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シキ  作者: 現野翔子
銀朱の章
142/192

第二回文化交流公演

 今回の衣装は私もドレスだ。愛良の作った曲の一つに合わせてもらった物で、このために新しく仕立てさせた。

 そのドレスを身に纏い、私たちは舞台に立つ。前回より参加数が増え、一団体当たりの時間が減ったことは文化交流事業の進展を実感できる。次回における回数日数の拡大も視野にいれて良いかもしれない。


 愛良は友幸から聞いた話を上手に一曲にまとめ、愛良らしい可愛らしさと、私に似合うように考えた力強さを同居させてくれている。贈る側の愛情も、贈られる側の喜びも、その言葉と旋律に込められている。あとは私がそれを表現するよう重ねた努力の成果を聴かせるだけだ。

 その民話だけでなく、何気ない会話からも情報を得たのか、私のことを好意的に解釈したような、この季節に合う曲も用意してくれた。私自身が愛良を助けたわけではないのに、何があろうとも必ず助けると言い切る強さに満ち溢れた曲だ。

 最後は冬の夜を共に過ごそうと言う歌だ。暗く寒い夜を、私たちが温めてあげるという愛良の優しい気持ちがよく感じ取れる。歌っていても、聴いていても心が温まる。練習時より、愛良の言葉に深みが増している気がするのは気のせいだろうか。


 これらの選曲には友幸も力を貸してくれた。雪の降るような寒い季節の開催であるため、心の温まる曲を、熱くなる曲を、そのためにはどのような順番で、と考えてくれたのだ。


 他の出演者にも同じ考えの持ち主がいたのか、はたまた私がそれを意識して見ていたせいなのか分からないが、寒さを切り裂く強さを持った剣舞を見せてくれた団体もあった。




 全ての団体の出番が終われば、少し時間を空けて夜会となる。


「秋人、片時も愛良から目を離さないで。」

「前回のようなことは起こさせません。」


 夏の文化交流事業の初回公演では愛良自ら休憩室に向かい、無謀な行動を取ったことも原因の一つではあるが、その身を守るのが護衛の仕事だ。私を守ってもらう必要はないが、愛良にはその身を守る者が必要となる。

 愛良を秋人に任せ、私が最初に踊る相手は当然友幸だ。


「さあ、行くわよ。」

「お手をどうぞ、アリシア様。」


 いつもより上にある目を見れば、軽やかにホールの真ん中まで誘われる。毎回最初に目立つ場所で踊ることの意味を、彼は分かっているのだろうか。


「私も秋人が愛良ばかり見ていれば良いように、貴方ばかり見られると良いのだけれど。そうはいかないのが残念だわ。」

「お戯れを。アリシア様には見るべき相手が大勢いらっしゃるでしょう。」


 こうして最初に踊ることで、私の者だと示し、余計な手出しを抑えている。しかし、愛良とラウラが狙われた時のようなことがあれば、気付けない可能性もある。警備がいるとはいえ、死角がないわけではない。より確実に守るなら、私の傍に置いておくべきだ。


「そうね。踊る相手には注意して頂戴。会場から出る時は必ず私に声をかけるのよ。」

「愛良ではないのですから、そこまでご心配頂くことはありません。」


 もう何度も夜会には参加している。その度このように忠告しているため、未だ友幸はそこまで危険な目には遭っていない。手を握られて不快そうにしていたくらいだ。

 今は完璧な貴公子の笑みだ。周囲の人とぶつからないよう気を配り、私からの注意を聞いている。その笑みの仮面が一瞬剥がれ、安心したように息を吐いた。


「何が見えたのかしら。」

「えっ、いや、何でもありません。」


 仮面を被り直すが、視線の先を辿れば誰かを見ていたと分かる。


「隠すことはないわ。誰がいたのかしら。」


 何組も見えるため、相手を特定することは困難だ。そちらの方向に愛良と秋人は向かっていなかったため、彼らではないことは確かだが、そうなると推測するのも難しい。


「弘樹様と桃子様が、本日はお越しなのかと。」


 楽しそうに踊っている二人が見える。私たちより周縁部ではあるが、目立つ場所であることには変わりない。今回はマリアが不在のため、参加したのだろうか。それとも、定期開催であると決定された影響で、島口伯爵家から参加することになったのだろうか。


