赦しは
赦しは与えられる。神からは無償で、人からは代償を以て。
先に行かせたラウラと私の間には、何人もの人が立ちはだかる。男も女も大柄で、その腰に剣を携えているけれど、正規兵や自警団の人間には見えない。
ただ、彼らは剣を構えてもおらず、殴りかかって来る様子もない。まだ話し合いの余地はありそうだ。
「神は全てを赦されます。神は全てを愛されます。」
突然の私の言葉に、彼らは口をポカンと開け、一人が大声を上げた。
「そりゃあ、ありがてぇことで!なら、大人しくしていてくんねぇかな。」
「神は信じておられます。この世界の生命が、自らの力で平穏へ近づくことを。」
この場での争いも罪も、神は喜んでおられるわけではない。いつの日か、人がそれらを乗り越えることを期待されているのだ。
「なら暴れるのは神の意思に背くなあ?お嬢さん、一緒に船に戻ろうか。」
「あなた方の望みは何ですか。日々の平穏ですか、この世の富ですか。」
背後にも彼らの仲間が立っているのを感じる。けれど、前方の誰も、数m先から寄っては来ない。
「綺麗なお嬢さんは知らんかもしれんが、日々の平穏のために必要なこともあるんだよ。」
「畑を耕し、猟へ出てなお、手に入れられない平穏ですか。」
「人の社会では金が要るんだよ!」
小さな村ではさほど必要のない貨幣。けれど、大きな街になればなるほど、生活に必要不可欠な物となっている。
ただし、必要でも子どもたちに犠牲を強いる彼らの行いは罪だ。
「私は赦します。神の愛するこの世界の全てを赦します。ですが、あの子は赦しません。どこまでも自分の目線からしか物事を見ることのできないあの子は、私に危害を加えるあなた方を、決して赦しはしません。」
まだラウラは戻って来ない。前後だけだった人が左右にも展開していて、完全に取り囲まれてしまっている。
「許さないからって何ができるんだよ!」
「あなた方の救いはどこにあるのでしょう。奪い、富を得ることですか。それとも、生み出し、救いを与えることですか。」
救いを与えることは救われることでもある。自分の存在意義を認めさせてくれるから。
「子どもたちを欲しがる人はどのような方でしょう。労働力を欲する商人でしょうか、子を望んでも得られない夫婦でしょうか。」
どちらかなら構わない。真っ当な商人の下に渡れば、あの場に留まるよりは生きられる。
「彼らは子を手にして救いを得るでしょう。子どもたちもまた、待遇によってはあなた方に感謝するでしょう。あなた方の行いでも救われる者はいます。」
奴らの体に入っていた力が少し抜けている。警戒するに値しないと思われたのだろう。けれど、ここで不審なことをして拘束に動かれると、私に抵抗はできない。
「ですが、ただ物として欲する者の手に、子どもたちが渡ってしまえばどうでしょう。あの子たちはただ使われるだけ。何も知らぬまま、何も分からぬまま。神の愛するこの世界の素晴らしさを感じることもできずに。」
奥から自警団と思しき武装した人々がやって来る。自由になったラウラも、そこにはいるはずだ。
「そしてあなた方もまた、救われるべき人です。私は赦しましょう。私を攫い、閉じ込めたことを。」
揃いの制服の彼らが、私と対峙して話を聞いていた奴らを捕えて行く。左右も後ろも捕らえ、船のほうまで向かって行った。
「マリア、大丈夫だった?ごめんね、守れなくて。」
「いいえ、ラウラは十分守ってくれたわ。こうして捕まった子たちが保護されて、彼らが赦される機会を与えられたのだから。」
大きいほうの船から何十人もの子どもたちが助け出される。中には見覚えのある子もいて、腕を縛られている私に首を傾げている。
「お嬢ちゃん、頑張ったな。」
自警団の男性が腕の縄を解いてくれる。
「ありがとうございます。ラウラを、あなた方を信じていましたから。」
彼に連れられた質素な一室。装飾などはなく、堅い木の椅子と机が置かれているだけの部屋だ。何か事件や揉め事が発生した時に使われるそこで、私は事の経緯を詳細に伝える。
