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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
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実行の夜

 奴らがいくら上手く犯行を隠しても、屋敷に死体は残る。子爵までのたった数代しか続かない貴族だとしても、犯人の捜索だって騎士によって行われる。そのため、奴らは誰か罪を擦り付ける相手を求めるはずだ。

 そんな時、標的にされるのは杜撰な犯行を繰り返し、前科も付いているような住民だ。現在、別件で指名手配されている者のこともあるだろう。そんな者たちは貴族街や裕福な住民が住む地区から離れた地区に居住しているため、顔を見えないよう工夫した奴らはその地区へ逃げ込み、着替えた上で自分たちの家に帰ることだろう。

 推測に基づいて、墓石に凭れて待機する。暗闇が支配するこの時間に、こんな場所に近づく住民などいない。街灯もないこの場所は月明りだけが頼りとなる。しかし、物音はよく響く。衣擦れの音が徐々に近づき、どこかで止まった。輪郭だけが墓場に残っていた。


 まず一人。剣を抜く音で振り返ろうとする奴の胸を貫く。硬い骨に当たる感触もあった。少なくとも戦える状態ではなくなっただろう。その体を蹴ることで剣を引き抜き、隣で剣に手を伸ばしている奴の腕を狙う。

 今度は軽く掠めただけで、避けられた。背後から別の人間が私に向かって踏み込む音が聞こえる。体に横にずらせば、一瞬前まで私の体があった場所に剣が伸びてきた。前方の人間が痛みを堪えて剣を抜いている。しかし躊躇なくそこへ飛び込めば、相手の剣が肩を掠めるだけで、その首を切り裂くことに成功した。


 一対一で向かい合う。しかし、そこにあるのは静寂ではなく小さな騒めきだ。ここに集まっていたのは三人だけしか確認していないけど、周囲に仲間がいるのだろう。互いに声を上げず、銃を使用していなくても、戦闘音は聞こえているはずだ。

 ひときわ大きな墓石の影に飛び込み、警戒に動きを止める相手を惑わすように足音だけを立てる。土を抉って飛び出せば、難なく私の剣は受け止められた。ガキンと大きな音を立てて、私たちの居場所を周囲に教えている。

 押し返す反動を利用して墓石の周囲の段差に乗り、上からの攻撃を試みるが、問題は空中でこの身を貫かれる危険があること。その恐怖を押し殺し、奴の肩から胴体に向けて剣を刺し込む。

 どさりと地面に倒れ、私も着地する。少し熱くなった横腹を抱えたまま、急いで剣を引き抜き、近くの墓石の影に隠れた。

 騒めきが足音に変わって近づいてくる。相手の正確な数は分からないけど、二桁には届かなさそうだ。


 仲間が襲われていると気付いて寄って来るということは、金で雇われただけの前科者などではないのだろう。そういった者であれば、すぐさま逃げ、自分の身の安全を図るはずだ。それとも、集団で反撃したほうが勝ち目はあると判断したのだろうか。

 三人の死体が発見される。元々あった警戒心をより強め、周囲を確認している。墓石の影なども見ているけど、覗き込むようなその姿はあまりにも無防備だ。

 すっと全身を墓石の影に戻した私は剣を構える。そこへ覗き込む奴がいた。素早くその目を貫き、蹴り飛ばす。抑えきれなかった悲鳴と倒れる音で、一斉にこちらに剣が向けられた。

 奴らは最初の三人の死体を囲むように円形に近い陣を作っている。その外側に私はいるため、場所的不利はないだろう。それでも、息を合わせて攻撃を仕掛けられれば無事では済まない。

 先手必勝、と私は最も近い敵に突撃する。多少の傷は覚悟の上で、剣を受け止められることのないようその胸に突き刺すよう飛び込んだ。しかしそれは躱され、私は敵に囲まれる形となる。気にせず奴の足音に転がり、脇から首でも胸でも良いと貫いた。

 奴を貫いた剣を握ったままであるため、私は一時的に動きを止めざるを得ない。そこを狙って剣を突き出される。少々強引に向きを変え、死体でそれを受け止める。自分の剣を抜くついでに相手に死体を飛ばせば、数人が怯んでくれる。

 しかし、そうしている間に回り込まれていたのか、どさりと背後で何者かが倒れる音がした。


「何やってんだよ、まじで。」

「遅かったね。」


 たった一人の増援でも、奴ら相手に秋人が来てくれたなら十分だ。背中合わせに一人、また一人と敵を殺していく。私一人でも相手は負けていた。それなのにさらにこちら側の人間が増えれば、戦意は下がるだろう。

 気持ちの部分で勝っている。実力でも勝っているだろう。私たちに負ける理由はない。及び腰になり始めた敵は、まともに攻撃を当てることもできていない。まずは動きを止めることを目的に、その体を貫いていった。


