まだまだ一緒
優しい愛良ちゃんの歌声を堪能し、昼食も共にすれば、また楽しい会話の時間だ。今度は腹ごなしがてら庭を散歩しよう。
「オルランド邸のお庭も綺麗だね。小さなお花が可愛い。」
「こういうのがオルランド様は好きみたいだね。自然なままが良いのかも。」
もちろん庭師の手は加わっているけど、植わっているのが花だけではないため、自然な雰囲気に見える。葉や草と呼ぶほうが相応しい物がたくさん植わっているけど、決して花を隠さない。そんな横に愛良ちゃんが屈んでいるだけで絵になる風景だ。
「自然に見えるように作るのって難しいんだって。アリシア様の庭師が言ってたんだ。お庭でもお化粧でも、何でも。一から作り上げることも手間がかかるけど、自然なままを生かして、人の手が加わっていることを見ている人に悟らせてはいけないからって。」
人の手が加わっていても美しい物は美しい。だけど自然に見えるには人の手が加わってはならない。この庭は、人の手が入っていることを知っていても、自然に見えるほどの物だ。
「招いた人のためにとか、着飾る人のためにとか、会話が弾むようにとかだから、目立ちすぎちゃいけないんだって。言われなきゃ、そんなことまで考えてくれてるって分かんないよね。」
愛良ちゃんは本当に色々な人の話を聞いている。新しい知識や考えを知っていこうという気持ちに溢れているのだろう。
「そうなんだ。お家の人ともたくさん話してるんだね。」
「うん。だってアリシア様と友幸様が一緒のお出かけの時って、秋人も護衛でいない時があるから。そうじゃなくても、他のお仕事でお話しできない時もあるからね。そういう時は他の人にお話聞くんだ。」
それも曲を作るための外からの刺激、ということだろうか。
「そっか。そういえば、墓場には行ったの?」
「墓場?行ってないよ。」
「あんな危ない所、連れてくわけないだろ。まだ事件も解決してないのに。」
やはりそういうことらしい。愛良ちゃんには何も詳しいことを教えていない。物騒な話は私も教えたくないため、ここは速やかに話題を変えよう。
「そのお花、気に入ったの?」
大きいものでも愛良ちゃんの拳ほどしかない花々をずっと眺めている。咲いている数も少なく、色の種類も少ないが、それが冬に近づいていることを感じさせてくれる物に仕上げられている。
「うん。寒くてもずっと頑張って咲いてるんだよ。それにね、ここにあるのは一色のばっかりだけど、二色が混ざってるのもあるんだ。」
「へえ、そうなんだ。」
一つの花で複数の色を持っている物は、ここにはない。人工的な雰囲気を持ってしまうからだろうか。
「お花さん、お花さん、今日はどんな気分なの?」
突然、愛良ちゃんが歌い出す。これは童謡だろう。私には馴染みのない曲だけど、童謡自体、私は触れてこなかった。大陸のものでも知らないのだ。
「今日は楽しい黄色なの!心がふわふわ飛んできそう。」
今の愛良ちゃんの表情にぴったりだ。他にも様々な色と気分を繋げて、歌っていく。何番まであるのだろうと思い始めた頃、歌詞が意外な方向に変わってきた。
「今日は大好き赤色ね!顔がぽっぽと熱くなる。」
ここまでは子どもっぽい、無邪気で可愛らしいものだった。ここはもう少し成長した少女の心情のように感じられる。屈んでいるのに、愛良ちゃんは秋人の手を掴んで楽しそうに振っていた。
「大事な今日は真っ白ね。あなたの色に染め上げて。」
本当にこれは童謡だろうか。ちらちらと秋人を見上げているような気もするが、そういうことは自宅でやってほしい。見られている秋人はというと、口を空いているほうの手で覆って目を逸らしていた。
「そりゃ可愛いよね、こんなことされたら。」
「うん、すっごく可愛い。可愛いけど、困る。」
「なんで?」
疑を顔いっぱいに浮かべる愛良ちゃんには、まだ歌詞の深い意味が分かっていないようだ。そのうち知ることになるだろうけど、それは私の関係するところではないため、秋人に返事を促す。
「どうしてだろうね。ねえ、専属騎士の方。」
