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シキ  作者: 現野翔子
露草の章
162/192

作戦決行

 班長が扉から飛び出し、それに私も先輩も続く。

 よくある屋敷の廊下だ。内装を飾る物は少ないけど、その広さは一対一なら十分に戦えるほどの幅になっている。手近な扉からバタバタともう音も気にせず開けては中を確認していく。この辺りは保管所として使用されているようで、武器類や縄類ばかりが出てきている。

 廊下に戻れば、慌ただしい足音が近づいてきた。


「いたぞ!侵入者だ!」


 前にも後ろにも敵がいる。しかしそのおかげで、敵は味方に当てることを恐れて、銃を使用できない。対するこちらは容赦なく発砲できる。

 近づく奴らに先輩が発砲し、接近を阻む。適宜、私や班長の援護をしてくれることだろう。背後には班長がいる。私も目の前の敵に集中しよう。

 致命傷を避けられた敵はその場に留まり、味方の進行を邪魔している。その隙に私からも接近し、銃に気を取られている者の首を切り裂いていった。今、最も避けるべきは無傷のまま私を通り過ぎさせることだ。多少でも傷ついていれば動きは鈍る。鈍っている相手なら、先輩が銃で止めを刺してくれるだろう。

 足元に転がる死体。それがまた敵の動きを阻害してくれており、また重なるように倒れていく。流石に躓くような間抜けはいないけど、そこに気を取られれば私の斬撃がその身を襲う。私もそこで足元から攻撃されたくないため、確実に首を狙って、その命を消していった。


「よし。」


 この場にいた敵は排除した。後ろから襲われることのないよう、改めて生存者がいないか確認していく。

 私の側の者は全て事切れている。首や手足、胴体から血を流し、蹴っても物のように蹴られた衝撃で動くだけだ。

 剣を布で拭き、鞘に戻せば、班長の側の拘束作業を手伝う。今は急な動きに対応できるよう、先輩が銃で相手を威嚇し、班長が一体ずつロープで手足を縛っている。持ち込んだロープももう足りないだろう。


「近くの部屋から取ってきます。」

「ええ、気を付けて。」


 死体を踏み越え、板やロープが多く保管されていた部屋に入る。種類ごとにまとめて掛けられており、ロープを切るに適したナイフも近くに置かれていた。簡単には千切れない太さの物を選び、班長の所へ戻る。

 歩けないほど怪我をしている相手とはいえ、抵抗する人間を拘束していくには時間もかかる。結ぶことは班長に任せ、私は押さえつける役目に回った。


「終わりね。」


 班長はさっと私が倒したほうに目を向けた。そして、その顔は歪められる。


「拘束の必要は、なさそうね。」


 先輩も大きく溜め息を吐いた。この屋敷に出入りする手配犯がいることは既に確認されている。私が殺した中に含まれているかは分からないけど、これらも私たちを殺しに来たのだ。無闇に殺さないという指示には従っているだろう。

 それ以上の追及をしないまま、班長は進んでいく。今度は部屋を飛ばしつつの確認だ。騒がしさは残っているけど、近くではない。


「音が遠いな。」

「ええ。港へ向かっているのよ。気は抜かないで。」


 証拠の隠滅を企む者は残っているだろう。書類などという形で残していれば、ではあるけど、他にも隠したい物を残している可能性もある。私たちの任務はその証拠の捜索ではなく、敵の拘束や排除、誘導だ。

 いくつもの部屋を見て行けば、保管している物の中に紙類が含まれるようになってきた。


「警戒しましょう。」


 一つ一つ部屋を飛ばさず、扉を開ける時も慎重に見ていく。


「開けて。」


 合図に応じて扉を開け、銃を構える。すると、箱から紙を取り出し、腕に抱える人物がいた。

 その足を先輩たちが撃ち抜き、一瞬遅れて私も腕を撃つ。これで反撃もできないだろう。慣れた手つきで拘束していくと、班長が落とした紙を確認していた。


「必要ですか、それ。」

「私たちの任務ではないわ。このまま放置していきましょう。」


 拘束した敵を部屋から連れ出し、廊下に転がしておく。扉もしっかり閉じれば、自力で部屋に入り、証拠を燃やすこともできないはずだ。

 そんな風に数人捕らえていき、屋敷の正面玄関から外へ出た。


「ここまでね。後は皇国騎士に任せましょう。」


 船を隠した場所まで戻り、その存在を確かめる。


「見つからなくて良かったですね。」

「見つかっていたとしても、逃げられるのは数人よ。その範囲なら許容されるわ。」


 任務としては許容できても、逃げた分だけマリアや〔琥珀の君〕が襲われる危険性が増すなら、私は許容できない。

 海水で手を洗えば、その手で顔や髪の返り血を簡単に落としていく。


「ほら、ラウラも着替えて。そんな格好で皇都に戻れば、みんな驚いてしまうわ。」


 船に乗せていた袋の一つを渡してくれる。着替えると言っても上着だけだ。帰るまでの間、一般の人々を驚かせ、騒ぎとならないようにするためだけの着替えだ。リージョン教の聖騎士が血を浴びている姿を見せることで、信者の不信感が積もることも懸念しているのかもしれない。

