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シキ  作者: 現野翔子
琥珀の章
152/192

第三回文化交流公演

 何度か愛良も一緒に練習を重ね、いよいよ本番を迎える。何組もの歌や踊り、舞を見て、私たちの番がやってきた。〔シキ〕の中では私が最初。愛良の伴奏に合わせて、今日まで深めてきた歌を、その練習の成果と共に披露する。

 観客の中には招待された周辺国の人や、様々な宗教の代表者がいる。より広い世界を知る機会を、この場所は与えてくれている。彼らの視線が集まるこの場所に、次に立つのはラウラだ。

 ラウラもまた、眼下の人々に臆することなく、その思いを歌い上げる。時折愛良に視線を送り、息を合わせて聴かせていた。


「素晴らしかったわ。」

「ありがとう。ほら、次は愛良だからまだ気は抜けないよ。」


 たった一人舞台に残り、ピアノを弾きつつ歌い上げるその姿は、ただ愛らしく、心を安らげてくれるだけの女の子ではない。様々な経験を乗り越え、今この場に立っている一人の人間だ。


「ねえねえ、聞いて ねえねえ、聞いて」


 可愛らしい呼びかけから始まるこの曲は、最初はただ微笑ましい。楽しそうに歌う愛良の表情と声も相まって、思わず顔が綻ぶものだ。お空とお日様と雲さんについて語られる絵本のような風景を思い起こさせてくれる。


