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シキ  作者: 現野翔子
銀朱の章
139/192

舞い散る季節

 優弥や恵奈の助言を生かし、友幸との距離感を保つように気を付けつつの日々だ。指導のほうは順調で、積極的に力になろうともしてくれている。


「他国での展開もお考えなら〔虹蜺〕に声をかけても良いのでは?諸島部に限ればかなり広い範囲で活動していたはずです。」


 友幸が〔虹蜺〕に所属したのも皇国の南西にある国での話だと聞いている。〔虹蜺〕の本部があるのは皇都だそうだが、文化面を考えるなら、各地の民話などにも通じている彼らの力を借りられるとより有意義な交流が可能になるだろう。

 問題の一つは既に各国の貴族とも繋がりを持ち、独自の勢力を築いている彼らが、文化交流事業に関わることに利益を見出してくれるかどうかだ。


「案としては良いだろう。交渉の余地はあるが、あちらにも利益を提示する必要がある。」


 所属している彼らの多くは身寄りがない。それらを取りまとめ、生活できるようにしているが、それは慈善事業ではなく、あくまで商売だ。考えの根底は商人にも通じるものがある。


「貴族との接点が増えること自体が利益でしょう。収入の大部分は貴族から得ています。村や町を回る活動もありますが、それではその日を過ごすので精一杯になりますから。技術を会得するため、といった側面が強かったように思います。」


 それが事実でも、それだけで飲んでくれるだろうか。利益があまり大きくないように見える。


「夜会に参加できることは大きな利益です。貴族との繋がりを得たい人は、その場で関心を引くよう美しい所作なども身に着けて行くはずです。そうなれば、通常の面会だけでは見せつけられない魅力を、面会には来ない貴族にも見せる機会を得られるのですから。それで引き取る貴族が出れば、大きな収入となるでしょう。アリシア様も俺を引き取るにあたって、〔虹蜺〕にいくらか払っているはずです。」


 その金額の算定方法も開示されていた。〔虹蜺〕が保護してから舞台に上がるまでの年数、その舞台の規模、回数、貴族と面会した回数、屋敷に招かれた回数、それらの家格。予約の際に役者個人ではなく〔虹?〕に対して支払いを行うため、面会や招待の回数が多い役者を引き取る時ほど高額になってくる。友幸の場合は招待された回数が少ないため、比較的安価だという説明をされた覚えがある。

 〔虹蜺〕としては育成費用の回収と、得られたであろう利益の一部を確保するためだと説明を行っていた。引き取った場合、舞台に上がることはあっても他の貴族との面会や招待されることがほぼなくなるからでもある。

 役者としての仕事を続けるか否かは本人と引き取って貴族に委ねられている。今、友幸にその仕事がないのは他に原因があるようだが、本来であれば続ける意思があれば続けられるような仕組みになっているそうだ。


「説得してみる価値はありそうだな。まずは貴族たちに提案してみよう。勝算もあると。」


 文化交流事業に〔虹蜺〕を参加させる利点、それを可能とするための説得材料などについてまとめ、貴族たちへの書類をまとめていく。ある程度賛同を得られてから会議にかけ、関係部署に提案することとなる。

 私が肯定的に返したからか、友幸は少々嬉しそうに見える。私が見ていると気付けばすぐに表情を引き締めてしまうため、あまり長く眺めることはできない。愛良なら素直に嬉しいと言ってくれるところだが、友幸には期待できないようだ。

 愛良で、つい数日前の出来事を思い出す。


「二人で紅葉狩りに行ったそうだな。」

「ええ、三人で。」


 通常、護衛は数に数えないが、すぐ傍に控えさせた秋人も数えたのだろう。どこに他人の耳があるか分からないため、外では友幸に対する態度を私に準じたものにするよう指示しているが、それでも人数には数えるようだ。


「愛良は喜んだか。」

「綺麗だと。物悲しい雰囲気を感じるにはまだ早かったようですけど、何かは感じ取ったようですよ。アリシア様も行かれますか?」


 紅葉は好きではない。特に真っ赤に染まった紅葉が一面に広がる様子は、紅に支配された風景を思い起こさせる。性質の違うものでも、見る限りの紅が私に罪を忘れるなと訴えかけてくる。

 しかし、せっかくの友幸の誘いを断りたいとは思わない。


「ああ、今日は早く片付けよう。」


 適度な息抜きも必要だ。焦ってばかりでは上手く行くものも行かなくなってしまう。一歩ずつしか、国も人も近づけないのだから。




 仕事に区切りをつけて二人で出かける。案内を受けて、友幸の勧める場所へ向かった。

 地面に広がる紅、木々を彩る紅。どちらも紅葉の色であり、凄惨な光景とは何ら関係ない。それをさらに深める夕日の色。私のために誘ってくれているのに、明るい返事ができず申し訳ない思いになる。


「アリシア様?」


 空も地面も、近い頭上も、全てが紅に染まっている。まるで血と炎だ。


「紅いな。」

「お気に召しませんでしたか。」


 好きではない。だが、友幸の表情が不安に染まっているように見えた。そのまま、胸が紅く染まり、失われそうな気がしてしまった。感情に支配されて、頭ではあの時と違うと分かっていたのに、口をついて出た言葉は脈絡のないものとなる。


