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シキ  作者: 現野翔子
若草の章
178/192

作戦の決行

 晩ご飯もお風呂も済ませて、果物も食べたら、自分の目を擦る。ついでに欠伸もして見せた。


「どうした、愛良。」

「今日早く起きたから眠くなっちゃった。」


 笑われるけど、目を瞑って秋人に凭れ掛かれば、頭を撫でてくれる。呼吸を深くゆっくりするように意識して、心音に耳を傾ける。


「昼寝くらいすりゃ良かっただろ?」

「その時は眠くなかったの。」


 そうしていると本当に眠くなってきてしまう。まだ寝るのは駄目なのに、徐々に暖かいことしか分からなくなってきた。この後、秋人の跡をつける。そう行動には出さないよう心の中だけで気合を入れ直す。


「ほら、こんな所で寝んなよ。」

「んー。」


 目を瞑ったまま体の向きを変えて、首に腕を回す。秋人も私の体に腕を回して抱き締めてくれるけど、降ってくるのは困ったような声だ。


「離してくんねえかな。ベッドまで連れてってやるから。」


 抱き着いたままでも、お姫様抱っこで移動させられる。羽織っていた上着を脱がされて、寝かされて。目を瞑ってされるがままになっていれば、眠ったと判断するまで時間がかからないだろう。

 呼吸を意識して、眠らないように気を付けて、じっと動かない。そのまま何分経っただろう。私の寝顔を眺めていた秋人が動き出した。


「寝た、か?愛良。」


 軽く頬を撫でられるけど、じっと我慢だ。こんなことすれば寝ていても起きてしまうかもしれないことだけど、今は寝たふりを続ける。


「よし、寝たな。お休み。」


 するりと手が離れていく。パタンと部屋の扉が閉められれば、目を開けて体を起こす。大きく欠伸をして、首を振って眠気を払う。極力音を立てないように気を付けつつ、上着を羽織り直す。

 こそっと自室の扉を開けて、廊下を確認したけど、もうそこに姿はない。急いで門のほうへ走る。門番さんが二人立っているけど、もう秋人は出て行ってしまっただろうか。


「ねえ、秋人通った?」

「今夜はまだだよ。」

「じゃあさ、そこの木陰に隠れてるの黙ってて。」


 お願い、と手を合わせれば頷いてくれる。門から暗くても見える範囲の生垣の影に隠れ、門を通る人を見逃さないように気を付けよう。風は生垣が遮ってくれるけど、部屋で羽織るような上着では寒い。早く来てくれないかな。

 何分もしないうちに剣を腰に下げた秋人が玄関から門に向けて歩いてくる。そんなに周囲を見回すことなく、門番と言葉を交わして、そのまま通り過ぎようとした。それなのに、一瞬こちらを見て、視線を止めた。

 また門番と話しているようだ。何を言っているのだろう。よく聞こうとほんの少しだけ近づく。ガサッと、生垣が音を鳴らした。

 門番もこちらを振り向いた。まだ生垣の影ではあるから姿は見えていないはずだけど、音は聞こえてしまった。屋敷の内側だから確認には来ないかな。そう期待したのに秋人がこちらに向かって歩いてくる。何とか誤魔化さないと。


「にゃー。」

「ああ、なんだ、猫か。ってなるわけないだろ。」


 隠れていた場所を覗かれる。しっかり目が合ってしまった。


「にゃー。」


 手の動きもつけて、へらりと笑ってみる。溜め息を吐かれた。


「何やってんだよ。寝たんじゃねえの?」

「今からお出かけ?何で隠そうとしたの。」


 嘘を吐いても見逃さないように真っ直ぐに目を見る。だけど、ふいと踵を返し、門のほうへ向かってしまった。


「ちょっと!帰ってきたらちゃんと教えてよ。」

「アリシア様に、」

「聞いたから!だから帰ってきたらね。」

「分かったよ。じゃ、行ってくる。」

「うん、行ってらっしゃい。」


 門の内側から秋人を見送る。出ることは門番に止められるけど、敷地内なら止められない。特に夜は危ないから、一人では出ないように言われている。昼間だって一人では出歩かない。護衛がいれば出かけられるから、何も困ることはない。


