尋問の時
開かれた扉の先では、ソファに二人が腰かけていた。机には尋問室同様、紙とペン、インク壺が置かれているけど、茶も置かれていて、応接間であると分かる。机自体も尋問室のような物ではなく、オルランド邸にあるようなとまでは言えないけど、上質な物に見える。
「お待たせいたしました。」
「いや、構わん。こちらも伝達が遅れて申し訳ない。先に私が詳しいことを聞いてしまった。」
「いいえ。迅速な連絡をありがとうございます。」
紙とペンが置かれた一辺に尋問の騎士は腰かけ、私は背後の騎士に空いている席へ誘導される。ソファも軽く体が沈み込むが、柔らかすぎることなく心地よい物だ。
「では早速、事実の確認を行います。昨夜未明、アリシア殿下の専属騎士である秋人殿は、アリシア殿下の命で下町の墓場に向かった。」
「はい。普段の生活では知ることのない雰囲気を感じ取れるだろうからと、アリシア様の抱える音楽家のために、危険がないか確認するよう命じられました。」
愛良ちゃんの話だ。秋人があの時間、あの場所にいた違和感を消す口実に使われている。昼間に私が伝えたことを思えば、これはただの口実だろう。
「夜である理由と、昨夜であった理由は?」
「これは私から答えよう。夜の墓場であることに意味がある。感受性の豊かな子だからな。新たな曲を作るための刺激になるかと思ったのだ。しかし、いきなり向かわせるのは、いくら護衛を付けても不安になる。まずはどの程度の危険があるかと、夜に向かわせた。」
昨日から考えていた嘘だろうか。とても自然で、おかしな点など見当たらない。愛良ちゃんが曲を作っていることも事実であり、その上、ただのアリシアの考えのため、愛良ちゃんがこのことに関して何も知らなくともおかしくない。今回の結果を受けて、夜の墓場に向かわせないと結論を出したとすれば、愛良ちゃんが今後そこから刺激を受けた曲を作らずとも自然である。
これで、秋人が目撃されていても疑いは薄くなっただろう。
「昨夜であったのは偶然だな。しいて言うなら、今日が私の音楽家と秋人の休日予定日であったことか。二人が親しいことも知っているのでな。何か気付いたことがあれば、個人的にでも伝えるかと思ったのだ。特に深い考えがあったわけではないな。」
思い付きではないが、昨夜としたのは偶然、と。しかし言い方にも緊張した様子はない。これを先に聞いていたとすれば、私の理由は強引なものに聞こえただろう。
「ありがとうございます。昨夜向かった墓場では何が?」
「争う音がしていて、多対一の状態に見えましたので、一人のほうを攻撃しにくいように近づきました。近づけば襲われているのがこのラウラで、相手は俺のことも殺す気で来ましたので、応戦しました。」
おおよそ事実と同じ状況だ。細部は違うかもしれないけど、その場の一部始終を見ていた人でもいない限り、分からないだろう。見ていても、私がそこにいると分かって秋人が来たことなど分からないはずだ。
「応戦の結果、殺害した、と。」
「はい。相手の数のほうが多かったので、自力で捕らえることも困難でした。すぐに助けを呼べる場所でもないことは分かっていましたから、こちらも殺す気で行かなければ無事では済まないと判断したのです。」
およそ全て話してしまっているのか。死体損壊については隠していてほしいけど、確かに私はマリアに言わないようにと強調した。皇国騎士に対して言わないようにとは特に念を押していない。
「死体の状態は聞いたかな。」
「はい。まさかそのような状態になっているとは。俺がその場を離れた時はそのような、凄惨なことにはなっていませんでした。」
これは秋人が先にその場を離れたとされれば、その後死体を損壊したのは私ということになってしまう。
「さて、ラウラ殿。昨夜のことは思い出せたかな。」
「え、あ、はい。歩いている時に突然襲われて、気が動転してしまったようです。」
それで記憶が曖昧になったということにしておこう。騎士である私がこのような発言をすることに違和感は残ってしまうかもしれない。しかもその後、秋人が来るまでは十人程度を相手に戦えているのだから。
「ではその後、君はどうしたのかな。」
「ひとまず自分の身を守ることを最優先に応戦しました。囲まれると不利ですので、障害物の多い場所をと思って動いたのです。いつの間にか墓場まで移動してしまっていたのでしょう。」
散歩で夜の墓場には行かないだろう。しかし、死体は全て墓場に放置して帰っている。そこも違和感なく話の辻褄を合わせなければならない。
問題は一つ乗り越えられたのか、尋問の騎士はどんどん質問を重ねてくる。
「戦闘後は?」
「何とか秋人のおかげもあって身を守れましたので、急いで帰りました。その後は頭と体についた血を洗い流して、そのまま眠りました。」
説明を省いただけで、事実だ。
「なぜ、誰にもその話をしなかったんだ?」
