二人の気持ち
サントス邸に帰れば、早速アリシアとお話だ。お兄ちゃんに教えてもらったことを、私からアリシアに伝えてあげよう。
「ただいま。」
「お帰りなさい。何だか嬉しそうね。」
「うん、秋人とお揃いの耳飾りしてるの。」
「良かったわね。だけどもう少しゆっくりしてから帰ってくると思っていたわ。」
今日は友兄と一緒に仕事をしていないようで、部屋にはアリシア一人だ。友兄に、きちんとお話しするんだよ、という話をするのはまた後だ。
「お揃いが嬉しかったからお兄ちゃんとお話ししてきたの。でね、この間、友兄がアリシアといっぱい踊りたいって言ってたのにあんまり嬉しそうじゃなかったでしょ?」
「ええ、そうね。まだ何か不満があるならと聞きはしたのだけど、教えてくれなくて。」
アリシアにはまだ分かっていない。だから私が教えてあげるのだ。
「あれね、お兄ちゃんから聞いたんだけど、いっぱい愛してって意味なんだって。」
なぜかアリシアは黙り込む。驚いたのかな。だけど、好きな人に自分のことを好きでいてほしいと思うのは不思議なことではない。アリシアは何に驚いたのだろう。
「もっと踊りたい、が、いっぱい愛して、になるのね?」
「うん。なんか、夜会とか人前でいっぱい踊るのが、守ってほしい、愛してほしいっていう意味なんだって。」
「ああ、なるほど。そういうことね。ありがとう、愛良。早速、友幸と話してくるわ。」
一緒にお部屋を出るけど、途中で別れる。私の目的地は秋人の部屋だ。少しアリシアと話すと言ったら待っていると言ってくれた。何か問題があったわけではないから、休みの日のことまでアリシアに報告する必要はない、とも言っていたけど、私には教えてあげたいことがあったのだ。
扉の前に立てば、勝手に扉は開かれる。どうして私が来たと分かったのだろう。
「足音が聞こえたんだよ。」
「え?」
「なんで、って顔してる。アリシアさんに教えたいことは話せたか?」
言いながらお部屋に上げてくれる。お茶も淹れてくれて、ここからはぴったりとくっついてお話の時間だ。
「うん。早速って友兄の所に行ったよ。」
「友幸さんも大変だな。」
「なんで?」
嬉しいことをたくさんしてもらえる時間だ。伝わっていなかった気持ちを知ったアリシアはきっと、友兄が喜ぶことをしようとしてくれるから。
「好きな人とこういうことするのに慣れてないからだろ。」
「こういうこと?」
首を傾げれば、唇に口付けてくれる。ほんのりと温かいのは触れている部分だけではないから、私からもお返しをした。
「こういうこと。この前、手繋いで庭を散歩してるの見かけたんだけど、ほんの少し指先絡めてるだけだったからな。アリシアさんががっつり繋ごうとしたら振り解くし。」
「友兄、私と歩く時はしっかり繋いで歩いてくれてたよ?」
アリシアは嫌というのは分からない。好きで毎日一緒にご飯を食べてお話ししているなら、手を繋いで歩くことくらいできそうだ。私が秋人と歩く時は基本的に手を繋いでいるけど、友兄はアリシアと歩く時にあまり手を繋いでいないのかな。
「アリシアさんとは恥ずかしいんだろ。きっと友幸さんにとっては、愛良が俺に着替え手伝うかって言われた時と同じくらい恥ずかしかったんだよ。」
「だって、あれは駄目だもん。」
「分かってるよ、まだ早かった。だから、手を繋ぐのも友幸さんには早かったんだよ、たぶん。」
それなら友兄には少し悪いことをしてしまったかもしれない。たくさん好きの気持ちを伝えようとすれば、たくさんの言葉を贈るか、ずっと手を繋ぐか抱き締めるか、たくさん口付けるかになるだろうから。
「友兄、大丈夫かな?」
「何とかするだろ。」
それなら私は心配せずに秋人との時間を楽しんでいよう。そう思ったところで、バタバタという足音に続いて、扉が強く何度も叩かれた。
「開けろ!」
「はい、ただ今。」
友兄の声に秋人が返事をする。何だか慌てているようだけど、何があったのだろう。アリシアとお話ししていたはずなのに、おいてきたのかな。
秋人が扉を開けた途端、友兄は胸倉を掴んだ。その服は珍しく乱れていて、普段はきちんと留められている釦も幾つか外れている。
「おい、秋人。アリシア様に何吹き込んだ。」
「俺は話してねえけど。」
「あ、ごめんね。私がアリシアに教えたの。友兄、大丈夫?」
胸倉から手を離すけど、信じられないとでも言うような表情で私を見た。友兄も喜ぶと思って教えたのに、失敗してしまったようだ。
「あ、いら、が?嘘だろ……!?秋人、普段愛良に、あんなことしてんのか。ふざけんなよ、まだ早いだろ!」
「誤解、誤解だから!たぶん、友幸さんがされたことと、愛良が教えたことは違う。ほら、一回お茶飲んで、ゆっくり話そう。」
空いている椅子を友兄に勧めて、落ち着くのを待つ。よほど全力で走って来たのか、友兄の顔は真っ赤で、呼吸も整うのに少し時間がかかった。
「で、何があったんだよ。」
「アリシア様の距離感がおかしい。いきなり来て、愛良と秋人が帰って来て助言してくれたって言ったかと思ったら、いきなり……」
