きっと変わらない
サントス邸に帰れば早速、一緒にアリシアに聞きに行く。マリアから教えてくれたのだから、これは私に言えない話ではないだろう。
「そうね、手紙は届いているわ。だけど私たちの結婚式の予定がその後だから、まだ愛良をそういった所には連れて行きたくないの。どうしても貴族が多い場所になるから、平民の愛良は弱い立場に置かれてしまうわ。もちろん、私が止めることはできるけれど、嫌な思いをさせたくないのよ。」
私のために出席させたくないということらしい。これはアリシアの優しさで、私もどうしても行きたいというわけではないのだから、アリシアの思いやりを受け入れよう。
「そっか。じゃあお祝いの曲をマリアと慶司に聴いてもらえる時間がほしいな。その日じゃなくてもいいから、きちんと私からもお祝いしたいの。」
「それはもちろん用意するわ。他に何かしたいことはあるかしら。」
お祝いの気持ちが伝えられるかは私の言葉と思い次第。私の気持ちを伝えたいから、アリシアに一緒に歌ってと頼むこともない。アリシアは婚姻の誓いに参列するのだから、その日に自分でお祝いの気持ちを伝えるだろう。アリシアの誕生日を友兄と一緒に祝ったようにする必要はない。
それより気になるのは、私たちの結婚式の予定の話だ。その後、ということはもう決まっているのかな。
「アリシアと友兄の結婚式ももう日が決まったの?」
「ええ、そうよ。愛良と秋人の結婚式でもあるのよ。友幸も了承してくれたもの、ねえ?」
「今とそう大きく変わらないでしょう。だから別に早くしたら良いと言っただけです。」
また始まったと秋人が小声で言っている。友兄が素直に言えない件のことかな。早く結婚したかったと言うことも友兄には難しいようだ。
「結婚したらもっといっぱい一緒にいられるんでしょ?」
「そう、毎晩一緒に寝られるし、毎日一緒にお風呂に入れるな。」
今は友兄に怒られるからと言う日もあるけど、そういった制約が全てなくなるらしい。友兄にとっては結婚しているか、していないかの違いが大きいようだ。
秋人と話していると、友兄がバッとこちらを見た。
「毎、日?え、それ、アリシア様も同じこと考えては……?」
恐る恐ると言った様子でアリシアの様子を伺う。アリシアも一瞬検討するけど、そんなに悩んではいなさそうだ。
「そうか、そうしても良いな。伴侶が一人なら寝室を分けておく必要もない。友幸も、今日は来るのか、来ないのか、と考えながら待っているよりは良いだろう?」
「い、いや、待ちませんけど?俺は。先に寝てますから。」
先に、ということは来てほしいとは思っているようだ。あまり遅いと私も待っていられなくて眠ってしまうけど、朝起きた時にいてくれると嬉しいことは分かる。
「眠っている所に行くことは構わないのだな。心を許してくれて嬉しいよ。」
「全てを許したわけではありませんので。寝込みを襲ったら一週間は帰りませんから。」
そんな風に言わなくても嫌なことだからと説明すればアリシアは分かってくれるのに、友兄は脅すように言う。一週間も会わないのは自分も寂しいと思うのに、あえてそれを盾に取るのはよく分からない。
「分かっているよ。そうそう、少々早いが結婚した証には何がほしい?私は分かりやすい装飾品か何かを検討しているのだが。」
結婚した証。周りの人にも分かるように身に着ける物だ。お揃いの物にすることが多いそうだけど、対になっている別々の装飾品のこともあるそうだ。私と秋人は既にお揃いを着けているけど、さらに何か用意するのかな。
「ねえ、秋人。私たちは結婚した証に何かするの?」
「しなきゃいけないわけじゃねえけど。したいならまた何か選ぶか。一つの耳飾りを片方ずつ着けるのも面白いかもな。」
「一緒の感じがすっごくするね!」
ただのお揃いよりも特別感も増している。今から選ぶ時が楽しみだ。まだまだ先だけど、その時まで楽しみは取っておこう。結婚した証なのだから、結婚した後に選ぼう。
そうわくわくしていると、友兄も何かを思いついたようにアリシアを見た。
「俺も、着けたい、です。あの、いつもアリシア様が着けている、ピアスの片方を。」
耳に穴を空けて着ける耳飾りだ。放っておくと穴が塞がってしまうらしく、アリシアはその耳飾りを着けていない時も、穴を空けておくための部品のような物を嵌めている。だけど友兄にはその穴が空いていないから、着けられないと思う。
アリシアもそう思ったのか、首を傾げている。
「あれか?わざわざその体に自ら傷を増やすこともあるまい。」
「良いんです。それはただの傷ではありませんので。」
「そんなに良い物ではないぞ。あれは国と民に己が身を縛り付ける戒めだ。」
成人の儀でもらったという耳飾り。アリシアはそれをとても大切にしている。簡単に渡せる物ではないのだろう。だけど今のアリシアからは渡したくないという思いより、なぜ欲しがるのか分からないという疑問のほうが強く感じられる。
「アリシア様はそれをずっと身に着けているのでしょう?だったら俺にも着けさせてください。」