 全ての敵が倒れたことを確認し、一体一体に止めを刺していく。目から脳をかき混ぜるように、心臓を切り刻むように、喉を抉るように。


「お前、何やってんの?」


 手を止められても振りほどき、作業を続ける。念入りに殺しておけば、〔琥珀の君〕を狙った場合の危険性を感じてくれるだろう。これは、相手への威嚇のために必要な行為だ。


「見て分からない?殺してるんだよ。」

「もう死んでるだろ。ここまでする必要は」

「あるよ。今後の襲撃者を減らすために。」


 秋人はもう剣を片付けている。ただ私のすることを見ていた。その視線が痛くて、静かにしているほうが見つかる危険は減らせるというのに、私は話を始めてしまった。


「私は、姉の体は守れる。だけど、その心を守るにはあの人が必要不可欠なの。だから私はあの人を害する者も排除する。これは、姉を守るために必要な仕事なんだ。」


 する必要のない言い訳を、する必要のない相手にしている。姉の罪に関する話を聞き続けたせいだろうか。私のこの心にも、一片の罪の意識があるのだろうか。

 そう考えながらも私は、ピクリとも動かない相手に、剣を立て続けていた。


「姉のことはあの人に頼んできた。だから私に万一のことがあっても、姉は立ち上がれる。血の繋がらない妹のために、俯いたままでいたりなんてしない。」


 酷く鋭い目をしている自覚はあった。情のない目をしていたことだろう。だけど、これが私だ。自分の大切な者のためなら、何だって犠牲にできる。


「絶対に姉には言わないで。これは知らなくて良いことなの。姉が知れば苦しむだけ。」

「なら、こんなことするなよ。」


 墓場で死体を損壊していく。ただ守るために、獲物のように食するわけでもないのに、荒らしていく。


「私は私の意思で、この仕事を選んでる。姉を守るためにしていることを、誰にだって邪魔はさせない。」


 最優先がマリアであることはずっと変わらない。私がラウラになったのはマリアのおかげなのだから。


「お前のこれは、違うだろ。不必要に、」

「死体は死体でしかない。ただの物なんだよ。だから、利用できる人が利用する。」


 見知らぬ人間だった物など、どうなっても構わない。それがマリアを守るために使えるなら、最大限生かすだけ。

 深い溜め息で、私への追及の気持ちから切り替えたのだろうか。私の手元から目を離した。


「うちの人間にも絶対に教えるなよ。」


 分かっている。こんな仕事、悲しませるだけだ。私は血に濡れることも厭わないけど、マリアは苦しみ、愛良ちゃんは悲しむ。アリシアも哀れむかもしれない。だけど、これは私にとって誇るべき仕事だ。


「隠し続ければ良いだけだよ。」


 最後の一体を壊し終えた。もうどれも、両目を失い、喉を潰され、心臓のあった場所がただの肉塊と化している。


「ねえ、本当にこれを見ても、協力できたって言える?」


 昼間に会った時に言っていたことだ。今は殺害には協力してくれたけど、効果を高めるための死体損壊には手を出さなかった。


「誰が好き好んでこんなことしたいんだよ。お前を助けるよう命じられたけど、指示に従うようには言われてない。多少は手伝う。だけど、必要ない犠牲を出すようなやり方には協力しない。」


 犠牲の数は変わっていない。死んだ後にどうするかの違いだけだ。


「そう。じゃあね。こんな所、長居するのは良くない。」

「なんかあったら相談しろよ。ご主人様ならもっと穏便なやり方だって思いつくかもしれない。」


 私とアリシアは友人だけど、立場に縛られるアリシアではすることに限界を設けるだろう。愛良ちゃんもいるサントス邸に行くことは私の心を和らげてくれるだろうため、相談せずとも向かうのは良い。


「そうするね。」


 帰還の道中で目撃されても、私たちの協力関係の線が濃くなってしまう。それを避けるため、それぞれ別の道から帰って行く。


 血に塗れた体で裏道を走る。石で舗装されていない道なら、血の滴が落ちていたとしても土がそれを吸い取ってくれる翌朝には辿れなくなっていることだろう。貴族街に入る頃にはある程度乾き、滴るほどではなくなっているはずでもある。

 〔聖女〕の妹には相応しくない姿で、相応しくない場所だろう。だけど、これが私に似合いの場所だ。マリアに出会う前はそれが当たり前だった。いくら取り繕ってもその本質は変えられない。

 夜の闇は全てを隠してくれる。私のしたことも、この汚れた体も、何もかも。翌朝には激しく壊された死体が残っているだけだ。どちらが主導したか、あるいはどちらかだけが犯行に及んだのか明らかにしなければ、〔聖女〕やサントス王女には問いただせないだろう。明らかになったとしても、殺されたのが犯罪に近しい十人か、弱小貴族の手下なら、彼らは口を噤むはずだ。また、マリアやアリシアの対応次第で、強く追及することもできなくなる。

 貴族街に立ち並ぶこの屋敷のどこかでも、誰かの死体が見つかることだろう。しかし、見つかった時、その犯人たちは既に亡き者となっている。そこで起きた凶行など知らぬまま、街は静まり返り、深い眠りの中だ。

 門番たちの中には私の服が血で汚れていることに気付く者もいるかもしれない。しかし、それが殺人の結果だとまでは分からないはずだ。血ではなく水で濡れて、乾いた跡だとも言い訳できる。そう不審を煽られないよう、ゆっくりと歩いて行く。


 こんな夜でも、月は変わらず私を見ていた。


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