「愛良ちゃん。」

「分かってるよ。ちゃんと休むから。」


 門番にも促されて屋敷内に戻る。明日の朝こそ聞き出そうと決意して、自分の布団に潜った。




 朝の身支度を済ませて、門の内側で待ち構える。寒くないようしっかり上着も着て、欠伸を堪えた。


「愛良ちゃん、ここで待ってなくても来てくれるんじゃないかな。」

「いいの。一番にお帰りって言うんだから。」


 昨日の夜の約束を忘れていないと訴えるためにも、ここで待っている。実際に話をするのは朝ご飯の後や秋人が体を休めた後でも構わない。

 外を覗き込むのも控えつつ、待っていた。聞きたいことはあるけど、任務を終えて帰って来たなら疲れているはずだから、まずは問い質すより笑顔で迎えてあげたい。そんな風にしていると、薄明るくなってきた頃、門番さんが秋人の姿が見えたと教えてくれた。

 驚かせようと外からは見えないように気を付けつつ、息を潜める。すぐ目の前に、服の肩口が破れている秋人が帰って来た。


「えっ?それ、さあ。」


 その部分は濡れているようにも見える。赤黒く、怪我をした時のような見た目だ。私の視線に気付くと、その部分を手で覆い隠した。


「何ともない。ほとんど返り血だから。愛良、着替えてくるから先に、」

「お医者様呼ばなきゃ!ねえ!」


 門番さんの片方に訴えかけるけど、動いてくれない。お医者様は街だから、自分では呼びに行けない。他には誰に頼めば良いだろう。

 秋人が空いているほうの手で私の肩を掴んだ。


「愛良。俺の怪我はないから、庭にいるアリシアさんに報告があるって伝えて来てくれるか?」

「え?う、うん、分かった。」


 服の傷の部分からも手を離した秋人がしっかりした足取りで屋敷の中に向かう。怪我、本当にしていないのかな。痛みを我慢しているわけではないかな。

 心配にはなるけど、私はアリシアを探そう。昨日会った場所を覚えていれば簡単だったけど、適当に練り歩いていたから、どこで会ったかなんて分からない。だから今日も同じように、だけどその時よりは周囲に気を付けて、庭を歩き回る。

 玄関側から見えにくい場所に来た時、正面から歩いてくるアリシアが見えた。


「アリシア!あのね、秋人が帰って来て、報告があるんだって。服切れてて、怪我ないって言ってたけどしてるかもしれないの。」

「ええ、分かったわ。ありがとう、愛良。」


 早足になったアリシアは屋敷の中に戻って行く。もう伝えたからきっと大丈夫。だけど、あんな風に斬られるようなことがあるかもしれないのに、アリシアは心配要らないと言い、秋人も私に隠そうとした。いきなり怪我して帰って来たほうが驚いて、今度は大丈夫かなといつも心配になってしまうのに、何も教えてくれなかった。

 今日こそきちんと聞き出そう。そう心に決めて、私も屋敷の中に戻った。


 報告がいつまでかかるのか分からない。その後、治療や休息が必要ならすぐにも聞き出せない。少し冷静になるとそう分かったから、大人しく音楽室で仕事にかかる。だけど心配になって、全く捗らない。新しく作るどころか、文化交流公演に向けての練習さえ、集中してできていない。こんなことではいけないと分かっているのに、何が遭ったのだろう、どうして教えてくれなかっただろうと思考が同じ所をぐるぐると回っている。

 このままピアノの前に座っていても変わらない。お昼を前に、私は音楽室を出た。もう報告は終わっているだろう。だから目的は秋人の私室だ。休んでいたら悪いけど、本当に怪我がないのかくらいは確かめさせてほしい。


「ねえ秋人、いる?」

「ああ、今開ける。」


 扉の前にいたのかと思うほど早く開けられて少し驚いてしまうけど、今はそんなことをしている場合ではない。きちんと聞き出すと決めたのだから。


「怪我してたでしょ?なんで危ない所行くの教えてくれなかったの?」

「してないから心配しなくて良いよ。教えないのはアリシアさんの指示だから。」


 宥めるように頭を撫でられてしまう。こんなもので誤魔化されたりしないけど、私一人では聞き出せる気もしない。その手を振りほどき、きっと睨みつける。


「出かけること自体を黙ってる必要はなかったでしょ!」

「言う必要だってねえだろ。なんで出かけるんだ、ってなるんだから。そうなっても俺にはちょっと任務としか答えられねえよ。」


 怪我はしていなくても危ない場所には行っていた。何も知らないまま危ない目になんて遭ってほしくない。知っていても何ができるというわけではないのは確かだけど、知らないままでなんていたくない。


