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シキ  作者: 現野翔子
紅の章

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学びの始めと、バルデス独立戦争

「へえ、アルセリアはもうお勉強を始めたの?」

「うん。少しずつゆっくり進めたほうが楽だからって。早く始めたらその分、後で楽になるよって、お母様が仰ってくださったの。」

 アルセリアは現サントス王国領で旧バルデス王国領の一部を治める、バルデス侯爵の長女にして唯一の子、そして旧バルデス王家の血を引く一人だ。血筋を保護する意味で色んな人から大切にされているが、母親からそれ以外の意味でもしっかりと愛されており、良好な関係を築けていた。

「へぇ、いいなぁ。」

「アリシアも一緒にする?」

「いいの?」

「うん、お母様にお願いしてみるね。」

「私も母上に聞いてみる。」

 期待でいっぱいのアルセリアには悪いが、私の母上が聞き入れてくれるか、私には分からなかった。




 私はアリシア・サントス。おおよそ円形の大陸の南部に位置する王国サントスの第一王女にして、次期女王。サントス王国は女王制を取っていて、母から娘へとその権力は受け継がれている。

 次期女王としての自覚と品位を持ち、いずれ国を統べることが、私には期待されていた。



「母上、私もアルセリアと一緒にお勉強がしたいのです。」

「あらまぁ。向上心があるのは良いことね。ベアトリスにも聞いてみるわ。」

 二つ返事の承諾。反対されなかったのは良いけれど、アルセリアの母ベアトリスに判断を委ねただけではないか。私のことを考えてくれた結果なのかと疑ってしまう。

 アルセリアは母親と一緒に絵本を読んだり、駆けっこをしたりして遊んでいると言う。一方の私は会話さえ非常に簡素なものだ。何かの用事がある時しか話さず、挨拶も一言だけ。血が繋がっているだけの他人だ。

 私がアルセリアと一緒に学ぶことだって、アルセリアやその母ベアトリスが望んでいるかどうかが重要で、私がどれほどそれに期待しているかなんて、きっと母上には関係のないことなのだ。



 その一緒の学習の許可さえ、人伝手に聞かされた。女王と一侯爵では忙しさが違うと分かっていても、何故話す時間くらい作ってくれないのだ、と恨めしくなる。

「アリシア、どうしたの?」

「ううん、何でもないの。」

 アルセリアに言ったところで解決することでもない。無駄に気を遣わせるだけだ。それなら、一緒に笑ってくれるほうが良い。

「そう?でね、一緒のお勉強の話をお母様が女王陛下にしようとして会いに行ってくれたの。そしたらね、私も会いたかったわ、ベアトリス、って仰って下さったんだって。」

「アルセリアは、私に会いたかった?」

 誰にも言われたことのない言葉だ。一緒にいたい、いっぱいお話したい、に近い感情だろうか。

「もちろんよ!たくさん会いたいから、一緒に勉強もしたいの。そうすれば、いっぱい一緒にいられるでしょう?アリシアも同じよね。」

「うん、会いたかったよ。」

 アルセリアは優しい。私より1歳上で、先に勉強を始めているから、その時間もあるはずなのに私とよく会ってくれている。

「アリシアに関することなら、陛下もなるべく時間を割いてくださるの、ってお母様は仰っていたわ。お父様も、王家の男は育児に関われないから女王も真剣なのだろう、って言っていたわ。それなのに、旧バルデス王家の血を引く私との時間を許してもらえて良かったね、って。」

「今はバルデス侯爵の娘でしょ。関係ないよ、昔のことなんて。」

 生まれる前の話なんてされても、実感も何もない。今目の前にいるアルセリアは同じ国に生きる人間で、私の友だちというだけだ。

「ありがとう、アリシア。」

「当たり前のことでしょ。それより、ねえアルセリア、お父様ってどんな感じなの?」


 アルセリアは色んなことを知っている。それは先に勉強を始めているからというだけでなく、家族との関係があるからだ。

 私にはない、特に父親に関しては。母上の伴侶は何人もいるけれど、彼らは決して父親ではないし、そう呼んではいけない。その中の一人が血縁上は父親になるはずだが、それが誰かを確定させる行為も禁じられている。

 たとえ自分と似た容姿の人がいても、誰か一人と親しくしてはいけない。それが王女というもの。だから私は、両親とまともに会話できていない。


「うーんとね、とっても優しいの。お母様がお仕事で忙しい時はいつも一緒にいてくれるわ。お母様に対しても優しいのよ。お母様が疲れたって言って凭れるとね、抱きしめて頭を撫でるのよ。それがお母様は好きなんだって。」

