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シキ  作者: 現野翔子
琥珀の章
156/192

成果の行方

 交流会の出来事をオルランド様に報告していく。そして、教えの編纂と今後の交流会について話し合った。


「そうですね。教書としてまとめれば、信者の方にも、聖職者を目指す方にも役立つことでしょう。」

「交流会に参加した信者の方からの提案なのです。一さんも賛同してくださって、ある程度形になったら、互いに読みましょうと言っているのです。」


 何年もかかる活動になるだろうけれど、それだけの価値があることだ。気長に取り組んでいきたい。私も大陸で知ったお話を彼らに伝えよう。オルランド様もきっと色々なお話をご存じだろう。


「ええ、良いことですね。完成を楽しみにしていましょう。」

「私たちにも協力できることがあると思いますわ。」

「屋敷にある書物を提供しましょう。」


 算段も立てつつ、焦らないよう気長に取り組むよう、編纂についての話を進めた。それが一通り済めば、次の交流会に関する話だ。


「今回の交流会では得られるものがありました。ですが、皇国には他にもたくさんの宗教があります。三つ以上の宗教の人が参加するのは難しいかもしれませんが、何度も開催し、幾つもの宗教の人と語らう機会を設けたいと思うのです。」

「また頼まなければなりませんね。相手の方々も賛同してくださると良いのですが。」

「対話が平穏をもたらすと、きっと分かってくださいます。」


 全員がそう思わなくとも、分かってくださる方は話し合いに応じてくださる。応じてくださる方々が、自分たちの信仰する宗教の仲間にも伝えてくださるだろう。


「皇国に存在する宗教同士が親しくするためなら、宗教省の方々も積極的に力を貸してくださるのですよ。」

「こうして何度も話し合いの場を設けられると武力を用いて解決しようとする方も減るでしょうか。」

「ええ、きっと。言葉で伝える場が増えるのですから。」


 ラウラにも良い報告ができる。私を守ることが自分のしたいことだとは言ってくれるけれど、やはり私はラウラに危険な目に遭ってほしくないから。


「ラウラや聖騎士の方々の危険も減りますね。」

「それは今後の行動次第でしょう。真摯に話を聞く姿勢を見せなければ。場を用意するだけではいけません。」

「ええ、もちろんです。」


 けれど、その場を用意することはオルランド様や私ならしやすいことだ。私たちだけが話しても、対立は収まらない。そのために少しずつ、できることをしていこう。


「マリア様。今は一歩喜んだことを喜びましょう。ラウラにも、その報告をしてあげてください。貴女の身をとても案じていますから。」

「はい、そうします。」




 任務から戻ったラウラを迎え、その体を労われば、良い報告を伝えられる。


「ラウラ、これから少しずつ危険が減るかもしれないわ。」

「どういうこと?」


 オルランド様にも伝えた宗教交流会の成果を話していく。だけど、オルランド様のように希望にあふれた捉え方はしてもらえない。


「うーん、まあ、行動しにくくなるし、過激な行動への賛同も減るかもしれないけど。少人数でもどうにかしなきゃって、自分たちの信じる正義に従う人もいるからね。」

「そう、ね。」


 人を傷つける正義を信じる者もいる。彼らは誰かを傷つけても成し遂げなくてはならないと信じている。その信じるものを、武力に訴える前に私にも教えていただきたいところだけれど、現状では接点を得られず、武力が先に来てしまうのだろう。

 たとえそうでも私は話を聞きたい。しかし聖騎士の人たちは、私はオルランド様を狙った者を近づけるわけにはいかないと強く主張される。何か強く願っていることがあるから武力に訴えた。しかし、そこから何を願っているかは分からない。だから話を聞きたいのだけれど、今のところそれは叶っていない。


「まあ、賛同する人が減るから実行できる人も減る、かな。無くなりはしないだろうけど。」

「悲しいことね。対立する意見や考えを持っていても、隣に立つことはできるというのに。」


 相手の信仰を自分も信じる必要はない。ただ、相手が信じているという事実を受け入れるだけ。ただそれだけのことが、一部の人にとっては難しいことになってしまう。


「弱いからだよ。先に攻撃しないと勝てないから、相手が動く前に自分が動いて排除するんだ。潰されてしまわないように、殺されてしまわないように。単純に勝つと楽しいからってのもあるかもね。」


 相手を打ち負かす喜び。そういったものを得られる人でも、神は愛されている。命やお金をかけない勝負事なら罪にもならない行為だけれど、争いという観点で話している今は、打ち負かすことは命を奪うこと、その身体を傷つけることと同義だ。身体を傷つけない勝負事を教えてあげれば、争いは減るだろうか。

 身を守るために先に攻撃を加える者もまた、救われるべき人だ。常に周りからの攻撃に怯える、哀れな日々を送っている。そう怯える必要はないと、あなたの周りの人々はあなたを傷つける存在ではなく、救い守ってくれる存在だと信じさせてあげる必要がある。そうすれば、争いはまた一つ減るだろう。


「皇都には遊び場も多いと聞くけれど。ただ勝ちたい人はそういった場所には行かないのかしら。」

「賭け事だからね、お金がないとできないよ。もう、マリアはそんなこと気にしなくて良いの。どんなに手を差し伸べたって、振りほどく人もいるんだから。その手が届く人を救えば良いよ。」


 この手の届く範囲なら、とても狭い。様々な活動をすれば救いの手は広がっていく。私の手が届かなくとも、差し伸べることを躊躇していた人々が別の誰かを救う機会は作り上げられる。対立を生じさせないように、活動を広げることはできる。