「ねえねえ、くまさん 聞いてるの? ねえねえ、くまさん お返事ないの?」


 純粋な疑問が可哀そうになる。相手が人形でも動物でも、同じ言葉を解さないものに語り続けていることに変わりはない。

 それでも、絵本のような話は続いていく。


「ねえねえ、りすさん 分かってる? ねえねえ、りすさん お返事してよ」


 子どもの小さな我が儘のような調子で、お話はまだ続く。ずっと返事がないと気付きつつ、楽しそうに、幸せそうに、話は続く。

 愛良の声に悲しみも苦しみも聞き取れないことが、より一層聴く者の胸を締め付けた。


「ねえねえ、聞いて ねえねえ、聞いて」


 繰り返される無邪気な声が、耳に残った。




 全ての出演者が出番を終え、それぞれの屋敷に帰って行く。合間に話す時間もあるけれど、ゆっくり落ち着いて話すのは夕食の時間を空けた後にある夜会になる。

 私たちもオルランド邸で簡単に済ませ、迎えを待った。余裕を持って来てくれた馬車の中にいるのは友幸さん、それから頭にリボンを付けた愛良だ。


「可愛いわ。」

「曲も聴いた上でね、選んでくれたの。」


 袖や裾の膨らみも大きく、踊るには少々短い裾でも色気より愛らしさが勝る。ドレスの色ははっきりしたものであるため、活発な少女にも感じられる。

 そこへ我慢しきれなくなったラウラが抱き着いた。


「かっわいい!」


 服や髪形を崩さないように気を付けているようではあるものの、愛しさで潰してしまいそうだ。


「危ないから座ったほうが良いよ。」


 冷静な友幸さんの言葉でラウラは座り直す。揺れる馬車の中で動いてもふらつく様子一つ見せなかったけれど、万が一のこともある。外から開けられるまで座っていよう。

 改めて愛良を頭からつま先まで見ると、頭のリボンにも刺繍が施されており、靴にもリボンが付けられていた。靴は踵の上がっていないもので、幼さが強調されている。


「こんな時じゃないと着れないね。」

「あら、愛良ならいつでも可愛いわ。」

「着たいなら着たら良いよ。」


 本人は着たいわけではないようで、少々むくれている。


「どうしたの、愛良。」

「だって、友兄といつもより視線が遠いんだもん。」

「アリシア様のせいだよ、それは。だいたい、愛良は秋人となら踵上げても大して視線は近づかないんだから良いだろ。」


 背の高い子だから、小さい愛良が頑張ってもあまり変化は分からない。けれど、そう言っている友幸さんは踵の上がった靴を履いている。

 そうやって互いの服装を褒めたり観察したりしながら、夜会の会場へと向かった。


 先に待っていてくださったアリシアさんが愛良の手を取り、馬車から下ろす。


「迎えに行けなくてすまない。ああ、可愛らしいな。似合っているよ。まるでおとぎの国のお姫様だ。」


 私もラウラもそれぞれ手を借りて、会場へと案内される。既にある程度の人が集まっていて、それぞれ楽しそうに歓談を始めていた。

 その中に加わり、踊りと会話の時間を楽しんでいく。最初は当然、一緒に入場した秋人とだったけれど、次からは会場にいる様々な人と、だ。他の宗教の人もいるけれど、宗教には関心のない人も多い。

 特に興味深いのはオルランド様とたびたび話をしている、始祖教の神とされる三木一さんだ。招待客としての出席であり、どこかの貴族の女性が傍に控えている。


「一さん、お久しぶりです。」

「マリアさん。一曲、踊りませんか。」

「ええ、喜んで。」


 リージョン教の〔聖女〕と始祖教の神が一緒に踊るなんて、この場でしかあり得ないだろう。


「昼間に歌を聴かせていただいて、やはり宗教の違いなど些細なことだと感じられたのです。マリアさんとももっと深い話をさせていただきたい、と。」

「私も以前よりお話の時間を設けられないものかと思っておりました。オルランド様から話を聞くことはなくとも、会っていることは知っておりましたから。」


 互いに親しくなろうという気持ちはある。けれど信者たちの中には互いを敵視する人もいる。彼らを刺激しないよう、付き合い方は慎重に深める必要がある。


「実は今回、僕から是非出席させてほしいと頼んだのです。この事業に関心があったのはもちろんなのですが、マリアさんが参加すると耳にしたものですから。」


 ゆったり踊りながら、深い話をできないまま、曲が終わった。


「これからもまた、機会があればお願いします。」

「ええ。私も楽しいにしております。」


 一さんと別れて、次の相手から誘われる。風見侯爵家の第三子、風見京平さんだ。


「またお会いできて光栄です。相変わらずお美しい。まるで女神ですね。」

「ありがとう。〔聖女〕だけれど。」


 踊っている間、彼はたくさん褒めてくださった。綺麗だとか、神秘さが感じられるとか。


「こんなに心が惹きつけられたのは貴女が初めてなのです。こういった機会にしか、お会いできないのが寂しくてなりません。」

「互いに忙しいものね。」


 教会に会いに来ていただけるなら会いやすいが、それでも多くの信者の方が来られるため、一人当たりの時間は短くなってしまう。一人の人と個人的な話をすることはあまりなく、〔聖女〕としての対応になる。


「毎日会う方法というのもございますよ。」

「あら、どんなものなのかしら。」

「結婚してしまえば良いのですよ。」


 信じられない提案だ。そこまで親しくしていたつもりはなかったのだけれど、この先もずっと共に生きていたいと思っていただけていたのか。ただし、私がただのマリアとしての時間を彼と過ごしたいかと聞かれると、それは違う。


「お言葉は嬉しいのだけれど、お断りさせていただくわ。」

「何か問題がおありなら、解決させていただきますよ。」


 人の想いは在り難い。だからこそ、同じ想いを返せないことに心苦しくなる。


「そういうわけではないの。ただ、私は同じ想いを返せないから申し訳ないわ。」

「同じ屋敷で生活していれば、互いの距離は近づいて行くものですよ。」


 曲が終わっても言葉の攻防は続くが、ほぼ一方的に執拗な賛辞を聞かされていた。そこへ、一さんが声をかけてくださった。


「マリアさん、お話ししたいのですが、よろしいですか。」

「ええ、もちろんです。では、失礼するわ。」


 その場を離れ、飲み物を片手に静かな語らいの時間に移る。


「先ほどはありがとうございます、一さん。」

「いいえ。リージョン教と始祖教の交流について話したいと思っただけですよ。そちらの精霊や〔聖女〕〔聖人〕の話なら、始祖教の信者の方々でも受け入れやすいのではないかと思ったものですから。」


