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シキ  作者: 現野翔子
紅の章
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裁きと新天地

 アリシアがエリス・スコットとして通う先を、高等部から研究部に訂正。2020年9月3日

 現在のエスピノ帝国は戦争に否定的だ。先代までは戦いに明け暮れ、領土を拡大してきた国が何を、という批判も当然ある。しかし、そのおかげで大陸における戦争は格段に減っている。……エスピノ帝国からの侵略が無くなった影響も大きいだろうが。

 戦争に否定的でも、未だ軍事力は圧倒的だ。そのため、どの国もエスピノ帝国を敵に回したくなく、我がサントス王国もそうだ。大陸ではエスピノ帝国に次ぐ規模の我が国も、領土には倍以上の差がある。友好的な関係を維持できている西部諸国と連携すれば、一方的に蹂躙されることはないが、それでも大きな犠牲が避けられないほどの差だ。


 そして今回、サントス王国もバルデス王国も、エスピノ帝国と国境を接しておきながら、戦争を始めた。仕掛けたのはバルデス王国だが、侵略者の全排除、そして敵国首都にまで攻め込むことに成功したサントス王国のことも、エスピノ皇帝は気に食わなかったようで。



 エスピノ皇帝は、大陸連盟で連盟裁判の開廷を要請した。これは、大陸連盟に加盟している国同士の対立や、戦争中の問題に関して開くことのできる裁判である。制度自体はあっても、利用されるのは今回が初めてのこととなる。

 裁判で取り上げられたのは、バルデス王国からは戦争の開始・継続に関係できた大臣や貴族。そして、サントス王国からは将軍として指揮にあたった私、第一王女アリシアだ。




 呼び出された法廷。開催場所はエスピノ帝国南部のクエンカ。イリスがバルデスとの和平交渉のために赴いた街と同じだ。

 法廷は普段エスピノ帝国で使われているもの。中央に罪を問われる者がいて、正面に最終的な刑罰を告げる裁判官、右手に罪を証明する側の者、左側に罪の証明が不十分であると訴える側の者、と並ぶ。罪に問われる者の背後には傍聴席が設けられており、場合によっては発言が許される。

 内装は罪を問う場であることを考慮してか色彩に乏しい。しかし、机や椅子の光沢から質の高い物であることが伺える。


 そんな場所で、私という罪人は裁かれる。


「サントス王国第一王女アリシア・サントス。貴女はバルデス王国の侵攻に対し、国境を越えた兵全ての殺害を命じた。殺害された者の中には、逃亡を試みた者、投降した者、成人を迎えていない者等も含まれている。何か弁明はあるか。」

「いえ、ありません。全て私が指示しました。」


 私は軍の最高指揮官だ。兵は私に従っただけ、女王である母は戦争の進め方を私に託しただけ。


 戦争に参加した多くの兵は、自分の未来を思い描いているはず。この戦いが終われば、以前の生活に戻れると。

 一方の私は、この先を生きられるなんて思っていない。戦争中に命を落とした可能性もあれば、バルデスの人間から強く恨まれることだってした。戦争に勝利しても、この大陸の覇者であるエスピノ皇帝の好まない手法と取ったことで、連盟裁判にかけられている。

