自慢しに行く
ようやくマリアと時間を合わせられた。マリアとラウラにも秋人とお揃いの耳飾りの話をしようと思っていたのに、なかなか時間が合わなかったのだ。
馬車の中からわくわくが止まらない。アリシアも二人によろしくと言っていて、友兄も心配しないでと伝えてと言っていた。今日も素敵な話ばかりができそうだ。
「今からはしゃいでたら疲れるだろ。」
「大丈夫だよ。今日はお仕事じゃなくて遊びに行くんだもん。アリシアも一緒にお話できたらよかったのにね。」
友兄と二人でお庭をお散歩している回数も増えたような気がする。その時間を確保するために頑張っているのかな。
「忙しいんだろ、友幸さん落とすのに。アリシアさんも色々言ってくれるけど、俺に聞かれても分からねえっての。」
「アリシアに相談されてるの?」
私は友兄から相談されることが多い。私と秋人が仲良しだから参考にしようとしているのかな。アリシアの話を聞くこともあるけど、友兄とのお話より回数も少なく頻度も低い。
「相談というか、まあ、そうだな。愛良はどうかって話と、友幸さんはどうかって話をしてる感じだな。聞いてもあんま参考にはなんねえと思うけど。兄妹つっても別人だし、育った環境も違うんだから。」
「違うから秋人にも聞いてみようって思ったのかも。友兄と仲良しだから何か分かるかもって。」
嫌がることをしたくないとか、喜ぶことをしてあげたいとか思っても、その嫌がることも喜ぶことも分からなければどうしようと思って、動きが止まってしまう。そこで知っていそうな人に聞くのだ。本人に聞くのが一番だけど、内緒で喜ぶことをして驚かせたい時もあれば、友兄なら教えてくれないこともあるだろうから。
「あ〜、まあ、それはあるかもな。教えたら友幸さんに怒られる時あるし。菓子で釣れるとか。」
「友兄はお魚じゃないんだから、釣れるなんて言ったら怒るに決まってるでしょ。それに、お菓子も好きだろうけど、一緒にお茶したりするのが好きなんだよ。だって、お菓子なくてお茶飲んでるだけでも、アリシアと一緒の時のほうが嬉しそうだもん。」
好きな人と一緒が楽しくて嬉しい。ただそれだけのことを友兄は言わないだけ。だからお菓子があってもなくても、お茶すらなくても、アリシアが話そう、一緒に時間を過ごそうと言うだけで、きっと友兄は喜んで頷く。
私だって今の時間も大切だから。オルランド邸へ向かっている馬車の中で、マリアとラウラに会うまでの時間だけど、秋人といるから楽しく感じる。
「さっさと素直になりゃ良いのにな。友幸さんが言わないからアリシアさんも色々やってみて、結果拗ねることになってんだから。アリシアさんに面倒な手間の掛け方させてんの。」
「人に面倒とか言わないの!友兄だって頑張ってたよ?」
手を繋ぐとか口付けとか、お願いするのも頑張らないとできないことみたいだから。
「それはまあ、そうなんだけどな。時間と手間をかけてるから愛情があるってわけでもないだろ。忙しいから大切にしてないわけでもない。」
「でもいっぱい一緒にいられたら、ちゃんとお話できるし、大切にしてくれてるって分かるよ。」
「そういうことじゃねえんだけど。この間のなんて、時間を使わせるだけ使わせて、一緒にはいなかっただろ。」
アリシアを一時間以上待たせてから戻っていった時のことだ。確かに、あれはお話できていないから大切だということも互いに伝えにくい。
すーっと馬車が止まる。秋人が下ろしてくれて、マリアとラウラが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。会えて嬉しいわ、愛良。」
「愛良ちゃん、今日も可愛いね。」
「二人ともありがとう。私も楽しみにしてたの。」
早速とお庭に案内してくれる。まだ薄着になるには早いけど、今日は比較的暖かい日だから、ぽかぽかした日向なら上着を脱げるくらいだ。
白いテーブルクロスの掛けられた机と椅子が四脚、用意されている。その上にはお菓子も乗っていて、侍女さんが温かいお茶を淹れてくれた。
「秋人も座ったら?愛良ちゃんも隣に座って話してほしいよね?」
そうしてほしい気持ちはあるけど、今日は護衛ということだからお願いしてはいけないかもしれない。友達の家に遊びに行くのに護衛を付けるのかという疑問もあるけど、そういうことになっているのだから私にはどうにもできない。
「えっと、ね。秋人、どうしたらいいの?」
「今の俺は護衛ですので。お傍に侍ることはできても、同じ席に着くことはできません。」
駄目らしい。もうお仕事をする時の口調になっているから、説得はできないだろう。
「だって。ごめんね、ラウラ。ありがとう。」
「ううん、気にしないで。愛良ちゃんもちょっと成長したんだね。」
ラウラにとっても秋人は友達だから同じ席に着いて気軽に話したかっただろうに、そんな部分は見せずに、私を褒めてくれる。マリアも微笑んでくれていて、もっと私の成長を伝えたくなった。
「そうなの。最近は友幸様の相談事にも乗ってあげられてるんだ。あ、そうだ、アリシア様がよろしくって言ってたよ。それと友幸様もマリアに、心配しないで、だって。」
何か心配かけていたのかな。私には分からないけど、これでマリアには伝わったようで、頷いている。