「だったらそう答えてよ!全部隠すのはずるいよ。」


 門番さんたちも分かっていた。友兄だって何かを知っている。だけど、私だけ何も知らなかった。何も教えてもらえなかった。

 拳に力を入れて睨めば、自分の肩に手を添え、困ったような表情をする。


「こんなの掠り傷だから、そんな大げさに心配することないんだよ、本当に。」

「怪我してないって言ってたのは嘘?」

「してないも同然なんだよ。」


 あんなに服が切れていて、していないも同然なんて思えない。見たら驚いて、心配になるのは当然だ。だけど伝わっている気がしなくて、秋人の手を引いてアリシアの執務室に向かった。


「アリシアさんだって忙しいだろ。もう来月に公演があるんだから。」

「大事な話なの!」


 もう心配要らない、少し頼みたいことがあったとしかアリシアも教えてくれなかった。もう、と言ったということは、頼み事はもう終わっているという意味合いもその言葉には含まれていたはずだ。それなのに、昨日の夜から今朝にかけて何かがあった。その何かはアリシアに報告する必要のあることだ。

 また別の頼み事をしたのか、もう心配要らないという言葉が嘘だったのか。疑ったって分からないから、急いで執務室の扉を叩く。


「話したいことがあるの。」

「入って頂戴。」


 アリシアが一人で書類を確認している。友兄はいないけど問題ない。私が聞きたいことの答えはアリシアが持っているはずだ。


「すれ違ってしまったのね。愛良、話は少し待ってくれるかしら。今、友幸が貴女を音楽室に呼びに行ったのよ。きちんと話すべきだと言ってね。」


 今朝の報告を友兄も聞いたのだろうか。そこで何かを知ったから、私にも教えるべきだと思ってくれたのだろうか。

 そう待つことなく、友兄が戻って来る。


「ああ、愛良、来てたんだな。」

「アリシアに聞きたいことがあったから。ねえアリシア、昨日私に嘘吐いた?」

「いいえ。月曜の晩が最も危険だと思ったから、もう大丈夫だと思ったのよ。ねえ、愛良。そんなに心配しなくて大丈夫なのよ。ほら、秋人だって大した怪我してないでしょう?」


 秋人やアリシアにとっては大した怪我ではないのかもしれない。そんな危険のある場所に行くことも大した問題ではないのかもしれない。だけど、知らないうちに出かけて、知らないうちに怪我をして帰ってきたら、私は心配だ。


「そういう問題じゃないの!なんで私には何にも教えてくれないの?出かけることも、怪我したことも内緒にしてる。アリシアも秋人も隠し事が多すぎるよ。」


 私に心配をかけないようにしてくれているのは分かる。だけど、大丈夫と言われただけで安心できるほど子どもではいられない。剣や銃を使った戦闘の怖さや危なさを知っているから、言葉だけでは安心できない。言えないことがあるのも分かるけど、怪我をしたことまで隠す必要なんてどこにもないはずだ。


「アリシア様。愛良は物事を理解できます。全てを包み隠して、目を塞ぐことが優しさだとは俺には思えません。」


 友兄が援護をしてくれる。だけどアリシアは机に手を置いて、その手を見つめたまま動かない。

 話してほしい、話すと決めてほしい。そう願いつつ見つめていると、繋いだままの手を秋人に引き寄せられた。


「愛良には俺からも説明できる。だからここで話さなくても、」

「いいえ、私の打算があるの。愛良が理解できるというならそれも教えなくては説明として不十分だわ。だけど、そう、ね。一日待ってもらえないかしら。きちんと説明するわ。だけど少し長くなるから、分かりやすく説明できるように考える時間がほしいの。」


 起きたことや決めたことを説明するだけなのに、時間が必要。それには少し疑問が残るけど、話すと約束してくれるなら構わない。今はお仕事の時間だから、邪魔をしているのは私だ。


「うん、約束してくれるならいいよ。」


 明日こそ、全部教えてもらうから。


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