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シキ  作者: 現野翔子
銀朱の章
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行方知れずの心

 仕事をしつつ捜索の成果を待とうと机につく。昨日から行方の分からない友幸を秋人に捜索されているが、まだ思わしい報告はない。気にはなるが、出入りする船や乗客などの確認は皇国にも依頼しているため、まだ彩光内にいるはずだ。

 愛良は無事だ。バルデス関連でも友幸だけが狙われる可能性はあるが、もはや命を奪うことに意味はなくなっている。残っている可能性は誘拐して、強制的に即位させることくらいだろう。共和国となっている以上、その危険も薄くなっているはずだ。


「アリシアさん、友幸さんが見つかった。」


 捗らない書類の確認を中断し、招き入れた秋人から報告を聞いていく。


「優弥さんの家にいたんだけど、自分で来たって。優弥さんが色々聞かせてくれたけど、要約すると、アリシアさんの行動に驚いて家出した、って感じ。あと、アリシアさんが迎えに来たほうが喜ぶだろう、とも教えてくれた。」


 それだけで、私にも家の者にも何も言わずに家を空けるものだろうか。迎えに行くのなんて、私でも秋人でも同じだろう。秋人でも私が指示して向かわせている。

 一方で拒む理由もない。このまま待っていても、たいして仕事は進まないのだから。


「優弥の今日の予定は?」

「休みだって。愛良を連れてくことは勧めない。」



 助言に従い、単身で、しかし馬は二頭引き連れ、優弥の家に向かう。


「アリシア様、このような場所に」

「今日、愛良は連れていないんだ。すまないな。友幸はいるか?」


 ちょうど昼時だ。邪魔をしたかとは思いつつ招き入れられると、食事の用意をしている友幸と目が合った。

 途端、持っていた皿を机に置き、窓から外に出ようとする。


「待て!」

「友幸さん。」


 私の言葉には反応しなかったが、一瞬遅れて発せられた優弥の制止は届いた。渋々窓から足を下ろすが、私とは目を合わせてくれない。


「なぜ家を出た。」


 口を噤んだまま、優弥に目を向けた。それを受けて、優弥が説明をしてくれる。


「キスして良いって言ってないのに、いきなりされたのが嫌だったんだよな。」

「良いとは言いませんけど。」


 ちらちらと温かい食事を気にしている。確かにこのまま話せば冷めてしまうだろう。


「食事を済ませて帰って来い。優弥、サントス邸まで送ってやってくれないか。馬は一頭置いて行こう。」

「はい、アリシア様。」


 待っていても焦らせるだけだと、先に屋敷へと戻った。



 それでも急いだのか、さほど待つことなく、二人の到着が伝えられる。私が出迎えるが、そこに自分の仕事をするよう指示していた愛良が突撃してきた。


「おかえりー!良かった、無事だったんだね。」


 心配していた愛良にも伝えるよう指示したが、飛んでくるとは思わなかった。その勢いのまま友幸に突進し、抱き着いた。


「ごめんな。」


 抱き締め返している。私も無事で良かったと最初に言うべきだったかもしれないが、今は先に優弥への礼をすべきだ。


「保護していただき感謝する。礼をしたいのだが、何か希望はあるだろうか。」

「お時間さえよろしければ、アリシア様も一緒にお話をさせていただけませんか。」


 こちらとしてもありがたい要望だ。愛良の様子も気になっているだろう。私も現在の生活に関して何かしてやれることはないか知りたい。優弥には愛良を任せて、それまでの全てを奪ってしまったというのに、周りから見ても仲の良い兄妹をしているようだから。


「ああ、もちろんだ。」


 愛良が私と優弥を交互に見て、優弥に手を伸ばす。会話に加わりたいのかもしれない。


「四人でゆっくりと話そうか。」

「ありがとうございます。」


 ぱぁ、と愛良の表情が明るくなる。帰宅は秋人が送迎できる時に限るよう指示しているため、優弥の休みに合わせることも考えると、なかなか話す時間が取れないのだろう。

 応接間に案内し、茶を用意させる。愛良が優弥に引っ付くように座るのは理解できるが、友幸が私から極力離れて座るのは理解できない。そんなに嫌か、私の隣に座るのは。

 何から話し出すべきか。そう思案していると、愛良が緩い雰囲気で口を開いてくれる。


「友兄が見つかって良かった。また、えっと、どこかに連れて行かれちゃったのかと思って。」


 バルデスにと言ってはいけないと覚えてくれている。その際は愛良も共に攫われているが、どちらにも危険は残っていると伝えているため、友幸だけがそうなる可能性にも思い至ったのだろう。

 そのように考えてくれている愛良は単独での外出を控えてくれているが、今回友幸は単独で、それも誰にも言わないまま屋敷を出た。


「ああ、無事で何よりだ。優弥、重ねて礼を言おう。」

「俺にとっても友人ですから。愛良を守ってくれる人でもあります。その相談に乗るくらい大したことではありませんよ。」


 相談の内容は聞いて良いものだろうか。向かったことすら伏せたのなら知られたくないのではないか。


「内容を聞かせてもらっても構わないだろうか。」

「はい。愛良の近況も気になりますが、秋人君との関係についても詳しく聞く必要がありそうですので。」


 これは愛良自身から話させるべきだろう。


「それなら秋人も呼ぶか。二人から聞くと良いだろう。」

「いいえ。愛良からの話を友幸さんに聞いてほしいのです。できれば、アリシア様にも。」


 どういった意図があるのか分からない。しかし、サントスにいた頃から気を回し、エミリオとして死ぬことさえ受け入れてくれた彼だ。そこにも何らかの意味があるのだろう。


「分かった、聞こう。」


 前回会った時以降の愛良の話が始まった。花火大会のために浴衣を二人で買いに行った際のことや、花火大会の際の出来事。それ以降の日常、そしてつい数日前に起きた十月末の褒美のこと。幾つもの愛良にとっての事件について話していく。それらも、愛良にとっては事件と言えるほど驚いた出来事というだけであり、いたって平和なものだ。

