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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
170/192

その身の危険

 今日もマリアは説教や懺悔のため、教会に向かう。私の外出も控える必要がなくなり、マリアの希望により、教会まで馬車に同乗した。


「ごめんなさい、ラウラにも任務があるのは分かっているのだけれど。」

「今日のはちょっとした確認だから。マリアの頼みに優先するものはないよ。」


 マリアと〔琥珀の君〕の婚姻の誓いについては、聖騎士の間でも共有されている。そのため、〔琥珀の君〕の身を守るため、常に傍で守ることは難しくとも、時々様子見に行くよう指示された。商会長たっての希望もあって、私がその役割を担うようになったのだ。私があまり威圧感を与えない容姿をしていることと、〔琥珀の君〕と学生の頃からの知り合いであることが理由だろう。

 あくまで任務は様子見であるため、教会まで同行する程度の時間なら問題視もされないのだ。


「私の周りがこんなに慌ただしくなると思っていなかったの。だって、婚姻の誓いは当事者にとって重要なことでも、そんなに準備が必要なことだと思っていなかったのだもの。こんなに大人数を巻き込んで、こんなに危険が訪れて。」


 〔聖女〕としての影響力。それがどれほどのものか、マリアは分かっていなかったのだろう。想像はしていても、実感はしていなかったのかもしれない。


「ラウラもそのために危険な目に遭ったと聞いているわ。」

「私のは自分から向かって行ったものもあるからね。」


 ただ守って傍にいるだけが聖騎士の仕事ではない。それも大切な任務の一つだけど、危険の元を排除することだって重要だ。


「あまり無茶はしないで。心配だわ。」

「任せてよ。私はマリアを置いていかないよ。」


 マリアは私を置いて〔琥珀の君〕の所に行こうとしているけど、マリアがそれで守られるなら、私はそれを受け入れられる。会えなくなるわけでもなく、姉妹であることも変わらないのだから。


「信じているわ。今日はいつも以上に気を引き締めないといけないわね。」

「どうして?」

「ラウラと直前まで話していたから、浮ついた気持ちのままになってしまうわ。だって、やっと外に出られたって、ラウラも嬉しそうなのだもの。」


 そうだろうか。鬱屈とした気分は確かになくなっているけど、この後には任務が控えているため、緩んだ気持ちにはなっていないはずだ。


「私も気を引き締め直すね。」

「ラウラはこの後、どこへ行くの?」

「桐山商会に。」

「まあ。」

「遊びに行くわけじゃないよ。それに、マリアは毎週会ってるでしょ。」


 以前とは違い、夜に会いに行っている。それも週に二、三回のことだってある。夜間の外出は控えてほしいけど、日中はなかなか会えないようであるため、止められずにいる。せめて自宅で話す程度で、とお願いはしているため、マリアなら忠告に従ってくれているだろう。


「そうなのだけれど。愛良が羨ましいわ。会いたい人と毎日会えて。」

「あと一年もすれば、マリアもきっとそうなるよ。ほら、もう着くよ。」


 ゆっくりと馬車は速度を落とす。


「きちんと〔聖女〕にならなくては、ね。」


 完全に停止した馬車から降り、マリアに手を貸す。そっと降り立てば、後はもう他の聖騎士にお任せだ。


「行ってらっしゃいませ、〔聖女〕様。」

「ええ、行ってくるわ。」


 教会に入って行く白い法衣のマリアは非常に堂々としていた。凛と背筋を伸ばして、信者たちと言葉を交わす〔聖女〕様だった。

 そんなマリアを守るために、私は今日からの任務を果たそう。扉の先に消えるマリアを見送り、私は一人歩き出した。


 周囲にも私と同じように、ただし帯剣はしていない人々が歩いている。朝食の材料を買い出しに来ているのか、もう済ませて朝の散歩をしているのか。身軽な人々はしっかりと暖かい服装になっている。武装している人は巡回兵くらいで、そんな彼らも住民たちと気楽に言葉を交わしている。

 まだ開いていない店も多い。雑貨屋や装飾品の店、衣類の店などはおおよそ閉まっている。その中には桐山商会も含まれていたが、既に警備は立っていた。


「おはようございます。何時頃、開く予定ですか。」

「もうすぐですよ。どちら様でしょうか。」

「オルランド邸の聖騎士ラウラです。」

「ああ、聞いていますよ。」


 人が通り過ぎていく道から目を離さないまま、警備の一人の隣に並ぶ。ここからが私の任務だ。


「怪しげな人が通ったりはしていませんか。」

「身なりが怪しい人はいませんが。」


 どこか含みのある言い方だ。こちらを試しているのかもしれない。


「皇国兵や騎士でもないのに武装していたり、何度も店の前を通ったりする人はいましたか。」

「どちらにも該当する人がいましたね。」


 それが怪しい人だ。身なりは怪しくないということは、どこかの屋敷の制服のようなものだろうか。しかし、それでは何かを起こした場合に簡単に足が付いてしまう。

 今日の私は剣と銃こそ携帯しているものの私服だ。聖騎士の制服は周囲に威圧感を与えにくい意匠をと考えられてはいるが、それでも多少の威嚇効果はある。こうして単独で、〔琥珀の君〕周辺で動くなら、一般の人に紛れられる服装のほうが好ましい。


