新曲試聴
〔聖女〕としての活動を続けながら、愛良の曲の完成を楽しみに待っていると、アリシアさんから連絡が入った。提示された日付から都合のつく日を選び、ラウラと二人でサントス邸へ向かう。
「いらっしゃい。先にお茶にするか、曲を聴くか、どっちが良いかしら。」
「曲を聴かせてほしいわ。とっても気になって、お話に集中できそうにないもの。」
「そうね、なら音楽室に行きましょう。」
案内しつつ、アリシアさんは説明をしてくださる。
「第三回公演で披露できる曲は三曲よ。だけど今日は十曲ほど用意してくれているわ。その中からどれにするか四人で選びましょう。」
「楽しみね。」
「ええ、私も聴いていないの。」
弾む足を抑えつつ、愛良の待つ音楽室に入って行く。
「いらっしゃい!座って、座って。さっそく聴いて。」
「ええ、お願い。」
用意された椅子に腰かけ、ピアノに手を伸ばす愛良を眺める。
「最初は、ラウラの曲の一つ目ね。」
仄暗い雰囲気で、ラウラの語った食べる物にも困った時代のことが歌われる。基本的に可愛い愛良の声にも、苦痛や悲哀を乗り越えた強さが感じられた。
「ラウラが歌ったらもっと格好よくなると思うよ。次は二つ目ね。」
今度はラウラが私と出会った時のことだ。月の精霊と同じ名が与えられて、世界が開いたと。愛良もリージョン教について学んでくれたのだろう。月の精霊ラウラに用いられる形容が生かされている。
闇から生まれた夜に残る光、規律と静謐の時間に漂う希望。当時の私に感じられた、私の願いも込めたその名の意味が、ラウラの口で歌われることになる。
私はラウラの曲として、これを歌ってほしい。
「次はマリアの曲ね。」
私の曲としても二つ歌ってくれる。ラウラが私の父を殺した話から、異なる曲を作り上げてくれた。〔聖女〕として赦し、父の死を悼むことに主眼が置かれたもの。それから、父と同時に失った心の欠片が、ラウラを赦し、妹にしたことで取り戻されることに注目したものと。一つの話から、異なる雰囲気のものを作ってくれるなんて、思っていなかった。
「アリシアの曲もあるんだ。」
それぞれ異なる雰囲気で二種類ずつ用意してくれているようだ。
重苦しいほどのアリシアさんの話を、真摯な想いに変えて歌っている。この背で貴方の人生を背負おう、この手で貴方を守ろう、この身を貴方に捧げよう。熱烈な愛の告白に聞こえる、情熱的な曲に仕上がっていた。
二曲目は打って変わって、暗さを感じる愛になっている。この身が血で塗れても、この手を血が穢しても、と。
「私の曲も作ってみたんだけど、いるかな?」
「いるよ!」
「私も聴きたいわ。」
それなら、と演奏を始めてくれる。愛良の話は聞いていないため、どのような出来事をどのように受け止め、それを曲という形に入れたのか興味深い。
一曲目は明るい可愛いものだ。初めの詩を聞けば、家族を知らなかった、いないと聞いていたという暗い内容だが、歌っている雰囲気にも悲壮感はない。お兄ちゃんだけが迎えに来てくれた、初めて今の自分を見つけてくれた、と心の底からの喜びを伝えてくれる。お兄さんのことが大好きなのだと伝わって来る。これは是非、お兄さんに聞かせてあげてほしい。
二曲目は静かに、話すように歌い始めてくれる。誰かと会話しているように、人形と幻想の友情を築いている。ねえねえ、くまさん、ねえねえ、りすさん、とあどけない声を上げている。その声には悲しみも苦しみも込められていないのに、無邪気な幼い声が、悲痛な響きに聞こえてしまう。
「あと、これは、あんまりよくないかもとは思ったんだけど、作りたくなったんだ。翡翠と翡翠って同じ字を書くでしょ?だからね、アリシアも友兄もお兄ちゃんも隠しなさいって言うけど、具体的な名前を挙げないからいいかなって。」
「聴いてみるわ。外に出しても危険がないかは、私が判断する。」
愛良の曲の三つ目。閉ざされた白の世界を訪れる鳥、その世界から連れ出す宝石。虚空に消え去る翡翠の声、虚無を消し去る翡翠の瞳。そうやって歌われていく声は静かな悲しみと喜びを伝えてくれる。
私にはそれが何を隠しているのか、どんな危険を呼び込むのか分からない。けれど、隠さなければならない誰かのことを歌っているのだろう。
「私は好きだわ、この曲。ここから事実に辿り着くことも困難だと思うわ。だから、候補の一つとして、入れても良い。」
アリシアさんの言葉に愛良は安堵を示し、他にも曲を披露していってくれた。二人や三人で歌うものや、もちろん四人で歌うものも。
全てに愛良の想いが込められ、全てが何らかの力を持っていた。この中からたった三つを選び出すのか。
「先に私から言わせてもらうわね。文化交流事業の一環と銘打っているこれは、理論や理屈で納得させ、利点を訴えるものではないわ。人の心を打つものが、人を動かすの。だから、それぞれが魅力的だと感じたものを選んでほしい。」
言われなくてもそうするつもりだった。私が歌い、伝えるものだけではなくて、ラウラやアリシア、もちろん愛良に歌ってほしいと特に感じられたものがあった。
