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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
168/192

謹慎中

 謹慎させられて一か月。思った以上に長引いている。敷地から出ること自体控えさせられているため、鍛錬も敷地内を走るとか、腕立て伏せや素振りをするとか、いつもより種類が減っている。風景も変わらないため、少々飽き飽きしてきた。

 そんな落ち込んだ気分で木の上に座っていると、下からマリアの声が聞こえた。


「もう、ラウラったら。こんな所にいたのね。」

「どうしたの?」


 すとんと降りれば、いつもより楽しそうに微笑むマリアがいる。〔聖女〕らしい上品な服装になっているため、これから出かけるところだろうか。


「今から私とオルランド様は出かけるの。行ってきます。」

「ああ、宗教交流会のためだっけ。見送るよ。」


 馬車に乗るまでと思っていると、歩きながらもやはりマリアはとても楽しそうだ。


「楽しみ?宗教交流会は。」

「今日は私たちのような代表者だけのものよ。そうではなくて、お客さんももうすぐ来るから、お願いね。」


 突然の客なら断れる。予定が先に入っていたなら、宗教交流会の日程を調整するなり、マリアやオルランド様のどちらかは残れるようにするなり、できたはずだ。それをしないということは、私でも十分な相手なのだろうか。


「客って誰?」

「それは来てみてからのお楽しみよ。ラウラのためにお願いしたの。」


 私が喜ぶ相手なのだろう。推測することも止め、馬車に乗り込むマリアを見守る。オルランド様は既に乗り込んでおられて、私に一声かけてくださる。


「私たちがいない間、頼んだよ。」

「はい。行ってらっしゃいませ、オルランド様。マリアも、行ってらっしゃい。」


 敷地からは出ないように、見えなくなるまで見送った。この後、一人でどうしようか。歌う練習もしているけど、今はそんな気分にもなれない。本を読んで勉強するのも、今はやる気が出ない。何をする気にもなれない状態のまま、何となく馬車が去って行った方向を見つめていた。

 すると、近づく点が徐々に馬車の形になっていく。どの家を目指しているのか分からないけど、何となくこちらを見ているような気さえした。客が来るならすぐ来てほしい。相手が誰であれ、きっと今の気分を変えてくれる。

 御者の姿まで確認できるほどになれば、馬車の中から身を乗り出す少女が見えた。溢れんばかりの笑みで手を振ってくれる。愛良ちゃんだ。馬車の中を振り返り、もう一度手を振ると引っ込んだ。他に誰か乗っているのだろうか。

 すぐ傍まで馬車はやって来て止まる。しかし、そこから最初に降りて来たのは秋人だった。続いて、その手で支えられて愛良ちゃんが着地する。髪にリボンが巻かれていて、今日は一段と可愛らしい。


「久しぶり、ラウラ。あっ、えっと。お呼びいただきありがとうございます。」


 ぺこりと貴族令嬢としてのものではないお辞儀で、挨拶をしてくれる。その手には何やら紙束も持っていて、この後に期待してしまう。


「ようこそ、オルランド邸へ。今日のお客さんって二人だったんだね。」

「正確には招かれたのは愛良だな。俺は一応護衛だから。」


 サントス邸の紋章が入った制服で、しっかりと帯剣もしている。アリシアも愛良ちゃんを守るために配慮しているようだ。


「そっか。まあとりあえず上がってよ。」


 自分の気分も上がっていることを自覚しつつ、部屋へと案内する。使用人に部屋を暖めるよう指示して、ピアノを置いている部屋の準備もお願いして。


「愛良ちゃんがこうやって他のお屋敷に来ることってあるの?」

「あんまりないよ。アリシア様も一緒にお茶することもあったけど。」

「行っても大丈夫な家かどうか判断してから愛良に聞くことになってる。それでも必ず、俺を護衛として付けるつもりではあるみたいだな。」


 警戒心はどの家に行く場合にも忘れられない。愛良ちゃん自身はそもそも持っていなさそうであるため、周りが気を付けているのだろう。気安く話せる三人という状態でもアリシア様と敬称を付けていることからは、多少必要なことを覚えさせられているようだと分かるけど、やはり可愛いため心配は消えない。

