私も体験
次の私と秋人の休みの日に、アリシアから聞いたことを参考に二人でお出かけを実行する。何度もしたことがあるけど、意識すれば何か気付くことはあるかもしれない。
街に出て、まずはしっかりと手を繋いで歩く。
「何か今日はいつもより気合が入ってんな。」
「うん。友兄と約束してるし、悩み事解決してあげるために私も体験するの。」
アリシアから聞いたことは全て秋人にも伝えている。友兄から何かをすることより、アリシアから何かをすることのほうが多いようで、秋人の協力がなければ実現できないからだ。
自分が思った時と違う時にされるのが嫌なのかもしれない。そうアリシアは誰かに助言をもらったそうだ。そのため、秋人には私が予想していなさそうな時に、アリシアがしたことと同じことをするように頼んでいる。
私は私の思ったように動けば良い。いつものお出かけと同じだ。
「前に来た時にね、素敵な耳飾りを売ってる店があったんだ。」
きょろきょろと見渡してみるけど、見える範囲にはない。この辺りだったと思うけど自信もない。秋人には分かるかなと見上げると、同じように店を探してくれていた。
「さっき通り過ぎた店か?」
「え?」
ぐるりと首を回しても分からない。一度戻ろうとして動きかけるけど、はたと気付く。
「逸れないようにしないとね。」
「そうだな。」
手を繋いでいるから秋人は離さないでいてくれるだろうけど、うっかりすることはあるかもしれない。私もお店を探すことに集中しすぎないように気を付けよう。
「あっ!あった。」
見覚えのある看板が下がっている。そこに駆け寄ろうとすると引き戻されてしまった。
「こんな所で走ったら危ないだろ。人ならともかく馬車にぶつかったら洒落にならない。そうでなくても愛良なら転ぶかも。」
「うん、お店は逃げないもんね。」
ゆっくり歩けば、人の隙間を縫って店の中に誘導してくれる。扉を開けるとカランコロンと音が鳴り、外から見えた量より多くの装飾品が出迎えてくれた。
首飾り、頭飾り、髪飾り、耳飾り、腕輪。それも星や様々な花を模っている物から、羽根を模したと思われる物、何かを模るわけではなく様々な色の球を組み合わせて美しく見せている物まで様々だ。
「気に入ったのはあったか?」
「うん。綺麗でしょ?」
私が選んだのは私の瞳と同じ色の羽根を模した耳飾りだ。垂れ下がっていない種類の物で、他の物に比べて小さい。色合いも派手ではなく、装飾品としての自己主張は控えめだ。
「随分シンプルなのを選ぶんだな。愛良ならこっちとかも似合うと思うけど。」
秋人が私に着けてみようとしているのは、色も大きさも様々な球が垂れ下がった耳飾り。着けているとジャラジャラと音が鳴りそうだ。私に似合う物を選ぼうとしてくれているのは嬉しいけど、私は自分だけが着けるために欲しいとは思わない。
「でも、それは秋人着けないでしょ?」
「そりゃ、まあ。装飾品自体、必要な場面でしか着けないからな。」
「こっちなら、色違いのお揃いで着けられるよね。」
私に耳飾りを着けようとしていた手を引っ込め、その耳飾りを元の場所に戻した。それから、私の選んだ物の色違いの並びから一つ手に取る。
「なら俺はこれを着けてほしいな。」
前にくれた首飾りと同じ色が選ばれている。私は秋人の色の羽根を身に着けることになるわけだ。
「秋人がこれ着けてくれるなら、それ着けるよ。」
「ああ、着けるよ。それなら邪魔にもならないしな。垂れ下がってるやつだと動いた時に気が散るかもしれないけど、これなら大丈夫だろ。」
私が選んだ物を着けてくれなくても、私は秋人が選んだ物を身に着けたいけど、私もやっぱり自分の選んだ物を着けてほしくて、少しだけ嘘を吐いた。だけど秋人は何も気にせずに即答してくれた。嘘を吐かなくてもお願いすれば着けてくれたかもしれない。
そう気付いたなら、すぐに訂正しよう。
「あのね、着けてくれなくても私は着けるよ。だけどやっぱり着けてほしいから少し嘘吐いちゃったの。」
「このくらい交換条件なくても着けるって。初めてじゃないか?お揃いは。」
「そうだね。」
いつも秋人が私にくれるから、お揃いという形にはなっていなかった。特に意識してはいなかったけど、何だか特別に嬉しい気持ちになる。
その気分のままお店の人を呼べば、二つ分の代金を秋人が払ってくれようとした。
「待って。片方は私が払うの。だって、私からも贈り物したいから。」
「ならそっちはお願いするよ。」
袋に入れてもらわず、その場で互いに着け合う。私は今、秋人の色の羽根を身に着けて、逆に秋人は私の羽根を身に着けた。
「羽根、自由な鳥。ああ、なんだか曲が作りたくなっちゃった。」
「もう帰るか?お出かけくらいいつでもできるんだから。」
飛べそうな気分だ。ひらひら舞う蝶々にもできる。貴方という羽根で、私は飛ぶの、とか。だけど風には飛ばされないように留めてくれるの、とか。何でも言える。