「お前は絶対分かって、まあいいや。そう、だな。これで俺が何かしたら、友幸様に半殺しにされかねないから、かな。」
「ふーん。」
アリシアは怒らないようだ。この問題に対しては緩いのか、放任なのか、むしろ積極的なのか。
「何か、って何をするつもりなんだろうね。ねー、愛良ちゃん。」
「愛良に余計なこと教えんなよ。まだそんなにしてねえから。」
多少は何かをしているから、愛良ちゃんも何も分かっていなさそうに笑っているのかもしれない。それでもまだ警戒心のなさから察するに、あまり勘付いているわけではなさそうだ。それなのに歌でそれとなく気持ちを伝えるなど、愛良ちゃんの発想なのだろうか。愛良ちゃんなら歌でも言葉でも、真っ直ぐに大好き、ずっと一緒にいたいと言いそうだ。
「ねえ、愛良ちゃんはこの曲、どこで教えてもらったの?」
「最初は友幸様に教えてもらったんだけどね、最後のほうは慶司が教えてくれたの。昼間にこう歌うとね、夜にキスとか色々してもらえるんだって。」
知らなくて良いことを教えられた。これは色々の部分が重要なのではないだろうか。そして、そのいろいろの内容を愛良ちゃんは分かっていないのだろう。
それより、教えた人で内容を疑うべきだ。愛良ちゃんの聞いた最後のほうの内容は、おそらく嘘だ。適当なことを教えられている。同じことを秋人も思ったのか、愛良ちゃんに問いかけている。
「どの辺りから慶司先輩に教えてもらったんだよ。つか、いつの間に。」
「今日は大好き赤色ね!から。衣装の話とかする時に来てくれるから、その時に教えてもらったの。」
だからそこで歌詞の方向性が変わったのか。可愛い愛良ちゃんになんてことを教えているのだろう。マリアへならマリアからの想いもあるから許すけど、微塵も疑わない愛良ちゃんにこんなことを教えるのは別問題だ。
「他にも色々教えてもらったんだ。まだ試してないことがいっぱいあるの。でも、秋人と二人きりの時にしてあげて、って言われてるのもあるから、ラウラには内緒。」
唇に人差し指を付けてしーっと楽しそうにしてくれるが、それは友幸さんに怒られると秋人が言ったような内容ではないだろうか。私が聞いても良いことのないものだ。
「だって。良かったね、親切な嘘を教えてくれる人がいて。」
「これは困るやつなんだよなあ。」
「秋人もきっと喜ぶよ、って言ってたよ。でも、親切な嘘って何?」
〔琥珀の君〕が来た時は、秋人は出かけていたのだろうか。会っていれば秋人のほうにも何か入れ知恵でもしそうなものだ。しかし、ここまでの話からは、秋人には心当たりがなさそうに感じられる。
「余計なお世話ってやつ。いや、遊ばれてるだけかも。」
頭に疑問符を浮かべているのが見える愛良ちゃんだけど、私たちにこれ以上話す気がないのを見て取って、追及を止めた。その代わり、童謡に関する知識を教えてくれる。
「童謡の旋律って覚えやすいでしょ?だから、それぞれが好きに変えて歌っちゃうことも多いんだって。だから、違う島になったら少し歌詞が違ったり、数年経っただけで歌詞が変わってたりするんだよ。何年のどこではこんな歌詞、っていう記録がいっぱい残ってるんだ。」
単なる嘘では終わらないこともあるのか。ただし、子どもが歌うことを考えると、〔琥珀の君〕が愛良ちゃんに教えたものは単なる嘘で終わりそうだ。
「そうやってどんどん歌詞が長くなってる歌もあるんだって。さっきの歌も最初は三番くらいまでだったらしいよ。」
「へえ。色々新しく覚えてもいるんだね。」
「うん、アリシア様が本も探してくれるんだ。」
そう言ってまた別の歌を歌ってくれようとする。
「ひらひら舞って、ふわふわ飛んで、遠く遠くどこへ行こう。」
しかし歌うことを止め、ぱっと立ち上がった。
「あっ、そうだ。秋人も歌うの上手なんだよ。ラウラ、もう一回音楽室行こう。」
「分かった。私も一緒に歌おうかな。」
童謡を聞くのも良いけど、愛良ちゃんと一緒に歌うのも好きだから。時々こうして来てくれれば、私の気持ちも沈んでしまわないだろう。
音楽室に向かっている間も、愛良ちゃんは上機嫌だ。
