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シキ  作者: 現野翔子
若草の章
184/192

今年の贈り物

 文化交流公演を数日後に控えた、十二月の贈り物をもらえる日。今年もアリシアは秋人のお休みの日にしてくれた。

 しっかり上着を着て二人で庭に出れば、今年も綺麗な雪景色が待っている。足跡を一つまた一つと増やしていき、手を互いで温める。


「また雪合戦できそうだね。」

「かまくらも作れそうだけど。」


 砂の城のようには作るのは大変そうだ。かといって、雪を一掴みずつ積み上げるのでは、天井の部分をどうするのか分からない。


「うーん。雪合戦のほうがいいな。今年はちゃんとルール決めよ。」


 去年はアリシアが反則をしたから、きちんと決めておきたい。友兄もとても冷たそうだったから、躱したり防いだりする壁を作るのも面白いかもしれない。


「まず、雪を当てる以外の攻撃は禁止ね。」

「だろうな。」


 いきなり雪に引きずり倒されたら驚いてしまう。雪のおかげで怪我はないだろうけど、顔からぶつかれば痛くはあるだろう。


「次は、壁作ろ。」

「壁ってなんだよ。」

「身を隠すの。」


 作るために移動をすると、窓からアリシアと友兄がこちらを見ていることに気が付いた。手を振れば、二人とも振り返してくれる。

 少し離れた所で屈んで、雪玉を作る。とても冷たいけど、小さな塊が作れればそれで充分だ。その塊を核に、雪玉を転がしていく。少しずつ大きくなって、やっと抱えられるくらいの大きさになる。もっと大きくして、もう持ち上げられないくらいに。すっかり手は冷たくなってしまった。

 息をはーっと吹きかけて温めようとしても、その瞬間しか効果はない。振り返れば、秋人がすぐ傍まで寄って来てくれる。


「冷え冷えじゃねえか。」

「あっためて!」


 両手を差し出せば、体をくるりと反転させられ、抱き締められる。両手もしっかり包み込んでくれて、もう既に温かくなった気分だ。


「一回部屋でココアでも飲むか?」

「ううん、大丈夫。」


 顔色を窺われるけど、そこまで冷えてはいない。近づいた頬に口付ければ、お返しもしてもらえた。軽く笑い合うと、アリシアと友兄のいる部屋のほうを目で示される。


「あっち見てみろよ。」


 友兄は私たちのほうを見ているけど、アリシアは友兄のほうを見て、その頬に手を伸ばした。触れられると友兄はアリシアを見たけど、その手を掴んで距離を取る。だけどアリシアはもう片方の手で友兄の頭の後ろを掴んで、口付けをした。友兄はアリシアの肩を押して抵抗しているように見えるけど、止めなくていいのかな。


「アリシアは友兄の嫌がることしないよね?」

「大して力入ってないから良いんだよ。こういう感じだな。」


 手を離され、また体を反転させられる。頭の後ろに手を添えられるけど、逃れられないほどではない。私はそのまま続けてほしいから、胸元に手を乗せるだけで、目を瞑った。小さな笑い声に続いて、唇にそっと温かい物が触れた。


「雪合戦の準備の続きするね!」


 もうしっかり体も温まったから、作業の再開だ。自分の頬っぺたも熱い気がするけど、冷たい雪を触っていればすぐ元に戻るだろう。

 さっき作った大きな雪玉を雪がたくさん残っている所に置いて、その大きな雪玉の横に屈んでみる。小さく縮こまれば、私は頭まですっぽりと隠れられた。


「残り三個だね。秋人も手伝って。」


 また同じように雪玉を作って、大きくしていく。雪だるまを作る時なら一個目より小さく作るけど、今日は目的が違うから、さっきと同じくらいまでだ。形が歪でも構わない。できたら、先ほどの一個と距離を取った位置まで転がした。