「今度は守ろう。自ら死を望むような選択はさせない。私が、守ってみせよう。」


 アルセリアとは違う人間だ。しかし、何も言わない部分は同じだ。アルセリアはその抱えるものを私に言わないまま、自分が私に討たれることで解決できるという結論に達してしまった。友幸も私に何も言わないまま、優弥の家に向かった。前回は帰って来てくれたが、そのままいなくなってしまうことだって、容易に想像できる。


「俺は死にたいと思いませんよ。自由になったのに死にたいと思えば、閉じ込められたままのほうが良かったと言うようではありませんか。」


 私は武器を携行している。だが、これを友幸に向けることはない。そうしなければならない理由など今はないのだから。アルセリアのような立場も、もう失われている。


「アリシア様は何を憂いておいでなのですか。」


 必要以上に触れることはしない。しかしその表情は珍しく、私に対する心配を見せていた。


「君は自分を信じているか。」


 私は友人と称したアルセリアを殺した。今守ると思っていても、いずれ立場が許さなくなれば、この手にかけてしまうかもしれない。


「自分を信じられずに、他人を信じられますか。誰が信用できるかという自分の判断を、アリシア様は信じられないのですか。」

「私はいずれ君を殺すかもしれない。」


 罪だとしても、自分が望まなくとも、必要だと判断すれば、私はそうするだろう。アルセリアにそうしたように。


「秋人から聞かされました。救出に向かうよう仕向けられたと。立場上、命令はされなかったけど、救出に必要なものが全て揃えられていたと。アリシア様が接触せずとも、俺や愛良の存在が明るみに出るのは時間の問題だったと。」


 軽々しく口に出さないよう指示していたが、それでもなお伝えたのはそこに何らかの意義を見出したからだろう。現に友幸の私に対する態度に大きく影響している。


「アリシア様が救出に関わる危険性も教えられました。アリシア様自身が向かわずとも、その危険性がなくなるわけではないと。それでもなお、自分を向かわせたのだと。」


 なくなりはせずとも、減らすことはできる。秋人とラウラを言い訳に、私自身がバルデス国に介入したわけではないと主張できる状態にはしていた。


「ですから、俺は信じます。アリシア様は俺を殺さないだろうという自分の判断を。」


 真剣な目が、少しの触れ合いなら許してくれる気がして、手を伸ばす。しかし、それは躊躇なく叩き落とされた。


「真面目な話をしてるんですけど。」

「すまない。今なら君に近づける気がした。」


 いつもの機嫌を損ねた時の表情になってしまう。今日はどうやって許してもらおうか。何を用意させようか。誠心誠意謝罪することは前提として、それ以上の何かが必要だ。


「か、帰ってからで良いでしょう、そういうことは。」


 馬に乗っている間はもっと密着しているというのに、何を気にしているのだろう。まださほど怒っていないようであるため、引っかかる点を追及する。


「帰ってからなら構わないのか。」


 十月末の褒美以降、一切触れることはなかったため、拒まれていると思っていたが、それは私の思い違いだったようだ。ただし、急に近づけば逃げてしまいかねないとも優弥から助言されているため、行動は慎重にしなければならない。


「帰りましょう。聞いてくださらないようなので。」


 すたすたと馬に向かって歩いているが、一人では乗れないだろう。それを支えてやるために触れることは行き同様、拒まれない。

 紅葉の公園から出れば会話はなくなる。単に馬上での会話を好まないだけなのかもしれないと思えるほど、その沈黙は気まずいものではなかった。



 屋敷に着けば、もうすぐ夕食の頃合いだ。


「先に向かっていてくれ。私は馬を預けてくる。」

「ご一緒してもよろしいですか。」

「ああ、構わない。」


 動物の世話を行う使用人に馬を預ける前に、今日の仕事を労う。


「ご苦労だった。二人も乗せて歩いて、疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。」


 優しく撫でていると、愛猫のイリーが友幸の足元にすり寄っている。以前は私の傍にいてくれることも多かったが、あまり構えなくなった影響でこちらにいることが増えたそうだ。

 それを友幸が撫でると、今度は腹を見せ、もっと撫でることを要求している。


「お帰りなさいませ、アリシア様、友幸様。」


 別の馬の世話を行っていた馬番が、声でこちらに寄って来てくれた。


「ああ、ただいま。二匹を、」


 まだ友幸はイリーと戯れている。最近はあまりイリーにも構ってやっていない。使用人たちが世話を行い、遊び相手にもなってくれてはいるそうだが、足りなかったのだろう。


「イリーは後で頼む。私も久々に相手をしよう。」


 私も手を伸ばせば、露骨に避けられる。なお触ろうとすれば軽く噛んで抗議をされた。


「アリシア様は普段相手をしないからでしょう。世話をする使用人たちに一番懐いていますけど、時々会いに来るだけでも気を許してくれますよ。」


 会えば会うほど親しくなれる。それは人間でも同じだろうか。


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