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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
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報告の朝

 可愛い鳥の声で目が覚める。カーテン越しにも陽が昇っていることが分かるほど明るい。マリアは出かけているだろう時間だ。自分の部屋を見渡しても、昨夜の惨状に繋がる物は何もない。血に塗れた衣服も全て処理を済ませており、自分の体も綺麗に洗った後だ。

 体を伸ばせば、普段より短い睡眠でも少し固まってしまった体が解される。窓を開ければ爽やかな風が吹き込んで来た。布団で暖まっていた寝間着の体には少々肌寒い。外では既に使用人たちが活動を始めており、庭の手入れをしている姿も見える。

 顔を洗って鏡を見ても、髪の跳ねたままの自分が映っているだけで、そこに緊張感はない。マリアに会ったとしても少し寝坊しただけとしか思われないだろう。

 体が震え出す前に暖かい服装に替えていると、お腹がぐる、と主張を始める。昨夜は運動をしたため、いつもより体が栄養を求めているのだろう。

 今日はいつも以上にしっかり食べて、早く怪我を治そう。そう食堂に向かい、食事を用意してもらう。


「おはようございます、ラウラ様。」

「おはよう。」


 野菜も肉もしっかり揃っている暖かい朝ご飯を満足行くまでお腹に収めれば、軽い運動だ。傷が悪化しないよう、数日は本当に軽く走る程度にしておこう。


「ご馳走様。」


 食べ終わったことを伝えて、建物の外へ出る。食事でも体は起きるが、やはり動かさなければ十分には暖まらない。より心地よく一日を始めるために、運動を始める。

 まずは柔軟。いつもより控え目にしかできないが、日々の小さな怪我を減らすには欠かせない。用心深くゆっくりと、傷みのないよう気を付けて。

 終われば敷地の外へ向かう。


「おはよう。」

「はい、おはようございます。」


 門番たちと挨拶を交わし、周辺をぐるりと一周する。いつもより速度を落とし、体への衝撃を減らすよう注意を払う。途中で暑くなって上着は脱いだけど、傷口が熱を持った様子はない。

 屋敷に戻ると、入り口付近に馬車が止まっていた。


「お帰りなさい、オルランド様。」

「ああ、ただいま。」


 ちょうど馬車からオルランド様が降りたところだった。まだ午前中なのに、少々疲れた顔をされている。度々街へ降りて一般の人々と交流していることも知っているけど、もっと明るい表情をしていたと記憶している。


「どうかされましたか。」

「下町の墓場で十人程度の死体が発見された。それはもう凄惨なものだったと。近隣の住民が争うような音も聞いていた。」


 その場で見に来る度胸のある住民がいなくて良かった。それとも、暗くて相手を確認できなかっただけだろうか。


「そうだったんですね。」

「そのことで少し話を聞きたい。」


 何か勘付かれているのか、何か知らないか聞き出そうとしているだけだ。死体の素性が明らかになるにはまだ早いだろう。


「はい、水を浴びてから向かいます。」


 屋敷に入るオルランド様を見送り、自分は裏庭で汗を流す。

 どのような話になるだろう。隠すべきか、正直に伝えておくべきか。伝えてもマリアに黙っていてほしいと頼めば、オルランド様は聞き入れてくださるだろう。しかし、伝えることの意味もない。事は既に終わり、対処すべきこともないのだから。かといって嘘を吐く意味もない。万が一、誰かが何かに気付いた場合、嘘を吐いたという事実はこちらの不利に働くだろう。

 私は私の行動が他の人々にどう捉えられるか分かっている。秋人でさえ引いていたのだ。人の血にすら慣れていない人間が死体の状態を聞けば、〔聖女〕の妹としてどころか、人としてさえ思えないだろう。

 殺害は最悪、自衛のためと答えれば良い。死体損壊については隠すべきだろう。なぜその場にいたか問われた場合は、散歩で良いだろうか。あのような場所にまで散歩に向かうのは不自然だろうか。

 考えがまとまらないまま、オルランド様が待つ部屋へと向かった。


 オルランド様も嘘を好まない。だから、私が隠し事をする。そう心を決めて、扉を叩く。


「待っていたよ。」

「失礼します。」


 ソファに腰かける姿はいつも通りだ。しかし、そのお顔はやはり険しい。発見時の状態を詳しく聞いたのだろうか。オルランド様もあのような死体を見る経験はあまりないだろう。話に聞くだけでも衝撃的だったのかもしれない。


「ラウラ、君は昨夜の事件について何か聞いているかな。」

「いいえ、何も。」


 私は今日、屋敷の人間以外と接触していない。他人から聞いているはずがないのだ。実際には自分が事件を起こし、その現場を見ている。しかし、そのことについて他人からは本当に聞いていない。


「昨夜出かけた際、何かいたり聞いたりしなかったかな。」


 出かけたことは知られている。事件の場所に近づいていないとすれば、見ても聞いてもいないと答えられる。少し散歩なら、あの馬車までは行かないだろう。しかし、道中のどこかで見られていた場合、すぐにそれが嘘だとばれてしまう。