 脱いだ上着を袋にまとめ、班長達が用意してくれていた船に乗り込む。


「忘れ物はないな?」

「忘れるほど持って来ていませんけど。ありませんよ。」

「さっさと出しなさい。」


 私たちの任務は完了だけど、班長はこの後報告も待っているため、私や先輩のように終わった気分にもなっていないのだろう。

 そうして、すっかり陽の高いその島を後にした。




 班長は報告に向かうけど、私たちはそのまま帰宅を許される。それぞれが気付いたことなどは班長に共有済みのため、全員で向かう必要がないのだ。

 大通りを避けてオルランド邸へ堂々と帰還する。今日はマリアも別件で出かけているため、血の匂いで心配させることもない。風呂の用意を使用人に頼み、着替えを持ち込む。

 湯が沸くまでの間、ふと鏡を見れば、髪に血のついた女性が映っていた。目つきは鋭く、口にも笑みがない。とてもマリアには見せられない顔だ。意識して口角を上げれば見られる顔になるけど、やはりマリアには気付かれてしまうだろう。


「用意が整いました。」

「ありがとう。」


 服を脱ぐけど、もうこれは着られないだろう。一部裂けており、血がついてから時間が経ってしまっている。いや、着られはするけど、立場上、着ることはないだろう。〔聖女〕の妹でも聖騎士でも、傷んだ服を着続けようとしても止められてしまう。

 湯を浴びると、ピリッと腕や腹部に痛みが走る。そういえば、何度か剣を掠めていた。服のおかけで皮膚はほんの少し斬れただけで、大して出血もしていない。紙で指を切る程度の深さだろう。切れ味の良い物で斬られていたこともあり、忘れていた。

 傷口を気遣いつつ、石鹸で頭と体を清めていく。血の臭いも綺麗に落としてしまわなければ、マリアに気付かれてしまうかもしれない。自分では気にならない臭いでも、慣れていない人は敏感に感じ取る。私の怪我でも返り血でも、マリアは心配し、心を痛める。私はマリアの心を救い上げることができないのだ。

 海水で簡単に落としただけの体が綺麗になっていく。布が紅く染まっても、これを処理する使用人たちは黙っていてくれる。

 せっかく溜めてもらったけど、この身を湯船に浸けることなく、脱衣所に戻る。余計な布に血を付けないよう当て布をし、下着と簡単な羽織を身に着けた。


「ありがとう、ごめんね。ちょっと汚しちゃった。」


 血が付いた物がある場合は伝えるようにしている。ここの使用人たちも荒事には慣れていないため、見る前に心の準備が必要だろう。

 自室に戻り、処置を自分で行う。処置とは言っても、消毒など簡単なものだ。服に血が付かないよう包帯を巻くと、少し大げさな見た目になってしまうけど、上から服を切ればそれも分からなくなる。髪も適当に拭けば、水を浴びただけと言い訳できるだろう。

 マリアが帰って来る前に、もう一度鏡を確認する。風呂で暖まったおかげか、幾分和らいだ表情の女性が映る。にこりと微笑みを作れば、もう何の棘もない〔聖女〕の妹だ。


「ラウラ、良いかしら。」

「今開けるね。」


 今日の活動を終えたマリアが私にただいまを言いに来る。私は素早く救急箱を片付けて、マリアを迎え入れる。


「ただいま。あら、今日も頑張ったのね。」

「うん、ちょっと汗流してたんだ。今、お茶用意してもらうね。」


 マリアには任務とだけ伝えているため、具体的に何があったかは分からないはずだ。鍛錬の時もあるため、マリアの出かけた時間や帰って来る時間によっては、鍛錬だと勘違いしてくれる時だってある。


「ちゃんと乾かさないと風邪を引くわ。」

「大丈夫だよ、私は頑丈だから。」


 用意された冷えたお茶で喉を潤し、タオルを手に取ったマリアに身を任せる。綺麗にしているため、こうしても血に塗れたことには気付かれないはずだ。


「今日はね、お夕飯の後に慶司さんに会うのよ。賀代さんがね、これから家族になるのだから、たくさんお話をしましょうって言ってくださったの。」


 こうして私がマリアと過ごす時間は短くなっていく。それでも、マリアが〔聖女〕である限り、私はその身を守るためにこれを受け入れる。今日のように任務で出かけるなら、マリアを出迎えることは難しくなり、マリアが帰って来る時間に屋敷にいられるとも限らないのだから。


「とってもお優しい方なの。色々なことを教えてくださって。私の見て来た世界がいかに狭いものであったかを教えてくれるのよ。」


 顔は見えないけど、声色がその時間の尊さを教えてくれる。彼らはその手を血で染めず、マリアに罪や死を意識させないのだろう。

 マリアがタオルを置き、私の隣に座る。


「はい、終わったわ。もう、いくら鍛えても病気には勝てないのよ。」

「心配ないって。ヴィネスにいた時だって病気してないんだから。」


 それでもマリアは心配を続けている。私の手を取り、包み込んだ。


「私は、私の大切な人が傷つく姿も、罪を犯す姿も見たくないの。だから、きちんと自分の体を大切にしてほしいわ。」


 いつだってマリアは私のこの手に罪を見るのだろう。今は綺麗に洗い流されていても、一度汚れた事実を見てしまう。この瞳に映した罪の結果を、マリアが忘れることはない。


「うん、分かってるよ。」


 赦すことと忘れることは別物なのだろう。今も罪を犯していることを何となく察しているから、マリアは私を赦し続ける。そんな私では、マリアを何の憂いもなく笑わせることも、幸せにすることもできないのだろう。


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