表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シキ  作者: 現野翔子
露草の章
174/192

寂しい一週間へ

 外出のない午後は程良い緊張感の中、何事もなく終わった。


「ラウラ、夕飯はどうするの?」

「秋人と交代するから、その後取るよ。夜遅くなってから、外から護衛することになるから、声はかけなくて大丈夫。」


 護衛を気にして護衛対象の身を危険に晒させるなど、あってはならない。


「分かった。また今度秋人にもお礼を用意しとかないと。」

「アリシア様の意向でもあるみたい。まあ、今度話す時間ができた時に聞いてみたら?それより、先に部屋の場所だけ教えてもらっといて良い?」


 何かあった際に迅速な救出を行うために必要な情報だ。そこをあまり気にしていれば襲撃を企む者にも居所が知られてしまうため、勘付かせないように少し離れた所から周囲を見る必要はある。相手が分かって狙っているかどうかを判断するための手がかりにもなるだろう。

 必要な情報だけ聞き出し、朝に預けた上着も受け取れば、私は外で周辺の警戒だ。訪問者の予定もないと聞いているため、自宅の入り口に近づく者がいれば、声をかけさせてもらおう。

 そんな風に警戒しつつ時を過ごす。どんどん夜は更けていき、ようやく秋人が訪れた。


「悪い、待たせた。」

「来てくれるだけありがたいよ。あそこが〔琥珀の君〕の部屋ね。」

「了解。」


 必要最低限の引継ぎを小声で行い、私は帰らせてもらう。愛良ちゃんに気付かれないように抜け出すためには、眠るまで待つ必要があったのだろう。明日の朝も、愛良ちゃんが起きる頃には戻れるよう、私は早めに来る必要がある。

 マリアはまだ起きているだろうか。いつもならもうそろそろ眠る頃であるため、私は足を速めた。今日は伝えなければならないことがあるのだ。




 まだ使用人の一部は起きている時間。風呂も食事も後回しに、私はマリアの部屋を訪ねた。


「どうしたの、ラウラ。そんなに急いで。」


 寝間着に薄い上着を一枚羽織っただけのマリアが自室に招き入れてくれる。もう寝るところだったのか、茶などもなく、膝掛けも綺麗に畳まれていた。


「ちょっと伝えないといけないことがあって。」


 椅子に腰かけ、マリアにとっては残念な知らせをしなければならない。ほんのりと表情を暗くするマリアを想像するだけで、言いたくない気持ちが生まれてしまうけど、これは避けられないことだ。


「あのね。今週は、〔琥珀の君〕に会わないようにしてほしいの。」

「どうして?」


 当然の疑問だ。まださほど暗い表情ではなく、なぜ私がそんな意地悪を言うのかという疑問が勝っているように見える。今朝の襲撃を伝えれば理解はしてくれるだろうけど、知ればマリアは心を痛めることだろう。

 上手く誤魔化そうか。それともきちんと事実を伝えようか。


「ねえラウラ。私はラウラが何の理由もなく、そんなことを言うとは思わないわ。だけど、誤解もしたくないの。だから、教えてほしいわ。」


 言わなくとも、私のことで悩ませることになってしまう。それなら伝えて、対処の内容まで教えて、安心させよう。


「分かった。今朝ね、――」


 今朝の襲撃について、私が相手を刺したことを省いて伝えていく。巡回兵を増やすという対策やそれまでの間は私と秋人で護衛を行うということもしっかりと。


「――だから、大丈夫。〔琥珀の君〕のことはきちんと守るから。」

「そう、そんなことがあったのね。」


 やはり不安そうで、心配そうな表情になっている。寝る前にこんな話を聞かせたくはないけど、明日マリアが起きる頃には私は屋敷を出ているだろう。


「心配しないで。〔琥珀の君〕にもきちんと説明してるから。行動には気を付けてくれてるよ。」

「ええ、そうね。そうなのだけど。私は、婚姻の誓いを彼に願ってしまって良かったのかしら。」


 それを否定するのは、マリアと繋がることで利益を上げようという俗物だ。もしくは、自分こそがマリアに相応しいと思い上がる愚か者だ。


「良いに決まってるよ。だって、婚姻の誓いに必要なのは当人の想いだけなんだから。」

「だからなのよ。今こうして、慶司さんの身に危険が訪れているのは、私が願ったから。死ぬより離れていたほうが良かったのではないかしら。」


 私が〔琥珀の君〕を守るために動いたことが、マリアをより不安にしてしまったのかもしれない。だけど、離れていたほうが良かったと言っても、もう事態は動き出しているため、なかったことにはできない。そしてもう一つ、マリアは忘れている。


「〔琥珀の君〕はマリアと一緒にいたいって思ってくれてるよ。」

「そう、かしら。命まで狙われるとは思っていなかったのではないかしら。」

「思ってなかったかもしれない。だけど、狙われてるって分かっても、変わらないことはあるよ。」


 私は今日、良いことを一つ聞いてきている。〔琥珀の君〕にどのような意図があって言ったのかは分からないけど、マリアへの想いがあったから、あの言葉が出てきたと私は信じている。


