相談させて
約束した日時にサントス邸へ入らせてもらう。既に愛良と友幸さんが待っていて、笑顔で出迎えてくれた。
「お久しぶりです、マリアさん。」
「ええ、こちらも。会ってくださって嬉しいわ。」
「私も会いたかったよー。」
簡単に近況を話しつつ、お茶を淹れていただく。窓からは綺麗に手入れさえた花壇が見えており、幾つもの大輪が顔を覗かせていた。
そうして一息吐けば、どう切り出そうか迷ってしまう。愛良に聞かせたくないわけではないけれど、何から話せば良いのか。
「自分の気持ちを確かめたいようだと伺いましたが。どのようなことか、聞かせてくださいますか。」
「そうね、まず――」
ラウラとの会話を思い起こしつつ、婚姻の誓いを勧められたことを伝える。それが私にとってどのような意味と重さを持つものなのかも、しっかりと。
「――それで、慶司さんに婚姻の誓いの話をして良いものか迷っているのよ。私の想いが純粋でないのに切り出すのは不誠実でしょう?」
私は真剣に考えた結果だ。しかし、愛良は不思議そうに首を傾げている。
「危ない目に遭わせたくなくて、お話したいと思ってて、一緒にいたいんだよね?何が純粋じゃないの?何が不誠実なの?」
「危険に晒した罪の償い。その意味が重ければ、生涯を共にという想いが軽くても、婚姻の誓いをしようという気持ちは強くなってしまうわ。」
それが今の私に見えている償いの方法だから。他の方法が見えれば、婚姻の誓いへの意欲は薄れるかもしれない。
神は全ての罪を無条件に赦す。しかし人は赦されるために償い、赦すためにも赦されるためにも罰を求める。私にとって慶司さんとの婚姻は罰ではないけれど、今は償いという意味に見えている。
「償い、ですか。守るために婚姻を、と。ですが、今のお話なら、マリアさんが慶司ではなくても誰でも良いから結婚すれば、その身は守れるように聞こえました。なぜ、マリアさんは慶司との結婚に限ってお考えなのでしょう。」
「え?それは、私だって一緒にいたいと思える人が良いわ。償いのためという言葉だけで婚姻の誓いはしたくないもの。」
「それが純粋な想いの証明ではありませんか。」
そうだろうか。一緒にいたいと思える相手なら何人かいる。ラウラだって愛良だって友幸さんだって、この先もこうして話していたい相手の一人だ。もちろん、婚姻の誓いを行う相手というわけではないけれど。慶司さんに対してだって、自分で婚姻の誓いを思いついたわけではない。
「だいたい純粋かどうかなんて、主観でしかありませんよ。純粋であっても相手から何とも思われていなければ、ただの気持ちの押し付けに過ぎません。俺たちに話したって、解決しませんよ。」
「だけど、ラウラには、アリシアにも同じことが言えるのかと言われてしまって。」
私にはどういう意味か分からなかった。友幸さんに聞けば分かると言われたことも、私には謎のままだ。
「守りたいから結婚しよ、はアリシアも友兄に言ってるもんね?」
「は?」
友幸さんが愛良の肩を掴んだ。突然の行動に愛良は驚いて、なされるがままだ。
「愛良、それ、いつ?」
「この間言ってたよ。友兄には言ってないのかな。私、悪いことしちゃった?」
ご自分の口を手の甲で覆い、視線を右往左往させている。そんな友幸さんを愛良は不思議そうに見つめた。
「いや、まあ。口止めされてないんなら、良いと思うけど。ちょっと、アリシア様に確認、は後でしよう。すみませんマリアさん、少し、動揺してしまって。」
「いいえ、構わないわ。アリシアさんは守るための婚姻を純粋なものとお考えなのかしら。それとも、純粋でない婚姻でも気にされないのかしら。」
これはアリシアさんに聞かなければ分からないだろう。そう私は判断したのだけれど、愛良も友幸さんも考えてくれた。
「好きでないと守りたいとは思わないよね。だって、結婚したいに繋がるんだから。」
「俺は、まあ、アリシア様のことですから。マリアさんには言えない色々な償いの意味もあるかもしれませんね。」
償いだけでは婚姻できない。それが純粋な想いの証拠。それなのに、アリシアさんのことになると、償いという意味にだけ言及された。
「アリシアさんの理由は償いだけで十分になるのかしら。純粋な想いの証拠にはならないのかしら。」
「マリアさんは誰かから慶司のことを頼まれたわけではないでしょう。例えば、既に亡くなっている誰かとか。」
「ええ。そんなことはないわ。」
状況が違うから、私の場合は償いだけの婚姻ではないとおっしゃるつもりのようだ。ラウラは友幸さんに聞けば分かると言った。その答えが、これなのか。
「ねえ、私の話も聞いてた?好きだから守りたいんだよ。それがすぐ結婚したいに繋がるのか私には分からないけど、でも、好きだから結婚したいは普通でしょ?だから、好きだから守りたくて結婚したいんだから、守るために結婚したいは同じこと言ってるの!」
つまり、私の想いは純粋だと言ってくれている。それなら私も、慶司さんに相談できそうだ。
「ありがとう、愛良。一歩前に進めた気がするわ。」
「うん、よかったね。」
えへへと必死になった自分を恥じるように笑ってくれる。精一杯の愛良の主張のおかげで、私はその言葉を信じられた。その感謝を込めて微笑み、次の質問に移る。
