弁解を聞く
説明できそうになったら呼びに来るとアリシアは言ってくれた。だから、私はそれまで我慢して、自分の仕事をする。
そうして、翌日の午後になってようやく、友兄が呼びに来てくれた。
「大丈夫。嘘吐こうとしたら俺が訂正するから。」
「友兄は何か知ってるんだよね。」
「少しだけ。きちんと事情を把握してる人から聞いたほうが誤解は少ないよ。」
あと少しの我慢だから、それ以上追及することなく談話室に向かった。そこでは珍しく少し緊張した様子のアリシアが待っていて、秋人もいるのに部屋の中はしんと静まり返っている。
秋人の隣に座れば、正面に座った友兄が安心させるように笑ってくれた。それからアリシアは口を開いた。
「まず、愛良に隠し事をした理由、ね。愛良に教えても何もできないでしょう?何も起きないかもしれないし、起きるかもしれない。起きても愛良にできることはない。だから悪戯に不安にさせるよりは、と思って隠していたのよ。」
「私にも心配くらいさせてよ。何もできないかもしれないけど除け者にしないでよ。」
こんなのただの我が儘だ。アリシアは私のためを思って隠してくれていたのに、それを嫌だと言っている。それでも私は知りたいと思ってしまった。
「ええ、そうね。愛良、少し怖い話になるわ。それでも聞きたいかしら。貴女に、知らなければならない理由があるのかしら。」
「教えてくれるって約束したよね?知らないままでも不安だよ。何もできなくても、私だって心配くらいしたいの。」
知らなければならない理由なんて思いつかない。ただ私だけが知らない状態が嫌なだけだ。
だけどアリシアには私の思いが届いたのか、約束を守ってくれたのか、説明を始めてくれた。
「愛良は桐山慶司と親しかったわよね。」
「うん。やっぱり関係あるの?」
「そうね。まずは襲撃された時の話から始めましょうか。――」
私も見ていた襲撃の話が始まった。それは慶司が狙われたもので、私は巻き込まれただけだという説明だ。そのために周辺で悪いことを企む人を少なくするために巡回兵を来週の月曜日から増やしてもらえるから、それまでラウラと秋人で何も起きないようにしていると。
「これを聞けば愛良は彼のことも心配になってしまうでしょう。だから黙っていたのよ。」
「心配はしてもいいの!」
「ええ、そうね。次は秋人が怪我をした件ね。それはただの威嚇のような攻撃だったのだけれど。愛良は私や秋人が桐山慶司を守る理由が分かるかしら。」
「守りたいからじゃないの?」
秋人と慶司は私が知る前からの友達だ。友達なら危ない目に遭ってほしくないと思うだろう。アリシアも慶司と何度か会っているから、危ないことが起きるかもしれないと分かっているなら守ろうとするだろう。
「そうね。守りたい理由が、私にはあるかしら。」
「知り合いでしょ?」
知り合いで傷ついてほしくない、死んでほしくないと思えば、それが理由だ。だけど、そうではないようで、首を横に振って微笑んでこちらを見ている。
他の理由なんて思いつかない。守る理由なんて、それ以外にはないだろう。
「分かんないよ。」
「桐山商会との関係について話しましょう。衣装を用意してもらったり色々しているけれど、とりあえず現会長とも親しく、これからもそうありたいと思っていることだけ分かれば良いわ。」
アリシアは慶司のお父さんと仲が良い。仲良くしていたいから、その子どもである慶司も守ってあげるのかな。
「うん。」
「その現会長は実子の慶司を次期会長として推している。もちろん対外的にもそういった扱いをしているという意味よ。そしてそうしているということは、商会として大きな方針転換を行うことはないと推測できるわ。だけど、その現在次期会長とされている者の身に何かあれば、次は誰が継ぐのかが全く不透明になるわ。その混乱に乗じて、もし会長の身にも何かが起きれば。今私たちが続けている友好関係も分からなくなってしまう。」
長々と説明してくれるけど、要約するとやはり仲良くしたいから守るという意味だ。
「アリシア、私は慶司が危ない目に遭ってるって聞いたら心配になるし、守りに行ったら守る人も危険になるのも分かるよ。だけど、仲良くしたいから守りたいって教えてくれたなら、危ない所に行かないでなんて言わない。何か分からないのが嫌って言ったの。」
「いえ、そうではなくて、そうね。桐山商会との友好関係を維持することが私にとっての利益になるから彼を守る、ということね。」
言っている内容はあまり変わったように聞こえない。何か補足してもらえないかと思って友兄や秋人を見ても、笑いを堪えているようで何も言ってくれなかった。
「もう!今、真面目な話してるでしょ!」
「いや、だって。まあ、良いんじゃねえの。愛良的には仲良くするために守ってる、で。俺の理由としてはだいたい合ってるし。」
アリシアも溜め息を吐くけど、お茶を一口飲んで表情を切り替えた。
「愛良、心配をかけることになるわ。だけど、日曜日までは秋人を護衛に向かわせる。分かったわね。」
「うん。隠し事しないでって言いたかっただけだから。分からないほうが嫌なのはちゃんと分かってくれた?」
「ええ、友幸からも色々と言われてしまったもの。そこで、なのだけど。分かっても不安なのは変わらないのよね。」