 まだ暖まり切っていない部屋だけど、上着を脱いで、素早く用意してくれた茶で一息吐く。


「なんかラウラが元気ないみたいって手紙にあったから心配してたんだけど、そんなことなさそうだね。」

「愛良ちゃんが来てくれたからだよ。愛良ちゃんの笑顔見ただけでこっちも楽しくなるの。」


 マリアの優しい微笑みも好きだけど、愛良ちゃんの弾けるような笑顔も元気になれる。今日はどんな素敵な話を聞かせてくれるのだろう。そう思ったところで、秋人が立ったままであることに気付く。愛良ちゃんも気にしていないから放置でも良いかとも思ったけど、一声かける。


「秋人も座ったら?今日は別に気にしなくて良いでしょ。そんな相手いるわけじゃないんだし。」

「一応護衛だから。すぐに動けるようにはしておかないと。」


 柔らかなソファに座れば素早く立ち上がれない。低い机も動きを阻害するだろう。だけど、このオルランド邸の中で滅多なことは起きない。もう一度愛良ちゃんを確認すると、期待するような輝く瞳で私と秋人を交互に見ていた。


「この愛良ちゃんを見ても同じことが言えるの?」


 すーっと愛良ちゃんから視線を遠ざけている。愛良ちゃんはあからさまに、しょんぼりとした表情になった。


「いつもね、こうなの。弘樹様と桃子様のお家に行った時もね、いいよって言ってくれてるのにダメだから、アリシア様に怒られるからって言うの。」


 正真正銘の貴族相手となれば無理もないだろう。しかし、愛良ちゃんはそれでも不服なようだ。


「みんな友達なんだからいいと思うのに。ね、ラウラもそう思うでしょ?」


 アリシアは厳しいようだから、説得すべきは秋人ではなくアリシアだろう。誰かに招かれた時にアリシアから任務として命じられたなら、愛良ちゃんが頼んでもそれに従うはずだ。それが愛良ちゃんを守ることにも繋がるのだから。


「じゃあ、また今度、外で会おうよ。それか、秋人も一緒に招く形にすれば、愛良ちゃんの望むように会えると思うよ。」

「うん。じゃあ今日は諦めるね。」


 こうやって最終的には従ってくれるから、護衛としての立場を貫くのかもしれない。私も同じ状況になれば護衛として動くだろうから、あまり愛良ちゃんのためにしてあげてとは言えない。


「愛良ちゃん、それは何を持って来てくれたの?」

「色々楽譜だよ。お話しして、今日聴いてもらっても、明日からまたお家にいないといけないんでしょ?だったら新しい曲もあったほうが楽しいかなって。」


 これは後で聴かせてもらおう。それより色んな話を聞いていたい。


「ありがとう。ねえ、サントス邸では最近どうなの?何か変わったこととかあった?」

「んー、そうだね。アリシア様と友兄があんまり喧嘩しなくなったの。あ、そうだ。アリシア様がね、何か色々皇国騎士に任せればいいよ、って。」


 先月の事件のことだろうか。私には何の情報も入って来ない上に、自分で探ることもできない状態のため、どうなっているか一切分かっていない。愛良ちゃんの伝言もおそらく大幅に省略されているため、何の話かよく分からないことになっている。


「被害者の身元がなかなか分からないらしい。顔が潰されてたせいもあるだろうな。」


 威嚇のつもりだったけど、そのせいで自分の謹慎が延びてしまっていたようだ。次から顔は確認できるように気を付けよう。あまりこの話を愛良ちゃんの前では続けたくないため、早々に話題の転換を図る。


