偽りの剣舞
煌びやかな時間を切り裂いた銃声を辿れば、肩を紅く染めた友幸が拘束されていた。両手を後ろに回され、銃を突きつけられている。
「さあ、みなさん。美しい剣舞を間近でもう一度見たいと思いませんか!」
音楽は止み、踊っていた人々も動きを止める。また別の人間が銃を片手に、会場の中央から人を除けていく。
「あの姫将軍と名高い王女の見せる、麗しい剣舞を、披露していただきたいと思いませんか!」
狙いは私か。剣舞を見たいだけならこのような方法を取る必要はない。何か他に目的があるはずだ。
「あ、アリシア王女殿下。誠に、申し訳ありません。あの男は、共に剣舞を披露した……」
顔面蒼白の龍二。連帯責任を問われる可能性も、最悪共犯を疑われる可能性もあるからだろう。
「姫将軍アリシア!良いのですか、貴女の大切な人がどうなっても!」
武器の類は持ち込めないよう確認されているはずだ。どうやって持ち込んだのだろう。
「ああ、なんて冷たいお人なのでしょうか!」
二発目。腕に銃弾が撃ち込まれた。しかし、友幸は声一つ上げない。相手の思惑に乗るべきではないと分かっているのだろう。それは私も同じだが、黙っていれば奴がさらに攻撃を加えていくことと想像に難くない。
これ以上友幸を傷つけさせまいと、進む足を止められなかった。
「いけません!」
悲鳴のような友幸の制止の声。致命傷は避けられている。まだ叫ぶ体力も残っている。早々に片付けなければならない。血を流して、友幸の体力が尽きる前に。
どこから持ち込んだのか、剣を捧げる女から受け取り、人混みから進み出る男と対峙する。
「名は何という。」
返事の代わりに寄越されたのは銃声。私の左肩も熱くなる。そうか、奴らに美しい剣舞などする気はないのだ。
勢いをつけて男へと斬りかかる。対する男は剣で受け止め、銃でこちらに狙いをつける。距離を取れば、剣しか持たない私が不利だろう。しかし、この場には護衛もいる。友幸が人質に取られているため満足に動けていないが、その解消のために行動を始めているはずだ。私は奴らの目を集めれば良い。
射線を躱し、大げさな動きで相手に斬りかかる。受け止められ、再び斬りかかり。それを何度も繰り返せば、友幸は保護さえ、奴らも捕らえられていく。
ついに私が対峙する男も拘束された。似合わない紅に体の一部を染めた友幸を迎えに行けば、座り込んだまま手を伸ばされる。
「もう大丈夫だ。」
傷に響かないよう軽く頭を抱き締める。先に帰したいところだが、一人にするのも不安だ。私は主催ではなくとも先に帰るわけにもいかない立場である。そう私自身は判断したのだが、そうは考えない者に口を挟まれる。
「サントス王女アリシア様、友幸様をお送りできますか。本来であればアリシア様にもこちらから護衛を出すべきですが、人手が足りないのです。」
「ああ。一度帰還し、戻って来よう。」
「いいえ、これは皇国の問題です。犯人の狙いが定かでない以上、アリシア王女をこれ以上危険に晒すわけにも参りません。事態が解決し次第、連絡を入れさせていただきます。」
こう言われては従わざるを得ない。むしろありがたい発言で、友幸の傍を離れることなく容態を知ることもできる。
「迅速な解決を祈っている。」
愛良と秋人を回収し、馬車に戻る。友幸の傷も深くなく、近くの警備兵が止血を行ってくれたおかげで出血も抑えられていた。見た限り愛良にも傷はない。
「無事で何よりだわ、愛良。」
「うん、秋人が危ないからって端のほうに連れてってくれたの。でも、友兄とアリシアは怪我してる。」
今日の任務は愛良の護衛だった。それを最優先するよう指示していたため、その判断は正解だ。友幸のことは私自身が守るつもりで、私のことは守ってもらう必要がないと判断したからだ。
「帰ったらお医者様を呼ぶわ。大丈夫、安静にしていればきちんと治る怪我よ。だからそんな顔しないで頂戴。」