「ええ、そうね。交流会と編纂、頑張るわ。」

「無理はしないでね。じゃ、息抜きにお散歩でもしよ。」


 丁寧に手入れをされたオルランド邸の花壇。小さな花々が寄り集まり、健気に咲いている。それらは庭師の手によって綺麗に整えられているもので、自然に咲いたわけではない。しかし、彼ら自身は私たちの目を楽しませてくれるために咲いているわけではなく、それぞれの生を全うするために咲いている。庭師はその命を私たちが楽しみやすい形に、彼らにお願いをしてくれている。

 毎日眺められるこの場所も、大切な人と見るのならいつでも特別な時間だ。たとえ言葉を交わさずとも、共にいられる時間が特別なものになる。だけど、せっかく傍にいるのなら、言葉だって交わしたい。


「ラウラはここ数日、どうだったのかしら。」

「一つ片付いたってとこ。まだ気は抜けないけど、マリアの周りは他の聖騎士の人たちも守ってくれるからね。」


 任務のことはほぼ何も教えてくれない。怪我をして帰って来ても、掠り傷だと言う。傷つける人を赦すことと、怪我の心配をすることは矛盾しないと言うのに、こんなことで私を煩わせたくないと、ラウラは怪我を隠しがちだ。

 今日はどこかを庇うような動きには見えず、しばらく休みとも聞いていないため、けがはないのだろう。


「そうね、ありがたいわ。くれぐれも体には気を付けるのよ。私はラウラのことも心配しているのだから。」

「大丈夫だって。〔琥珀の君〕のほうへの襲撃者にも、ちゃんと対処してるから心配しないで。」

「慶司さんにも襲撃があるの?」


 前回の訪問時に襲われたのは私がいたからだと思っていた。だけど護衛がいてくれるから、慶司さんを危険に晒すことにはならないと時々訪ねているのだけれど、何か間違えてしまったのだろうか。

 一瞬口を噤んだラウラだけれど、私が見つめると答えてくれる。


「まだそんなに多くないから大丈夫。全部傷一つ負わせてないから。おおかた、〔聖女〕の血を自分の家に取り込みたい貴族の仕業でしょ。」


 この血に意味はない。リージョン教のものは何一つ、血縁によって受け継がれない。信者の方々は尊敬する聖職者の子という点で丁重な扱いをすることもあるけれど、直接利益には結びつかないだろう。〔聖女〕という称号を持っているだけの、ただの人間だ。その子どもが生まれたとしても、ただの人間の子でしかない。

 ただのマリアから見ても、慶司さんが襲撃されて共にいられなくなったとしても、誰か別の人と共にいようとは思えない。彼らの行動はただ罪を犯すだけの、何も得られないものとなるだろう。


「これも、誤解のせいね。〔聖女〕の血に特別な価値はない。その辺りも、教えをまとめれば分かっていただけるかしら。」

「底辺貴族にとっては、自分たちが皇国貴族において、少しでも特殊な位置に立てることが価値になるみたいだね。リージョン教の〔聖女〕の夫は特殊に見えるんだって。誤解のせいなのか、宗教的価値じゃなく政治的価値を見ているからなのかは分からないけど。」


 教えから分かるのは宗教的な価値の無さだけだ。〔聖女〕や〔聖人〕という称号は何かを称えたものであり、その思想を貫くことを期待したものである。本人やその性質に与えられるため、夫や子が宗教的な地位を与えられることはない。

 政治的な価値は、私たちには馴染みのないものだ。多少聞いた覚えはあるが、あまり印象には残っていない。


「ちなみにさ、マリア。リージョン教的には、結婚は基本、一対一で行うものだよね。」

「ええ、そうよ。生涯を共にし、互いに支え合うことを地域の司祭様に誓うの。約束を破ることは罪になるから、その罪が犯された時、事実がはっきりするように司祭様が誓いの証人になってくださるのね。」


 私の場合はオルランド様が誓いの証人となってくださるかもしれない。小さな村であれば、村中の人が婚姻の誓いを聞く場に立ち会うけれど、この広い皇都では難しいだろう。どの程度の人が参列することになるのだろうか。


「マリアは罪を犯さない。」

「犯すこともあるけれど、避けはするわ。」

「婚姻の誓いを破ることは、罪。」

「ええ。誓いは全て守らなければならないの。」

「婚姻の誓いを交わした片方が亡くなった場合は?」


 ただ一つの愛を貫くことを他人は求めがちだ。しかし、失われた者を見続けて生きることでも悲しみは深まる。神は人の幸福を望んでおられる。そんな考えの下、様々な規則が定められてきた。


「生涯を共にするという誓いは果たされているとして、別の人と新たに婚姻の誓いを交わすことができるわ。」

「だけど、マリアは誓いの相手を失えば悲しむよね。」

「ええ。婚姻の誓いを交わすほど想い合っている相手だもの。」


 家族でも友人でも失えば悲しくなるだろう。そこまで深い繋がりがあったわけではない人物でも、感じるものはあったのだから。


「〔聖女〕様が愛する人を失って悲しんでいる。それなのに、再びの婚姻の誓いができるようになった途端に求婚する人がいれば、信者たちは良く思わないだろうね。」

「ええ、そうでしょうね。誰かに想いを寄せることは罪ではないけれど。」


 私の幸福を願ってくれる人ほど、私を傷つける危険のあるものを傷つけてしまう。守るための行動はありがたい反面、私が彼らに罪を犯させてしまうことでもある。自分の手を汚さず、他人に罪を犯させる罪。自分で行動しないそれは、より罪深い行いではないだろうか。


「それはおそらく貴族たちも気付く。気付かなくても分からせれば良い。」

「ねえ、ラウラ。自分から危ないことはしないでほしいの。」

「大丈夫だよ。私が言いたいのは、マリアがさっさと結婚しちゃえば、〔琥珀の君〕への襲撃は減るんじゃないのって、こと。」


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