「……そうか、大変だったな。全く無茶をしたものだ。その教会の人は心配しているだろうな。奴らはきちんと法で裁かれるから、君たちはもう心配しなくて良い。」
その言葉にラウラは安心したようだった。けれど、送り届けることはできないとも告げられ、落胆もしていた。
ヴィネスとその周辺は非常に荒れた地域だ。まともな町など残っておらず、定期的に訪れる商人なんかもいない。国の制御も甘く、近隣地域との関係も浅い。
少しでも学のある人間なら、その地域には近づかない。行けば死が待っていると思われているからだ。それを考えれば、自警団の人の反応も不思議ではない。
「なら、自分たちで帰ります。マリア、盗賊だって何だって、私がやつけるから。」
船で返り討ちにされたことを忘れたのか、たいそうな自信だ。けれど、お金も食べ物もない。襲われなくとも、生きては辿り着けないだろう。
「教会を頼りましょう。ソンブラのイーヴォの娘マリアと言えば、きっと手を貸してくださるわ。」
お父様は教会関係者の間では有名だ。若い頃から各地を飛び回って、多くの人々に救いを与えていたからだ。リエト様も敬意を払っていらっしゃった。その名を借りるのは好ましくないけれど。
神よ、自分の力以外から利益を得る罪をお赦しください。お父様、今までの功績で私たちに救いを与えてくださることに感謝します。
この港町プエルトの教会にはこれから多くの子が、一時的にせよ預けられる。忙しくなるだろう今に、私たちが長くお世話になるわけにはいかない。
そういった旨を説明し、ヴィネスへ戻ると告げたのだけれど。
「ですが、マリア様。そのようなこと、無謀です。」
「私たちはそこにいたのです。それに、救いを求める子がいるのです。帰るだけですから、ご心配には及びません。」
「せめて護衛を、」
司祭様はそのための金貨を何枚も渡そうとされた。これで何人もの子どもを食べさせることができるのに。
「こんなに頂けません。これから来る、本当に求める人のために使ってください。こう見えて、この子は強いんですよ。」
ラウラが実際どれほどのものかは分からないけれど、それは司祭様にとっても同じことだ。こちらの言葉を退けることなどできない。
「せめて、これだけでも受け取ってください。」
銅貨を数枚と革袋の水筒、それからいくつかのパンが入れられた布袋。
「ありがとうございます。次は私が救います。」
「未来の聖女様を救えたことに感謝します。」
聖女。今回のこれは容姿だけでなく、私のしたことに対する賞賛でもある。これなら素直に受け取れる。
町を出て体感で数時間。草木のない平野は、まだまだプエルトの影を見せている。
「ねえ、マリア。一泊くらいさせてもらっても良かったんじゃないの。だって、子どもをいっぱい助けて、教会は救ってくれるんだ、って印象を町の人たちに植え付けられたんだから。信仰心を高めるのに一役買ったんだよ。」
「そのせいで一人の子どもに行き渡らなかったら困るでしょう。」
「でもさ、誘拐犯の中にはあれで心を入れ替えた人もいたんだって。これから誘拐される子まで減らしたんだよ。」
「それなら嬉しいことだわ。けれど、それに思い上がってはいけない。だって、救いを求める人はまだまだいるのだから。」
そんな風に話しながら歩いていると、いつの間にか陽が沈んでしまっていた。
「ラウラ、今日はここで休みましょう。」
「このまま寝るの?」
「仕方ないわ。上着をお布団にしましょう。ほら、いつもと同じよ。」
ヴィネスだって、綺麗な布団も服もなかったのだから。
少し窪んだ砂地に寝転び、二人で一緒に被る。少しでも寒さを凌げるように。
何も持っていなさそうだったからか、盗賊に襲われることもなく、いくつもの村を通過していく。
けれど、問題はここから。ヴィネスの最寄りの村からヴィネスまで、大人の足でも数日。お父様にほとんどの荷物を持ってもらった時でさえ一週間近く。あれから成長しているとはいえ、ラウラと二人ならそれ以上かかる可能性もある。
「行きましょう、ラウラ。油断してはいけないわ。」
「マリアこそ。私の地元だよ?」