 互いの教義で相容れないのは、主に神や死生に関する部分だ。リージョン教では人に干渉しない〔名も無き神〕が世界を見守っておられるとし、人は死ねば死者の世界に誘われるとする。一方、始祖教では、神は何度も記憶を無くして生まれ変わり、何度でも人を直接その手で導く。神に死というものが存在するか否かなど、対立する点は多い。

 しかし、どちらも人々が生きていくために、自分たちが何かをしようという気持ちがある。神の救いを座して待つなどしない。


「ええ。互いの教義を知ることは、争いを減らすことに繋がるでしょう。私も始祖教の教えには興味があるわ。」

「ですが、いきなり会って話しては口論に繋がる懸念もあります。」

「まずは受け入れられやすい部分から、ですね。」


 自分の信じるもの以外受け入れられず、対立する信仰を攻撃することもまた罪だ。私たちが手を差し伸べることで、その罪を犯さないようできるのなら、私は手を差し伸べたい。他の信仰もまた、神の愛する人が作り上げたものなのだと。

 始祖教は生まれ変わった神に人が教育を施していくこともあるという。私の感覚ではそれは神と呼べるものではないが、彼らはそれを神として信仰する。何も知らないそれに、神という名を付けているのだ。


「どちらの教えも争いを好まないことは同じです。私たちの聖地には、そういった文言が含まれた石碑が建てられているのですよ。」


 相手の思想を信じる必要はない。異なる考えを持つ人間の全てを神は愛されているのだから、ただ受け入れるだけで良い。


「なぜ、人は神を求めるのでしょう。」

「助けてほしいからでしょうか。迷ってしまった時に、自分を導く強い存在がいてほしい。私の周りには、そういった人が多いように感じます。」


 始祖教では神がそういったものとして定義されている。そして、全ての決定権を愛良と同い年の一さんに委ねている。


「私は心の拠り所として欲しているのではないかと思うのです。始祖教では神が導く存在だと信じられていても、リージョン教ではただ見守る存在です。人を愛し、罪を赦す。その手で導くことこそされませんが、ただ見守ってくださって、赦してくださっているということが、この心に勇気と優しさをくれるのです。」

「リージョン教ではオルランドさんが導いていらっしゃいますね。」


 オルランド様は諸島部におけるリージョン教の中心だ。大陸になればまた変わって来るが、オルランド様ほど教皇は人々に近くあったようには思えない。私の住んだソンブラ村では、教皇の話など出た記憶すらないくらいだ。帝都ではまた違ったのだろうか。


「ええ。多くの人々にとっては、詳しい教義や〔名も無き神〕よりも、オルランド様が心を砕いて傍に在ってくださるということのほうが、大切なようです。」

「そんなものですよ。僕を神と敬う人の中には、ただ神という名の人形でいてほしいだけのような人だって大勢いますから。ただ座って、自分たちの正しさを認めるだけの存在ですよ。」


 神と〔聖女〕という違いはあるけれど、人々にそういったどこか人間とは異なる部分を持つものとして求められる私たちは、今まで私が意識しなかった感情も共有できた。一さんとの会話は、なぜ私がただのマリアとして在ることを望んだのか、教えてくれた。


「神という名の人形、ですか。私も以前は〔聖女〕という名の人形になろうとしていたのかもしれません。」

「そうではない部分を見てくれる人もいるでしょう。そういった人との付き合いは、この先ずっと続けていきたいものです。」


 ただのマリアの知り合いも、もう随分増えている。その中で特別に長い時を過ごしたいと感じる人までできてしまった。


「ええ、そうですね。この世界で、共にいたいと思える人が、私にもおります。」

「互いに独りではないようですね。少し話し過ぎたでしょうか。僕たちがあまり急に親密にし過ぎるのも、信者たちの心に波風を立ててしまいかねませんね。」

「私たちが争いの火種にはなりたくありませんね。では、またの機会を楽しみにしています。」


 貴重な時間を得て、夜会は終わりに近づいていた。


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