 その話の間、優弥は細かくその時愛良はどう感じたのか聞き、話させていた。


「頬っぺたに口付けられた時はどうだったんだ?」

「びっくりした。けど、悪戯だから驚かせようとしたのかな、って。」

「そうか。」


 優弥も愛良の頬に軽く口付ける。しかし、愛良は動じず、同じように頬に口付けを返している。


「今のは驚いたか?秋人君にされた時と同じように。」

「驚いたけど、うーん、同じじゃない、かな。なんかね、秋人の時はどきどきした。」

「嫌だったか?」

「嫌じゃなかったよ。」


 どこか嬉しそうに答える愛良に、にっこりと微笑む優弥が話を深める質問をしていく。


「じゃあ、他の人にされたらどう感じるか考えてみようか。」


 想像する愛良の表情はさほど変わらない。


「うーん、友兄でも、アリシアでも、どきどきはしないけど嫌でもないよ。」


 異性に限定して考えないあたり、愛良はまだまだ分かっていないようだ。そこで私は他の人の具体例を挙げさせてもらう。


「穂波輝文は覚えているか。」

「うん。何回かお話ししただけなのに、伴侶にしてほしいって言ってきた変な人だよね。」

「彼に同じようにされるところを想像してみると良い。」


 数回話しただけの変人扱いなら、愛良はそうされることを喜ばないだろう。


「ちょっと嫌。悪い人じゃないかもしれないけど、そんなに仲良くないもん。踊ってる時は、囚われていれば助けたくなるだろう、って言ってたけど。別に一緒にいたいとも思わないし。」


 ラウラほど過激な反応は示さないが、悪気なくこれだけ言えるのか。本人に聞かせてやりたいくらいだ。案外、あっさり諦めてくれるかもしれない。

 ここで愛良の話は終わりとばかりに優弥は一つ頷き、今度は友幸に目を向ける。


「友幸さんはそういった触れ合いをどう感じるんだ?」

「嫌いだよ。気持ち悪い。人の体を好き勝手しやがって。」


 貴族の屋敷には行かずともされたことがあるようだ。基本的な認識がそうなっているから、愛良がそのように触れられることもないようにしている、と。


「アリシア様にされた時はどうだった?」


 頬を染めている様子からは嫌悪感は見て取れない。拒絶の意思を感じれば今後そういった行動は控えようと思ったのだが、その必要はなさそうだ。


「まあ、多少、他より、ましではありましたけど。」


 少なくともこの屋敷から出て行くつもりではないようだ。伴侶として留めるにしても、実際にそういった触れ合いを行う必要はないため、愛良を留める口実を受け入れられるようにさえなれば良い。まし、という程度でも相手によって差が生じることは理解できただろう。その差が愛良においては嫌か嫌ではないかになっていると分かってくれるはずだ。

 まだ何かあると言葉の続きを待っていたが、それ以上何も告げられることはなかった。その沈黙の間、愛良は自分なりに考えていたのか、一つの答えを出した。


「あのね、唇への口付けって特別なんだって。恋人とか伴侶にしかしないの。それするとね、どきどきするんだって。そうなるのは、家族とは違う感じに特別に好きだからだって。私もしてみたら分かるかな。」


 まだ頬にしかしていないようだ。その愛良に見えるのは期待であるため、分かると言ってあげても良いだろう。おそらく、私や秋人の望む方向に進むことだろう。私が返そうとした時、友幸から意外な答えが出された。


「分かるだろ、してみたら。」

「うん!じゃあ、行ってくるね。」


 ぱたぱたと部屋を出て行く愛良。それを見送ると、優弥が今度は私に問いかける。


「アリシア様は友幸さんにいてほしいと思っているのですか。」

「簡単に言うとそうなるな。」


 愛良のような純粋な想いではないが、まとめると同じ言葉に行きつく。


「どのような形でそれをお望みですか。」


 選択肢としては部下、愛人、伴侶くらいか。侍従として雇う手もある。愛良と同様に私の屋敷で守るためには、婚姻を結んでしまうのが確実だ。部下などでは結ばれる相手によって家を出てしまうことも考えられる。

 母からの返信でも許可は得た。後は本人の意思だけだ。


「現状は伴侶を考えている。」


 拒まれるだろうと思っていた。しかし、意外なことに何の返答もなく、優弥から不思議な言葉を投げかけられる。


「アリシア様もご自身を大切にしてください。俺も愛良の慕うアリシア様に何かあっては心配になりますから。そう思っている人は少なくないはずですよ。なあ、友幸さん。」

「別に。今は世話になってるから困るってだけ。」


 素っ気ない態度だが、心配はしてくれるようだ。我が身の重要さはもう分かっている。私が関わる事業も、サントス邸で雇っている者も、私一人いなくなるだけで不都合があるだろう。事業は続くだろうが、大陸関連に広げるには私がいることの意義も大きいはずだ。


「無意味にこの身を危険に晒すようなことはしないよ。」

「ええ、愛良のためにもお願いします。」


 一度は預けても、アルセリアから二人を託されたのは私だ。これ以上優弥にも負担を強いることはできない。

 戻って来た愛良を部屋に残し、私は仕事に戻る。兄妹の良い時間を過ごしてくれることだろう。


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