私の家族
無事に第四回文化交流事業公演も終了して、緊張の緩んだ時間を過ごす。だけど今日は落ち着かない部分もある。そわそわと玄関の前を行ったり来たりして待っている。アリシアはまだ時間があると言って仕事をしていて、友兄も一緒に仕事をしているから、玄関には私一人だ。
まだかな、もう少しかな。秋人が迎えに出てからどれくらいだろう。馬に乗って、さらにもう一頭連れて行ったけど、街中を全力で駆けさせるわけにはいかないから、と言っていた。部屋で待っているようにというのは、アリシアと秋人の二人から言われたことだ。待ちきれなくて玄関に来てしまったけど、怒られはしないだろう。
もうそろそろ来てほしい。玄関を開けて外を伺いたい気持ちもあるけど、秋人が開けた瞬間に私がいれば、二人とも驚いてくれるだろうとぐっと堪える。
待ちきれない、と玄関の扉の前に立つ。深呼吸をして、手を伸ばした時、勝手に扉が開いた。
「部屋で待っとけって言ったのに。」
「俺のためにいてくれたのか、愛良。」
あきれ顔を浮かべる秋人と、苦笑しつつも頭を撫でてくれるお兄ちゃん。今日やっと、お兄ちゃんに色々な報告ができるのだ。
「お兄ちゃん、会いたかったよ。お帰り、秋人。」
ぎゅっと順番に抱き着けば、二人とも抱き締め返してくれる。ここからは私がお兄ちゃんを案内しよう。
「秋人、アリシアと友兄に伝えてきて。みんなでお茶会だね。」
「分かってるよ。」
二人を呼びに行く秋人を見送り、私はお兄ちゃんを応接間に連れて行く。
アリシアはお兄ちゃんが着くまで簡単に片付く仕事をするから来たら教えてほしいと言っていた。今日はアリシアからもお兄ちゃんに伝えるべきことがあるのだという。友兄も話したいことがあると言っていたから、お兄ちゃんは忙しいお茶会になるだろう。
「あのね、お兄ちゃん。前にお兄ちゃんに会った時から、秋人ともっと仲良くなったんだよ。この前の夜会の時も一緒にたくさん踊ったの。その前には今年も雪合戦して、ぎゅってして温めてもらったの。それとね、アリシアと友兄もすっごく仲良くなったんだよ。アリシアがキスしても、友兄が駄目って言わなくなったんだ。」
特に秋人とは毎日会って話しているから、お兄ちゃんに伝えたい出来事もたくさん起きている。だけど多すぎてどれから話そうか迷ってしまう。アリシアと友兄の話も最近は変化が大きいから、お兄ちゃんに話したい。
お兄ちゃんはにこにこと聞いてくれている。私の話もしたいけど、お兄ちゃんの話も聞きたい。アリシアと友兄の話は本人たちが来てからにしよう。
「お兄ちゃんのほうは何かあった?」
「そうだな、愛良がここで元気そうにしてるみたいで安心したよ。」
「そうじゃなくて。お兄ちゃんは、私の知らない所で何があったのかなって。」
「色々だよ。友人と飲みに行ったり、色々話したり。」
あまり詳しくは話してくれないけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんで楽しく過ごせているみたい。
もう少し聞きたいと思ったのに、もう部屋に着いてしまった。
「待ってね。アリシアたちが来たらお茶淹れてくれるから。」
「愛良は淹れないのか?」
「うん。今日はアリシアが自分で淹れたいんだって。それに私は上手に淹れられないから。」
主人自ら茶を振舞うのは最大の歓迎の意を表す場合もあるという。もちろん、淹れるのが苦手な人は上手な侍従や侍女に淹れさせて歓迎する。美味しいお茶のほうが淹れてもらった人も嬉しいから。
簡単に説明していると、すぐに三人が入ってきた。
「待たせたな。来てくれて感謝する。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」
「今日は個人的な話をしたいんだ。寛いでほしい。」
アリシアがお茶を淹れてくれる。侍女が淹れる物と遜色ない味と香りに、少なくとも私には感じられる物だ。
「愛良は十分話せたか?」
「まだいっぱい話したいことあるけど、アリシアの話を先にしよ。伝えるべきことが何か、私も気になるから。」
「そうか。なら先に話させてもらう。」
私と秋人に視線を遣って、またお兄ちゃんに戻してから話を始めた。
「話というのは愛良と秋人の婚姻の話なんだ。優弥の意向も確認したい。」
「愛良が望むのであれば、俺は止めませんよ。」
「私は秋人と一緒にいたい。お兄ちゃんと会えなくなるわけじゃないんでしょ?」
会えなくなるなら迷うけど、そうではないならしたくない理由がない。
「優弥さえ良ければ、またこうして招かれてくれるだろうか。」
「ええ、ぜひ。」
「良かった。それに関連して、結婚式の問題もある。私と友幸も結婚するから、合同結婚式という形にしてしまおうと考えているんだ。そうやって愛良が非常に目立つことも許容してくれるか。それと、まだ日取りは決めていないのだが、招待もされてくれるか。」
「ええ、愛良の晴れ姿、ぜひ見させてください。」
話がまとまったみたい。お兄ちゃんなら喜んでくれると信じていても、実際に聞くと安心できる。
「愛良が目立つのなんて今更だろ。アリシアさんお抱えの可愛がってる音楽家ってだけで結構注目されてるんだから。」
