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シキ  作者: 現野翔子
琥珀の章
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気がかりなこと

 今日の説教は、争いや他を否定することについて。特に他の宗教との対立に話の焦点を合わせていく。争い、否定し、他を傷つけることは罪だ。その罪もまた赦されるが、その罪を犯すごとに、私たちは神の愛する別の誰かを傷つけ、相争うことで神を悲しませている。


「あなたのその言葉を吐き出す前に、今一度考えてみてください。神の愛する何かを否定し、傷つけるものではありませんか。私たちの信じる〔名も無き神〕など存在しないと主張する者もまた、私たちの神は愛されているのです。」


 神はただ無償の愛を世界に降り注いでいる。何の見返りも求めず、存在すら否定されても、神はただ愛されている。


「神は自己を否定されても愛されます。ですが、私たちにそのようなことができますか。」


 多くは否定されれば愛せない。同じような否定を返してしまう。争いの歴史が繰り返される理由はそこにある。憎悪と否定と拒絶が、彼らの思考を埋め尽くしてしまう。


「私たちの神を信じない者もまた、否定されれば私たちを否定するでしょう。その対立は次第に深まっていくことでしょう。最初は些細な言葉でも、それが刃や銃弾となって互いを襲うようになるのです。」


 集団と集団の対立は、簡単には収まらない。誰か一人でもその手に武器を持っていれば、互いの脅威を排除するため、相手に攻撃を加えてしまう。


「忘れないでください。私たちが他の宗教を否定することもまた罪なのだと。神が悲しみを抱きつつも、私たちの罪を赦してくださっていることを。」


 自己を顧みるように俯く信者たちを横目に、私は説教台を降りる。今日はすぐに話をしに来られる方がおられない。みな、何かを考え込んでいる。

 最初に私の所まで来てくれたのは、小さな女の子だ。


「マリア様、あのね。私ね、この前、目に見える物しか信じられないなんて馬鹿だね、って友達に言っちゃったの。だって、心も優しいも神様も見えないけど、絶対あるでしょ?」

「貴女にとっては絶対にあるものでも、その子にとっては信じられないものだったのかもしれないわ。見えないものを感じたことがなかったなら、信じにくいの。だから、優しいを貴女がその子に感じさせてあげて。大丈夫、貴女が今そう気付けたことを、神は喜んでくださるわ。悲しみを、新しい喜びで塗り替えましょう。」

「うん、ありがとう!」


 ぱたぱたと元気よく教会を飛び出していく。それを見送れば、今度は青年がふらりと傍に寄って来る。


「当たり前のように犯していた罪に気付かせてくださってありがとうございます。人を救わない神など存在する意味がないと言った人と以前、口論になってしまったことがあって。」


 神が直接人に干渉すると信じている宗教も存在する。たとえその神が、私たちにとっては伝承上の聖女や聖人と似たようなものでも、彼らにとっては神なのだろう。それによって彼らが救われていると感じるのなら、私たちの差し伸べた手も届かないだろう。

 次は少し疑問を顔に浮かべた老爺だ。


「〔聖女〕様のおっしゃるように、否定ばかりを重ねることも罪なのでしょう。ですが、この年になればそう簡単に考え方は変えられません。今から〔名も無き神〕が存在しないという考えに賛同することなど、できそうもないのです。」

「賛同はできないでしょう。ですが、そういった人がいるという事実を受け入れることはできませんか。神を信じない人とは、食事を共にすることができませんか。」


 同じものを信じられずとも、同じものを見ることはできる。傷つきたくないという思いは共有できる。美味しい物を美味しいと言って、笑い合うことはできるのではないか。


「賛同できないことは、罪ではありませんか。」

「神は様々な考えを持ち、それぞれの結論を出し、それぞれの選択をする人を愛しておられます。自分の信仰を胸に抱え、隣人を愛することは、人にだってできましょう。」


 老若男女問わない信者たちと言葉を交わし、それぞれの出来事と考えを聞いていく。そうすると、私がこれまで何度も話した信者たちの中にも、他の宗教を否定し、蔑んだことのある者が多くいたことに気付いた。しかし、その否定した宗教に関して、詳細な教義を知っている者はいなかった。

 学ぶ時間を作ることも一つの手だ。しかし、否定的な考えを持っている人同士で学んでも、否定する材料を求めるだけに終わってしまうのではないか。自分たちが否定している宗教の誰かに好意的な部分を見つければ、見方を変えられるのではないだろうか。

 一つの考えを胸に、オルランド邸へと帰宅した。




 オルランド様も日曜の午後は必ずゆとりを持つようにされている。そのため、私もこの後の予定などをあまり気にせず、お話に誘うことができる。


「マリア様、お話とはどのようなことでしょうか。」

「新たな活動に関してなのです。相争い、傷つけ合うことは罪です。ですが、人はその罪を犯してしまう。私たちは、そういった行動に人々が流れないようにできるのではありませんか。」