「そっか、大変なんだね。ねえ、愛良ちゃん。新しい曲、聴かせてもらっても良いかな。」

「うん。そのつもりで来てるよ。」


 ピアノのある部屋まで案内しながら、今日用意してくれた曲について聞いて行く。


「新しいとは言ってもラウラに聴いてもらったことがないだけで、他では演奏したことあるんだ。次の文化交流公演のためのもできてはいるんだけど、アリシア様がそれはそこが最初になるようにしてほしいって言ってるから、ラウラにはまだ教えてあげられないの。」


 私のためだけに作ってくれている曲でも、まだ外では披露していない曲もある。今日はあくまで私が寂しくないようにという気遣いでの招待だ。公演のために用意しているなら、それはそこで明かされるべきだろう。

 今日の演奏も歌声も、愛良ちゃんが私のためだけに聴かせてくれる。それだけで私は十分だ。


「ねえ、ラウラは、十二月の贈り物の話は知ってる?」

「ううん。何それ。」


 友幸さんから教えてもらったというその話を説明してくれる。要約すると、欲しい物をもらえる日があるという話だ。


「昔話するみたいに教えてくれたの。でね、二人で試してみたんだ。」

「へえ、何をお願いしたの?」

「私は秋人との時間って書いて、友幸様は旅行って書いてたよ。でね、アリシア様は本当にその日、私が秋人とゆっくり過ごせるようにしてくれたんだ。旅行は難しかったみたい。」


 その日をどう過ごしたかまで話そうとしてくれるけど、その前にピアノのある部屋に着く。


「あ、じゃあ、その話聞いて作った曲からにするね。」


 弾き出してくれた曲もとても愛らしい。激しすぎるほどの愛情も、苦しいほどの温もりも、全て喜びで以て受け入れる姿が愛良ちゃんに似合いの曲だ。風や雪といった寒そうな言葉が並んでも、楽しそうに、嬉しそうに歌う姿が心を温めてくれる。

 歌い終わった余韻まで、周囲の空気を変えてくれていた。


「ありがとう、愛良ちゃん。」

「喜んでもらえて嬉しいよ。えへへ、何かね、作った時よりもっと気持ちが分かる気がするの。作った時はまだ十二月の贈り物はもらってなかったからかな。」

「そうかもね。ね、実際にもらった日の話も聞かせて。」

「うん、あのね――」


 雪だるまを作ったり、アリシアや友幸さんも一緒に雪合戦をしたり。楽しい一日を過ごしたようだ。


「すっごいぽかぽかしたんだ。夜もね、今日は特別だからって秋人が一緒に寝てくれたの。」

「今年もそんな時間が持てたら良いね。」

「あんまり言いふらすなよ、それ。」


 後ろめたいことがあるようだ。愛良ちゃんの様子からは何かあったように感じられないけど、気付いていないか忘れているだけの可能性もある。少し鎌でもかけてみようか。


「愛良ちゃんも大人になっちゃったんだね。お姉さん寂しいよ〜。」

「どうしたの、ラウラ。」

「まだ手は出してねえよ!」


 秋人の発言にも愛良ちゃんはきょとんとしている。本当に何も分かっていないらしい。アリシアや友幸さんが気を付けるだろうから、私はこれ以上触れないでおこう。


「色んな人に守られてるんだよ、愛良ちゃん。」

「うん。アリシア様も友幸様も、秋人もお兄ちゃんも、私のために色々してくれてるの知ってるよ。やっぱりラウラ、今日元気ないの?」


 突然の発言だっただろうか。だけど、心の底から楽しそうに笑う愛良ちゃんを見ていると、大切にされていて、私も守りたいという気持ちになったから。私の一番はマリアで、そのために愛良ちゃんよりマリアや〔琥珀の君〕を優先することもあるだろうけど、私の気持ちとしては愛良ちゃんも大切だ。


「そうかもね。愛良ちゃんが帰ったら寂しくなっちゃうかも。」

「たくさん歌って、楽譜も置いて行くから、私と一緒にいる気分になってね。」


 そうして愛良ちゃんは何曲も歌ってくれた。


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