「そうだな。なら、秋人君、愛良のことを頼んだよ。」
「はい!」
勢いよく返事して、自分でも少し驚いている。お兄ちゃんに認められると嬉しいのは分かる。私も褒められて思ったより大きな声で出てしまって、自分で驚いたことがある。お兄ちゃんもそれを思い出したのか、笑い声を漏らした。
「二人目の弟だな。」
「二人目?」
妹は私がいるけど、お兄ちゃんに弟がいるとは聞いたことがない。もう一人は誰だろう。
「友幸さんだよ。俺は愛良の兄だろう?友幸さんも愛良の兄だ。つまり、俺にとっては弟になる。」
「ならねえよ。だいたい俺のほうが年上……いや、年は同じだけど、誕生日が早い。」
半年くらいの差だ。こうして見ていると、お兄ちゃんのほうがよりお兄さんらしい気がするから、友兄がお兄ちゃんの弟と言われたほうが納得できる。
「友幸が優弥の弟とするなら、結婚すれば私も優弥の妹のようなものだな。」
「それは畏れ多いです。アリシア様は非常にしっかりしておられますから。」
「遠回しに俺がしっかりしてないって言ってる?」
仲が良さそうだね、と秋人に小声で言えば、さらに友兄が嫌がりそうなことを三人に伝える。
「友幸さんよりアリシアさんのほうがお姉さんっぽいもんな。」
「アリシア様よりは確実に年上だ!」
「そうだな、私の友人の弟だから、私にとっても弟のようなものと言えるかもしれない。」
途端に機嫌が降下して、黙り込む。先ほどまでは色々言いつつも本気で嫌がっている雰囲気ではなかったのに、ガチャンと音を立ててカップを置いて、足を組んで、全身で話したくないと訴え始めた。
「悪かった。友人との関係を除いても、君は私の大切な人だ。」
「アリシアさん、口滑らしたな。お姉さんの話を出した時に何度も機嫌が悪くなってるんだから、それは言っちゃ駄目だろ。」
「分かっている。友幸、少し二人で庭を歩こう。」
友兄はそれを無視して組んでいた足を戻し、お兄ちゃんに微笑みかけた。
「お兄ちゃん。俺、お姉ちゃんは要らないけど、お兄ちゃんは欲しいなって思ったことがあるんだ。」
いつもと少し違う声になっている。意図して可愛い声を出しているのかもしれない。
「俺で良ければお兄ちゃんと呼んでくれ。また何かあったら家出してくると良い。逃げる先があったほうが安心だろう?」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん。」
変な感じがする。見たことのない光景だ。私以外の人がお兄ちゃんをお兄ちゃんと呼んでいるのも、友兄が満面の笑みを見せているのも。何かがおかしい気がする。アリシアは寂しそうに眺めているし、秋人はうんざりした様子を見せている。
お兄ちゃんも苦笑を浮かべて、私の頭を撫でた。
「友幸さん、その辺にしてやってくれ。愛良が戸惑ってる。」
「愛良、ごめんな。」
「ううん、どうしたのかなって思っただけだから大丈夫。」
何か分からないけど、友兄の声は元に戻った。だけど、アリシアのほうを見ないことに変わりはない。
「アリシア様に当てつけるくらいなら、友幸さんもきちんと伝えような。」
「何のことだろうな。」
「自分だけを愛してほしいんだよな。誰かがいるからじゃなくて、自分だからって言ってほしい。アリシア様、つい先日飲んだ時に友幸さんはそういうことを」
「違う!覚えてない、忘れた、俺じゃない。他の人と間違えてるんだろ!」
お兄ちゃんが間違えているなら、どうして友兄は慌てて声を上げたのだろう。自分ではないという発言と、覚えていないや忘れたという発言が矛盾していることには気付いているのかな。
アリシアも友兄のその発言に気付いたのか、嬉しそうにその頬に手を伸ばした。
「私は、君だから愛しているよ。」
「今じゃなくていい!後で!今はほら、優弥さんもいるし、お客さん放置するのは招いた主のすることじゃないだろ?」
しかしアリシアはその発言を無視して、抵抗する腕を掴んだ。友兄は顔を逸らして、私を見つけると何か閃いたような表情を浮かべた。
「そうだ、愛良。今日は話したいことたくさんあるんだろ?こんな時間も惜しいよな。ほら、アリシア様、俺たちのことは夜にでもゆっくり話そう。待って、本気で良くない。こういうのは真っ昼間からすることじゃねえんだよ!」
必死に早口で捲し立てる友兄にアリシアも手を離した。口付けくらいはいつでもできるけど、友兄にとってはそうではないらしい。この短い時間で少し息が乱れている。
「何か大変そうだね。」
「他人事……!いや、まあ、愛良にとってはそうなんだけど。」
「友幸さんがああいうことしてる時は恥ずかしがってるだけだから、放置して俺たちは俺たちで仲良くしといたら良いんだよ。」
「秋人、お前は後で覚えとけよ。」
今日はお兄ちゃんがいるから、秋人よりお兄ちゃんと仲良くすることが優先だ。だから秋人と友兄が色々言っているのを秋人の言う通り放置して、私はお兄ちゃんの腕を掴む。
「私ね、お兄ちゃんのためにも曲作ったんだよ。」
「それはぜひ聴かせてほしいな。」
「うん!じゃあ、音楽室に来て。」
曲も披露して、お話もたくさんして。この日もとても充実した一日となった。