報告会
婚姻の誓いを行うなら、次にオルランド様への報告が必要だ。立ち会う聖職者としては誰に頼むのか、周りへの報告という意味を兼ねるなら誰を招くのか。
「マリア様、私が立ち会わせていただいてもよろしいでしょうか。」
「ええ。ですが、オルランド様もお忙しいのではありませんか。」
前回の宗教交流会には私が出向いたが、信者同士に重きを置かない聖職者同士の交流を目的とする場合には、オルランド様もよく出向かれている。その準備を行いつつ、街の人々との交流も忘れておられないオルランド様は常に忙しくされている。しかし、そんな素振りは見せず、微笑みを浮かべておられた。
「マリア様の門出ですから。様々なことが起きているとは私も報告を受け取っております。その改善のため、マリア様が婚姻の誓いを行うと決められたのなら、そういった罪を犯す方々にもきちんと伝わるようにしましょう。」
結婚すれば襲撃は減る。そのような話なら、襲撃する人たちに結婚したという事実が伝わる必要がある。
「だけど、その場で何かされないかしら。」
「直接彼らを招く必要はありませんよ。一部の貴族の方々を招けば、話を広めてくださいます。もちろん、アリシア様もお呼びしましょう。ご友人でしょう?」
「ええ!きっと祝福してくださるわ。」
この後、また会う予定になっている。今日はアリシアさんとも会えるだろうか。
「あまり多いと混乱を招くでしょう。」
そう言って皇国貴族の方々を選んでいく。その中から出席できるという返事をくださった方々が実際に来てくださることだろう。
「マリア様には他に招きたい方はおられますか。皇国に来てからできたご友人などは?」
「あとは、そうですね。杉浦友幸さんと親しくさせていただいております。」
「きっとアリシア様が連れて来られますよ。」
他のリージョン教関連ではない知り合いは、既に名が挙がっている。紙に名前を書き記せば、これから手紙を書いていくことになる。
「桐山商会のほうにも了解を得ましょう。それと、商会関係で呼ぶと良い人も教えていただきましょうか。そちらは私たちでは難しい部分がありますから。」
「ええ、そうですね。」
さらさらと手紙を認め、届けさせれば、私に説明をしてくださる。
「こうして婚姻の誓いを盛大に行うことで、広い範囲の人に知ってもらえます。そこに亀裂を入れようとした人が周りから悪く思われてしまうでしょうね。」
「ただの人間の婚姻の誓いだけれど、たくさんの人に祝福していただけるのは嬉しいわ。」
名前の挙がらなかった人々も、教会などで会えば触れてくださるのだろうか。何も変わることはないだろう。私は変わらず〔聖女〕として話し、人々との交流を通じて、救いを与える活動を続けるのだ。
「違いますよ、マリア様。これは、第六枢機卿の庇護する〔赦しの聖女〕と、桐山商会次期会長の、婚姻の誓いになるのです。ただの人間とは、招待状を受け取った人々は思わないことでしょう。」
「肩書で判断すべきではないと私は思うのですが、仕方のないことなのでしょうか。」
「人の中には肩書で判断してしまう者もいます。そういった人々から身を守るために肩書を利用することに、罪の意識を抱く必要はありませんよ。マリア様、神は全てをお赦しです。」
罪だとしても、私の想いは変わらない。簡単に変えられるものでもないのだ。
次の報告先は、約束した友幸さんだ。今日もアリシアさんはおられないけれど、愛良は同席してくれている。
「――と、いうことでね、私は婚姻の誓いをすることになったの。もう具体的に誰を呼ぶかという話まで始めたのよ。」
「それは良かったですね、マリアさん。」
「よかったね!ほら、やっぱり話すのがいいんだよ。」
愛良は満面の笑みを浮かべて喜んでくれて、友幸さんも微笑んで祝福してくださる。けれど、約束したはずの報告はない。
「それで、友幸さんのほうはどうだったのかしら。」
「友兄聞いてないんだよ。ねえ、マリアとちゃんと約束したのに。」
「やっぱり難しかったのかしら。」
何を難しいと感じるかは人それぞれだ。私も一人では確認する勇気を持てなかったから相談に乗っていただいた。終わってしまえばなんてことのないものだったけれど、これは行動に移したから分かっただけのこと。口に出すまでの不安は確かにあった。
「アリシア様はお忙しい方ですから。」
「毎日お話してるでしょ!今からでも友兄が呼びに行ったら来てくれると思うよ。私もマリアもお話したいと思ってるよ。ね、マリア。」
「ええ、そうね。お忙しいのはそうでしょうけれど、できるならお話したいわ。」
だけど友幸さんと二人にはならないように言われていて、今この場には愛良を含めて三人しかいない。
「マリアさん、少々お待ちいただけますか。今、呼んで来ますので。」
「ええ、待っているわ。」
友幸さんを見送りかけて、愛良が急に立ち上がった。
「あっ、待って!私が呼びに行かないと。あ、でも、マリアと友兄を残して出ちゃいけないんだっけ。えーと、友兄、どうしたらいい?」
「愛良はここでマリアさんの相手をするように。じゃ、行ってくる。」
「うん、分かった。」
アリシアさんからの指示だけでは解決できなかったのだろう。その場になってみないと分からないことなど山ほどある。どちらを優先すべきか分からない時は友幸さんの指示に従うよう言われていたのかもしれない。
「あのね、私も秋人に聞いてみたんだ。マリアと約束はしてなかったけど、私も聞いてみようと思って。」
「そうなの。それで、どう言ってもらえたの?」
「私にはまだ早いって。」
