があるのだから、その程度払っても、バルデスは十分な利を得、サントスは得られるはずだった利を失うのだ。



 会議終了後、母上は珍しく私に言い聞かせた。

「アリシア、これからのバルデスとの関係をよく見ておきなさい。今日の決断が、大きく影響するの。これが間違いだったとしても、それを決めたのが自分だということを忘れず、背負っていくのが女王の役目よ。」

「母上は正しい決断をしたとは思っていないのですか。」

 私とは異なる結論だった。しかし、私はまだ勉強中。経験を積んだ母上の決定が、私の宿題に対する答えではないのか。

「分からないわ。国を治めるというのはそういうことよ。正しいかどうかなんて、誰にも分からない。ただ、最善だと思う選択をするだけよ。」

「独立を認めることが最善、ですか。」

 サントスには不利益が大きいのではないか。母上がそう願っただけのことではないのか。

「少なくとも犠牲は抑えられるわ。私情を挟むのは褒められたことではないけれど、貴女もバルデスに大切な人がいるでしょう?」

 確かにいる。アルセリアは、旧バルデス王家の血を引き、バルデスで生きて行くだろう。

「ですが、彼女はサントス城にいました。今回の独立の騒動とは関係がありません。」

「貴女は友達を人質にしたいのかしら。」

 常にない鋭い瞳。射貫かれるようなそれに、口を開くことすら躊躇われた。

「ち、違い、ます。私は、」

「独立を企てたのがベアトリスだとは私も考えていないわ。それでも、その娘がサントス城に留め置かれることは、周囲の目には人質として映るの。それに、ね。親サントス派のベアトリスが独立宣言を出したということは、抑えきれなくなっている証拠よ。」

 そして母上は白く簡素な一通の手紙を取り出した。

「使者は、ベアトリスから密かに持たされたと言っていたわ。バルデスの人間に見つからないように、ね。」

 渡されたそこに記されていたのは、


 ごめんなさい、ベリンダ。これがどういうことかは分かっているの。けれど、このままじゃ、アルセリアが全て背負うことになってしまうから。

 独立すれば、私は女王。今よりも話を聞いてもらえるかしら。そうすれば、サントスと友好的な関係を築けるかしら。

 貴女と疎遠になってしまうのが恐ろしく、寂しいけれど。あんなに仲の良いアルセリアとアリシア殿下を引き離したくはないけれど。

 本当にごめんなさい。きっとまた、笑い合える日が来ると信じているわ。


 赦しを乞うような、夢見がちな少女のような、別れの手紙。

「こんなもの、意味はありません。ただ願い事を記しているだけです。」

「意味はあるわ。女王の親書だもの。特に今回は、サントスが大きな抵抗もせずに、バルデスの主張を受け入れた形になるのだから、反サントスを煽って独立を扇動した人たちだって、動きにくくなるはずよ。」

 母上とバルデス侯爵は共に学んだと聞いている。しかし、この文面では統治する者の心構えは見えない。

「母上、バルデス侯爵は国と民を顧みているのでしょうか。」

「ええ、もちろんよ。とても優しい人だわ。一人娘のアルセリアと、たった一人の夫と同じように、民のことも愛しているの。サントスから教わった土壌改良法のおかげで、収穫できる作物の種類も量も増えて、民の暮らしが豊かになったと喜んでいたわ。」

 ただ喜ぶだけでは民と同じだ。それは統べる者のすべきことではない。

「必要なのは結果を喜ぶことではなく、結果を求めて自ら動くことです。母上は友人としてバルデス侯爵を見捨てられないだけではありませんか。内乱を武力で収めれば、首謀者とされるバルデス侯爵を処罰せざるを得ません。ですが、独立してしまえば、その必要もなくなる。」

 黙り込む母上の視線は遠い。

「違いますか。」

「そう、ね。そうかも、しれないわ。けれど、これだけは覚えておいて。友情も愛情も何もかも捨てて、国と民を愛することなどできないのだと。」

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