「仲がいいんだね。」

 私は母上の伴侶と数回しか会ったことがない。当然、どんな様子かも、お互いにどう思っているのかも、聞いたことなんてない。

「うん、とっても!アリシアのうちは?」

「え?私はアルセリアの話がもっと聞きたいな。」

 幸せそうな家族の話を聞いて思うところがないわけではないが、楽しそうなアルセリアの顔を見られるのならそれで良い。



 しかし、そんな風に無邪気に過ごせた時間も、長くは続かなかった。




 私が6歳の誕生日を迎えた12月、大きな報が飛び込んだ。しかし、まだ子どもの私がそれを聞いたのは、教材の一つとしてだった。



「アリシア、先日、旧バルデス王国領の諸領が、バルデス王国として独立宣言を出したわ。これに対して、貴方はどう対処すべきと考えるかしら。」

 アルセリアとの勉強を始めるようになってから、母上は国の問題を一部を考えさせるようになった。そのおかげで、母上との会話は増えている。

「はい。それら諸領はサントス王国に対して、以前から敵意を露わにしていました。今まで母上は宥めるような政策を取っていらっしゃいましたが、それにつけ上がってしまったのではないですか。一度、厳しい対応を取るべきだと思います。」

 我がサントス王国は確かに、旧バルデス王国を支配している。しかし、民が飢えることのないよう、土壌改良法を旧バルデス王国領にも施している。その上、成果が出るまでと言って、その地域だけで長く税を軽減している。


「そう考えた理由はあるかしら。」

「はい。以前、婆やが私に言ってくれたことがあるのです。子どもは甘やかすだけではいけない、悪いことをすれば叱らなければならない、と。

 もう一つ、これは母上が仰っていたことです。私たち王族は、全ての民を我が子のように愛し、守らなければならない、と。旧バルデス王国の民も、今はサントスの民です。だから、同じようにすれば良いと思いました。」

 私はまだ勉強不足だ。実際の子育てと、それになぞらえただけの王族と民の関係を、同じような対応で解決できるのか、自信が持てない。

 その上、我が子程度で良いのか、何よりも優先すべきではないのか、など色々思うところもあった。


「では、具体的な内容を考えてみなさい。」

 旧バルデス王国領、独立宣言をしたバルデスの主張する領土の多くは、かつてサントスより貧しい地域であった。今ではさほど変わらないが、土壌改良法の浸透していない一部地域では、未だ麦などの収量が少ない。その土壌改良法をバルデス全土に浸透させるため、税に関する優遇措置や補助を行っている。

「まず、税の優遇を停止します。同時に、土壌改良関連事業や治水事業の補助も停止します。」

「それで苦しむのは独立を宣言した者ではなく、彼らに従うしかない民だ、ということも考慮しての答えかしら。」

「はい。それらを一時的な物にすれば、蓄えさせている食糧がありますので、すぐさま苦しむことにはならないと思います。むしろ、それにより今まで与えられていた物が当たり前ではないと気付き、サントスの好意に気付くというメリットの方が大きいでしょう。そうすれば、サントスがバルデスを慈しんでいることも伝わり、バルデスの敵意も和らぐと思います。」

「それが貴女の答えね。けれど、一つ大切な手順を忘れているわ。」

 いきなり武力で訴えているわけではないし、問題の認識から始まり、次にそれへの対処を考えている。バルデスが勝手に独立宣言を出しただけで、まだこれはサントス国内の問題だ。国内問題として片付けて問題はず。

「何ですか、母上。」

 黙って微笑む母上は、私にまだ考えることを要求している。


 手順を忘れている、ということは、問題の認識、問題への対処、という過程に何らかの不足があるということ。それらへの精査、提案をやり直せ、と言われているわけではない。

 まず、問題の認識。これが初めに来るのは間違いない。今回の場合は、バルデスが独立宣言を出したことだ。

 次に問題への対処。今回は、バルデスの独立宣言に対して、サントスはどう動くか、ということになる。いや、問題の原因を探ることが先になるのか。

「バルデスが今、独立宣言を出した理由、ですか。」

「ええ。何故、サントス領となって90年を迎えたこの年に独立を宣言したのか。理由が分からなければ、的確な対処はできないわ。妥協点を見つけるためにも、必要なことよ。」

「はい、母上。勉強いたします。」



 90年前、旧バルデス王国はサントス王国と戦争をして、サントス王国の一部になった。今生きている人間のほとんどが、独立王国バルデスを覚えていないのだ。ごく一部の老人だけが、その記憶を美化しつつ、語り継いでいる状態だ。

 王侯貴族を中心に、バルデスの人間は独立を目論み続けて来た。しかし、その力を蓄えている間に、サントスのおかげで豊かになったと認識する人間も生まれて来た。

 時の経過が、歴史上幾度も衝突を繰り返したサントスとバルデスの間に横たわる悲しみや憎しみを薄れさせてくれた。しかし、独立バルデスを美化し、語り継ぎ、共に夢見る人々はそれを受け入れられない。

 そして、今。独立バルデスを知る最後の世代を中心として、バルデス独立宣言が出されることとなった――。


 要するに、過去の栄光に縋る老害が焦って動いた、ということか。それならば、必要なのは正面から打ち砕く事。彼らの動きを一時的にでも抑えることができれば、次の世代からは独立など考えないはずだ。





