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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
172/192

商談の裏で

 馬車から降りると、愛良ちゃんと秋人が待ち構えていた。


「いらっしゃい、サントス邸へ。」


 案内してくれる愛良ちゃんは幾分落ち着いていて、もう問題なく話ができそうだ。〔琥珀の君〕もそれを確かめるため、社交辞令から話を始めた。


「愛良様、先ほどはゆっくり見る時間がありませんでしたが、今日もお可愛らしいですね。」

「ありがとう。アリシア様や友幸様がいつも気にかけてくれるおかげだね。ねえ、ラウラも一緒に話すの?」


 サントス邸なら警戒する必要はない。どこか別室で休ませてもらおうか。しかし、愛良ちゃんは状況をしっかり把握できているようで、私ではなく〔琥珀の君〕に向けて問いかけているため、私からは答えられない。

 どうしようかと思いつつ秋人を伺うと、良い情報と補助をくれる。


「先月の事件についてこちらから伝えられることがあります。お借りしてもよろしいでしょうか。」

「ええ、お願いします。」


 また後程、とそれぞれ案内されていく。私が行くのは貴族や客人を招くような部屋ではなく、その従者が控えるほうの部屋だ。待たされた上で、侍女や侍従ではなく案内した秋人が茶を淹れてくれた。

 味を気にせず飲めば、こちらも本題に入る。


「先月の事件って何が分かったの?」

「お前が殺した被害者の詳細がやっと判明したんだよ。裏の依頼斡旋所の常習的な利用者だったみたいだ。その依頼でとある貴族の一家を狙った帰りだったみたいだな。で、お前の被害者ではあるけど、貴族殺害の加害者でもあるからってことで、一か月の謹慎が罰だったって形にしたんだと。実質無罪放免だな。」


 私は自衛と認められなかったか。死体損壊については誰の仕業ということになったのだろう。


「秋人は自衛、私は違う、と。」

「どっちの証言も信じるなら両方自衛で、死体を壊したのはまた別の誰か。事実を探るためにどっちも疑うなら、俺とお前とどっちがどこまでやったのか分からない。分からないから強く追及もできない。で、有耶無耶になってるんだよ。」


 アリシアとマリアの影響力が私たちへの追及の手を緩めさせた。アリシアはともかくマリアはこの件に関わっていなさそうであったため、本当に影響力というだけだろう。


「有耶無耶にされただけだから、行動を控えるように、か。」


 他の貴族やその指示を受けた者を狙う役ではなく、またマリアの近くでもなく、〔琥珀の君〕を守るような任務を与えられたのはそういうことか。本当に守る気があるなら私一人では不十分だというのに、交代の人員も何も伝えられていない。今朝のような事件は想定外だったのだろう。


「昼間に会ってたことも疑念の一因だからな。二人でグルになってんじゃねえか、って。」

「おかげで私は謹慎で済んだ。アリシアの機転のおかげだね。」


 そもそもその場に私がいたという事実まで隠し通せたかもしれないけど、嘘に嘘を重ねることになっただろう。どこかで綻びが生じた危険もある。最小限の嘘で済んだアリシアの説明のおかげで、辻褄合わせが容易になっていた。


「その件はそれで良いとして。俺がしたいのは今朝の話なんだよ。」

「今朝?」


 愛良ちゃんと〔琥珀の君〕の間を銃弾が抜けていたようである。あの時、秋人は愛良ちゃんだけでなく、〔琥珀の君〕も守ろうと動いてくれていた。お礼は言っておこう。


「ああ、ありがとう。誰も怪我なく済んで良かったよ。」

「そうじゃねえよ。愛良の前で血を流させるなって言ってんの。あれは剣を抜かなくても捕らえられたはずだ。」


 相手が一人だと分かっているのなら、それも可能だった。しかし、その時点では追撃や援護がないとは分からない。一人にかかり切りになるわけにはいかず、撃退にも時間をかけたくない。迅速な無力化が最善手だ。最も確実なのは殺害だけど、掠ってすらおらず、殺害せずとも対抗が可能な状態でのそれは歓迎されない。護衛対象を抱えてなお攻撃を躱せた点で、相手との実力差があると思われて、殺害という手段に頼る必要性がないと判断されてしまうのだ。