作りたい気持ちももちろんある。だけど、まだ少ししか歩いていないのに帰ってしまうのも勿体ない気がしてしまう。
「うーん、とね。どうしようかな。」
「俺はどっちでも良いよ。作ってる様子見てるからさ。」
せっかくのお休みだからという気持ちもあるけど、家で過ごす時間も好きだ。お揃いをアリシアや友兄に見てほしいという思いもある。
「今日はもう帰ろ。お揃い見せたいから。そうだ、お兄ちゃんはいるかな?」
「行ってみるか?いなかったら帰れば良いし。」
「うん、そうする。」
手を繋いでたくさんのお店の前を通り過ぎ、小さな家の前を通り過ぎる。徐々に人通りは少なくなって、道幅も狭くなった。そんな中にあるのが、私がお兄ちゃんと一緒に住んでいた家だ。以前は近くに友兄も住んでいたけど、今その家にはもう誰も住んでいない。
そんな思い出深い家の扉を叩けば、聞き慣れた声が返って来た。
「はい、今出ます。」
お休みの日のいつもの服装で、秋人を見た視線が私まで下がってくると、満面の笑みを浮かべてくれる。私も嬉しくなって抱き着けば、強く抱き締め返してくれた。
「愛良、突然どうしたんだ?」
「会いたくなったの。話したいこともあるんだ。」
「そうか。二人とも上がってくれ。」
記憶の通り椅子は二脚しかないため、お兄ちゃんは飲み物を出してくれると寝台に座った。寝台も片方は布団も畳まれたままで使われていないのに、置かれたままになっている。いつでも帰って来られるようにしてくれているのかな。
話すなら近くにいたい。だから私は寝台のお兄ちゃんの隣に座り直してから、話を始めた。最初に今日の話をすれば、笑顔で聞いてくれた。次は前回会った時の話の続きだ。
「でね、この前、友兄がアリシアは夜会で自分と一回しか踊ってくれないって言ってたって話をしたでしょ?」
「ああ、してたな。」
「あの後ね、それを知ったアリシアがじゃあ踊ろうかって誘っていっぱい踊ってたんだ。私が伴奏したんだよ。だけど、そんなに嬉しそうじゃなかったんだ。」
自分のお願い事を叶えてくれたのに喜ばないのは不思議だ。アリシアは友兄のためにお着替えもしたのに、ありがたいけど、とどこか不満が残っていそうだった。それなのに、残る不満について伝えることもしていなかった。
「愛良には分からないか。」
「何が?」
「夜会で、というか人前で何度も踊ることに意味があるんだ。愛良は秋人君と夜会で踊った時と、サントス邸で踊った時と、感じるものは同じか?」
夜会は本番で、サントス邸は練習。秋人と踊ってどきどきしたことはあるけど、理由は場所ではない。今はどちらで踊っても同じだけ楽しい気分になる。
「同じだよ。だって、踊ってる時は周りなんて関係ないもん。」
「そうか。それなら教えてあげないとな。夜会という場で何度も同じ人と踊ることは、その相手が特別に大切だ、と周りに強く示すことになるんだ。」
周りの人に伝えなくても、大切に思ってくれていると自分に教えてくれるなら構わない。他の人が知っていてもいなくても、私が知っているなら嬉しい気持ちになるから。
「友幸さんが本当にどう思っているかは分からないけど、そうやって周囲に示す行動で守られていると感じたり、愛されていると感じたりする人もいる。」
「へえ。じゃあ、いっぱい守って、いっぱい愛して、って言ってたんだね。」
「そういうことだ。だけどアリシア様は言葉通り踊っただけだから、満足できなかったのかもしれないな。」
帰ったらアリシアに教えてあげよう。友兄は踊りたかったわけではなくて、愛してほしかったんだよ、って。どうして二人だけでお話しして伝わっているかどうか確認できないのだろう。何度も私が伝えてあげている気がする。
「そうだったんだね。ありがとう、お兄ちゃん。」
「秋人君が夜会の度に何度も愛良と踊ろうとするのも、分かってなかったんじゃないか?」
「そうなの?」
踊ることが楽しいからではなかったのかな。だけど、踊りながらきちんと大切だよ、好きだよ、綺麗だね、という話もしている。踊ることだけでは伝わらない部分も私たちは伝え合えていると思う。
どうなのだろうと秋人を見ると、話しにくそうな表情をしていた。私は想いを受け取り切れていなかったのかな。
「俺の場合は、まあ、愛良に伝えるって意味もあるけど、周りに伝える意味もあるから。」
「周りの人に何を伝えたかったの?」
少し躊躇するけど、見つめ続ければ答えてくれた。
「さっき優弥さんが言ったことと、あと、愛良に手を出すな、ってことだよ。愛良は、俺が大切に思ってて、他の男とキスしたり一緒に寝たりしてほしくないって思ってることだけ分かっててくれれば良い。」
「うん、分かった。そんなこと、言われなくてもしないよ。」
安心したように笑ってくれるけど、言わないとそういうことすると思われていたのかな。私も同じことを伝えておこう。
「秋人も他の人としないでね。」
「当たり前だろ。愛良以外としたいと思わねえよ。」
お兄ちゃんもにこにこと笑顔で見守ってくれていた。