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シキ  作者: 現野翔子
銀朱の章
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十二月の贈り物

 寒さが深まり、文化交流事業の第二回公演も近づいた頃、玄関に何やら記された紙が二枚吊るされていた。

 「秋人との時間」「旅行」。違う筆跡のそれらをどちらも可愛いものだと眺めていると、横から片方の紙だけ取り上げられる。


「おはよう、アリシアさん。これ、愛良のお願いだから、当日と翌日の俺の休み、よろしく。」


 入れ知恵をしたようだ。こんな回りくどいことをせずとも、休みくらい調整するというのに。


「わざわざ愛良に書かせる必要はないだろう。」

「愛良に聞かれたんだよ。十二月の贈り物してみたいのに、何も思いつかないー、って。だから、俺ともっと一緒にいたいと思ってくれるなら、俺との時間、って書けば良いって言っただけ。」


 書かせたも同然だ。そう言われれば愛良ならそれに従うだろう。愛良も秋人との時間を増やすには私に願えば良いということくらい理解している。


「覚えておこう。もう一枚は誰が書いたか分かるか。」

「友幸さん。一緒に行けば仲良くなれるんじゃねえの?」


 希望を叶えてやりたいが、なかなか難しい。十二月の贈り物の時期には不可能だ。二日後に文化交流公演の本番が控えている。その後でも、まとまった日数を確保することは難しいだろう。


「まだ先の話だ。頭の片隅には置いておこう。それよりも普段から愛良といてやれ。」

「言われなくても。アリシアさんも友幸さんといる時間増やしたら?旅行の代わりに。」


 早速愛良といる時間を作るつもりだろうか。愛良の希望が書かれた紙を私に渡すと、屋敷の奥に進んでいった。

 私が友幸といることが旅行に代わるのか分からないが、時間を作る程度なら可能だ。旅行の計画も立てられるものなら立てたいが、行き先は皇国内に限られる。それでもどの領地にするかには慎重な判断が必要だ。既に多少なりとも友好関係を築けている相手ともっと深めることになる。

 問題は愛良も同行させられるかという点だ。愛良を屋敷に残して、輝文の来訪を拒み切れなかった場合が心配になる。まだ先の話のため、解決法を考えることを頭の片隅に書き記し、執務室へ向かう。旅行をするにも、仕事をある程度片付ける必要はある。


 前回の提案に関する返答と、今月末に控える文化交流事業公演に関する情報共有が主だ。出演者一覧、出席者一覧も回ってきている。それらの確認をしていると、恵奈から連絡が入れられる。


「贈り物が届きました。同時に、桐山会長からのお手紙も預かっております。」

「ご苦労。そこに置いておいてくれ。」


 手紙を受け取り、内容を確認する。主に衣装を次も用意していただきたいという依頼に関する好意的な返事だが、一部興味深い世間話が記載されていた。


 ――〔虹蜺〕の友幸君とは上手くやれているのでしょうか。余計なお節介かもしれませんが、友幸君は私の子どものようなものでもあります。アリシア様にこのようなことを言うのは失礼かもしれませんが、不器用なあの子をお願いします。どうか、悲しませることのないように。――


 桐山商会は〔虹蜺〕の衣装も一部手掛けていた。繋がりはあっても不思議はないが、仕事上の関係以上のものが感じられる。皇国に来てからの様子を、聞かせてもらえるだろうか。



 朝に届けさせた手紙の返事がその日の晩に返って来る。随分早い。期待半分で読めば、期待以上の厚遇に驚く。


 ――友幸君の話なら、私より息子から聞くと、アリシア様の求める話を聞けるでしょう。――


 会える日時が幾つも記されている。そのうち最も近い一つを選び、すぐさま返事を出す。何を聞かせてくれるのだろう。




 ほんの数日でその日はやって来る。少々無理をして時間を作ったが、その価値はあるのだろうか。


「よく来てくれたわ、アリシア・サントスよ。アリシアで構わないわ。」

「お招きいただきありがとうございます。桐山慶司と申します。」


 マリアや秋人に聞いたように美しい琥珀色の髪に瞳だ。桐山商会の子でなければ無事に育つことすら困難だった可能性も想像できる。


「学園生時代には秋人や愛良が世話になったと聞いたわ。」

「ただよく会って、友人付き合いをさせていただいただけです。私のほうこそ、二人には助けられました。」


 〔聖女〕との噂で大変な目に遭ったことは私も知っている。それに関連して秋人とラウラが無茶をしたことも。


「愛良がとても懐いているようね。魔法が使えるの、と嬉しそうに話してくれたわ。」

「飴細工のことでしょう。学生時代は何度も一緒に作ったものです。」


 そうやって私の知る彼の情報から世間話をある程度交わし、それから本題に入る。


「いくつか聞きたいことがあるの。君のお父上からの手紙で気になることがあって。」

「はい、何でしょう。」


 本人には答えてもらえなかった。少しずつ自分のことも話してくれるようにはなっているが、未だ分からないことも多い。私が調べさせたのはその人格についてではなかったが、今知りたいのはそれと親しくなる方法だ。