 始祖教でも、争いは拒んでいる。リージョン教でも、争うことは罪だ。しかし、信仰する人々は対立する。


「具体的に、何かお考えなのですね。」

「はい。例えば、互いの宗教の起こりについて、争いというものに対する態度について、話し合う場を設けるのです。神の在り方や信仰の在り方に触れれば、口論となってしまうかもしれません。ですがそれを恐れれば、互いを知ることもできません。」


 神の愛する世界の一部だ。それを知り、自分もまた受け入れることができれば、より広い世界を生きることができるだろう。


「対立を解消するためなら、皇国にも協力を求められるでしょう。場所はどちらの宗教にとっても特別な意味を持たない場所、皇国の管理する部屋が好ましいかと。」

「ですが、そうすれば、気軽に信者たちが参加するというわけにはいかなくなってしまいませんか。」


 私と一さんが親密になっても、リージョン教徒と始祖教徒が親密になるわけではない。そこに互いの聖職者が加わっても、一般信徒たちの心のありようまでは変えられない。


「ええ、最初はその時に訪れた人が気軽に参加する形にはならないでしょう。ですが、参加希望者を募り、成果を見てから、開催の方法を変えて行っても良いのではありませんか。」


 オルランド様の提案は、アリシアさんたちが文化交流事業で行っていること、行おうとしていることと同じだ。あれは皇国が主導で繋がろうとしているが、こちらが主導の交流の場が増えるのも良いだろう。

 芸術文化の側面から皇国が国や宗教を繋げようとするのなら、私たちは共有できる思いから宗教を繋げよう。


「そうですね。突然親しくすることは難しいです。ですが、少しずつ親しくなり、その輪を広げることはできましょう。」


 まずは他の宗教と繋がろうという意識を持っている人同士で、互いについて知り、近づこう。彼らが親密にしていれば、自分たちも手を取り合えるのだと気付いてくれるかもしれない。


「人の心はままならない。だからこそ、神は人を愛されるのです。マリア様、焦ってはなりません。神は人を信じておられます。それは私たちや聖職者だけでなく、この世界の人々全てを、です。たとえ私たちが生きている間に争いがなくならずとも、この思いを共有し、人々が争わずに済む世界を作り上げる活動を引き継いでくれる者は現れます。」


 焦ることなく、一歩ずつ。私より残された時間の少ないオルランド様が未来の人々を信じ、自分にできることを少しずつしていくのなら、若い私が焦って、人々に何かを強いてしまうことのないようにしたい。


「はい、肝に銘じます。」


 話が一段落し、ようやく出されていた菓子に手を付ける。白い牛皮に餡子で描かれた可愛い顔を、半分に切った。


「中にも餡子が入っているのですね。」

「ええ。これも別の宗教の神を模したものなのですよ。」


 一個丸ままでは、一口で食べることは難しいだろう。多くの人は半分か四分の一程度に切って食べることになるだろうけれど、神を切るなどその宗教の人は受け入れられるのだろうか。


「その宗教の方も食べられるのですか。」

「この前、その宗教の方にお土産に、と渡されたのです。自分たちの宗教の神の一柱を体に入れて、心に受け入れてください、と。」


 神を模した物を、自分の口に入れる。そしてお腹に収める。一瞬で消えてしまう菓子に、神を模る。

 姿を持たない神への信仰心を高めるため、その存在を意識するため、その姿を想像し模ることはリージョン教でもされている。しかし、それを長く留めることのできない物にすることは、見たことがない。

 彼らにとって神とは、どのような存在なのだろうか。


「神を、食べる。これは、彼らにとって、どういった意味を持つ行為なのですか。」

「ただの菓子だ、と。より多くの人に知ってもらい、可愛いと褒めてもらえれば喜ぶだろうと話してくださいました。これを他宗教の人に渡し、食べることの意味は、今自分たちが考え、受け入れる象徴にしようとしただけだ、と。」


 長らく続いてきた、宗教的な意味を持つ行為でもない。しかし彼らは神を模した物を食することに抵抗を感じない。また私の知らない感覚を知ってしまった。


「彼らは多くの神を信仰しています。この神はその中の一柱で、友愛を司っているそうです。」


 神が多い宗教もあることは知っていた。それぞれが何かを司っていることも。しかし、このように、菓子にその神を描き、他宗教の者の手に渡ることを受け入れるとは思いもよらなかった。受け入れるどころか、彼ら自身の手で渡している。


「友愛、ですか。」

「だから私たちの間の対立をなくしましょう、互いを受け入れましょうという象徴に相応しいと考えられたそうです。」


 神を複数形で表現する神々という言葉さえ、リージョン教に親しんだ者にとっては、馴染みのないものだ。唯一の存在であるはずの神が、複数になることなどあり得ない。しかし、それを信仰している者たちのこともまた、〔名も無き神〕は愛されている。


「そう、ですか。象徴があれば、信者の方々にも分かりやすい、かもしれませんね。」

「私たちにも何か象徴があると良いですね。」


 まずは目の前の他宗教の神を模った菓子を食し、これを託す価値観と発想を受け入れよう。


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