そこで手で口を隠し、言葉を途切れさせた。いきなり何をしたのだろう。
「ああ、なるほど。で、愛良はアリシアさんに何を教えたんだ?」
「いっぱい踊りたいはいっぱい愛してって意味なんだよ、って。」
友兄は何か言いたそうにしているけど、秋人に対するようには私に言えないから、言葉を探している。教えてほしくなかったのかな。
「愛良はそれを優弥さんから聞いてたよな。」
「うん。」
「愛しての意味合いは聞かなかったよな。」
「もっといっぱい好きって伝えて、ってことじゃないの?」
「それもある。けど、キスとかいっぱいしてって意味合いの場合もあるんだ。きっとアリシアさんはそっちで受け取って、友幸さんに実行したんだよ。」
おおよそ同じだ。口付けだって好きという気持ちを伝えるための手段だから、アリシアはきちんと愛そうとしていた。友兄は違う方法で伝えてほしかったのかな。
「優弥さんが愛良に教えたなら、アリシア様がやったような意味のはずがない。だから、アリシア様が受け取る時に……意味合い、変わり過ぎだろ。」
「好きって言ってほしかったの?」
「え?」
意味合いが変わって行動で伝えようとしたから、友兄は怒って出てきた。だけど、変わる前の意味は合っていたなら、そういうことになる。
「だって、変わる前の意味では愛してほしかったんでしょ?」
「愛良、追及すると面倒なことになる。後はアリシアさんに任せとこ。」
秋人は廊下を確認する。アリシアが追いかけて来るのかな。足音が聞こえないからと友兄のほうを伺えば、服の釦を留め直していた。
「友兄、大丈夫?」
「大丈夫。しばらくアリシア様とは口利かないから。秋人、アリシア様が来てもいないって言えよ。」
「承知いたしかねます。喧嘩ならお二人の部屋でやっていただけませんか。」
珍しく秋人が家の中で丁寧に話している。それに友兄も罰が悪そうにして、言い直した。
「今、アリシア様と会いたくないんだ。いないって答えて、少しだけ匿ってくれないか?」
「今日は休みなんだけど。俺も愛良も。」
「じゃあ優弥さんの所に行こうかな、一人で。」
友兄も一人では外出しないように言われている。それなのにそんなことを言われれば、秋人もどうぞとは言えない。私も一緒には行けないから、せっかくのお休みなのに一緒に過ごせなくなってしまう。
「友兄、私は今日一日秋人と過ごすつもりだったの。」
「どうやったら一緒に過ごせるだろうな。」
そんなの簡単だ。秋人が友兄のお願いを断ったからお兄ちゃんの所に行くと言ったのだから、お願い事を聞いてあげれば友兄も一緒に三人で過ごせる。
「秋人、アリシアにいないって答えてあげて。」
「いないって答えるのは、また行方不明になったって誤解させかねないからできない。代わりに、今は会いたくないって言ってる、とは伝えられる。」
不服そうな友兄だけど、それ以上はお願いしない。アリシアが心配することも分かるからかな。以前行方不明になった時もとても心配していたから、今回もきっと同じだと推測できる。
返事のないまま、扉の向こうからアリシアの声が届いた。
「すまない、秋人。友幸はいるか?」
「いるけど会いたくないって。」
了承は得られていないけど、提案をそのまま実行した。友兄も苦情を入れないから、きっとこれで正解だったのだろう。
「そうか。なら謝罪を伝えてくれ。それと、茶と菓子を用意して待っていると。」
「分かった。伝えとくよ。」
伝えるとは言っているけど、友兄にも聞こえているはずだ。私にもはっきりと聞こえているのだから友兄に聞こえないはずはないのに、友兄はアリシアに返事をしてあげなかった。
「ねえ、なんでアリシアは謝ってたのに何も言ってあげなかったの?」
「本当に悪いと思ってるかどうかは分からないだろ。どれくらい待ってるつもりなのかも分からない。」
「もう、」
「愛良。しばらくしたら行くんだろ?」
秋人に止められたから黙ったけど、確かめないと分からないことを疑うだけで確かめないのは駄目と言いたかった。その上、友兄は秋人にも返事をしない。
「友幸さん?」
「行けば良いんだろ。しばらくしたら、だから。アリシア様、待ちぼうけだな。」
なぜか少しだけ嬉しそうだ。待ってくれていることは疑わないみたい。自分のために時間を使ってくれることが嬉しいのかな。それなら一緒に過ごしたほうが楽しいだろうけど、そうはしないのか。
「ほら、面倒なことになった。そんなことする前に、色々言えって。」
「良いだろ、別に。これは駄目って言ってんのに色々するアリシア様が悪いんだよ。」
やはりご機嫌だ。怒ってはいないみたいだから、友兄がアリシアの所に行って、アリシアが直接謝れば解決するのだろう。全部アリシアが悪いわけではない気もするけど、悪かった部分だけアリシアが謝れば仲直りできるはずだ。
「友幸さんの気が済むまで、三人でお茶するか。」
「うん。」
少ししたら、きちんと友兄はアリシアの所に戻って行った。