「アリシアさんが手紙で、友幸さんと二人きりにならないように、と忠告してくださったの。それと、想いを確かめるために会いたいという記述も、すべきではないと。理由を今日教えてくださることになっているのだけれど、聞いても良いかしら。」
「ええ、まあ。俺は一応、アリシア様に引き取られた形ですから、その俺をマリアさんが指名し、二人きりで会うとなると、少々問題があるでしょうね。」
その問題が何かを聞きたいのだけれど、教えてくださらないのだろうか。一度お茶で落ち着き、さらに深呼吸までしてから、続きを話してくださった。
「その、つまり、ですね。要は不貞行為を働く可能性、ということでしょうか。可能性というか、まあ、可能な状態にすれば疑う余地ができるから、ということですね。」
「私はそんなことしないわ。」
アリシアさんに信じてもらえていないのだろうか。それとも、それほどまでに友幸さんのことが大切ということだろうか。できれば後者であってほしい。
「マリアさんを疑っているという意味ではないと思います。外部から見て、サントス王女のアリシア様と、リージョン教〔聖女〕のマリアさんの間に亀裂を入れることが可能になるような争いの種は蒔くべきではない、ということですね。」
ここでも立場を考える。アリシアさんは本当にいつでもご自分の立場を考えて行動しておられる。彼女に心の休まる時はあるのだろうか。
愛良も小さく唸り、可愛い顔を真剣なものにして、自分の考えを教えてくれる。
「嫌なだけじゃないかな?秋人もね、家族以外の異性で二人きりになるのは自分だけがいいって言ってたから、アリシアもきっとそうだよ。」
「まあ、どちらの意味でも、マリアさんに対して何か思ってるわけではないでしょうから、気にすることはありませんよ。」
話をまとめようとするということは、これ以上追及してほしくないのだろう。二つの意味を知れたのだから、私としても十分だ。
「ありがとう。なら次なのだけれど、ラウラが友幸さんにもアリシアさんに対するように気を付けないといけないと感じているようなの。だけどそれも全部、友幸さんに聞けば分かると言われてしまって。」
「いや、ちょっ、なんで、知らないんですか。」
ほんのりと頬の色が赤く色づく。何か照れるようなことでも聞いてしまっただろうか。お茶の飲み干し、立ち上がられた。
「庭が綺麗なんですよ。少し歩きませんか。」
「ええ、ぜひ近くで見たいわ。こちらは大輪のものも見えていて、気になっていたの。」
三人で庭を歩く。近くで見るとより存在感を感じられる花々だ。
「それで、ラウラさんの対応の理由、なのですか。一応、対外的には伴侶に近い扱いをしていただいておりますので、それに準じた対応を、ということでしょう。」
「あら、そうだったの。ごめんなさい、何も気付かなくて。だけど、アリシアさんの配慮であってもなくても、友幸さんは友幸さんでしょう?」
「身分という問題がありますから。マリアさんはそういったものから少々外れた立場ですので、気にされることはないのでしょうけど。」
本当に身分というものは大変だ。人はなぜこういうものを生み出してしまったのだろう。そんなもので人の価値は変わらないというのに、取るべき態度を定めようとする。それも何かの理由があってのことなのだろうけれど、その理由で物事をさらに複雑にしてしまっているように、私には感じられてしまう。
「大変なのね、色々と。」
「ええ、まあ。一応、そのつもりで俺はマリアさんに、名字ではなく名前で呼ぶようにお願いしたつもりだったのですが。」
「そうだったのね。婚姻の誓いは交わしたのかしら。」
リージョン教のものと同じではなくとも、婚姻に関する儀式は多くの宗教が定めている。何らかの儀式は行うだろう。
「いいえ。それに、俺たちの場合はするとしても、政治的な意味が大きくなるでしょう。アリシア様が王女様ですからね。まあ、そんなことが実現すれば、ですが。」
「友幸さんもアリシアさんに相談しなくてはいけないわね。私も慶司さんに言ってみるわ。次に成果を報告し合いましょう。一人で言うよりも勇気が持てると思わない?」
まだ本人を目の前にしたわけでもないというのに、既に胸が早鐘を打っている。想像しただけで、どんな反応が返ってくるのか不安になる。これは後で誰かに報告しなければならないとか、同じ状況の友人がいるからとか、何か背中を押してくれるものがなければ、結局何も言えないまま帰ることになってしまいそうだ。
言いたいのに言えない。そんな状況が長引けば、慶司さんの身を長く危険に晒すことにもなってしまう。それを回避するため、友幸さんの力も借りたい。
「なぜ、俺まで巻き込まれなければならないのでしょう。」
「確かめるのでしょう?守りたいから結婚したいという発言があったのかどうか。」
先ほどの自分の発言を提示されれば、反論を飲み込まれた。追い詰めたいわけではないけれど、少々視線が鋭い。
「無理にとは言わないわ。友幸さんにとってできないことをしろとは言えないもの。」
「できますよ、その程度。」
強がるような反応にも見えるけれど、できると言うならしてもらおう。私もそのほうが慶司さんに言う勇気をもらえそうだ。
「なら約束ね。次会うまでに、お互い、相手の気持ちを確かめること。」
愛良に約束の証人になってもらい、その日の訪問は終わりを迎えた。