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シキ  作者: 現野翔子
若草の章
187/192

悩み事

 今日は友兄に頼まれて、昔の人が作った曲を弾いている。だけど、あまり集中して聴いてくれているようではなくて、ただぼんやりとしているように見えた。曲の途中で弾くことを止めても、何も言わない。私のほうを見てはいるけど、私のことを見ているわけではないようだ。

 目の前に立ってみても、何も反応がない。


「ねえ、友兄。」

「え?ああ、上手だったよ。」

「聴いてなかったよね。どうしたの?何かあったの?」


 迷うように口を開閉する。何かはあったみたいだけど、言い辛そう。


「私には話しにくいこと?秋人呼んで来る?」

「いや……。まだ愛良のほうが適任、いや適してるとは言えないかもしれないけど。秋人は参考にならないというか、悪化するかもしれないというか。」


 私になら話せるということかな。そう考えて、隣に座った。


「何があったの?」

「むしろなかったというか。いや、あったはあったんだけど、なかったんだよ。」


 何を言っているのだろう。結局あったのかなかったのか分からない。簡単な聞き方をしてあげたほうが答えやすいかもしれない。


「誰といた時にあったの?」

「アリシア様と、だな。なあ、愛良は秋人と一緒に寝たことがあるんだよな。」

「うん、あるよ。」


 寒い時は一人だと余計に寒く感じるから、一緒に寝ることも多い。私が起きた時にはもう秋人は起きて鍛錬を始めているけど、戻って来てくれるから寂しくもならない。


「その時さ、何かされるか?」

「何を?」

「え、いや、分からないなら良い。」


 一方的に何かをされることはない。お話しして、お休みやおはようと言う時に口付けるけど、それは私からもするものだ。


「友兄はアリシアと寝ないの?」


 頬が赤くなった。隠すようなことではないことも、友兄はいつも隠したがる。口付けだって人がいるから後で、と言って拒む姿は何度か見た。


「寝ては、まあ、愛良的な意味なら睡眠はとってる。愛良は秋人と一緒に寝る時、どんな体勢なんだ?手を繋いでる?」

「ぎゅっとしてくれる日もあるよ。」


 手を繋ぐ日もあるけど、ぎゅっと抱き締めてくれている日もある。特に寒いと言った日はそうやって温めてくれた。


「そのまま体撫でられたりとか、キスされたりとかは?」

「頭は撫でてくれるよ。キスもする。」


 友兄もアリシアにしてもらったのかな。それならアリシアと一緒にお仕事でもお茶でも一緒にしていないことが不思議だ。


「その後は?」

「お休みって言って寝るよ。」

「それだけ?」

「うん。」


 夜は寝る時間だ。お布団に入るのはもう寝ようという時だから、話しても少しだけ。果物とかはそれまでに食べて、お風呂ももう済ませているから、することはなくなっている。


「愛良はそういう時、もどかしい気持ちになったりしないのか?」

「もどかしい?」

「こう、もっと話してたいな、とか。」


 きっと友兄はそう感じたからこう聞いている。だけど、次の日もお仕事がある上に、アリシアは寝ようとしているから、アリシアには何も言えていない。それなら私が解決法を教えてあげよう。


「話したい時はもっと話そうって言うの。もっとキスしてほしい時はキスしてって言うの。そうしたら聞き入れてくれるよ。」

「え?いや、別にそういうことじゃなく」

「友兄はもっとアリシアにきちんと気持ちを伝えてあげようよ。ほら、一緒にアリシアの所に行こう。」


 今日はアリシアも話をしてくれるくらいの時間はあるはずだ。そんな時間もないくらい忙しいなら、友兄もこうして話していられないはずだからと、アリシアの執務室に連れて行く。アリシアも友兄が自分のことで悩んでいるなら、それを解決してあげたいと思うだろう。

 そんな考えで向かえば、思った通り、アリシアは入室を許可してくれた。


「愛良まで一緒に戻ってくるなんて、休憩はもう良いのか。」

「休憩じゃなくて相談事だったの。あのね、友兄は夜、キスしてすぐ寝ちゃうのは物足りないんだって。」

「違う、言ってない。そうは言ってない。アリシア様、違いますからね。誤解です。」


 そういうことではなかったのか。だけど、誤解を解くために自分で色々説明すれば、本当はどう思っているのか話すことになる。そう私は思ったのに、友兄はそれ以上言葉を続けない。


「愛良、友幸はその手の触れ合いが苦手なようだ。どう対応すると良いか教えてやってくれないか。」

「うん、いいよ。何を教えたらいいの?」


 するとアリシアは楽しそうに友兄に近づく。友兄は一歩ずつ下がり、扉まで追い詰められた。手を握られたら握り返すのに、どうして逃げるような対応をするのだろう。

 返事のないまま、アリシアが友兄に口付けようとするところを見せられる。もう友兄は真っ赤になって、その口を手で塞いだ。


「愛良がいるでしょう!前にも言いましたよね?次やったら怒るって。」


 部屋から出てあげたほうが良いのかなと思っても、友兄が扉に凭れているから、出て行くこともできない。


「二人の時でも無言になるか、すぐそっぽを向いてしまうだろう。」

「そういうのを言うなって言ってんだよ!」


 結局、アリシアが何を友兄に教えてほしいと思っているのかは分からない。分からないけど、口付けてその反応なら、アリシアには友兄が喜んでいるのか嫌がっているのか分からないだろうとは分かる。