「そんなの、確かめなければ分からないでしょう。」

「だったら次会った時に確かめようよ。それにね、今日、私のことを未来の義理の妹って言ったんだよ。それってさ、マリアと夫婦になるからってことじゃないの?」


 婚姻の誓いに向けて動くことに疑問が生じていれば、あんなことは言えないだろう。後戻りはできないと分かっていても、積極的に関係を作ろうとはしないはずだ。

 そのことにマリアも気付いたのか、嬉しそうに微笑んでいる。


「まあ、そんなことがあったのね。ええ、来週、確かめてみるわ。これだけ危険な目に遭っても、私といたいと思ってくれるの、って。」


 こんな情報一つだけで、マリアの気分は上昇した。やはりこれからのマリアに〔琥珀の君〕は欠かせない。マリアの喜ぶ顔を見ていられるなら、少しくらい一緒に居られる時間が減ったって構わない。そう思いを強めていたのに、マリアの表情にほんのりと影が差す。


「でも、婚姻の誓いを済ませて、私がこの屋敷を出れば、ラウラと一緒にいる時間は減ってしまうのね。」

「会いに行くよ。また三人で話したら良いでしょ?」


 間髪入れない私の言葉に、またマリアは微笑んでくれる。他の心配事が思いついてしまう前に、ゆっくりと休んでもらおう。そう思ったのに、マリアはまた別の話を始めた。


「愛良にも怖い思いをさせてしまったわね。」

「うん。でもそれは秋人が何とかしたみたいだから大丈夫。アリシアも気を付けるだろうしね。」

「ええ、とても大切にされているものね。」


 今度こそ話を切ろう。そんな隙を探しつつ、マリアの話を聞いていたのに、ほう、という溜め息でやはり私の言葉は出なくなってしまう。


「一週間、ね。以前は一週間おきにしか会っていなかったのに、なんだかとても長く感じてしまうわ。」


 今は週に二、三回会っている。それに慣れてしまったのだろう。どう慰めて良いか分からず、私は口を噤む。


「ラウラは明日も会うのよね。もちろん、遊びに行くわけではないことは分かっているのだけれど。なんだか少し羨ましいわ。」


 出かける予定も聞いているため、緊張感を保ったまま一日を過ごすこととなるだろう。互いに特別な感情を抱いているわけでもないため、マリアのように会う喜びがあるわけでもない。しかし、会うという事実はあるため、マリアに何を言っても言い訳になってしまうような気がした。

 たった一週間。それが特別な想いを抱く相手と会えない時間となると、たったとは言えなくなってしまうのだ。


「会えなかった分、長く時間を取るようにお願いしよっか。」

「無理を言ってはいけないわ。私も忙しくしていて、時間を合わせられない理由はこちらにもあるのだから。」


 会いたいと顔に書いてあるのに、寂しいとその表情が訴えているのに、マリアは私の提案を受け入れない。


「じゃあ、マリアも今週頑張って、来週いっぱい休めるようにしようよ。夜だけじゃなくってさ。」

「もう、そんなに簡単ではないのよ?色々な人と会って話すこともあるのだから。」


 私は忙しくした次の週や月は休日を多くもらえる。反省文を書いて大人しくしておけと命じられることもある。この一週間も終われば、少しの間、任務は与えられないことだろう。婚姻の誓いが終わるまではさほどゆっくり休んでもいられないけど、友人と会う時間を確保できないほどではない。


「でも開催頻度はそんなに高くないでしょ?」

「宗教交流会に向けての準備もあるもの。きちんと相手の教義を少しでも知っておきたいわ。それに、教義書の編纂も早く進めたいの。」


 マリアがしたいと思っていることなら止められない。だけど、それが会いたい思いを邪魔して、マリアが苦しむことになるのなら、少しでも和らげる言葉をかけてあげたい。


「ねえ、それって急ぐこと?他の人に少しだけ任せて休むこともできないようなもの?それがマリアのしたいことなら止めないけど、それでマリアに寂しい思いをしてほしいとは思わないよ。」


 それでも返ってくるのは私を安心させるような微笑みだけだ。人々を救おうとするマリアがいたから今の私もいるのだけど、マリア自身の想いを優先してほしいと思ってしまう時も私にはある。


「他の人たちもたくさん頑張ってくれているわ。それに、今も十分休ませてもらっているもの。でも、そうね。来週は難しくても、少しだけ慶司さんとお出かけできるように時間をもらおうかしら。」

「ぜひ、そうして。」

「ラウラも一緒に出かけましょう。義理の妹という話をもっと詳しく聞きたいもの。」


 私がいなくてもその話はできそうだけど、傍に控えて守るという意味なら、私も同行に賛成だ。出かけ先も聞いておいて、危険な道を極力避けるようにしたい。


「ならその前に三人で会って、どこに出かけるか相談しようよ。」

「楽しみね。」


 これで事前に危険を確認できる。その場で危険だと分かれば別の場所を提案することだってできるだろう。


「どこが良いかしら。」

「もう考えてるの?」

「だって待ち遠しいのだもの。」


 この様子ならマリアも安心して眠れることだろう。


「ほら、マリアはもう寝なきゃ。」

「ラウラも休まないといけないわ。」

「晩ご飯食べて、お風呂入ったら寝るよ。じゃあ、お休み。」

「ええ、お休み。」


 穏やかな表情のマリアに見送られ、私も明日に備えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