密談
カランコロンと店に入れば、店員が出迎えてくれた。
「予約していたラウラです。」
「お待ちしておりました。」
店の奥へと案内され、防音設備の整った部屋に入れられる。適当に飲み物だけ頼んでも、まだ話は始められない。
「よっぽど、だな。」
「そういうこと。だからもうちょっと待って。」
あまり待つことなく、注文した物が届けられる。店員が出て行き、扉がしっかりと閉められれば、ようやく話を始められる。
「最初に、なんだけど。この話、そっちのご主人様以外には伝えないでほしいの。特に姉と愛良ちゃんには。」
「だけど、ご主人様には伝えてほしい、と。理由は?」
「内容を聞けば分かると思う。」
念には念を入れて、伏せられる名前は互いに伏せる。こういった店は信用が重要だから外に漏れることはないだろうけど、一応だ。私と秋人の素性を知っている人が聞けば、この程度伏せたところで誰のことを指しているか簡単に分かるだろう。
一度、お茶で喉を潤し、本題に入る。
「詳しい内容は言えないけど、要約すると、今夜の私の行動で愛良ちゃんが巻き込まれる可能性がある。」
先ほどまでも真剣だった瞳に鋭さが増した。
「まず聞いて。裏の依頼斡旋所を使えば、子爵や男爵、女爵でも簡単に自分の出世を阻む者を殺害できるでしょ。」
「それは、まあ、そうだな。」
結婚の件で否定的な言葉が出て来なかったことからも分かるように、秋人も愛良ちゃんを大切にしている。つまり、ここで説明の仕方を間違えれば秋人も敵になる可能性があるということだ。
用心深く、言葉を選んでいく。
「互いに互いを狙い、それぞれ自分の身を守る者を雇ってる。現段階で出世の障害になっている相手を狙うだけじゃなくて、これから出世の鍵を手にするための競争相手を狙うことだってある。」
マリアや〔琥珀の君〕を狙うだけではなく、〔琥珀の君〕を排除した後のマリアの相手の座に収まることができそうな者やその座を狙っている者まで、彼らは既に狙い始めている。
「そうやって潰しあってくれる分には構わない。だけど、貴族の屋敷に侵入し、無事に脱出する実力を持った者が、特定の家に雇われたらどうだろう。」
「そうはならねえんじゃねえの?それだけ実力があるなら、小さい家に雇われるより一人で色んな家から依頼を受けたほうが稼げるだろ。」
雇われても余裕のある暮らしはできるだろう。より稼げるほうを選ぶか、安定を取って雇われるほうを選ぶかは、その人次第になってくる。
「ならなかったら良い。だけどならないとは言い切れない。今夜、姉に懸想するある家が襲撃される。その襲撃者を雇った家には、姉に近づこうとする者も愛良ちゃんに近づこうとする者もいる。もっとも、まだそんなに機会は得られてないようだけど。」
襲撃者たちも今夜殺される予定だ。雇い主は誰が狙ったのか知ろうとすることだろう。その時、マリア関係と判断するか、愛良ちゃん関係と判断するかが分からない。
「それだけなら、愛良は巻き込まれねえよな。」
「姉に取り入ろうとする家の者たちが殺された晩、その襲撃者たちも殺される。だけど、その襲撃者の雇い主は姉関係でも愛良ちゃん関係でも狙われる理由がある。」
愛良ちゃん関係は詳しいことを知らないけど、アリシアがそんなにすぐに襲撃者の殺害という手段を取るとは思えない。だけど、その襲撃者の雇い主は自分が殺害という手段を取っていることから、相手も同じ手段を取って来たと感じることだろう。そのため、愛良ちゃん関係という選択肢を外さないはずだ。
「襲撃者を殺害した犯人は分からないままになる。死体はその場に残されるから皇国騎士が捜索に当たるだろうけど、未解決事件の一つに名を連ねるだけだから。」
私に証拠を残す気はない。確信を持てるだけの証拠がなければ、〔聖女〕の妹であり、オルランド第六枢機卿の抱える娘に、疑いの目を向けることは困難だろう。現在、友好的な関係を築けているリージョン教と対立する原因を作ることは避けるはずだ。
「襲撃者の雇い主はこう思うだろうね。そいつらを殺したのは私か秋人かどっちだろう、とね。」
どちらにしても彼らの行動は変わらないだろう。繋がりを得ようとする者たちならマリアや愛良ちゃんを傷つけることはしないはず。愛良ちゃんと繋がることはアリシアと繋がることだから、アリシアのことも心配要らない。アリシアと直接繋がろうとしないのは身分の問題か、不興を買うことを恐れているのか。友幸さんの例があるため、後者のほうが理由として強そうだ。
「だとしたら今、俺と会うべきじゃなかっただろ。一緒になって何か企んだと思われかねない。」
「いきなり何か起きるよりましでしょ。それより、この話を聞いてご主人様がどう判断するかを気にしたほうが良いんじゃない?」
秋人の懸念程度、アリシアも思いつく。既にその疑いを持たれているのなら、いっそ手を出せばただではおかないと示すことにも意味を見出してくれないだろうか。
「ああ、そういうことかよ。俺がこうやっておびき出されて、ご主人様に伝えれば協力せざるを得ない、と。」