心配そうな、不安そうな表情をしている。周りがそうしていると本人はもっと不安になってしまう。だから愛良にそう言ったのだけれど、その意図が友幸には伝わらなかった。
「アリシア様から見たら大したことのない怪我なのでしょうね。如何ですか、守ると豪語しておきながら巻き込んだ気分は。」
「友兄!それはダメだと思うよ、私は。」
「良いのよ、愛良。当然の報いだもの。」
その身を危険に晒し、痛い思いをさせている。守るという約束を破った。私の傍に置くことで安全を確保しようとした結果、巻き込んだ。穂波宰相は犯人の狙いが分からないと言ったが、私を指名した以上、その狙いが私であることは明らかだ。私に何をさせたかったのかは不明だが、私が友幸を傍に置いたせいで、今のような怪我を負わせたことは確かだ。
「でも、アリシアは友兄を守るために戦ったんだよ。」
「話は後にしましょう。今は余計な体力を使わせるべきではないわ。」
屋敷に着けば、馬車を操らせていた秋人が手を貸して下ろしてくれようとする。
「至急医師を呼んで頂戴。」
「了解。」
最速で医師を呼ばせるなら、秋人に馬で駆けさせるべきだ。医師を同乗させて来ることも可能なはず。呼ばれる医師には悪いが、ゆっくり馬車で呼んでいる余裕などこちらにはないのだから。
「友幸、傷口の具合はどうかしら。」
血は滲んでいるものの、こちらを睨みつけているため、意識ははっきりしているようだ。
「ねえアリシア、大丈夫なんだよね?」
「ええ。愛良、しばらく一人でいられるかしら。怖いなら私の部屋で待っていても良いわ。」
私一人で愛良まで相手する余裕はない。今、より支えを必要としているのは、私を睨みながら震える手でドレスを握ってくる友幸のほうだ。
「自分の部屋にいるね。」
「悪いわね。」
足音で愛良が離れたことを確認し、怪我をしているにも関わらず力の入った手を撫でる。
「肩を貸そう。立てるか。ああ、怪我をしていない側に体重をかけるんだ。」
頷きはするが、立とうとする様子はない。これは無理そうだ。私も怪我をしているが、一発掠めただけであるため、今は痛みもさほどない。部屋まで程度なら抱えて連れて行けるだろう。
「痛いほうの腕は楽にしてくれ。痛くないほうを私に回して。そう、連れて行くから、大人しくしているんだ。」
黙って従う友幸を連れて行く。侍従が代わろうとしてくれるが、余計な振動は与えるべきでない。その代わり、血で汚れているため、濡れたタオルと着替えを用意させる。
止血の布は外さずに、寝台に横たえた途端意識を失った彼の衣服を緩めていく。
「アリシア様もお休みください。」
「私は平気だ。医師の診察を受けてからで良い。」
呼吸も脈もある。極度の緊張から解放されて、眠っただけだろう。
その場で待機するが、やけに時間の進みが遅く感じられた。まだか、まだか、と時を過ごし、よくやく息を切らせた医師を連れた秋人が戻って来る。
「治療を頼む。」
呼吸を整えつつ、私たちは部屋を出た。
「アリシアさん、なんで着替えてねえの。」
「余裕がなかった。」
傍にいたとて何ができるわけでもないというのに、呼吸と脈が途絶えないことを確認し続けていた。あの程度の怪我で死ぬことはないと思いながら、眠っているだけだと自分に言い聞かせていた。
「愛良は?」
「部屋に戻した。不安がっていてな。傍にいてやれ。」
そう思うなら一人で部屋に戻すなという話だが、少しの時間なら耐えられるだろう。
「アリシアさんもちゃんと治療しろよ。愛良はアリシアさんのことも心配する。」
「ああ、分かっているよ。」
主人に対する物言いではないが、それを指摘するのも今更だろう。その背を見送り、何もできずに治療の終わりを待った。