「ああ、あの人ですよ。黒いコート自体は怪しくありませんが、もう五回も前を通り過ぎています。ちらちらとこちらを確認する様子もありました。」


 今もこちらを見た。しかし、少し離れた相手の特徴をじっくりと観察する前に、前を通過する馬車に視界を遮られる。

 がらりと商会の扉も開かれ、警備たちの体にも緊張が走る。


「おはようございます。」

「おはよう。あれ?ラウラまで来てるんだ。」

「まあ、ちょっとね。様子見に。」


 警備の一人は先ほど黒コートがいたほうに目を向けている。しかし、今はそこにいない。どこだろうと軽く目で探していると、馬車が商会の前に止まった。

 そこから降りて来たのは秋人だ。あちらも私に気付いているけど、特段触れることなく馬車から丁重な仕草で女性を下ろした。〔琥珀の君〕も商人らしい作った笑みで彼女を迎える。


「お待ちしておりました、神野愛良様。」


 愛良ちゃんが一歩近づき、口を開こうとした時、乾いた高い音がパン、パンと空気を切り裂いた。それに反応した秋人は〔琥珀の君〕を店内に突き飛ばし、愛良ちゃんを引き寄せる。警備の一人は銃声のしたほうと店の扉の間に入り込み、もう一人も身構えた。

 銃声のほうからは先ほど怪しいと言っていた黒コートの人物がこちらに向かって走って来ていた。剣を片手に、身を屈めるように突っ込んで来ている。私も剣を抜き、そちらに駆け出す。

 剣が刺さらないよう位置をずらし、その体を蹴り上げる。反動で私も後ろに飛び退くことになるけど、相手の勢いも止められた。自分の走っていた衝撃もその身で受けたためだろう、少々よろめいている。その隙に肩に剣を突き刺し、地面に押し倒す。


「引き渡していただけるか。」


 巡回兵が声をかけてきた。誰かが呼んで来たか、銃声で駆けつけて来たか。


「私のほうに向けて発砲されたので、自衛したまでです。」


 兵は倒れた男を警戒する秋人たちや投げ捨てられた銃を見た。


「ああ、この状況を見る限りそうだろう。しかし、確認しないわけにもいかない。」


 別の兵が倒れた黒コートを連れて行く。周囲に武器を構えている人間はいない。単独の犯行だったのだろうと、私も剣を戻す。抜いた拍子に血が飛んだのだろう、少しだけ服に汚れがついていた。

 兵は商会の内部に向けても、声を発する。


「そちらも、話を聞かせていただいてもよろしいか。」

「ええ、こちらへどうぞ。」


 〔琥珀の君〕が店内から出ることなく招き入れる。衣類や装飾品が少し並べられた広々とした空間を通過し、廊下をさほど進むことなく一つの部屋に案内された。その間も、愛良ちゃんは秋人にぴったりとくっついたままだ。

 部屋の入口にある上着掛けにコートを掛けてもらってソファに座っても、愛良ちゃんは秋人の場所を何度も振り返って確認している。


「大丈夫だから。慶司さん、暖かいミルクかココアを用意していただけますか。」

「今用意するよ。愛良、ごめんね、驚かせて。」


 部屋を出て行こうとするけど、ここで単独行動させるわけにもいかない。今狙われたのはおそらく〔琥珀の君〕だ。


「私も行きます。さすがに中にまでは入って来ないでしょうけど。」


 仲間が傍に控えていたのなら、一人で行動に移ったりはしないだろう。もっと警備を攪乱するよう複数人で同時に行動を開始するはずだ。しかし、万が一もある。

 なぜか私の上着を掛け直した〔琥珀の君〕の後に続いて部屋を出れば、小声で注意されてしまう。


「上着の汚れ、あんな風に掛けておいたら愛良が気付くでしょ。」


 返り血のことだろう。上着に少し付いただけのため、油断していた。目立たない色を選んで着て来たから気付かれないだろうという慢心もあった。


「ごめん、気にしてなかった。」


 隣の給湯室に入り、手早くミルクと茶を用意していく。私は護衛のつもりのため、もちろん手伝わない。茶や菓子の用意も得意ではないため、手を出そうとしても歓迎されないだろう。

 愛良ちゃんたちのいる部屋に戻れば、秋人が愛良ちゃんの頭を撫でて落ち着けていた。さすがに兵も愛良ちゃんの動揺を見てなお急いで話を聞き出そうとは思わなかったようで、愛良ちゃんが一口飲んで落ち着くまで待ってくれていた。


「ラウラも座って。話しにくいでしょ。」

「護衛だと思ってください。動きやすくするために立っているだけですので。」


 勧められるけど、愛良ちゃんを守るため隣に立ったままの秋人同様、私も〔琥珀の君〕を守るためその傍に控える。しかし、そのやり取りから愛良ちゃんは何かに気付いたのか、先ほどの光景を思い出してしまったようだ。


「ね、ラウラの、服に、紅い点々が付いてたの、ってさ。」

「気にしないでください。」


 秋人が愛良ちゃんにカップを渡し、それ以上の追及を妨害してくれる。


「話を始めてもよろしいか。」


 兵の一言で先ほどの状況をそれぞれが話していく。同じ物を見ているため、おおよそ同じ話だ。見ている場所や銃声への反応で、分かる範囲が多少異なる程度か。


「了解した。ラウラ殿、今回は同行を求めませんが、今後はやり過ぎることのないようにお願いしたい。」

「相手が一人だとは限りませんから。」


 少々の忠告を残して、兵は出て行った。


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