「友幸様も一緒に歌ってくれること、あるんだ。自分で歌って作るのもいいけど、ある程度できてから誰かに歌ってもらうとね、自分だけじゃ分からなかったことも感じれるの。それで新しいことを思いついたりもするんだよ。」
「愛良ちゃんに協力してくれてるんだね。」
何か私も愛良ちゃんに協力できることはないだろうか。しかし、何も思いつかないまま、音楽室に辿り着いた。
「秋人もラウラも知ってる曲かあ。何があるかな。順番でいい?」
「愛良ちゃんの好きなようにして。」
「俺は歌うって言ってねえんだけど。」
任務の範疇ではないだろうけど、日頃愛良ちゃんには聞かせているから、こんな流れになっているのだろう。嫌そうではないため、いつも愛良ちゃんが頼めば従っていると想像できる。
「そうだ!じゃあね、――」
愛良ちゃんは私も秋人も知っている曲を思い出し、提案してくれた。三人で歌ったのは一曲のみだけど、愛良ちゃんはとてもご満悦だ。
「三人で歌うのって初めてだよね。」
「まず俺がそんなに歌わねえし。」
「私と愛良ちゃんは一緒に歌ったけどね。また歌いたいなあ。」
十二月末には文化交流公演が控えているため、愛良ちゃんも忙しくなるだろう。私も謹慎が解けていれば、マリアの舞の儀のために警戒を強めることになる。どちらも、時間を合わせにくい時期だ。
「また私とラウラの曲も作っておくね。作って隠してる曲もたくさんあるから。もっときちんと、色々分かるようになってからとか、もっと気持ちが強くなってからにしたいものもあるんだ。」
「そうなんだ。」
思ったままに言うだけではなく、大切に持っているものもある。何でも素直に発していると思っていた愛良ちゃんにもそんな部分があったのか。
「色んな刺激を受けたら、色んな発想を得られるかもって言ってもらえてるからね。」
「それなら役に立つか分からないけど、リージョン教の歴代第六枢機卿の肖像画でも見てみる?ちょっとした刺激にはなるんじゃないかな。」
「見たい!」
興味を持ってくれたため、普段はあまり近寄らない肖像画を飾っている部屋に向かう。私が近寄らないだけで、しっかり掃除はされているため、埃が積もっているようなことはないだろう。
入ってまず目につくのは彫像だ。何代か前の第六枢機卿が作らせたそうだ。それ以外は絵画ばかりで、その中の一つにオルランド様が描かれた物がある。今より随分若く、枢機卿となった頃に描かれたのだろうと分かる物だ。
「いっぱいだね。」
「歴代、だからね。ほら、一番左が今の第六枢機卿オルランド様。この屋敷の主だね。その一つ右が先代らしいよ。右に行けば行くほど古いんだって。」
老いた姿で描かれている人も若い姿で描かれている人もおり、男性の代も女性の代もある。しかし、みなオルランド様のような穏やかな表情をしている点は同じだ。現在の諸島部におけるリージョン教の方針を示しているようでもある。
「次は誰になるんだろうね。マリア様かな。」
「マリアは違うよ。〔聖女〕だからね。」
〔聖女〕や〔聖人〕は特殊な立場だ。枢機卿と同等か、さらに上のような不思議な立場になっているため、枢機卿となることはないだろう。
しばしそれら肖像画を眺めていたが、愛良ちゃんはこちらに振り向いた。
「ありがとう、ラウラ。なんか、始祖教の聖地とか行った時みたいな気分になったよ。」
神聖な気分、ということだろうか。比較対象として始祖教が出て来ることに驚きはするけど、ここにそれを咎める者はいない。
「どういたしまして。愛良ちゃん、帰る時間は大丈夫?門限とかない?」
自分では把握していないのか、秋人に視線をやっている。
「特別言われてはないな。まあ、暗くなる前に、くらいじゃねえの。」
雑な決め方しかしていないようだ。家に着く頃に暗くなり始めるくらいで考えるなら、早めにしたほうが良いだろう。
「じゃあ、今日は朝から来てくれたし。ありがとう、愛良ちゃん。」
「うん、ばいばい。また呼んでね。」
門まで見送れば、見えなくなるまで身を乗り出して、手を振ってくれていた。