「君までこんな物を着ける必要はない。私は君に何も背負わせるつもりはないよ。」
少々雲行きが不穏だ。何か言おうかと秋人を見れば、軽く抱き寄せられ、口を手で塞がれた。だけど部屋を連れ出されはしない。喧嘩になったら止められるように、かな。
「俺は伴侶という名のペットですか?何も共有できない、ただ庇護するだけの相手ですか?」
「まさか、そんなことはない。私は」
「そういうことでしょう?何も背負わせられないというのは。」
このままでは言い合いになってしまう。何かが間違っている。だけど私は口を塞がれているから何も言えない。秋人の服を引っ張って、目で何か言わないと、と訴えた。
「アリシア様。友幸様に何も背負わせる気がないのは何故ですか。」
「時には血を流させ、罪を背負ってでも、為すべきことがある。それは苦しみを伴うものだ。友幸はもう十分苦しんできた。これ以上、私からそんな物を与えるわけにはいかない。」
守りたいから、苦しい思いをさせたくないから。アリシアもよく真っ直ぐではない言い方をするから、友兄に伝わらなくなってしまう。これはきちんと伝わったのかな。
「友幸様は、どうしてアリシア様のピアスが欲しいのですか。」
丁寧に秋人が聞いても、友兄は答えない。ただ、ふいと視線を外すだけだ。これは言わないと誰にも伝わらない。きっと大切な理由なのだから、少なくともアリシアには教えてあげてほしい。
「友幸様?」
「同じ物を、背負いたいから。ちゃんと、隣に立ちたい。アリシア様が縛り付けられていると言うなら、俺も同じ所に縛り付けてください。」
真っ直ぐにアリシアを見つめて、目を逸らさない。アリシアもそれを真剣に受け止めた。
「先ほどの私の言葉を聞いてなお、そう答えるのだな。私では楽にしてやれないぞ。」
「はい。頑張れます。もう、一人ではありませんから。」
アリシアがふっと笑みを浮かべたことで、張り詰めた部屋の空気が緩む。私の口も解放され、ようやく話すことができた。
「アリシアも友兄もお互いのことが大好きなのに、なんでいつも喧嘩するの?きちんと素直に話せば大丈夫なことばっかりだよ?」
「耳に痛いな。誠実にいることがこれほど困難だとは思っていなかったよ。」
難しいことでも、こうして話し合って解決できている。私が協力できるのも嬉しいけど、やっぱり喧嘩せずに仲良くしていてほしい。
「それで、ピアスはくださるんですか?アリシア様。」
「ああ、結婚式の次の日にな。」
私たちはお休みをもらって、買い物に出かけよう。そのお願いもアリシアなら聞いてくれるだろう。
「次の日?その日ではないんですか。」
「穴を空けることで疲弊すると困るからな。初夜は大切だろう?君のほうが体力はない。この前のように途中でばてたくはないだろう。」
「はあ!?配慮はどこに行ったんですか!そういう話は人前でするものではありません!」
友兄は真っ赤になってアリシアに掴みかかっているけど、声に怒気はない。耳に穴を空けることと初夜というものの繋がりも私には分からない。
「ねえ、秋人。初夜って疲れてると困るの?」
「え?ああ、まあ。愛良が気にすることじゃねえよ。それにもう済ませてるみたいだし。」
また私には教えてくれないことだ。結婚式の日の夜であるように聞こえるけど、その日になれば教えてくれるのかな。
友兄はまた恐る恐る、秋人を横目で見た。
「あ、秋人?お前、なんで、それ?」
「アリシアさんが今言っただろ。この前のように、って。」
少し涙目になってアリシアを睨む。知られたくないことをアリシアに言われてしまったみたい。
「余計なことを言わないでください!」
もう大丈夫そうだから、と秋人は部屋を連れて出てくれる。部屋の中からは友兄の騒ぐ声も聞こえるけど、放置しても問題ないみたい。
「恥ずかしがってるだけだからあれは放っといて良いよ。愛良も結婚すれば分かるかもな。分からなくても、俺から内緒にしてって言うことも増えるかもしれないし。」
「内緒にしてほしいなら内緒にするよ。」
今はお庭に向かっているのかな。しっかり手を繋いで、お散歩したい。
「アリシアさんが結婚したらみんなで旅行に行こうって言ってくれてるんだ。愛良の曲作りのために良い刺激になるかもしれないとか何とか言ってるけど、まあ口実だから。四人で楽しもうって話だよ。」
「友兄が十二月の贈り物でお願いしたやつだね。」
約束もきちんと覚えてくれている。四人で一緒に行くなら秋人と私は半分仕事になる可能性もあるけど、アリシアならその辺りも考えてくれていることだろう。
「ああ。友幸さんは平民出身になるから、横槍入れられないように仲良しアピールも兼ねるんだろ。」
「そうなんだ。大変だね。」
旅行先がどこになるのか、どのくらいの期間になるのか、何ができるのか。そんなことを話しつつ、庭先に着いた。
「まあ、そこはアリシアさんと友幸さんに任せておけば良いよ。俺たちは気にせず、今まで通り過ごせば良い。」
「うん!」
これからも変わらない幸せな日々が、私を待ってくれている。
最後まで閲覧いただき、ありがとうございました。