「踊り終わったら話しに行くわ。私も聞きたいことがあるの。」



 白い肌を愛らしく彩るドレスに身を包んだ桃子が近づく私たちに気付き、礼をしてくれる。それに応えれば、他より気を抜いた会話の開始だ。


「よくお似合いよ、桃子。」

「ありがとうございます。アリシア様もとてもお綺麗ですわ。お歌も聴いていてどきどきしてしまうくらい素敵でした。」

「愛良のおかげよ。また後で話してあげて頂戴。」


 そう話している間も、弘樹は桃子を抱き寄せたままで、他に誘う隙を与えていない。これほど美しければ心配にもなるか。見た目ほどか弱い話しぶりではなく、仮にも伯爵家の出身ならある程度自力で対処できるとは思うが、散々友幸に注意していた私に言えたことではない。

 曲の区切りで私から誘わせてもらう。


「弘樹、一曲お相手いただけるかしら。」

「お誘いは嬉しいのですが……」


 視線は桃子に向かう。一人にするつもりはない、と。踊っている人を誘う馬鹿はさすがにいないため、これは友幸に相手をしてもらうだけで十分だ。そう桃子と友幸に視線を向けると、桃子は私の意図を汲み取ってくれた。


「私は友幸様と踊りたく思います。アリシア様、よろしいですか。」

「ええ、もちろんよ。桃子、友幸をお願いね。」


 弘樹の反論を許さないまま、桃子は意外なほど素早く友幸の手を取って、踊りに行く。


「では、私たちも行きましょう。エスコート、お願いできるかしら。」


 その言葉に従ってはくれるものの、視線は桃子の背を追ったままだ。他を見たまま踊りに向かうなど、器用なことだ。


「とても仲がよろしいのね。」

「失礼しました。無防備なところがありますので少々心配で。」


 少々どころではないように見えるが、取り繕う程度の余裕はあるようだ。桃子は楽しそうに踊っており、友幸も私と踊っている時ほど完璧な仮面を被ってはいない。


「羨ましいわ。私は友幸にまだ警戒されているようだから。どうやったらそんなに親密になれるのか教えていただけるかしら。」

「友幸様は警戒心の強いお方ですから。仕方のない部分もあるでしょう。」


 時間をかけるしかないということか。確実にこの手に留めるためには根気が必要なようだ。


「うっかり焦ってしまいそうだわ。目を離せば、私から離れて行ってしまいそうな気までしてくるのだもの。」

「その心配は必要ないかと。」

「あら、どうして?」

「臆病な方でもありますのでアリシア様に直接何かを言うことはできないかもしれませんが、寂しがりでもあられますから。これほど想ってくださるアリシア様から、ご自分から離れようとはされないでしょう。今も、こちらを気にかけておいでです。」


 私と目が合えばすぐ逸らされてしまう。しかし、そのまま見続けていれば、また私に視線は戻ってくる。


「ええ、本当ね。踊っている時は私をあまり見てくれないのだけれど。」

「アリシア様がお綺麗すぎて直視できないのかもしれませんね。」


 完全な世辞だ。一瞬だけこちらを見て微笑むが、弘樹の視線の大半は桃子が独占している。世辞を言うにしても、もう少し取り繕おうとは思わないらしい。


「思ってもみないことをよく言うわ。好まない夜会に連れ出している私を見る気がしないのよ、きっと。」

「お綺麗だというのは本当ですよ。」


 私を慰めることも言わない。取り入ろうという意思が感じられない点には好感を持てるが、私は友幸と親密になる方法を聞いている。


「夜会を好まないのは理解しているのよ、私も。楽しむためのものではないもの。後で埋め合わせはしているのだけれど。貴方は何かしているのかしら。」

「むしろ桃子に説得されて出席しているくらいですから。俺のほうが夜会は好んでいません。」


 参考にならないようだ。貴族の令息なら夜会の必要性も分かっているだろうに。


「情報を入れるには有効よ。」

「ええ、それは理解しておりますが。他に目を移されてしまいそうで。アリシア様も似たようなことをおっしゃっていたではありませんか。」


 離れて行ってしまう不安。それを指しているのだろう。だからといって出席したくないと言うほどのことではない。出席した上でそれを解消する方法を見つければ良いだけの話だ。


