裁きは
裁きは与えられる。神ではなく、人によって。
神は赦される。しかし、人は赦さない。
灰になった幾つもの民家。一部焼け残りもあるけれど、人が住める状態ではない。
崩れた礼拝堂。瓦礫を片付ける間もなく、そのまま放置されている。
無事なのは畑だけ。
広場に集められた住民たち。周囲の惨状に、みな浮かない表情だ。奴らを捕まえて達成感を味わったら、村のこれからに思考が向いたのだ。
「みなさん、お疲れ様です。誰一人命を落とすことがなかったのは、それこそ奇跡でしょう。しかし、これは与えられた奇跡ではありません。あなたたちが的確な判断をして、自らの手で掴んだ奇跡なのです。」
ダフネ様のお言葉に、住民たちは表情を誇らしげなものに変える。
「いつまでもこの状態であるわけでもありません。次の奇跡を起こしましょう。私たちみんなで。」
もちろん、やってやる、任せて、など心強い言葉が続く。
「ですが、その前に一つ清算すべきことがあります。今回の事件の顛末を、ルーチェ様、お願いします。」
住民たちの顔に困惑が浮かぶ。彼らにとってルーチェさんは恋に浮かれた少女に過ぎない。いくらトマスに想いを寄せていようと、村に火を放つなんて大それたことができるような人間ではないのだ。
「はい。私が呪術師なのです。奴らは、トマスは、サラ様、私と人を辿り、呪術師を探そうとしていました。
私は、嘘を吐いたのです。マリア様が呪術師でいらっしゃると。」
「なんてことを!」
「子どもに擦り付けたのか!」
ルーチェさんを責める言葉は続いた。次第に、聞くに堪えないような乱暴な言葉も混じってきて。
それでも彼女は黙って聞いていた。彼らが言い終えて、静かになってからようやく、話を続ける。
「その結果、マリア様が攫われ、閉じ込められました。そして、この村は火を放たれました。全ては、私が偽りを伝えた結果です。」
申し訳ありません、と深く頭を下げるルーチェさん。その姿に、先ほどは黙っていた青年が口を開く。
「……マリア様が攫われたのはルーチェが嘘を吐いたからだ。だけど、村が燃えたのは、火を放った奴のせいだ。それは全部、あのトマスが悪いよ。」
隣の女性もそれに続く。
「ルーチェはさっき、誰よりも動いて、炎を恐れずに家の中に取り残された人を助けていたわ。嘘を吐くなんて小さな罪くらい無くなるほどの働きをしていたわ。」
二人の言葉を契機に、非難の矛先がトマスへと向かった。それを見計らったように、ダフネ様が裁きを始められる。
「では、まずはルーチェ・セレーナ。貴女の罪は、偽りを告げたこと。それでよろしいですね。」
「はい、そのせいでマリア様を危険に晒しました。」
「では、マリア様。貴女はルーチェ・セレーナにどのような罪を望みますか。」
神は全てを赦される。何の罰も報復もなしに、無条件で。
「何も望みません。神は全てを愛し、赦されるのです。私も、赦したいと思います。」
「では、ルーチェ・セレーナ。その呪術の力で以て、マリア様の助けとなることを、貴女への罰とします。」
ダフネ様に向かって、深々と頭を垂れるルーチェさん。私の様子も伺われるけれど、呪術を信じていない私が頼むことなど何もない。村の復興に動いてもらうくらいか。
「次に、トマス・ガルボ。」
いつの間にか数人の住民が離れていて、トマスを広場へと連れて来た。非常に不服そうな顔で、何事かを喚き散らしている。
「お前たち、私を誰だと思っているのだ!エスピノ帝国の男爵トマス・ガルボだぞ。このようなことをして許されると思っているのか!」
「神は全てをお赦しになられます。そして、私たちも許しています。」
ダフネ様が冷酷に告げる。その言は屁理屈のようだけれど。彼女がそんな言葉さえ堂々と言えるのにも理由がある。
エスピノ帝国においてリージョン教は力を持っている。さすがに王族や高位貴族相手では話し合いが必要になってくるが、貴族の中では最も低い身分の男爵程度、どうとでもできる。
「貴方は、マリア様をご自分の自宅の一室に押し込め、外から鍵を掛けておりました。」
「違う!マリア様がご自分から我が家を訪ねてくださったのだ!その後のことは兵が勝手にしたことで、私は何も知らない!」
「その上、ご自分の私兵に命じて村に火を放たせました。」
「命じてなどいない!」
「皆さま、このトマス・ガルボにどのような罰を望みますか。」
指示する声を何人もの住民が聞いている。避難誘導を邪魔する指示も、ダフネ様自ら確認されている。
ダフネ様は憎しみに満ちた住民たちを見回し、彼らは口々にトマスへの恨みを叫ぶ。
「死罪だ!」
「火あぶりに!」
「八つ裂き!」
どんどんと過激で、残虐なものになっていく。
「マリア様は、何を望まれますか。」
神は全てをお赦しになられる。どんな罪でも、どんな人でも。