「あのね、友兄。嬉しかったら嬉しいって言って、したかったらするんだよ。」

「だそうだ。実行してくれるか。」


 だけど友兄がアリシアを押し返すと、アリシアも抵抗なく一歩下がった。それを見ることなく友兄は部屋を出て、激しく音を立てて扉を閉める。


「アリシア、友兄怒って出て行っちゃったよ?」

「恥ずかしがっているだけだろう。前に自分でそう教えてくれたからな。」

「でも、次やったら怒るって言われたことをわざとやるのはいけないと思う。」

「そうだな。それに関しては後で謝罪しよう。」


 今からではないらしい。友兄の後を追いかける様子もなく、仕事机に戻った。


「私は今から友兄の所行くけど、後でちゃんと自分で伝えてあげたほうがいいよ。」

「ああ、そうしよう。では、頼んだぞ。」


 静かに扉を開け閉めして、どこに行ったかを考える。気分を変えるならお庭だけど、咄嗟に向かうなら自分の部屋だろう。


 先に友兄の部屋に行ってみると、無言で招き入れてくれる。


「あのね、アリシアもいけないことしたってのは分かってたよ。後で謝らなきゃって。」

「ああ、いつも後から謝ってはくれるんだよ。どういうつもりだったのかっていう説明も一緒に。でも、なあ。その、愛良はああいう時、どうしてるんだ?」


 私がいるから駄目、二人の時にしてほしいと友兄は言っているようだった。だから、ああいう時、は他の人がいる時に口付けられそうになった時のことだろう。

 口付けならアリシアや友兄がいる時にされたこともある。だけど、私は友兄のように二人の時にしてほしいと思わなかったから、そのまましてもらう。お返しをすることもある。


「私はしてもらってからお返しするよ。」

「そっかぁ、愛良はできるんだ。」


 困ったような表情で私を見ている。友兄には同じことが難しいようだ。だけど、それなら私にできる助言は思いつかない。同じことをまた私も秋人にしてもらえば何か思いつくかもしれない。

 思い立ったら即行動。早速試してみよう。今は秋人も出かけていなかったはずだ。


「友兄、ちょっと待っててね。私、秋人にお願いしてくる。」

「行ってらっしゃい。」


 あまり気の入っていない声を背中に、部屋を出る。庭を駆け回るけど、右を見ても左を見ても秋人はいない。急にアリシアに何か頼まれたのかもしれない。


 アリシアの執務室に行こうとすると、廊下で秋人を見かけた。


「あっ、秋人!あのね、唇にキスしてほしいの。あとね、」


 にっこりと笑った後、目を瞑ってちょんと付けてくれる。それから頭をぽんぽんとしてくれれば、やはりいつも変わらないぽかぽかした気持ちになる。だから余計に、友兄がアリシアにされた時の反応が分からなくなった。


「悪い、今からお使いなんだ。帰ってきてからでも良いか?」

「あ、うん。行ってらっしゃい。」


 仕事の邪魔はできない。私も目的の一部は達成できたから、アリシアにお願いされた友兄のことも、少しは解決できるだろう。

 再び友兄の部屋に戻れば、私が出た時と変わらない姿勢で机を見つめていた。


「お待たせ。やっぱり急でも唇同士のキスもしてもらえたよ。だから、私には人の通る廊下でもぽかぽかするってことしか分かんない。」

「うん。分かってたけど、やっぱりあんま参考にならないな。そうだよなぁ、愛良は気にしてなさそうだもんなぁ。」


 はあ、と溜め息を吐く。まだ解決していないようだ。何か手掛かりになる私の経験はないかな。


「そうだ。いっぱいすれば慣れるんだって。私も最初はどきどきしたもん。いっぱいしたらぽかぽかするだけになったよ。だから、友兄もアリシアといっぱいすれば慣れるよ。」

「いっぱい、って。というか、今、自分から頼んで唇にキスしてもらってきた……?」

「うん。」


 机に向けていた目を私に向けた。解決の糸口が見えて、少し元気が出たのかもしれない。


「昼間から?というか、どこで?」

「うん。だから廊下でだって。」


 まじかと呟き、何か考え込む。それから何かに気付いたようにまた私に目を向ける。


「それってさ、ちょんってする感じで?」

「うん。」

「ああ、だからだな。いや、それも割と……。まあ、愛良が気にしてないならまだ良いか。」


 色々言っているけど、友兄がアリシアに色々されて解決していないのは、されてもどう思ったかを伝えてあげないことも大きな問題の一つだ。アリシアがいけないことをしていることもあるけど、どう感じているか分からなければ行動を改めることもできなくなってしまう。


「私は秋人に、それは嫌って思ったらその時に言うの。それはもっとしてって思っても、やっぱりその時に言うの。だから、友兄がちゃんとアリシアに言ってあげないと解決しないよ。」

「それは、まあ、そうだな。うん、愛良の言う通りなんだけど。」


 歯切れの悪い返事だ。分かっているのにしないのは、自分が辛い時間を引き延ばすだけになる。


「じゃあ約束ね。私は友兄の気持ち分かるように、アリシアが友兄にすることを秋人にしてもらう。その代わり、友兄はちゃんと自分の気持ちをアリシアに伝えるの。」

「え!?いや、それはしなくて良い。ちゃんと伝えるからさ。」

「駄目ですぅ。アリシアから友兄に何してるかちゃんと聞くから。」


 少し強引に友兄からの約束を取り付け、私は再びアリシアの執務室に向かった。


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