「良かったわ、アリシアさんと上手くやれているのね。愛良も上手くやれているのかしら。」
「うん!今日の耳飾りはね、この前お出かけした時にお互いに贈り合った物なの。色違いなんだ。私は秋人の目の色のを着けて、秋人は私の目の色のを付けてくれてるの。」
無事に見つけてくれたから、今日もお揃いで着けている。家の中では着けないけど、お出かけの時には積極的に着けてくれていた。マリアもラウラも私たちの耳飾りを注視してくれる。
「嬉しそうね。素敵な思い出が一つ増えたのかしら。」
「そうなの。一回だけ落としちゃったんだけど、ちゃんと探しに行ってくれたんだよ。」
「あらあら、それは大変だったわね。また今度、私も贈り物をしようかしら。」
素敵なことを共有できるのも嬉しい。贈るのも心が浮つくことだと、マリアにも知ってもらえるのだから。
「してみて!すっごく幸せな気分になるから。」
「そんなにお勧めなのね。それなら良いことを教えてくれた愛良に、私からも良いお知らせよ。愛良も喜んでくれると嬉しいわ。」
何だろう。とても幸せそうな笑みを浮かべている。一度お茶で心を落ち着けているようだけど、笑みはさらに深まっていて、なかなかその内容は教えてくれない。
「ねえ、どんなお知らせなの?」
「愛良ちゃんも聞いてるかもね。マリアと〔琥珀の君〕の婚姻の誓いの日取りと出席者が決まったんだ。」
婚姻の誓いをするという話は知っている。その話が広まって、なぜか二人に仲良くしてほしくない人が出て来たから、慶司は狙われた。
「おめでとう。ねえ、マリアはその話で慶司が狙われたら心配になる?」
「もちろんよ。だけど、それはこの話をする前からあった危険なの。婚姻の誓いが済めば、今より安全になるのよ。それに、私も慶司さんも一緒にいたいと思っているもの。ラウラも守ってくれるなら安心でもあるわ。」
心配になるけど、不安にはならない。ラウラのことを信じているから、ただ一緒になることが楽しみになる。私は今も秋人と一緒にいるけど、マリアは慶司と一緒に住んでいるわけではないから、一緒に過ごせる時間も少ないのだろう。
「そうなんだね。いつになったの?」
「それは帰ってからのお楽しみにしておきましょう?アリシアさんにも招待状は送ったから、聞けば教えてくれるわ。」
「愛良ちゃんが来るかどうかはアリシアに任せてるの。きっと政治的なものになるから、来ても楽しいものにならないだろうし。もちろん宗教的な行事ではあるんだけど、貴族たちが認めて祝福したって形も重要だから。」
お祝いの曲は作っておこう。その日に行けなくても、その後聴かせてあげられれば私のお祝いの気持ちは伝わると思うから。
「へえ、そうなんだ。帰ったらアリシア様と相談してみるね。」
「そうしてくれると嬉しいわ。私も政治的な部分はよく分からないの。これではいけないのかしらと思うこともあるのだけれど、〔聖女〕様はそのままでいてくださいと言ってくださる方が多くて。」
私もそう言われることはある。愛良にはまだ早いとか、分からなくていいとか。そのうち教えてくれることになっているけど、早く知りたい気持ちが強くなってしまうこともある。
「言われてるほうは分からないよね。知りたいな、分かりたいなって思うのに。」
「知らないことが尊い時もあるんだよ。マリアや愛良ちゃんの純粋さを、自分の手で損なわせたくない。もちろん、二人の素敵な部分はそんなことで掻き消されはしないけどね。」
明るく笑ってくれたラウラだけど、次の瞬間には葉っぱがたくさんの花壇を寂しそうに眺めた。
「どうしたの、ラウラ。」
「ううん、何でもないよ。マリアや愛良ちゃんが笑ってるだけで幸せな人はいるんだよって言いたいの。だからその笑顔が消えてしまいかねないことは教えたくないんだよ、みんな。」
ラウラもアリシアや秋人と同じなのかもしれない。不安にさせたくないから教えたくない。それで隠しきれると思っている。一緒にいればそのうち気付いてしまって、どうして教えてくれないのと、余計に不安になってしまうのに。
今もラウラはマリアに隠し事をしているのかな。
「守るための秘密は安心させることに繋がらないこともあるんだよ。だって、何か隠されてることは分かっちゃうもん。なんで私には教えてくれないのって思うから。」
「そ、っか。そうだね。愛良ちゃんは色々知っても、あっても、変わらないもんね。ずっと笑ってくれてる。だから守りたくなるんだろうなあ。もちろん、私もだけど。」
私が笑っているのは楽しかったり嬉しかったり幸せだったりするからだけど、それで周りの人も幸せになってくれるのはもっと嬉しい。隠さずに笑って、自分の思ったことを言えば、相手もそうやって返してくれる。
「ラウラも一緒に楽しくお話しできたら、私は嬉しいよ。」
「あら、それは私もよ。ラウラに、私のために苦しんでほしくないわ。」
「ありがとう、二人とも。そうやって言ってくれれば、私ももっと頑張りたくなっちゃうよ。」
今もラウラは笑顔を返してくれる。ラウラが元気に頑張れるように、これからも時々会いに来よう。きっとアリシアもラウラやマリアに元気でいてほしいと思っているから。