愛良ももう一人前の大人だ。無邪気で愛らしい部分が目立つけれど、哀しみや苦しみを歌い、表現することができる。どこか暗さを感じる曲だって作っていた。
「それは残念だったわね。」
「ううん、そのうち教えるからって言ってくれたから。それに、アリシアと友兄の問題を先に片付けないと、って。」
何か問題を抱えておられるのだろうか。私には見えなかったけれど、今日聞けていなかったことと関係があるのかもしれない。
そう愛良と話していると、アリシアさんを連れて友幸さんが戻って来られた。
「待たせたわね。来てくれて嬉しいわ、マリア。」
「いいえ。こちらこそお時間を作ってくれてありがとう。」
さっと愛良は私の隣に座り直す。アリシアさんと友幸さんが並んで座れるようにとの配慮だろうか。
「友幸さん、確認はできたのかしら。」
「ええ、まあ、一応は。」
「何の確認かしら。」
アリシアさんには心当たりがなさそうだ。だけど友幸さんが何もおっしゃらないため、代わりに愛良が説明をしてくれた。
「守りたいから結婚したいみたいな話でね、マリアも似たようなこと思ってたけど、純粋な想いなのかなって悩んでたの。だから、アリシアにも確認してみようよって。」
「そうだったのね。私の場合は亡き友から託されたからという理由もあるわ。マリアはどうなのかしら。」
私には何もない。自分のせいで危険に晒したという負い目はあるけれど、その危険が悪化していったのは、長く会い続けたせいだ。先に近づいて、危険が後からやってきた。
「会いたいから会っていて、それが危険に繋がって、危険を排除するために婚姻の誓いを、という話だったわ。」
「今は純粋な想いだと思えているのよね。」
「ええ、愛良のおかげでね。」
きょとんとしている愛良だけど、それに私たちは癒される。そう微笑んでいると、何かに気付いたように声を上げた。
「でもアリシアと友兄が仲良くしてくれないと、私が秋人に教えてもらえないんだよ。だから、友兄にもしっかりしてもらわないと!」
「婚約ならすぐにできるのよね。結婚となると色々と準備が要るのだけれど。そうだわ、愛良と秋人の結婚式も一緒にしたいわね。愛良に余計な手出しもできなくなるもの。」
良い考えだわ、とアリシアさんは自分の思い付きを絶賛されている。アリシアさんの想定される結婚式がどのようなものか分からないけれど、愛良に手出しという発言からは周囲への牽制という意味を重視されているように感じられる。
「え、でも、私、秋人と何も話してないよ?」
「ならまた今度、家族会議ね。優弥さんも呼ぶわ。」
「まず俺が結婚するとは言っていないのですが。」
少し慌てた愛良だけれど、お兄さんを呼ぶという言葉で簡単に懐柔されている。それに今度は友幸さんが不平を漏らす。アリシアさんに動じた様子はないけれど、私が口を挟む問題でもないのだろう。
「嫌なのかしら。それなら方法を考えるけれど、私に償いの機会を与えてくれないかしら。」
「嫌とは言ってません。」
「なら問題ないわね。マリアも上手くやれているのかしら。」
私が思った以上に、事態は素早く進んでいる。そして婚姻の誓いも盛大なものとなることがほぼ決定している。
「ええ。とんとん拍子に進んで、驚くくらいだわ。少し気持ちが置いて行かれてしまいそうなの。こんなに積極的に、婚姻の誓いに向けて周りが動いてくれるとは思っていなかったものだから。」
「それだけ周囲が貴女の婚姻を祝福してくれているのよ。貴女の場合は、周囲への影響力を分かっていないと心配されているせいでもあるかもしれないけれど。」
また立場の話だ。アリシアさんは本当によく気にされている。
「そういうアリシアさんはご自分の影響力をどうお考えなのかしら。」
「一定の力は持っているわ。だからこそ、結婚式の準備をしっかりと整え、一緒に行うことで愛良に余計な手出しをさせないという方法が取れるのだから。」
ご自分の婚姻すら、愛良を守るために利用する。確かにこう考えると、純粋な想いではないからと言って、罪と断言して良いものか悩ましいものがある。しかし、やはり友幸さんに対しては不誠実だろう。本人を前にしてこう言えたということは、アリシアさんはこのことに罪の意識を抱いておられないのかもしれない。
教えて差し上げるべきなのだろうか。それとも、このことを友幸さんも不誠実だと感じておられないなら、余計なお世話だろうか。
「友幸さんはこれをどうお感じになるのかしら。」
「どう、と言われましても。まあ、愛良のためなら、アリシアさんと結婚しても構いませんけど。」
「私を口実に使わないで!友兄だってアリシアのこと大好きだから、いっぱい装飾品とかお守りとか作って」
「愛良!後で話そう。分かった、愛良のためじゃなくても、まあ、アリシアさんがどうしてもって言うなら、構わないけど。」
言葉での制止で愛良は従っている。私の疑問とは少々ずれた回答だけれど、不誠実だという発想すら抱かないのなら、私が心配することではないのだろう。
「仲がよろしいようで何よりだわ。それに、サントス邸は少し賑やかなのね。」
オルランド邸でも桐山家でも、あまり大きな声を上げるはいない。あちらの雰囲気には慣れていて、落ち着きはするけれど、こういった時間も好ましいものに映った。
「賑やかでは済まない時もあるけれど。愛良と友幸だけなら元気で済ませられる程度ね。」
楽しいサントス邸での日常が共に愛良の口から語られ、私も穏やかなオルランド邸での日常を話していった。また、ラウラも一緒に会おうと約束して。