「隣に並べて。」

「こうで良いのか?」


 ぴたりとくっつけて置いてくれる。


「そうそう。もう一個はあっちの一個に並べるの。」

「了解。」


 秋人が最後の一個を作り始めてくれたから、私は窓の近くで少し休憩だ。そうすると、ガタと窓が開けられた。


「何をしているのかしら。」

「雪合戦の準備!後で二人も一緒にやろうよ。」

「ええ。体は冷えていない?」


 手は冷えているけど、体はそうでもない。さっきの秋人とのことを思い出せば、少しほかほかとする気もする。


「うん、大丈夫。」

「少し飲んであったまれば良いだろ?」


 友兄がカップを差し出してくれる。両手で包み込むように受け取ればほんのりと温かく、ココアの甘い香りが上がってきた。それに釣られて口を付ける。


「あつっ!」

「今、新しく淹れてもらったから。」


 ふーふーと今度は用心深く口に含む。期待通りの甘さと温かさだ。ふにゃりと自分の表情が緩むのが分かる。


「美味しい。」

「俺も飲みたいなあ。」

「あ、返すね。」


 友兄もココアを飲んで落ち着いている。


「ねえ、さっき嫌だったの?」

「さっき?」

「アリシアにキスされてたの。」


 抵抗していたように見えたけど、私がしたのと同じことをしただけだったのかもしれないから確認だ。嫌だったのなら私からもアリシアを怒ってあげよう。そう思ったのに、友兄は少し頬を染めて、目を逸らした。


「え、いや。見てたのか?」

「うん。」

「私も気になるわ。不快な思いをさせたいわけではないもの。」


 アリシアも友兄をじっと見て、返事を待っている。ここで本当に思っていることを答えられればもっと仲良くなれるよ、と念を送る。友兄が目を逸らして答えを躊躇していると、秋人が戻って来た。


「何してんだ?」

「友幸に接吻のご感想を求めていたのよ。」

「あー、じゃあ、話し終わったらで良いや。愛良、先に遊んでようぜ。」


 秋人に手を引かれて、雪玉の並んだ場所に戻る。嫌でも一人で伝えられるかな。友兄はアリシアに手を包まれて、俯いている。


「いてあげなくて良いの?」

「いたほうが話し辛いだろ。ほら、愛良。ちゃんと躱せよ!」

「わあ!」


 お腹に小さな雪玉を当てられた。私も足元の雪を固めて、構えを取る。


「もう、突然は駄目!次は私の番ね、行くよ。」


 しっかり狙って、秋人に向けて投げる。だけど秋人に投げられた時のように真っ直ぐ飛んでいない。一歩ぽんと移動しただけで、雪玉はその横を通り過ぎた。もう一個、二個と投げても全て躱されてしまう。


「当たらないー!」

「そんな緩い玉、当たるわけないだろ!」


 もう、と思いつつさらに投げても当たらない。その背後からアリシアと友兄が近づいてきて、友兄が手を前に回して顔に雪玉を押し付けた。秋人はそれを振り解くけど、激しく噎せている。


「冷てえ!ちょ、おい、誰だよ!どっちだ、容赦のなさ的にアリシアさんか。」

「友兄だよ。」


 濡れ衣を着せられたアリシアは秋人を睨んでいる。その手には雪玉が握られていて、振り返る秋人に向かって全力で振りかぶって投げつけた。


「さて。容赦のない試合を始めようか。」


 アリシアのその言葉を合図に、全員が臨戦態勢に入る。秋人と私は奥の大きな雪玉の影に隠れ、投げやすい大きさの雪玉を作っていく。


「アリシア!雪玉当てる以外の攻撃は駄目だよ!」

「分かっているわ!」


 ひょこりと大きな雪玉の影から頭を覗かせて、アリシアと友兄の様子を伺う。雪玉を片手に頭が出てくるのを待った。アリシアの頭がすっと一瞬出たと思ったら、そこから雪玉が秋人のほうへ飛んでいく。それと同時に秋人のほうから雪玉が飛んで行った。

