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シキ  作者: 現野翔子
琥珀の章
153/192

叶えられる願い

 夜会を終えて翌日、ゆっくりとラウラと出来事について話す時間を持った。


「ラウラは楽しめたかしら。」

「公演のほうはばっちり。夜会もまあ、それなりに。」


 前回参加させていただいた時は大変な目に遭ったけれど、今回は特に事件もなく終わっている。ラウラは誘拐されたこともあって、夜会には嫌な記憶があるからかもしれない。


「今回は私も求婚されたのよ。驚くでしょう?」

「えっ?それ、受けるの?」

「そんなわけないでしょう。ただのマリアがこの先を共に生きたい人は他にいるもの。」


 皇国との関わりはこれからも続いて行く。しかし、その意味が重くなるのは、私がただのマリアではなく〔聖女〕だからだ。


「ああ、そうだよね。びっくりした。もう、誰からなの?」

「皇国貴族の方、数人からよ。中には熱心に利点を説いてくださった方もいたわ。」


 その利点は〔聖女〕が皇国貴族に組み込まれることにあったようだ。しかし、そこに私や求婚した本人の感情への言及はなかった。私に会いたいという言葉も、私と踊ること自体が嬉しいという感想もない。親密に見せられるという意味しか、見出してくれてはいなかった。


「くだらない。利点だけでマリアを奪おうなんて。私は貴族なんて、マリアの相手として認めないからね。大丈夫、私が守ってあげるから。」

「ありがとう。でも平気よ。私もその想いには応えられないと伝えて来たわ。」


 人を想うことは罪ではない。その想いに応えないことも罪ではない。けれど、人を傷つけることは罪だ。私は想いに応えないことで、人を傷つけたのだろうか。


「そうだね。私もマリアには笑っててほしいと思ってるから。私には体しか守れないかもしれないけど、でも、守るためにできることをするから。マリアは自分のために相手を選んで。」

「心も守ってくれているわ。一緒にいることでラウラにも救われていたと、もう気付いているもの。」


 今はもう、ラウラもいないと寂しいと知っている。この世に生きるたった一人の家族だから、存在することが私の心を守ってくれる。


「それなら嬉しいよ。ほら、今日は珍しい時間に会えるんだから、そろそろ行ったほうが良いんじゃない?」

「そうね。少し早いかもしれないけれど、行きましょう。」


 私を守ることが任務だと言い張るラウラを連れて、私は目的へ向かった。




 今日はご両親が出かけられていて、まだ明るいご自宅には慶司さんお一人だった。


「たまにはゆっくり話す時間もほしいでしょう?両親もそれには同意してくれたんです。」

「あら、それは嬉しいわ。今日は話したいことがたくさんあるの。」


 先日の夜会での出来事を話していく。公演での感動も伝えたいけれど、求婚されたことが私にとって一番の事件だ。

 言葉が溢れすぎてしまわないように、出していただいたお茶とお菓子で心を落ち着ける。


「いつ食べても美味しいわね。」

「気に入っていただけて何よりです。」


 口の中に広がる濃厚なチョコレートを楽しみ、それをお茶の香ばしさに変える。


「それでね、色々な人にダンスに誘われたのよ。」

「楽しかったですか、たくさん踊れて。」


 踊ることに大きな意味はない。舞のように振り付けが決まっているわけでもなく、ステップの意味を知っているわけでもない。踊っている時に二人だけで話せることが重要だった。興味深い話を聞けたという意味では楽しかったが、踊ったこと自体が楽しかったかと問われると迷うところだ。


「そうねえ。楽しいお話もあったわ。けれど、私と結婚したいっておっしゃった方もいたのよ。」

「求婚されたのですか。いったい誰に?」

「貴族の方、数人よ。」


 全員の名を挙げていけば、どんどんと表情は沈んでいく。


「それは、どう感じられたのですか。」

「困ってしまったわ。そのお気持ちに応えることもできないもの。色々言ってくださったのだけれど、この先一緒にいたいとは思えなかったわ。」

「俺は貴女と一緒にいたいと思っていますよ。」


 〔聖女〕としての重要性や影響力ではなく、ただのマリアを見てくれる人なら、私も一緒にいたいと思える。


「ええ。私も貴方とならそう思えるわ。話せる機会も増えれば、もっと互いについて知ることもできるわ。」

「そうなると良いですね。今日は時間もあることですから、少し庭に行きませんか。」


 誘われて、小さなお庭に向かった。花壇と畑が並んでいて、花壇には色とりどりの花々が咲き、畑には数種類の実が生っている。オルランド邸やサントス邸のように散歩をしたり、お茶をしたりするための空間ではなく、ソンブラにあったような食料を得るためのものでもない。


「これは、何のために?」

「趣味ですよ。良い出来の物は店で使うこともありますが、普段の自分たちの食事に使うのが主ですね。」


 必要に駆られているわけではないけれど育て、そこから糧を得る。自分たちを育むためには有用なことかもしれない。街中の教会では畑を持てていないようだけれど、神の愛する世界への理解を深めるために、そういった活動を促すことも良いだろう。

