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シキ  作者: 現野翔子
紅の章
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第六の罪、見殺し

 アルセリアの体から流れ出る紅。穏やかな表情で、力の入っていない体。モニカという妹を助けてほしいとの懇願だけが、生前の彼女の顔から穏やかさを奪っていた。


「本当に、この方法しかなかったのか?」


 もう返事などないと分かっているのに、問いかけずにはいられない。全てが終わっても、答えなど出ないのだろう。それでも、もう選んでしまったのだ。



 いつまでもここにはいられない。部下に何も告げず、抜け出してきているのだから。アルセリアに託されたモニカという少女を探す必要もある。


 前バルデス女王の子はアルセリア一人。表向きはそうなっているし、私自身、アルセリアに妹がいるなど、初めて聞いた。

 何らかの理由で存在を隠されていたのだとすれば、捜索に多くの人間を割くことはできない。しかしそうなると、バルデス城内にいるのか、別の場所に隠されているのかさえ不明のモニカを探すのは困難だ。協力者を厳選しつつ、ある程度の数は捜索に当てたい。



 モニカ捜索を頭の片隅に置き、隠し通路から戻って行く。紅い耳飾りの片方を置いて。


 人気のない廊下を行く。女王の私室は行きにも通っている。しかし、その時には気付かなかった物たちがある。

 白く細い瓶に収められた枯れた花。女王となってからの彼女と周囲の関係を表しているかのよう。

 十分に手入れされた様子のない部屋。もはや彼女に近づく人間はいなかったのだろう。

 机に置かれた一枚の絵。彼女自身の姿を描いたそれは、いったい誰の手によるものか。描き手が、気付かなかった私の代わりに、彼女の支えとなっていたのか。


 

 再び交わることなかった彼女を置いて、隠し通路を行く。ここを抜ければ、私と彼女は友人ではいられない。そう在ることを許されない。


 紅い朝日が私を出迎える。早く、戻らなければ。



 作戦室替わりの天幕へ直行し、不在を隠す

「殿下、どちらへお出かけでしたか。」

 つもりだったのだが。既に兵の一人が待ち受けていた。

「バルデス兵の動きが変わったので報告に上がったのですが。殿下もエミリオ殿も、昨日外出する姿を最後に、見えなかったもので。」

「報告を聞こう。」


 不信感を募らせるわけにはいかないが、一人で城に侵入してきたとも答えにくい。まず報告を聞くのは、話を逸らせたと気付かれても、十分な言い訳になる。


「逃げる者が増えました。「女王が死んだ」との声を聞いた者もおります。」

 もうそこまで伝わっているのか。あの城にも人がいたとは。見つけたのは使用人か、地位の低い兵か。そうでなければこうも早く末端には伝わらない。戦争を続けたい人間なら、女王の死を徹底的に伏せるはずだ。


「退くぞ。これ以上戦争を継続する理由はない。」



 バルデス女王アルセリアの死は、サントス側でも広まった。私が常に身に着けている紅い耳飾りが、アルセリアの死体のすぐ傍で見つかったと公表されたからだ。それにより、アルセリアを私が討ったと広く知られることとなる。

 そんな状況の中、私は撤退を命じる。死傷者、戦場に長くいる者から先に帰していく。私が最後になっても、誰も責められない。


 これで、モニカ捜索の時間を正当に稼ぐことができる。



「殿下、撤退は完了いたしました。後は殿下と、」

「分かっている。」

 エミリオだ。モニカという少女も結局見つかっていない。城下町ではないのか。しかし、城の中の捜索は困難だ。

 エミリオのことを気にかかるが、ここまで来てしまえば帰るしかない。戻ってくるまで待つわけにはいかないのだから。

「私たちも帰還しよう。陛下に戦勝を報告するんだ。」

 これほど苦い勝利になるとは。




 バルデス王国からサントスの砦フロンテラへ。通常の防備に戻っている砦は安心感がある。


 防壁の上から見張りを行う何組もの兵士。発見時に対応できるよう銃を手に持つ者と、素早く伝えることに特化した者の二人組だ。

「殿下、こちらは異常ありません。」

「ああ、ご苦労。」

 同じ国を守る者という意識からだろか。言葉遣いこそ変化はないが、ただの王女であった時ほど距離を感じない。


 砦の内部も落ち着きを取り戻している。バルデス王国での混乱が予測されるため、その緊張感は残るが、殲滅作戦を実行していた時のような澱んだ空気はない。

 訓練に励む者たちもいる。戦前はどことなく緩んだ雰囲気のこともあったが、今は真剣さを増し、良い意味で張りつめた空気だ。木剣を用いての打ち合いでも、攻撃の鋭さが増しているように見える。