 二人とも投げる瞬間だけさっと頭を出して、すぐに引っ込める。雪玉はしかし、どちらの下にも届かず、空中でぶつかり形を失った。二人は雪玉の行方も確認しないまま、当てられないよう姿を隠したため、その奇跡の結果も見逃している。


「ねえ!見た?雪玉が空中でぶつかって消えたんだよ!すっごい!」

「だいたい同じ大きさ、同じ重さの物を投げて、互いの発射地点と目標地点もだいたい同じなら、十分に可能性はあるだろ。」


 数学や物理の話だ。だけど、じっくり計算した結果と、実際に二人の人間が投げた結果が同じになることはあまりないように思える。計算していたとしても、私ならその通りに投げられない。その上、どの瞬間に投げるかすら一瞬で判断して、じっくり狙うわけではなく投げている。

 珍しい物を見た気分に浸っていると、頭に冷たい物が当たった。


「愛良、油断大敵だな!」


 勝ち誇る友兄に向けて雪玉を投げるけど、狙った方向と全然違う方へ行ってしまう。今は髪に雪が付いていたから上手く狙えなかっただけ。一度雪壁の影に隠れて、雪を払い落とす。作ってある雪玉をもう一つ手に取って、今度はしっかり狙いを付けた。

 さっきは雪壁の右端のほうから頭を覗かせていた。アリシアと場所を入れ替えようとしてもこちらに見えるだろうから、きっと同じ側だ。そちらの方に集中して、友兄が出てきた瞬間に雪玉を投げつける。


「やった!仕返しだよ!」


 今度は私が一発だ。そうやって何発も当てて、当てられを繰り返すと、息が上がってきた。


「そろそろ終わりにするか?じゃ、最後に一発。」


 私の様子に気付いた秋人が、壁にしていた大きな雪玉の横から飛び出し、アリシア側の雪玉を強く蹴った。


「行儀の悪い坊やだな!」

「誰の躾のせいでしょうね。」


 アリシアに引き立てられた友兄が私の側に投げられるようにして倒れ込む。座り直すのも確認することなくアリシアは秋人に向けてもう一つの大きな雪玉を転がしていた。


「似たようなことアリシアさんもやってんじゃねえか!」

「雪玉しか使わないルールは守っている。」


 足元の雪を握り固めて投げつつ、大きな雪玉を足や体で動かし、互いの行動を邪魔しようとしている。もはや一発と言えるような数ではなく、先ほどまでより白熱しているようにも見えた。

 そちらを放置して隣の友兄の様子を伺うと、私同様呼吸が荒い。完全に座り込んでいる。


「友兄、大丈夫?」

「大丈夫。アリシア様も夢中になると、やることが乱暴なんだよ。」


 だけど今の秋人とアリシアの戦いを見る限り、近くにいるほうが危なそうだ。友兄を巻き込まないための対応だったのだろう。


「ちゃんと優しく扱ってって言わないとね。」

「そうだな。アリシア様や秋人みたいに頑丈にはできてないから。」


 寒さのせいか運動したせいか分からないけど、今の友兄は喜んでいるようにも見える。アリシアに怒っているような声音ではないから心配は要らなさそうだ。

 ぽん、と背中を叩かれる。


「部屋で暖まろう。愛良、二人を止めてくれるか?」

「うん。ねえ!秋人、アリシア。お茶にしよ!」


 立ち上がって声をかければ、二人とも動きを止めてこちらに向き直ってくれた。服に付いた雪を払えば、それが休戦の合図だ。


「そうね。秋人はともかく、友幸や愛良は風邪を引いてしまうかもしれないわ。」

「アリシアさんは良いとして、愛良と友幸さんは体調崩すと大変だもんな。」


 どちらの発言も無視して、友兄が部屋まで連れて行ってくれる。暖かい部屋と温かい飲み物で、ここからはゆったりした時間になるのだろう。


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