「友幸が不器用だと記されていたの。私から見ると彼は器用に様々な物を作っているのだけれど。」


 誤魔化すような返事だけが寄越され、何も分からなかった。レース編みの物も綺麗に仕上げ、愛良によると料理の腕もそれなりにある。不器用な要素が見当たらない。


「手先は確かに器用でしょう。ですが、父が言ったのは性格の話だと思います。私から見ても、友幸様は少々素直ではない性格をしておられますから。」


 それが分かる程度には親しい。いつから知っているのだろうか、どの程度知っているのだろうか。


「もっと友幸の話を聞かせてくれないかしら。」

「幼い頃の話などは、いかがでしょうか。」

「ええ、是非に。」


 そうして聞かせてくれた話からは意外な一面も知ることができた。しかし、続いた言葉は不安を煽るものだった。


「ですが、今現在、友幸様がアリシア様のことをどう思っているのか分かりません。本人に聞いても素直に答えてもらえないことが困りものですね。」

「少し時間を取りましょう。幼少期からの知り合いなら、私が同席していると話しにくいことも話せるかもしれないわ。友幸と話してもらっても良いかしら。」

「ええ、喜んで。」


 自分では聞きにくい部分でもある。聞いたとて、触れることすら拒まれることがあるくらいだ。答えてはもらえないだろう。



 時間を置くため、私は一度仕事に戻る。異性の警戒する相手では難しいことも、同性の友人なら聞き出せるのではないか。私やマリア、愛良が〔シキ〕として活動していることも知っており、愛良が友幸を友兄と呼んで慕っていることも知っているなら、私と友幸が親しくなることに積極的になってくれることだろう。

 既に得た情報から桐山会長への感謝の手紙の下書きを認める。この後の話によってはまた変わってくるが、私では知り得なかった友幸の寂しがりの一面などを知る機会を与えていただいたことへの感謝の思いは既に抱いている。

 その他業務もこなしつつ、時間が過ぎるのを待った。ある程度の時間が確保できれば自分から向かおうと考えていたのだが、その前に友幸が執務室に呼びに来る。


「他の人を使って聞き出すのは卑怯だと思いませんか。」

「すまない、君のことが知りたかったんだ。」


 これも卑怯な言い方だろうか。そう自覚して、友幸の反応を確かめないまま、私は応接間に向かった。



「待たせてすまないわ。」

「いいえ。久しぶりに友人とゆっくり話す時間を用意していただきありがとうございます。」


 肝心な部分は友幸によって口止めされているかもしれない。その場合は無理に聞き出したくないが、聞いても良いだろうか。


「どんな話をしたのかしら。」

「アリシア様の話を。友幸様もアリシア様のことは気にされていましたよ。ただ、自分から近づくには恥じらいがあるようです。」


 恥じらうようなことだっただろうか。


「そうだと嬉しいのだけれど。以前より親しくなれた気はしていても、まだ嫌われているのではないかと不安になってしまう時もあるの。」


 私は彼にそれだけのことをしている。友幸に対しても愛良に対しても責任がある。アルセリアから託されたという理由だけでなく、かつてバルデスを支配したサントス王国の王女として、彼らを表に出せない身分とした責任が、私にもあるのだ。経験する必要のなかったはずの孤独と苦痛を味わわせてしまった。


「気分を害されてしまうかもしれませんが、確かに友幸様はエリスと名乗っておられた頃のアリシア様を苦手としておられました。ですが今は少なくとも嫌ってはおられないように、私には見えます。」

「そうだと良いのだけれど。」


 世辞か本心か。嘘をよく吐くという秋人や愛良の評価を知っているため、彼の言葉をどこまで信じて良いか判断に迷う。商人の息子なら言葉から得る信用の重さは分かっているはずだ。そう簡単に私に対して偽りを告げることはないだろうが、やはり笑顔の下に何が隠されているか分からない部分は父親の桐山会長と同じだ。

 嘘は吐かないが本当のことも言わない。商人たちの常套手段だ。彼が既にそれを身に着けているかなど私は知らないが、警戒するに越したことはない。


「ご心配なのでしたら、友幸様と親しい、もっと信じられる人にも聞かれてみてはいかがですか。どうも私は人に信じてもらえないようですから。」


 これは反省だ。疑っていることを相手に読ませてしまった。


「貴方のことを信用していないわけではないのよ。だけどどうしても、彼のことになると不安になってしまって。友幸は自分が誰と親しいかも教えてくれないものだから、他の人に聞くのも難しいのよ。」


 取り繕うが、これが方便であることは相手も分かっているだろう。〔シキ〕の衣装を今後も依頼するなら、次代を担う彼との付き合いも大切になる。長くもなるため、良い関係を構築したいと思っているのだが、疑い合う会話はこれからも続きそうだ。


「私には島口弘樹様の話をよくしてくださいました。友幸様が肯定的に語る数少ない貴族の一人です。」


 彼になら連絡は取りやすい。近々、時間が取れれば聞かせてもらうこととしよう。


「有意義な話を感謝するわ。お父上にも、今後とも良いお付き合いをさせていただきたい旨を伝えていただけるかしら。」


 彼との関係も重要だが、今はまだ父親が会長を務めている。そちらとも慎重な付き合いをしなければ。


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