それはラウラも同じで、高揚する心を隠しきれずに話を始める。
「月の精霊の曲があったでしょ。マリアから聞いたことももちろん嬉しかったけど、マリアはそういうつもりで私にラウラって名前を付けてくれたんだってのがより深く感じられて、付けてくれた時の嬉しさがより強くなった気がしたんだ。もちろん、他の人の前で歌うならそれだけじゃ駄目なのは分かるけど、マリアの思いと、私の喜びをそこに込められたら良いなって思ったの。」
愛良に伝える時、ラウラにも伝えられた。成長を祈ったことも、その時のラウラの瞳が暗く見えていたことも。それを知って、ラウラも歌いたいと願ってくれた。
「私もラウラに歌ってほしいと思ったわ。自分の想いや願いを受け止めてもらえればとても嬉しいもの。歌うのはラウラ一人でも、私はずっと一緒にいると感じられるの。」
「そうね。文化的な意味でも、他の宗教にそんな素晴らしいお話が、と感じてもらえると思うわ。と、私の注意を私が守れていなかったわね。」
アリシアさんが自分の言葉を思い返し、それに続いて私も曲についての感想を述べた。
「私は一曲目も、それだけの苦境を乗り越えて、人はこうして生きていけると伝えられる気もするの。」
「うんうん。私も、私じゃなくてラウラが歌えば、辛い中でも一人で生きていく強さみたいなものがもっと出ると思うんだ。だけど、これはラウラが歌いたいって気持ちを一番に優先したい。」
「なら、今回は月の精霊のほうにしましょうか。」
どちらの曲も素敵だった。第三回公演のために片方だけを選んだけれど、もっと時間を作って、もっと歌う機会があれば、ラウラにどちらも歌ってもらえる。
次は私の曲、アリシアさんの曲と選んでいく。しかし、愛良の曲を選ぼうとした時、愛良自身から提案があった。
「私は三曲とも演奏するから、中心で歌う曲なくてもいいかなって思ってるの。他の機会でもいいし、文化交流なら、色んな人が歌うほうがいいでしょ?私が弾いて、私が歌うんじゃ、あんまり交流できてる気がしないから。」
「あら、私は、ねえねえ、聞いて、と言っている歌をぜひ歌ってほしいと思ったわ。」
「私は最後の翡翠、翡翠、のほうも素晴らしいと感じたわ。周辺の世界を知って、争いを無くそうという趣旨にとても沿っているわ。」
ラウラもどれとは選び難いようだけれど、歌ってほしいという思いを伝える。だけど、歌えるのは三曲だけ。どれかを外さなければならない。
迷いに迷って、アリシアさんが一つ目の結論を出す。
「マリアとラウラの曲は外せないわ。私か愛良の曲を選ぶことになる。歌わなくても文化交流事業に私は深く関わっていて、当日出席することも確定しているわ。そして、前回や前々回で〔シキ〕として参加したとしても、サントス王女アリシアという関わり方になるとは分かった。それなら、アリシアの抱える愛良が人々を繋げる、という形にしたいの。」
ここで愛良の曲の三つのうち一つを選ぶことになった。
「私やマリアの曲と違う雰囲気のものが良いよね。ってところを考えると、すっごく可愛い、幼い雰囲気もある、ねえねえ、くまさん、って言ってるもののほうが良いかな。」
「そうね。愛良もマリアもそれで良いかしら。」
曲が決まれば練習だ。愛良から楽譜をもらい、今度はそれを見つつ聴いていく。今日は旋律を覚えて、後は各自練習になる。
「また来てね。」
「ええ、今日はありがとう。」
「私なら一週間前とか、何なら二、三日前でも時間空けられるから。」
楽譜はあるけれど、曲の雰囲気や思いを確かめるために、愛良の伴奏を求められる。
「心強いわ。何かあったら頼むわね。」
「何もなくてもたまには会おうよ。」
「時間ができたらね。」
私は人に会う時間を取れる。だけどラウラは最近、私の護衛とは別に忙しそうにしている。聖騎士が私の身を守るためだけのものではないと理解しているけれど、この前のように危ないことはしていないかも気にかかる。
愛良と別れて馬車に乗り込む。今日はラウラも妹として訪ねており、御者台ではなく一緒に乗ってくれたため、問いかけられる。
「ねえ、最近ラウラは何をしているの?なんだか忙しそうね。」
「ん?まあ、色々と。傍にいることだけが守ることじゃないって分かってるからね。」
「あんまり危ないことはしないでほしいわ。私はラウラにも傷ついてほしくないもの。」
「聖騎士だから多少は危ないこともあるよ。だけど、私なら大丈夫。強いんだから。」
守ることが仕事。だから戦うこともある。それは理解していても、私はその身の心配を止められなかった。
「ええ、信じているわ。信じているけれど、怪我なく帰って来てほしいといつも思っているの。」
「ありがとう。ちゃんと元気な姿を見せられるようにしないとね。」
こうして笑ってくれるから、忙しそうにしていても止めずに、送り出している。せめて温かく迎え入れることは続けたい。心配ではなく、帰って来た安堵と喜びを一番に伝えられるようにしようと、その手を取った。
「待っているわ。無事にラウラが帰って来ることを祈りながら。」