「それで、友幸と親しくなる方法は教えていただけないのかしら。」

「さあ、俺には分かりかねます。」


 使えない。私に力を貸す気がないだけか。曲の区切りで踊りを止め、それぞれのパートナーを迎える。


「桃子とのダンスは如何だったかしら。随分楽しそうだったわね。」

「ええ、とても良いお話を聞かせていただきました。アリシア様も、良いお話をされていたようで。」


 また笑みの仮面を被っている。このまま話すか、連れ出してしまいたいところだが、そういうわけにもいかない。本日の出演者との交流が待っている。弘樹が桃子を心配だというなら、彼らに友幸を預ければ、私の意を汲んでくれるだろうか。


「しばらくお二人に友幸を頼んでも良いかしら。私はまだ話す相手が多くて。」

「ええ、構いませんよ。ゆっくり話したい相手がこちらにもおりますから。」


 踊らずとも会話はできる。しかし、私は文化交流事業公演の主演者であると同時に招待した側でもある。他の出演者たちとの交流も欠かせない。


「ありがとう。頼んだわ。」


 その場を離れ、他の出演者と踊っていく。文化交流事業に関わる貴族たちとは他の夜会でも会い、会議でも話す機会はある。余裕があればそちらと話しても良いが、互いに後回しになることは了承済みだ。



「アリシア王女殿下、一曲お相手していただけないでしょうか。」


 酷く緊張した様子の青年。剣術を披露していた団体の一人だ。


「ええ、喜んで。お名前を伺ってもよろしいかしら。」

「え、あ、はい。失礼いたしました。いずみ龍二りゅうじと申します。」

「ありがとう、龍二。エスコートをお願いするわ。」


 ぎこちない動作だが、平民ならこんなものだろう。むしろ踊れることに感心する。だが、まずは緊張を和らげるために、彼のことから聞いていこう。


「とても素敵な剣舞だったわ。どこで活動していらしたのかしら。」

「は、はい。水津侯爵家領にて、技を磨かせていただいておりました。」


 水津侯爵家とは縁が薄い。皇太子を狙う令嬢の件で、ラウラと愛良が巻き込まれた程度だ。誘拐先から判明したその令嬢が罰せられたという情報が入っているが、特別関わることにもなっていない。

 文化交流事業にも深く関わってはいないが、一部出演者として自分の領地の平民を推してきた。


「そうなの。出演感謝するわ。良ければ、出演すると決めた理由を聞かせてくれないかしら。」

「水津侯爵家に仕えさせていただいておりますので、そのご縁でお誘いいただきました。」


 この事業の有用性を感じてくれる貴族が多いのは歓迎できる事態だ。身近な者からでも、最初は構わない。


「嬉しいわ。そうやって各地の結びつきを深めることも目的の一つだもの。」

「はい、それで、その。」


 言い淀む龍二。こちらから促してやらねば、先を言うことはできないだろう。


「何かしら。何でも言って頂戴。」

「はい。あの、アリシア王女殿下は大変剣技に優れると伺いました。後ほど、そちらもお相手いただくことはできますか。」


 その腕を皇国で披露したことはあまりない。しかし、隠しているわけでもないため、伝わっていても不思議はない。


「貴方は舞うための剣だけではないのね。」

「はい。日頃は領地にて護衛として使っていただいております。」


 水津侯爵家がどれほど護衛に重きを置いているかは分からない。彼自身の実力も不明だ。私に相手が務まるかどうか。


「それなら、私が相手をしても良いけれど、私の専属騎士とやり合ったほうが得られるものは多いのではないかしら。」

「あ、アリシア様が許してくださるのであれば、是非。」

「なら決まりね。水津侯爵も通して、後日時間を用意するわ。」


 多少滑らかに口が動くようになった彼と踊る時間は、一発の銃声に断ち切られた。


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