「只今、帰還いたしました。」

「アリシア、良くやったわね。」

 母とのやり取りは非常に儀礼じみている。これは、今更のことか。報告もほとんどが書類で済まされるため、特別なやり取りも起きようがない。



 これで城内もすっかり戦争が終わった空気だが、正式にはまだ戦争中。和平条約の締結があって初めて、終戦だ。


 しかし、戦後のサントス王国とバルデス王国のありかたには大きな問題が残る。

 今のバルデス王国には王族がいない。アルセリアの様子から、妹モニカの存在は徹底的に隠していたはずだ。バルデスに彼女の存在を知る者はほとんどいないだろう。

 そして、アルセリアによって力を奪われていたバルデス貴族たち。彼らが女王という枷から逃れ、再び力を手にすれば、今度は自分がバルデス国を支配しようと動くだろう。その時、何も知らないという王女モニカの存在は非常に危険なものとなる。


 私はバルデス王家の血筋が絶えたとしたい。バルデス貴族は祀り上げたいはず。

 どちらが手にすることになるのか。それが顕著に出るのは条約締結の場だ。




 密かにバルデス国内に人を送る準備を整えていると、吉報が飛び込んだ。

「すぐさま呼び寄せよ!」

 喜びを隠せない声で命ずる。帰還後、時間を空けない召喚だ。命からがら帰って来た人間に対する仕打ちではなく、休ませるべきと分かっているが、自分の心には逆らえなかった。



「よく来た、エミリオ。」

「こっちにも急ぎ伝えることがあるんだ。」


 サントス城内にある私の執務室。人払いを先に済ませたため、エミリオもいつものような砕けた話し方をしてくれる。

 そのまま、自分の話を始めようとするエミリオを制して、私は勢いよく頭を下げる。


「済まなかった。」

「アリシア!?いくら人がいなくても、王女が一兵士に、」

「私はお前に嘘を吐いて、わざと危険な任務に就かせた。それも、自分勝手な理由で。

 最初から、お前に女王を討たせる気はなかった。自分で討つと言っても聞き入れられないだろうから、一人で密かに行動できるよう、侵入と女王の殺害を命じたんだ。」


 早口に言い切る。命の危機があったのだ。謝罪だけで赦されるべきものではない。あえて、危険な侵入経路を伝え、先に戻ればそれだけ助けられなくなると分かって、私は置いて帰った。それでも、生きて戻ったのなら、この言葉は伝えたかった。


「……たしかに、お願いなら聞かなかっただろう。けど、それでもお前は指揮官なんだ。それがお前の命令なら、俺はそれに従う。その結果、何が起きたとしても、それが軍人としての俺の務めだ。」


 エミリオの態度は以前からこうだ。友人のように接してくれると同時に、任務に関することでは必ず私が王女など指示する立場であることを主張する。エミリオにとって私は上官や主にあたるのだから、従うのは当然、その決定に関して謝罪は不要、ただ命じれば良い、と。


「私は別の隠し通路を使用し、女王を殺した。私がやったと分かるように、耳飾りまで置いて。」


 今、あの紅い耳飾りは右耳にしかついていない。半分はアルセリアの下に。

 あれは王族としての装身具で、私の覚悟の象徴だ。国のため、民のため、と誓った時の。アルセリアと語り合った時には持っていなかったが、バルデスとサントスの民の友好も、私はそこに誓おう。


「ああ、見たよ。そして俺は任務を達成できなかった。……お前が謝りたいって言うんなら、俺が任務を達成できなかった件を見逃してくれ。」


 そもそも達成させる気のなかった任務だ。正式なものでもなく、他の誰に伝えているわけでもない。何の条件もなしに、最初から追及する気はなかった。死地へ向かわせたとすら思っていたのだから。

 これはエミリオの気遣いだろう。私の罪悪感を鎮めるための。


「そうしよう。それで、急ぎ伝えること、というのは?」

「バルデス城内で少女を一人保護した。モニカという名で、茶色の髪に、翠の目。それにバルデス前女王、現女王と親しいようだった。現女王とは顔立ちが少し似ていたな。」


 捜していたアルセリアの妹だ。既に見つかっていたか。帰還が遅れたのはこれが理由だろう。エミリオなら女王の死を確認した時点で、速やかに撤退できるはずだ。


「モニカという少女は今、どこにいる。」

「祖父に預けてる。何者か分からないが、バルデス城内に隠されていたんだ。そこが一番安全だろ。」


 私の師でもあるベルトラン前将軍の傍。現状では最適な場所だろう。

 それでも、サントスに置き続けるのは危険だ。いつ正体が知れるか分からず、知れれば人々がどのような反応を示すかも想像がつかない。アルセリアと似た髪色、目の色、そして顔立ち。どのような扱いを受けることになるだろう。


「そうか。彼女の扱いについては後日連絡する。それまで、周囲には存在を隠していてくれ。」

「了解。」





 エミリオの帰還から間もなく、バルデスとの和平交渉が開始された。私がそれを聞かされたのは、今年成人を迎えた妹イリスが、開催場所へ向けてサントスを発ってからだった。

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