「もうかなり夜も遅く、家の者も眠っておりましたので。気が動転していて、皇国騎士に伝えることも思いつかなかったんです。」
「なるほどな。異常な様子だったのは気が動転していたからか。」
これで誤魔化せただろうか。いくら相手が殺しても罪に問われない者でも、あそこまで損壊されていれば良く思われないことは私にも理解できる。
「ええ。元々散歩するだけのつもりだったのが、突然そんなことになってしまって。」
「ところで昨日の昼、君は秋人殿を呼び出したそうだな。アリシア殿下に伝えてほしい内密の話があると言って。」
いったいどこまで話したのだろう。昼間に会ったことは秋人にとっても都合の悪い事実のはずだ。しかし、会ったことを否定しても、様々な人の目撃証言ですぐに嘘がばれてしまうだろう。
「ええ。アリシア様にも関係する話を聞きましたので。手っ取り早く伝えるには秋人を介するのが一番だと思ったのです。」
私がアリシアと直接会って話すことが困難なのは理解してもらえる。まさか〔聖女〕様を伝言係に使うわけにもいかない。私と秋人が親しいと知られているなら、気軽に伝言を頼んでも不自然ではないと判断してもらえるはずだ。
「その話の内容は?」
どこまで伝えているのだろう。何か手掛かりはないかと探しても、秋人には目を逸らされ、アリシアは涼しい表情で茶を飲んでいる。私が不利になるようなことはしないと信じているけど、今の状況だけ見るなら疑う気持ちも湧いてくる。
「何か不審な動きがあるような噂を聞きましたので、そのことを伝えました。音楽家の子も危ないかもしれない、と。」
「伝えたのはそれだけか?」
襲撃があると言った件はばらしているのだろうか。マリアのことは伝わっているだろうか。何をどこまで、どのように変えて話しているか分からない。
「はい。」
「おかしいな。〔聖女〕やその想い人の身も危険だから手を貸してほしい、という話もしたと聞いているが。」
ほとんど全て話されてしまっていると思ったほうが良さそうだ。何とか取り繕わなくてはならない。
「ああ、その話もしました。それはアリシア様に伝えてほしいことではなく、秋人個人へのお願いをついでにしただけですので、今の話とは関係ないと思いまして。」
手元の紙に何やら書き記している。これ以上何を聞かれるのだろう。まだ私の言葉で誤魔化せるだろうか。最悪、私のしたことが明らかになっても、厳しい処罰とはならないだろうけど、動きにくくなることは避けられない。
尋問の騎士が紙から顔を上げると、アリシアが口を開いた。
「私がリージョン教の〔赦しの聖女〕やその妹であるラウラと親しいことはそちらも把握してくれていることだろう。」
「ええ、存じております。」
「昨夜、ラウラが眠れなかったのは姉の〔聖女〕の身が心配だったからではないかと思うのだ。そして、その不安を振り切るため夜中に出かけ、今回の事件に巻き込まれた。もちろん、〔聖女〕のことはリージョン教で解決すべきだろう。しかし、〔聖女〕や想い人の身を狙うのが皇国貴族であれば、リージョン教だけでは対処しきれないのではないか。」
マリアを守るために、協力しようとしてくれている。皇国騎士も巻き込んで、マリアや〔琥珀の君〕の身を守ろうとしてくれている。ほとんど嘘を交えずに、上手く騎士を巻き込む理由を作ってくれた。
「お言葉ですが、リージョン教側からの要請がなければ、こちらから干渉することは困難です。」
「ほう?何の罪もない平民が殺されかけていても、捜査を行わない、と。何を信仰していようとも皇国の民だろう?」
マリアなら常に傍で守る聖騎士がいる。しかし、〔琥珀の君〕をそのように守るのは困難だ。商会に警備がいると言うけれど、それはあくまで場所を守る警備であって、その身を守る護衛ではない。ただのマリアの想い人という立場でしかないため、聖騎士を付けることも基本はない。
尋問の騎士は一度迷うように目を伏せ、アリシアを真っ直ぐに見た。
「こちらで確認を行います。既に起きた事件に関する捜査であれば、リージョン教側の同意で、進めやすくなるでしょう。」
「ああ、助かるよ。サントス王女とリージョン教〔聖女〕という立場こそあるが、私と彼女は友人でもあるんだ。しかし、直接動くことはできなくてね。」
不可能なわけではない。アリシアが立場を大事にするから動かないだけだ。それでもアリシアは自分が許した範囲で動こうとしてくれている。
話は終わりとばかりにアリシアは茶を飲み干した。それに合わせて尋問の騎士もペンを置く。
「ラウラ殿の身の潔白が証明されたわけではない。しばらくは行動を控えていただけるか。」
殺された人物の素性が明らかになるまでの間だろう。そう長くはないはずだ。
「はい。すぐに連絡しなかった非はありますから。」
これで本当にようやく尋問は終わりだと、外へ出される。アリシアや秋人とは言葉を交わす間もなく、私も自宅へと送られた。