 翌年1月、バルデスがサントスに宣戦布告を出したと報告が上がった。母上たちが戦にならないよう注意深く行動している最中の出来事であった。


 足早に会議室へ向かう母上に並び、早口に問う。

「母上、バルデスが攻め込んできたというのは本当ですか。」

「これから確認するのよ。これは、国にとっても貴女にとっても重要な問題になるわ。口出しは許しません。けれど、話は聞いておきなさい。」

 初めて、母上たちの会議への参加を許された。母上はその時が楽しみだと声をかけてくれたこともあるし、そうすれば母上との時間が増えると私も期待していた。しかし、今日の母上のお顔は厳しく、喜んでくれているようには到底見えない。



「バルデス反乱軍は、フロンテラから視認できる距離で、宣戦布告を行いました。現在はセンテーノ公爵が自ら指揮を執り侵入を防いでいる状態です。」

 先ほど到着した伝令が現状を伝える。それは、東の旧バルデス王国領と領境を接するセンテーノ公爵領、その領境の砦フロンテラで、既に戦闘が発生している、という内容であった。

「バルデス反乱軍の規模は?」

「確認できたのは5000ほどです。」

 今回の反乱に参加していると思われる旧バルデス王国領の大きさは、その他のサントスの領土を合わせたものと同程度。しかし、兵の数は制限しているため、全面衝突になればサントスに分があるはずだ。


「陛下、これは国を割る内乱です。いくら武勇に長けるとはいえ、センテーノ公爵に任せきりにするわけにも参りますまい。」

 それらしい言葉で母上に意見するのは、バルデスとは反対の西部に領地を持つカレスティア公爵。

「ええ、そうね。けれどカレスティア公爵、貴女に頼ることはないわ。」

「ですが、すぐに動けるのは我がカレスティア軍です。」

 東部の軍は動かしたくない。どこから来られても対応できるだけの数を残しておきたいからだ。しかし、西部からでは遠い。それにも関わらずカレスティア公爵が提案するのは、センテーノ公爵に個人的な対抗意識があるからか。

「王国軍も動かせますぞ。」

 母上とカレスティア公爵の睨み合いに口を挟んだのはベルトラン将軍。白い髪に白い髭、そして凛々しいお顔が魅力的な老紳士だ。

「数はどれほどかしら。」

「すぐに動けるのは3000程度ですな。」

「十分よ。それとは別に使者も出すわ。ベルトラン将軍、今から適任を選抜し、明日の朝、増援を率いて出立して頂戴。」

 了承の意を返したベルトラン将軍は退室する。


 それを見送り、不服そうなカレスティア公爵に、母上は再び向いた。

「貴女には書状の内容を相談したいの。バルデスは我が領土。けれど、独立宣言は対等な扱いを受けたいという意思表示。その点に関して、多少でも気を付ければ、好印象を与えることができるでしょう。」

 少々人格に問題はあるが、カレスティア公爵は西部との友好関係維持に影響を与えて来た人物だ。四大公爵の一人の機嫌を損ねたくないとの思惑もあり、相談という形を取るのだろう。


「アリシア、貴女に課題を与えるわ。バルデスを巡る問題の今後の動きを予測し、どのような結末を迎えるのか、考えておきなさい。」




 母上とカレスティア公爵が部屋を移して話し合いを続ける間、私は与えられた課題に取り組む。


 理想は、旧バルデス王国領が再びサントス王国の支配下に落ちること。ここで手放してしまえば、今までの改良に費やしてきた費用を全て捨てることになる。

 反対に一番避けたいのは、内乱が長引いてから、バルデスが独立王国と認められること。投資費用を回収できないだけでなく、戦争費用もかかり、人的な被害も避けられない。


 母上は最終通告としての使者を送ると決定した。しかし、既に独立宣言を勝手に出し、センテーノ公爵領への敵対行動を開始している自称バルデス王国である。それを受け入れるとは思えない。

 既に発生している戦闘が収まることはないだろう。しかし、武勇を誇るセンテーノ公爵、そしてベルトラン将軍率いる王国軍の名と力は、旧バルデス王国領を圧倒するに足るはずだ。

 そうなれば、内乱は激化しても、バルデスはサントス領の一部に留まる、というのが私の結論になる。


 次の問題は戻って来たバルデスへの対応だ。これは、締め付けを強くする、という以前母上に提示した回答と変わらない。何らかの罰を与える、というよりは優遇措置を無くす、という程度が妥当だろう。若い世代に反抗心が育ちすぎても困るのだから。

 きっとアルセリアとそのお母上は困ることだろう。しかし、親しい彼らへの思いやりで、国に関する結論を出すべきではない。




 使者を見送った朝、私は私の答えを母上に報告する。

「そうね、これからその答えを見ていきましょうか。」

 私なりの答えに、母上が哀しそうなのは気のせいだろうか。



 遅れてベルトラン将軍率いる王国軍が王都を発つ。


 90年の時間は、サントスとバルデスの壁を取り払うには不足だった。サントスの民はバルデスの民をいとも簡単に逆賊と呼び、王国軍を連れて行くベルトラン将軍を歓喜でもって見送った。

 私もまた、その姿に憧れを抱いてしまった一人だ。

 朝陽を反射する白銀の甲冑に紅いマント。乗る馬の白さがまた、翻るマントの紅を引き立てている。

「格好良い…」

 隣に母上がいることも忘れて呟く。あれが、民の命を背負った人の姿か、と。


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