「私はまず、トマスさんがなぜ、このようなことをしたのか知りたく思います。」
「マリア様、それは簡単なことです!貴女を救うために、したことなのです、信じてください!」
救世主を見るように私を見て、必死に言い募るトマス。そんな彼に住民たちは厳しい言葉を投げつける。
「嘘を言うな!マリア様を呪術師だと思って、聖女様にも似ておられるから、上手く使ってやろうと思っただけだろう!」
「そうよ!自分の願いを叶えてもらって、聖女様を手に入れて、色んな人に言うことを聞かせられると思っただけでしょう!マリア様、こんな人間の言うことを信じてはなりません。」
トマスの懇願に、住民たちの推論。私の脳裏には、女神像が思い浮かぶ。
「……私は、何も望みません。神は全てをお赦しになります。私も彼を赦しましょう。」
「マリア様……!」
感極まったようなトマス。私も一度は彼を疑ったし、今も信じたわけではない。かといって、住民たちの推論を聞き入れたわけではない。事実がどうであれ、私はただ赦すだけだ。
そして、私の赦しはここでは何の影響も与えない。住民たちは彼を赦さず、裁定はダフネ様のものなのだから。
「では、トマス・ガルボ。貴方のことは中央に知らせ、死罪を望む旨、付記しておきましょう。私兵共々、愚かな自分の行動を後悔なさい。」
トマスとその私兵たちを連れたダフネ様たちを見送った翌朝、大切な人がお帰りになった。
「お帰りなさい、お父様。」
「ただいま、マリア。」
久々のお父様は、その手にピーノとエヴァを連れていた。
「大変でしたね。」
「ええ。ですが、もう終わったことです。今、ダフネ様たちが中央へ罪人を連れて行ってくれていますから。」
村の惨状で何か遭ったことは分かるのだろう。二人からも多少は話を聞いているはずだ。何も知らせていないことも、知られてしまった。
私はお父様のように救いを与えられたのか、失望させたのではないか。そんな思いを抱えつつも、それ以上の言葉を持たない私たちに、子どもたちが割り込む。
「マリア様、いきなりいなくなるなんて、びっくりしたでしょ!」
「ちゃんと言ってくれないと分からないよ!」
「ごめんなさい、エヴァ、ピーノ。良い子にしていましたか。」
元気に頷く二人。この子たちなら大丈夫と信じていた。ただ、帰ってきても家はない。大半の住民が簡易の天幕で休んでいる状態なのだから。
「お父様、今回はしばらく滞在されますか。村の復興に、人手がいるのです。」
「ええ、もちろんです。今はここが救いを求めているのでしょう。」
言葉の通り、お父様は今までにないくらい長く滞在された。
「これがお父様の救いですか。」
村を一望できる丘の上、私は問いかける。
人々の家は復建されており、全ての住民が簡易ではない家屋に住めている。その壁には歪な柄が描かれていて、復興の合間に落書きをできるほど、彼らの心も癒えたのだ。反対に、トマスの屋敷は悪夢として跡形もなく取り壊されている。
お父様も滞在中、自ら力仕事に加わった。その傍ら、何度も教えを説かれ、それを救いと表現されていた。
「ええ、大げさなものでなくとも良いのです。ただ自分にできる協力をするのです。人々は自然と、日常の中で誰かに救いを与えているものです。」
家を失い、命を失いかけた住民たちは、憎しみによる狂乱から目が覚めると、暗い顔をしていた。けれど今は以前のように明るく過ごしている。今までよりも近しい距離で。ルーチェさんもサラ様も、以前より村の中に溶け込んで。
「……なぜ、ピーノとエヴァを預けたのですか。」
「何かが起こると思ったからです。」
途切れ途切れの私たちの会話は、どこまでも聖職者としてのものだ。そこに親子の情があるかなど、私には分からない。
私の返答もお父様には伝わらない。ただ視線を感じて、訂正する。
「いえ、私が起こす気だったのかもしれません。それに巻き込まないよう、どうなるか分からなかったからこそ、あの子たちに何も見せないよう、預けたのです。」
危ない目に遭わせたくなかった。それは確かだ。けれど、それだけではなかった。
「子どもは様々なものを見て成長します。マリア、貴女は彼らの成長を妨げたのかもしれません。ですが同時に、彼らの命を救ったのかもしれません。教会から逃げ遅れる可能性もあったのですから。」
成長よりも命が大切だ。けれど、その時の私は生命が失われるほどの危険を感じてはいなかった。
ただ、人を騙すような聖女らしからぬ姿を見せたくなかった。きっと、それが一番の理由。
「お父様、一つお願いがございます。」
村を見下ろすお父様の視線を遮り、真正面に立つ。
「私を、連れて行ってください。私はまだ救いが理解できていません。その言葉を人に向けつつも、自分が分かっていないのです。それを今回、痛感いたしました。」




