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シキ  作者: 現野翔子
若草の章
181/192

贈り物

 眠い目を擦って、朝早くに起き上がる。まだ陽も昇らない時間に支度を済ませ、門番さんの所に向かった。


「おはよう、愛良ちゃん。」

「うん、おはよー。秋人は?」

「まだだよ。帰って来るのは陽が昇ってからだろう?」


 朝日が雲の隙間から見え始めているけど、辺りは薄暗い。体が冷え切ってしまわないように、立ったまま眠ってしまわないようにも、足踏みを繰り返す。手を擦り合わせて、息を吹きかけて、外をちらちらと覗いてみる。

 こんな時間に出かける人はあまりいない。馬車がすれ違っても余裕がある道には誰も歩いておらず、何も走っていない。


「愛良ちゃん。」

「分かってるよー。ちゃんと待ってる。」


 アリシアも秋人もとても心配するから、私は一人で外に出ない。友兄も同じだ。きちんと守ってくれる人がいなければ、私たちは敷地の中から出ないように言われている。出かけたい時は予定を調整してくれるから、それでも大きな不満を抱いたことはない。

 ぴょんぴょんと飛んだり、屈伸をしたりして待っていると、門から待ち人が帰って来た。


「お帰り!」

「ただいま。」


 怪我がないかぺたぺたと確認すれば、笑われてしまう。


「そうそうあんなことは起きねえよ。」

「でも一度起きたから。」

「あれはたぶん威嚇のためだから。今日も何もなかったよ。」


 痛そうな反応もなく、安心して抱き着く。すると軽々と抱き上げられ、屋敷に連れて行かれる。


「どうせ朝ご飯も食べずに待ってたんだろ?」

「だって起きた時はまだできてなかったんだもん。それに、一緒に食べたほうがおいしいよ。」


 おいしく作ってくれているから、どんなふうに食べてもおいしいけど、秋人と一緒だともっとおいしく感じられる。


「そりゃ良かったよ。こんな時間に出かけんのは、ひとまずこれで最後だから、今日からはちゃんと寝とけよ。」

「もう大丈夫なの?」

「自分の所で護衛とかが用意できたってよ。明日からは巡回兵も増えるし、俺が行くことはないな。ラウラもいるから心配することはないだろ。」


 安心したら欠伸が出てしまった。何だか笑われた気がして、強く抱き着いて自分の顔を隠す。


「朝ご飯食べたら一緒に寝るか?」

「うん。」


 今日は元々私のお休みの日だ。どんなふうに過ごしたって構わない。



 一度はしっかり暖を取れる服に変えたけど、もう一度眠る時の楽な服装に戻し、冷たい布団に潜り込む。二人分の体温であっという間にほかほかと足先まで全て満たされた。


「来週、アリシアの誕生日でしょ?歌とか色々用意してるんだ。」

「そっか。喜ぶだろうな。」


 少しうとうとし始めた、眠る前の幸せなひと時だ。その時間を長く楽しむために、誕生日のために用意していることを伝えていく。


「大好きって歌うの。友兄も一緒なんだよ。」

「へえ、やるって言ったのか?」

「昨日も二人で練習してたんだよ。でもね、嫌じゃないって言うのに、少し抵抗してたんだ。」


 不思議だったけど、最終的には一緒に練習してくれた。今日も午後から練習する約束をしている。


「友幸さんだし、愛良みたいには言えないんだよ。」

「私は秋人のことも大好きだよ。」


 ぎゅう、と抱き締める腕に力が込められる。俺も、と小さく言われて、こんなに心が温かくなるのに友兄には言えないのが不思議になった。


「どうして言えないんだろうね。」

「恥ずかしいんじゃねえの?」


 だけど、結局歌うことにした。これで素敵なことがあると経験すれば、次からは思った時に言えるようになるかもしれない。


「別で贈り物は用意してるんだって。」

「ああ、なんか手作りするんだろうな。」


 一針一針あるいは一目一目、時間をかけて作っていくこと。それだけの時間を相手のために費やしたということ。それが喜びに繋がることもある。


「手作りは嬉しい?」

「俺は一日一緒にいてくれたら嬉しいよ。」


 休みの日は基本的に一緒だ。お出かけしても、しなくても、お話したり遊んだりすることが目的だから楽しめる。


「今日は?」

「愛良が起きた時に一緒じゃなかっただろ。」

「この後の話だよ。」


 起きた時は確かにいなかったけど、今日は門の所でお帰りを言おうとして待っていたせいだ。いつもの時間に起きれば、秋人はきっといてくれた。


「友幸さんと歌の練習しなくて良いのか?」

「秋人が一緒にいたっていいでしょ?」


 歌うのは私と友兄だけでも、聴いてもらってもっと伝わるように助言をしてもらえる。友兄がきちんとアリシアへの想いを込めているかどうかも確かめてもらえる。私一人では気付かないことだってきっとあるから、聴いてもらえると心強い。


「うん、そうだな。じゃあ、友幸さんにもお願いして、アリシアさんへの贈り物の用意だな。」

「起きてからね。」


 徐々に言葉はゆっくりで不明瞭に、そしてなくなっていく。ぽかぽかした体で、ふわふわした心で、眠りに就いた。




 お昼前に起きれば、友兄との練習時間までゆっくりとお散歩だ。しっかり手を繋いで上着も着れば、お庭だって寒くない。


「贈る物も良いけど、贈ってもらう物も考えてんのか?」

「贈ってもらう物?」


 アリシアの誕生日だから、私は贈るだけだ。私の次の誕生日と考えても、あらかじめ欲しい物を伝えたりはしない。


「十二月の贈り物。今年は書かないのか?」

「あっ。」


 明日からもう十二月なのに、何も考えていなかった。今欲しい物は何だろう。去年は秋人との時間と書いて、アリシアは叶えてくれた。今も一緒にいたいとは思っているから、同じことを書こうか。書かなくても秋人はきっと一緒にいてくれるけど、他に思いつく物もない。