 あの時、私が戦力として数えられたのは私自身のみ。秋人は愛良ちゃんの護衛であり、自分に愛良ちゃんを引き寄せたことからも、敵を逃しても愛良ちゃんに傷一つ負わせないことを優先したと分かる。商会の警備は商品や店舗への被害を最小限に抑え、犯罪行為を抑止するために置かれているため、やはり敵の撃退や確保には動きにくいだろう。想定される犯罪も窃盗や強盗などのはずだ。

 私一人で人数不明の相手と戦うなら、やはり剣を抜くことが必要になる。


「相手が一人だっていう保証はない。だから剣を抜くと判断した。」

「刺す瞬間まで見えたら怯えるだろ。」


 私が守るのは〔琥珀の君〕の体だ。愛良ちゃんの体も余裕があるなら守るけど、その時に心を守る余裕などなかった。愛良ちゃんの心を慮って〔琥珀の君〕の体を危険に晒すわけにはいかない。


「それはそっちの都合でしょ。そりゃ、私だって愛良ちゃんを怖がらせたくはないけどさ。」


 護衛対象の違いだ。どちらも守りたいと思っていても、どちらかを優先せざるを得ない状況はある。私も秋人もそれぞれ任務として優先すべき相手を設定されている。それは心情的にも優先したい相手であるため、こうしてその心が傷つかないようにという話にもなるのだろう。


「しばらく外で愛良と会うなよ。」

「そっちが出さなきゃ会うことなんてないでしょ。」

「見かけても話しかけてくんな、って言ってんだよ。」


 愛良ちゃんの外出に任務外の私が遭遇しても、ということか。色々やっているため、確かに私は奴らの恨みを買っていることだろう。外で愛良ちゃんに遭遇したことなんてないけど、ここは肯定してあげよう。


「分かったよ。私としても巻き込むのは本意じゃないからね。でも、それなら私だけじゃなくて、〔琥珀の君〕とかマリアの近くも危ないよ。」

「しばらくこっちから愛良が出向くことはないな。アリシア様も愛良に色々経験させるのは落ち着いてからにしようって言ってくれてるから。」


 愛良ちゃんはお抱えの音楽家という立場だったはずだ。商会の人間と話す経験は必要なのだろうか。


「なんで〔琥珀の君〕と商談するのが愛良ちゃんになってるの?」

「衣装関連だからだろ。俺は詳しく知らないけど。」


 アリシアの下で愛良ちゃんも鍛えられているようだ。それとも、アリシアも忙しいからできることはやってもらおうというだけだろうか。音楽に関係するならアリシアや秋人を介するより、愛良ちゃんが話したほうが簡単そうではある。


「他に聞きたいことあるなら答えるけど。」

「うーん、もうないよ。」


 おおよそ聞けた。マリアやオルランド様からも色々聞かせてもらえるとありがたいけど、彼らではリージョン教など宗教関係ばかりになる。〔琥珀の君〕関係は全くだ。


「なら、商談が終わり次第伝えに来る。」

「あ、じゃあさ。ちょっとここで仮眠取らせてもらっても良い?」

「膝掛けならそこにあるから好きに使ってくれ。」


 上着掛けに掛けられている。それを取っている間に、お代わり用のお湯と茶葉を残して、秋人は出て行った。

 客人用の物ほどや上質ではないけどやはり肌触りの良いソファに横たわり、膝掛けを被る。今夜は特に警戒が必要な一晩になる。ここでしっかり休息を取っておきたい。




 とんとん、と足音が近づいてくる。微睡んだ意識が浮上する。寝転んだまま体を伸ばせば、この後丸一日起きていても問題なく過ごせそうなほど力に溢れている。

 こんこん、という音の後に、入るぞという声がかけられる。返事など最初から期待していないのだろう。間もなくがちゃりと開けられると、ほんのり冷えた空気が入って来た。起き上がり、手で適当に髪を直せば、もう目覚めはばっちりだ。