 それならば、戦争の象徴として、バルデス女王アルセリアが死に、その友人で彼女を討ったサントス王女アリシアが処刑される、という流れも悪くない。



 しかし、私の証言では決まらない。他の証言などからも私に対する罰として妥当なものが選ばれる。

 これは罪に対する裁判ではなく、大陸連盟の態度を示す場だ。戦争中の殺人は時に美談となる。サントス国内では戦姫と称えられる私をどう処罰するつもりなのか。


「サントス王国第一王女アリシア・サントス、貴女は抵抗の意思の見えない兵士も含めて、国境を越えれば全て殺害するよう命じた。これは赦されざる行いである。

 一方で、バルデス王国に侵攻した際には、戦場に迷い込んだバルデスの子どもを保護する等の行いも見られる。」


 その時の子、シーロは今も私を慕ってくれている。将来、私の下で働くのだと、サントスの歴史や文化から学び始め、着実に知識を付けている。

 しかし、私自身で保護したのはシーロ一人だ。犯した罪に対して、全く釣り合いが取れていない。


「また、此度の戦いはバルデス王国からの侵略によって始まっていることも考慮し、その罰はサントス王国の良心に任せることとする。」


 事実上の無罪だ。もちろん、連盟に属する国々、特にバルデスとの関係を考えて、ある程度の罰則は受けるはずだ。しかし、それは非常に軽いものとなってしまうだろう。




「ただいま戻りました、母上。」

「おかえりなさい。よく無事に戻ってくれたわ。」


 判決は速やかに母にも伝えられている。無事に戻らないわけがないのは母も知っていたはずだ。


「お姉様は英雄ですもの。それを裁かれるなんておかしいです。」

「イリス、自分の発言をよく考えるんだ。犠牲になった者が大勢いることを忘れるな。」


 妹は何も知らない民のように、無邪気に喜んでくれている。しかし王族としては心配な部分だ。人殺しを「英雄」と呼んで、犠牲の大きさから目を背けているのだから。


「でも、」

「今はアリシアの帰還を喜びましょう。沙汰は追って伝えるわ。何も与えないわけにはいかないの。」

「はい、母上。イリス、行こうか。」




 廊下で待っていたのは兄上。


「申し訳ない、アリシア。」


 唐突に頭を下げられるが、これは受け入れられない。


「兄上、私は私の成すべきことを成したまでだ。」

「君に背負わせたんだ。」

「私が選んだんだ。兄上が気に病むことではない。」


 以前も話したことだ。私が軍門を叩いたのも、殲滅を命じたのも、私の選択。

 私が謝罪を受け取るつもりがないのは、兄上に十分伝わったようで。兄上は諦めて頭を上げる。


「そう、か。なら、ゆっくり休んでくれ。その間のことは、私たちに任せてほしい。」

「私も!お姉様が安心して休めるように頑張ります。」


 少しだけ凛々しくなったイリスだが、まだ私にとっては心配な妹で。彼女のことも今は兄上に任せるしかない。私はきっと、しばらく国政に関われないから。




「アリシア、ごめんなさい。」


 謝罪から始まった母の話は、私の処遇について。


「貴女を要職に就けておくわけにはいかないの。」

「分かっております。」


 深く息を吐く母。苦しそうな表情はなりを潜め、女王としての厳しい表情が浮かぶ。


「第一王女アリシアを将軍から外し、王位継承権を剥奪する。」


 膝を付き、頭を下げる。これにより、私の立場は大きく変わった。何も持たない、兄上よりも地位の低い王女に。


「アリシア、貴女が私の娘で、王女であることには変わりないわ。けれど、すぐに国政に復帰させることは難しいの。特に軍関係は。」

「はい。」


 私はその世界しか知らない。他で何ができるというのか。


「だけど、貴女にも休む時間があって良いと思うの。」

「いかなる処罰も受ける覚悟です。」


 まさかあれだけということはないだろう。死すら覚悟してきている。統治者として、母が厳しい答えを出すのなら、私は。


「これは罰ではないわ。嫌なら断っても良いの。一つの提案よ。――虹彩皇国に留学してはどうかしら。」

「留学、ですか。」

「ええ。あちらには大陸とは大きく異なる文化がある。戦いとは無縁の場所を知るのも、王女としてはプラスになることよ。もちろん、あちらの承諾は必要だけれど。

 あの女の子とその保護者としてこちらの元軍人を受け入れてくれているの。概ね好意的な話を聞かせてくれているわ。交渉してみる価値は十分にあるはずよ。」


 アルセリアの妹モニカと、エミリオのことだ。エミリオは私の側近として動いていた。そのため、平民の彼はバルデスの反サントス派の人間から狙われる危険が高い。だから、戦争中に死んだことにして、虹彩皇国に移住させられたのだ。サントス国内に置きたくないモニカという厄介者も付けて。


「私は……」

「国益は考慮しなくても良いわ。貴女個人の感情で選んで。どちらになっても構わないと女王である私が判断して、聞いているの。……母として、せめてこれくらいさせて頂戴。」


 「母として」。そんな言葉を欲していたのは、今の私ではないのに。


「留学したく、思います。」




 数年は帰れないだろう。母の提案は本当に私への思いやりかもしれない。しかし、私はそれを素直に受け入れられない。

 王女の私が虹彩皇国へ留学することの意味。今まで、細い繋がりしかなかった二国の間に、深い結びつきを作る機会だ。



 戦場で保護したシーロが母や妹の下でバルデスとの懸け橋になるのなら、私は虹彩皇国との懸け橋となってみせよう。





 そんな決意の私は今、虹彩皇国の学園都市、光陽に来ている。その大きな学園、光陽学園の前から、正門を見上げている。

 ここで私はエリス・スコットとして、研究部に通う。



 ここから、私の新しい生活が、人生が始まるのだ。

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