 一緒にいたいという思いを込めて、繋ぐ手にきゅうと力を入れる。そうすると、いつものように軽く握り返してくれた。


「なんて書くんだ?」

「秋人との時間、って書こうかな。ずっと一緒にいたいって思ってるから。」


 思った時にこういうことは言わないと。伝えることを忘れても、伝わっていると思い込んでしまっても、悪いことが起きてしまうかもしれないから。

 本当に思っているよという気持ちを込めて笑いかければ、ぎゅっと抱き寄せられる。


「俺には?」

「へ?」

「俺には何をお願いしてくれるんだ?それはアリシアさんへのお願いだろ。」


 私は二人から欲しい物のつもりだった。アリシアには秋人をお休みにしてほしいという意味で、秋人にはそのお休みの日を私に使ってほしいという意味で。だけど、秋人にとっては自分に頼まれたと思えなかったみたいだから、何か考えよう。

 去年はアリシアに頼んだだけだ。それで、その贈り物をもらった日もとても満足できる日になった。これ以上、何を頼めばいいのかな。


「一日一緒にいてくれたら嬉しいよ。」


 朝に秋人が言ってくれた言葉と同じものを返せば、一度はっと私の顔を見て、また強く抱き締めた。それから今度は口付けるから、私もお返しをする。


「どこかに出かけなくってもいい。こんな風に一緒がいいの。」

「うん、そうだな。」


 至近距離で見つめ合って笑えば、より一層こんな時間が続いてほしいと思えた。だから私はまた、それを実現してくれているアリシアの誕生日の話に戻した。


「だから、こんな時間を作れる状態にしてくれるアリシアにもたくさんお礼したいなって。でね、私は秋人とこんな風に過ごせるのが特別に嬉しいから、アリシアも友兄とこんな風に過ごせたら幸せに感じるんじゃないかって思ったんだ。」

「だとしても俺たちにできるのは協力くらいだろ。結局は友幸さんに頑張ってもらうしかなくなる。」


 また手を繋いでお庭を歩く。こんなお散歩なら友兄でもしやすいかもしれない。言葉が上手く出て来なくても、同じ時間を過ごして風景を見ていられる。それに慣れれば話したいことくらい幾らでも出てくるだろう。


「うん、だから二人で協力しよ。まず私は友兄と一緒に、アリシア大好きって歌うの。それで友兄の気持ちもしっかりアリシアに伝われば、もっと一緒にいたいってその瞬間に思いやすいでしょ?」


 言葉にすれば自分の気持ちも自覚しやすい。自覚していてもより強く感じられる。聴いているアリシアだって、そう思ってもらえていると感じられれば、より傍にいたいと思うだろう。


「それからお庭歩こうって誘うの。で、秋人が私をどっかに連れてっちゃえば、アリシアと友兄は二人でお庭歩くことになるよ。」


 秋人が連れて行ったなら二人とも心配して探そうとはしないだろう。たとえ敷地から出て行っても、何も問題はない。そうなれば、そのままの流れで二人は色々話す。最初は秋人のその行動とか、私の話かもしれないけど、少しずつお互いの気持ちだって話せるようになる。

 どうかな、と首を傾げると、真剣に検討してくれていた目がこちらに向いた。


「庭に出た時に何か用意してあったほうが自然かもな。時間もないから簡単な物にはなるだろうけど。」


 庭師に頼んで花壇を変えてもらうのは大掛かり過ぎる。少しお花を増やしてもらうくらいならできるかもしれないけど、毎朝鍛錬で庭を通るだろうアリシアに隠しておくのは難しい。設置しておく物ではないほうがいいかもしれない。

 簡単に移動させられる物に絞れば、わざわざ庭に出てもらう必要があるのかという疑問にも繋がる。


「うーん。庭で見せたい物で、移動させられる物。何かあるかな?」

「去年の贈り物の日みたいに雪でも降ってれば遊ぼうって誘えるけどな。」


 天気も問題だ。雪にならない場合を想定して考えるけど、雨なら傘を差していても庭に出るのは難しい。それこそ、どうしても外でなければならない物になってしまう。


「雪の時は遊ぼうって誘おう。後は晴れの時と雨の時だね。」

「晴れなら俺がちょっと手合わせとか言うか。」


 私も見たいと言って、友兄も一緒に見ようと誘えば、二人とも出て来てくれる。問題は雨の時だ。


「雨でも私が一緒に歩きたいって言えば来てくれるかな。」

「風邪引くだろ。」

「傘差すから大丈夫だよ。」

「足元から冷えたら傘差しても一緒なんだよ。雨の時は部屋でゆっくり話すようにすれば良いだろ?どうせゆっくり庭歩いて話そうとはならねえんだし。」


 連れ出してもすぐに戻ってしまうのはそうかもしれない。部屋の中で同じ時間を過ごしやすいように考える方向に変えよう。


「それならトランプとかボードゲームとかあるよね。」

「ああ、効果あるかは分かんねえけど、友幸さんにも入れ知恵しておくか。」

「ちゃんと遊ぼって誘えるといいね。」


 これで準備は万端。後はしっかり友兄と練習しておくだけだ。


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