 時間の場所の付近まで出かけていたとするか。その時に何か見ていれば、帰宅した際や今朝になってからでも伝えなかったことが不自然になる。


「いいえ、何も。少々騒がしかった気もしますが、普段は行かない場所でしたので、そこはそういう場所なのかと。」

「そうか。」


 まだ何も明らかになっていないはず。しかし、何か気付かれている気がして、いつもより何度もお茶に手を伸ばしてしまう。

 オルランド様は聞いた情報と私の話を整理しているのか、黙って目を閉じられている。早くこの時間が過ぎてほしいと願っていると、恐ろしい知らせが入った。


「皇国騎士の方がお見えです。ラウラ様に同行するよう求められています。」

「ラウラ、行きなさい。」


 早すぎはしないだろうか。そう思いつつも、皇国騎士について行った。




 着いたのは騎士団本部の取調室だ。硬い机と椅子に、紙とペン、それからインクが置かれている。正面に座った騎士がペンを手に取り、入口にも別の騎士が立つ。まるで犯罪者の扱いだ。


「あの、なぜ、このような部屋に?」

「適切な部屋がなくてな。まず、昨夜は何時頃に屋敷を出た?」


 もう既に外出は知られている。下手に嘘を吐けば、後ろめたいことがあると思われてしまうだろう。


「え、と。正確な時間は分かりませんが、真夜中でした。もう屋敷のみんなも寝静まっているような頃合いです。」

「なぜそんな時間に出かけた?」


 殺すために、なんて答えられない。守るために、と言っても同じだろう。マリアを巻き込むだけになってしまう。かといって、何となくなんて理由では信じてもらえない。


「眠れなくて。明日も休みだからいっそ、と思って疲れるまで歩こうと思ったんです。」

「誰にも伝えずに、屋敷を出たのか。」


 門番には少し出かけて来ると声をかけた。しかし、その他には分からないように気を付けた。やろうとしていることを思えば、特にマリアには勘付かせたくなかった。


「いいえ、門番にはその時に言いました。他はみな既に寝ていましたので、わざわざ起こしてまで伝えることでもありませんし。」

「どこを歩いたんだ?」


 ふらふらと散歩に出たのなら、歩きやすい道を無意識に選ぶだろう。しかし、私が実際に歩いたのは昼間でも人曽織の少ない狭い道や、道すらないような場所だ。ただし、屋敷の近くでは大きな道も通っている。


「色々です。適当に、街の中とかを。目的もなかったので、具体的にどこを、とは覚えていません。」


 屋敷付近で真っ直ぐ目的地に向かう姿を見られていれば少々問題かもしれないけど、疲れるために真っ直ぐ進んでいたという言い訳もできる。まだ言い逃れられる範囲だ。


「街を歩いている時には誰かとすれ違ったか。」


 すれ違うはずのない道を選んで向かったため、これは本当のことを答えられる。その道で誰かに目撃されていれば、やはり少々怪しいかもしれない。


「いいえ、すれ違っていないと思います。そもそも、あんな時間に出歩いている人など少ないでしょう。」

「結局どこまで歩いたんだ?」


 実際の場所を答えようか。しかし、それではすぐ誰かに伝えなかったことが不自然になる。別の場所を答えても、そこに誰かがいたり、私自身を目撃されていたりすると嘘だとばれてしまう。


「よく、覚えていません。ぼーっとしていたので。」

「何を持って行ったんだ?」


 眠れず、ぼーっと歩いていたのに、正確に持ち物など覚えているものだろうか。それでも、あまりに曖昧な発言が続けば、不信感を与えるだろう。


「剣と、ハンカチくらいは持っていたと思います。いつも持ち歩いていますので。」

「その剣は使ったか。」


 使った剣を手入れせずに放置するなどあり得ない。手入れしたかどうか程度、覚えているはずだろう。しかし、なぜ武器の使用を確認してくるのだろう。何者かに目撃されていたのか。


「どう、だったでしょうか。」

「覚えていない、と?」

「あまり頭がはっきりしていなくて。」

「ああ、そのようだ。異常な様子だったと聞いている。」


 誰かに見られていたのか。どこで、誰に。それによって隠せる範囲は変わるだろう。どう聞き出そうかとすれば、尋問してきた騎士が立ちあがった。


「では行こう。アリシア王女殿下がお待ちだ。」

「え?」


 アリシアが来ている。秋人が目撃されて、アリシアが出て来たのだろうか。それなら秋人を呼べば十分のはずだけど、アリシアが庇おうとしているのだろうか。

 後ろも騎士に塞がれたまま、尋問の騎士に続いて、廊下を歩く。


「どうして、アリシア様までお越しなのですか。」

「まで、とはどういうことかな。」


 記憶が曖昧なら、秋人と会ったことも覚えていないはずだ。失言だった。


「いえ、その、懇意にさせていただいておりますが、このような場にオルランド様でもマリアでもなく、アリシア様がお越しになっているとは思わず、驚いてしまいました。」


 焦って早口になってしまう。アリシアが来ていることに驚いたのは本当だけど、この理由には嘘が混じっている。


「君が懇意にしているのはアリシア王女殿下の専属騎士なのではないか。」


 そのこと自体は隠していないけど、昨夜会ったことを覚えていないとすれば、来る人物として思いつかないだろう。昨日の昼に会ったことも、捜査で明らかになるには早すぎる。


「ええ、確かに、彼とも親しくしております。ですが、今、何か関係があるのですか。」

「会えば分かるだろう。」


 着ているのか。二人ともが来る理由は何なのだろう。何も思いつかないまま、尋問の騎士が一つの前で立ち止まる。


「決して失礼のないように。ここではリージョン教の権威は通用しない。」


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