 こうした会話の時間を過ごせば、利益を訴えた人たちの求婚がより不思議になる。


「〔聖女〕との繋がりを得たいと言った人たちは、私と同じ時間を過ごすようになって、どうするつもりだったのかしら。今のような話をしてくれるつもりがあったのかしら。」

「貴族では結婚することがそのまま共に過ごすことに繋がらない場合もあるそうです。」


 それこそ不思議だ。何のために求婚をしているのか。相手も自分も人ではなく、その立場を持った人形のようだ。


「私のお父様とお母様も、私がある程度育ってからは共にいなかったわ。だけど私が本当に幼い頃や、生まれてくる前は共にいたそうなの。貴族の人たちは、一緒にいたいと思わないのかしら。」


 そのはずはない。アリシアさんも貴族だけれど、一緒にいたいと思う相手がいる。誰かを守ろうとしている。


「正式な伴侶と一緒にいたい相手が別という考えの人もいる、ということですね。伴侶はそういう立場だから、何か政治的な価値や宗教的な価値を持った相手を選びたい、という話をされた方がいらっしゃいました。」


 そのような価値観で選んでも、同じ時間を過ごす想像ができない。その相手とどのような雰囲気で、どのような言葉を交わし、どのような触れ合いをするのか。

 触れてみた慶司さんの手も、同じ人間の温かさを持っている。政治的、宗教的価値を重んじる人たちだって同じ体温をしているはずなのに、こういった触れ合いを望みはしないのか。


「どうかされましたか。」

「政治的な価値や宗教的な価値で、人同士の距離は縮まらないわ。人の心はそんなものでは測れないの。私は〔聖女〕という名の人形ではないわ。」


 かつては憧れた、目指したこの名を、否定的に口に出すことになるなんて思わなかった。もっと優しく、もっと人を救える、素晴らしいものだと思っていた。それとも、私が正しく〔聖女〕でいれば、自分が誰か特定の人物といたいと思うことなんてなく、信者たちに囲まれていることこそが幸福に感じられるのだろうか。

 落ちかけていた思考が、握り返された手に覆い隠された。


「ええ、そうですね。少なくとも俺にとっては、敬うべき〔聖女〕様ではなく、この手で触れられるマリアさんです。」

「だけどラウラに対するようには話してくれないのね。」


 ラウラには敬語など使わず、気兼ねない友人のように接している。ラウラの態度が褒められたものではないこともあったけれど、そういったものが減ってからは空気が張り詰めることもなく、ただ親しい友人だ。

 一方で、私に対しては常に敬語だ。砕けた話し方に近いけれど、やはり距離を置かれている感覚は残る。


「ラウラとは、同じ学園生でしたから。」


 なんだかずるい、と口に出すのは憚れて、少し離れた所に立つラウラを呼び寄せる。


「ねえ、ラウラ。ラウラは学園でどうやって慶司さんと親しくなったのかしら。」

「えーっと、まあ、マリアにはお勧めできない方法かな。あっ、お茶はしてたね、ほぼ毎週。そうそう愛良ちゃんがいてくれたおかげかも。」


 愛良は周囲の空気を和らげる効果を持っているのか。色々な人から可愛がってもらっているという話も聞くため、好かれやすい子なのかもしれない。

 そうだとしても、愛良も一緒に話してもらうのはもう難しいだろう。当時は愛良も学園生だったけれど、今はもうサントス邸お抱えの音楽家だ。


「マリアさんが望むなら、俺は気軽に話させてもらうよ。」

「ぜひ、そうしてほしいわ。」


 微笑み合えば、ラウラはまた距離を取ってしまう。私から話しかければ妹としての返事をしてくれるけれど、それ以外は聖騎士という立場を崩さない。慶司さんもこういう時のラウラには積極的に話しかけない。


「けど、外では難しいとは分かってほしい。俺はあくまで商人の子で、マリアさんは〔聖女〕様だから。同じ平民だとしても、同じじゃない。少し気を付けるだけで避けられる危険を冒したくないんだ。」

「話し方で危険になってしまうのね。」


 私が親しくするだけで、危険になってしまう誰かがいる。自分が望むように親しくできない。たとえそうして慶司さんが傷つけられても、私は〔聖女〕として赦さなければならない。お父様を殺したラウラを赦したように、ラウラに傷を付けた人を赦したように。

 私はただのマリアであると同時に、〔聖女〕だから。


「時間が経てば受け入れられる。説得もできるし、マリアさんも俺も、それを黙らせることのできる力を持つことになる。」

「できれば力に頼らず、納得していただきたいわ。力を振るうことは罪だもの。話を聞いてくださるなら、受け入れてくださるわ、きっと。」


 罪は赦される。けれど、無くなりはしない。罪を犯した記憶は刻まれてしまうのだから。そして、力によって黙らされたものは、力によって自分たちの主張を認めさせようとするだろう。そうなれば、争いは続けられる。


「その説得は俺に任せてほしい。マリアさんはこれからも、こうして遊びに来てくれるだけで良い。」

「できることはしたいけれど、遊びにも来たいわ。」

「来てくれることが協力だよ。マリアさんが望んでいるという証明になるから。」


 一緒にいたいと思っていると示すことが大切なら、できる限り機会を作ったほうが良いだろうか。

 これからに思いを馳せながら、今後の予定を合わせる相談もしていった。


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