私が知っても守ってあげられない。秋人に危ない所に行かないでと言えば慶司がより危険な状態になるだけで、行ったら行ったで秋人のことも心配になる。怪我しないかな、とか色々思うことはあっても、きっと大丈夫と信じることしかできない。
「うん。でも大丈夫。ちゃんと待ってられるよ。」
「そうね。だけど一人で待っているより、誰かが傍にいたほうが安心できるのではないかと思うのよ。だから、友幸、愛良の傍にいてあげて頂戴。」
「はい、アリシア様。」
一緒にいてもできないことは変わらない。自分の仕事に集中できれば時間なんて飛ぶように過ぎる。
「一人でも大丈夫だよ。あ、でも……」
来週にはアリシアの誕生日もあった。秋人と一緒に出かけられないなら、出来ることがとても限られてしまう。アリシアのために作った曲を歌うことに加えて、何か贈りたいとも思っていたのに、それは難しそうだ。
友兄はアリシアのために何かするのかな。
「無理する必要はないだろ。アリシアさんも友幸さんも良いって言ってくれてるんだから。友幸さん、愛良のことお願いな。」
「ああ。数日だけなんだから、少しゆっくりさせてもらおうか。なあ、愛良。」
うん、と小さく頷いて、深く腰掛け直せば、アリシアも秋人も部屋を出て行く。扉が完全に閉まって、足音も聞こえなくなったら、友兄に相談だ。
「友兄はアリシアの誕生日に何かする予定ある?」
「ああ、まあ、一応考えてはいるけど。」
「何するの?」
余裕があるなら友兄にも一緒に歌ってもらおう。きっとアリシアも喜んでくれる。他にもアリシアに内緒で色々用意してあげたら喜んでくれるかな。だけどこのサントス邸でアリシアに内緒で物事を進めるのは難しい。使用人たちもお祝いのためなら協力してくれるだろうか。
「贈り物、だな。愛良は何をするんだ?」
「歌作ってるから歌ってあげようかなって。友兄も一緒ならもっと喜んでくれると思うんだ。だから練習しに行こ。」
音楽室に連れて行く。用意しているのはありがとうと大好きの気持ちをたくさん込めた歌だ。
「友兄もアリシアのこと大好きでしょ?だから二人で歌ってあげたらすっごく嬉しいと思うの。」
「大好きって……。まあ、一緒にいても良いとは思ってるけど。」
はっきりしない答え方だ。アリシアが前に結婚の話をした時はそうなったら良いというような反応をしていたのだから、大好きとほぼ同じ意味ではないのか。
「違うの?私は大好きの気持ちも込めて歌うの。作るのも私だから、私からの贈り物は歌。友兄からの贈り物は?」
「ちょっと作ってる物があるから。」
私には内緒みたい。贈る人以外には言わないこともあるからこれ以上聞くのは止めよう。その代わり、友兄だけがアリシアにあげられる贈り物の話をする。
「一緒に寝てあげるのはしないの?」
「え、愛良は、秋人の誕生日の時に一緒に寝たのか。」
「うん、喜んでくれたよ。」
大好きな人同士なら一緒に寝るのも嬉しいこと。アリシアが友兄のことが大好きなのは結婚の話をした時点ではっきりしている。友兄もアリシアのことが大好きに近いみたいだから、同じことをすればきっと同じように喜んでくれる。
だけど、友兄ははっとしたように顔を背けて、ピアノに向かった。
「愛良、今日は少し俺が触っても良いかな。」
「弾いてくれるの?あ、これ楽譜ね。」
アリシアに贈りたい歌の楽譜を渡す。歌詞も書かれているそれをじっくり読むと、戸惑った表情を私に向けた。
「これ、俺も歌うんだよな。」
「そうだよ。ありがとうって思ってるのも、大好きって思ってるのも一緒でしょ?」
「一緒、ではない、かな。こういうのは愛良が歌ったら可愛いけど、俺が歌っても、なあ。」
歌いたくないのかな。大好きの種類が違うのかもしれない。だけど、ただ自信がないだけにも聞こえる。最近、歌っているのは聞いていないから、一緒に練習をしてあげよう。
「大丈夫。まだ何日かあるから、一緒に練習しよ。気持ち込めれば、アリシアはきちんと感じ取ってくれるよ。大好きな人に大好きって言ってもらえるのって、すっごく嬉しいんだから。歌でも歌じゃなくても、いっぱい言ってあげようよ。」
「いや別に、俺は愛良が秋人を想うようにアリシア様を想ってるわけじゃないし。」
「でもずっと一緒がいいんでしょ?」
何が違うのかな。アリシアだけ特別対応なのは前からそうなのに、友兄はこうやってなかなか認めてくれない。
「アリシア様だって愛良の知ってるような感情かどうかは分からないだろ。あの人は自分の心を殺して動ける人だ。」
友兄が俯いて、鍵盤に手をかける。だけど弾き始めはしない。きっと何かを悩んでいるのだ。それなら今度は私が力になろう。
「確かめようよ。私も一緒に聞くから。」
「いや、大丈夫だから。」
それだけ言って、たどたどしく弾き始める。最近はアリシアのお手伝いで忙しくしていたり、私がずっと使っていたりで、友兄は触れていなかったのだろう。
「やっぱ駄目だな。しばらくやらないとすぐ感覚が抜けちゃって。愛良が弾いて歌うだけでもアリシア様はきっと喜んでくれるよ。」
「友兄も一緒のほうがいいの。ほら、練習しよ。」
少し強引かもしれないと自覚しつつ、アリシアへの愛と感謝を込めた歌を二人で練習し始めた。友兄の気持ちが伝われば、きっとアリシアも自分の気持ちを友兄に伝えようとしてくれる。そう期待して、私は不安な時間を乗り切ろうとした。