声にも苛立ちが透けている。巻き込まれたことに対する苛立ちか、簡単に引っかかってしまったことへの悔しさか。それとも、友人にこんな形で利用されるとは思わなかったのだろうか。
「答えは出た?」
「伝えはする。だけど、もっと他にやり方があるだろ。こんな回りくどいことをしなくても、俺はお前に協力できた。」
現場を見ればこうは言えないだろう。他の聖騎士が関わらない今回の件では、犠牲を減らす努力が行われない。皇国貴族であった秋人も好んで殺害はしないだろう。私のやり方には異論を唱えることが懸念される。
「それは終わってから言ってよ。だけど、私はそっちのご主人様ほど殺しを避けない。」
アリシアは守るためであっても殺害を好まない。守ろうとする相手が多すぎる。マリアと同じように戦争をさせないとか、争いを回避するとか、私よりもっと広い世界を見ている。
私は身近な人たちを守れればそれで良い。そのために何人殺しても後悔しない。
「俺たちみたいに自由じゃねえんだよ。あの人の行動は、俺たちみたいに個人の勝手でしたで済ませられない。」
王女という身分が邪魔をするのだろう。私たちだって今夜の行動が明るみに出れば、マリアやアリシアを巻き込むことになる。だけど、私たちの独断とすれば、宗教や国を巻き込んだ争いには発展しにくいだろう。
「そうだね。だからこそ、代わりに私たちが動くんだよ。私は姉を苦しめたくないから教えないけど。」
「ご主人様に伝えないわけにはいかねえだろ。確かにラウラから呼びつけて直接話せないのは分かるけど、こんな強引なことしなくても。」
何が気に食わないのだろう。飲み物に手を伸ばし、言葉を探すように目を伏せるけど、新たな言葉が出て来ない。
「何が言いたいの?」
「借りとか置いておいても、俺はお前に協力したって言ってんだよ。一番に守りたい人のために、こんなことまでするくらい追い詰められてるなら、手を貸すくらいできる。」
追い詰められてなんていない。私は私のできることをしているだけ。そのために少しくらいマリアから離れることになったとしても、私は耐えられる。
「だから、間違っても守りたいお姉さんにそんな顔見せるなよ。余計に心配させるだけだ。」
カップに映る自分の顔は醜くて、殺した後の鏡に映った自分を思い出させた。それを忘れようと飲み干し、気分を変えた。
「姉に会う前に気分転換するから大丈夫。秋人こそ、愛良ちゃんを不安にさせないでよ。」
「させるつもりはねえけど。多少はどんなことしてるか知ってるから、たぶん隠しきれねえよ。」
マリアだって何も知らないわけではない。知ってなお、罪を赦しているだけだ。
「また愛良ちゃんにも会いに行くね。じゃあ、きちんとご主人様に伝えて。」
「分かってるよ。あーあ、今夜はゆっくりできるはずだったんだけどな。」
「ごめんね。まあでもそれは、愛良ちゃんに埋め合わせてもらって。」
愛良ちゃんにも今度詫びの品を贈ってあげたい。何か良い物を考えておこう。
店を出て別れれば、私も一度オルランド邸へ帰還する。装備の確認と、時間までの待機だ。予定地で待ちすぎれば、警戒されてしまうかもしれないから。
今日も銃を使う予定はない。いつもは保険に持っていくが、今夜はそれも止めておこう。見つかった場合の言い訳のために、携帯するのは剣一本だけだ。その確認を行う。刃こぼれがないか、錆がないか。使うたびに綺麗に拭き、日頃から手入れを欠かさないため、あるはずもないが一応だ。命を預ける武器なのだから、疎かにはできない。
剣だけなら万一見つかっても、殺すためにそこにいたとは思われにくいだろう。相手の正確な数も実力も分からないのに、遠距離攻撃手段を捨てて一人で向かうのは無謀過ぎる。
闇に紛れられる一見ただの外出着も用意する。動きやすさ重視の作りのものだ。着替えるのは夕食も済ませ、マリアも眠った頃の予定であるため、それまで私は体を休めておく。
柔らかな寝台に体を沈めれば、自分の緊張を感じ取れる。慣れないことをしている自覚はある。ただ殺すことを目的に、敵が集まる場所に向かおうとしている。それだけなら慣れたことだ。しかし私は自ら友人と称する者まで巻き込んで、事態を悪化させようとしている。ただ、マリアと〔琥珀の君〕を守るために、別の主に仕える友人を巻き込んだ。アリシアがどう対応するかも分からないのに、そちらにも影響を与える方法を選んだ。
アリシアなら分かってくれる。マリアを守りたい私が、敵を排除して、威嚇のために行動していると読み取ってくれる。誰かを守るために、別の誰かを犠牲にしなければならないことも、戦争を指揮したことのあるアリシアなら分かるだろう。
より大きな争いを避けるための活動をしているアリシアは、同じ〔シキ〕に属する〔聖女〕の妹を糾弾しない。今夜の殺人が私の手によるものであると証明され、そして明らかに違法なものであると示されない限り、この身は守られる。〔聖女〕の妹であるという立場が、この先もマリアを守らせてくれるだろう。