「おはよう。終わったの?」

「そういうこと。今、馬車の用意してるところだから。」


 まだ昼前だ。商談は上手く行ったのだろう。

 借りた膝掛けも放置し、外へ案内される。〔琥珀の君〕は用意が終わるまで、暖かい部屋で待たされているのだろう。私はここで待機か。


「皇国兵から伝言があった。商会付近の不審者の有無は確認した、って。一応その辺りの巡回兵を増やしてくれるそうだから、今朝みたいなことはないんじゃないか?」

「増やすっていつから?」

「来週から。」


 今夜だけでなく、今週はしっかり警戒をすべきだ。〔琥珀の君〕の予定次第では、昼間に休むようにしよう。後ろめたいことがある奴らは暗闇に乗じて動くことが多いから、そちらのほうが安全になるはずだ。


「了解。ありがとう。」

「それともう一つ。アリシア様が、可能な範囲で手を貸す、ってよ。」


 心強いことだ。既に助けられているけど、さらに何をしてもらえれば助かるだろう。一番は〔琥珀の君〕の身辺を守ることだけど、それは難しいだろう。アリシアには〔琥珀の君〕を守りたい理由がない。


「お礼を伝えておいて。」

「頼みたいことねえんだ?」

「今は特にないね。」

「今週一週間どうするつもりだよ。一人で寝ずの番?無理だろ。」


 熟睡せず、浅い意識を保てば可能だ。昼間の出かけない時間には気を休めることだってできる。


「ま、何とかするよ。それとも何?秋人が半分担ってくれるっての?」

「一週間だけ、夜の間なら。平民が護衛をその日のうちに自力で用意するのは難しいだろう、ってさ。」


 直接近くで守ることも可能な範囲の範疇に入るのか。これはとても助かる。


「本当にしてくれるとは思わなかったよ。ありがとう。本人にも迂闊なことはしないように言っておくね。」

「大人しくしてくれると良いな。」

「難しいだろうね。マリアも会うために時間を合わせようと頑張ってるくらいだし。」


 マリアの宗教交流会などの都合もあるけど、〔琥珀の君〕も色々と仕事で忙しいようだ。日中にはほとんど予定が合っておらず、ほぼ夜に少し会うだけになっている。


「今週、その予定は?」

「二、三回だね。今日じゃないから私が帰った時に伝えるよ。」


 今夜は会う予定になっていなかったはずのため、それで間に合う。しかし、ここまでアリシアが協力的なことに疑問が残る。


「アリシアって〔琥珀の君〕とそんなに親しいの?」

「いや。けど、愛良とか友幸様とか俺と親しいとは知ってるから。ちょっとお願いしたら一週間程度ならって許してくれた。愛良も友幸様も外せない外出の予定があったわけじゃないからかも。」


 これは秋人のおかげか。夜に護衛させるなら昼間に任せられることが減るため、アリシアは秋人にさせる予定だったものを調整してくれたことになる。やはりアリシアへの感謝も忘れられない。


「本当にありがとう。」


 まだ〔聖女〕の身内ですらないため、そこに聖騎士を多く割けないと言われている。そんな面倒な規定無視してしまえば良いと思うのに、そうはいかないらしい。


「愛良にだけは勘付かせないようにしてくれ。護衛のために力を貸さなきゃいけない状況ってので、どうにもできないのに心配だけかけることになる。アリシア様からも愛良を不安にさせないことって言いつけられてるから。」

「了解。そっちも気を付けて。」


 頼み終わった頃、馬車の用意も整い、見計らったように愛良ちゃんと〔琥珀の君〕が出て来た。


「次はお仕事じゃなく遊びに来てね。」


 馬車に乗り込んでも、愛良ちゃんは笑顔で手を振ってくれていた。


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