自分の治療もしてもらい、静かに眠る友幸の寝台に腰かける。治療の後にも侍従が清めてくれたため、痛々しい血の跡もない。しかし、その体にまた傷を増やしてしまった。
いったい何のために、このようなことがされたのだろう。文化交流事業公演の夜会において、私を名指しで目立たせ、そのために夜会のたびに連れ回している友幸に傷をつけた。文化交流事業の障害となる事件であり、サントス王女の抱える者に手を出した点で、外交問題にもなりかねない。愛良のように雇っている者ではなく、現状伴侶に近い扱いをしている相手だ。穏便に済むと楽観視できるものだろうか。
夜会などに愛人を連れて来る貴族はほぼいない。そして私は未婚だ。正式な伴侶に平民を選ぶ者もほぼいないが、礼儀作法や知識面が十分なら問題視もされることはない。伴侶としてしまえば、抗議もしやすくなる。王位継承権を持たない私なら、相手が一人でも伴侶として迎えることが可能だ。剥奪の経緯を考えれば、二人迎えたとして、私の子に王位継承権は与えられない可能性も高い。
次の手紙では具体的に母に伝えてみよう。成果の報告と共に、私たちの責任について。
「う……」
目が覚めたか。焦点も合わないまま、体を起こそうとしている。
「寝ていろ。今は鎮痛剤が効いているが、無理をすれば悪化する。」
私も医師から同じことを言われているが、私は激しく動かさなければ問題ない程度の怪我しかしていない。
周囲を見渡し、現状の把握に努めている。自分の寝室であることは見れば分かるか。
「事件は穂波宰相に任せている。詳細を追って知らせてくれるそうだ。」
「ええ。あの、アリシア様はなぜここに?」
私の屋敷だ。どこにいようとも不思議はないだろう。
「謝罪のためだ。私は守るという約束を破った。まさかあれほど強引な手段を取る者がいるとは思わず、油断していた。そんな気の緩みで、怪我をさせてしまった。すまない。」
「別に。出ずに時間を稼げば十分だったでしょう。」
ヒールで拘束する男の足を踏みつけてくれるだけで、友幸の救出は容易になっただろう。しかし、そのような状況を想定したことのないだろう人間に要求するのは酷だ。
「相手が短気な人間であれば、より多くの銃弾をその身に受けることになっただろうな。」
殺してしまっても構わないと思う人間だったかもしれない。人質としての価値は生きているからこそあるが、目的によってはそのまま殺害でも十分だった可能性がある。
「なぜ、出たのですか。」
「あの時点で既に二発撃たれていただろう。それ以上の怪我を負わせないためだ。私がさっさと相手を打ち負かすか気を逸らすことで、救助の迅速にさせたかった。」
夜会の時の私は友幸のことを最優先にした動きではなかった。かといって、王女として満点の行動でもなかった。中途半端なことをしてしまった。しかし、それを暴露した私の言葉に、友幸は満足したように笑う。
「そうですか。王女としては、動くべきではありませんでしたね。」
「ああ、そうだな。私はじっとしているのが苦手なようだ。」
サントスにいた頃もそうだった。次期女王が前線に立つな、その身を危険に晒すなと言われたものだ。紙の上で自国の犠牲の数を減らし、人の命を天秤にかけることが、その務めだった。しかし私は当初、他の兵と同じように戦場に出た。
「動かなければアリシア様が怪我をすることはなかったでしょうね。」
「私の怪我程度、どうということはない。」
日常生活に支障をきたさない程度の怪我だ。何を考えているか分からない相手でも、殺されるような真似はしない。警備兵たちもみな敵になっていたのなら別だが、そうでないなら致命傷を避ける程度できただろう。
そっと、指先で服の裾をつままれる。
「アリシア様は休まないのですか。」
「君が眠ったら私も休むとしよう。」
無防備に目を閉じ、力を抜いた。
「ゆっくり休むと良い。」
返事はなかったが、なぜかその場を離れる気にはなれなかった。