表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シキ  作者: 現野翔子
銀朱の章
130/192

不安定な心

 沈黙に包まれた馬車が自宅に着き、いつものように友幸の部屋に茶と菓子を持って来てもらう。夜会に参加した日は特別に、帰ってから軽い甘味を取るようにしている。疲れを癒すためでも、機嫌を取るためでもある。

 今日の菓子は彩り鮮やかな玉に、甘いたれがかけられたものだ。


「ご苦労だった。これで今季の夜会は終了だ。」

「俺でも構わない、ですか。散々好き勝手しておいて。」


 法恵との会話での言葉だ。確かに、最初に彼を屋敷に呼びつけた時は騙し討ち、次はバルデスに向かっている間にこの屋敷に居ざるを得ない状況を作り上げた。勝手なことをしていると言われても、返せる言葉はない。彼を守るためとはいえ、その意思を尊重しなかったことも事実なのだから。


「おかげでどの貴族も役者も、俺のことはアリシア様の愛人扱いです。」

「不服か。」


 多くの愛人に求められるものは求めていない。夜会などへの同行は求めているが、愛人の仕事としては異例のものだ。

 声には不機嫌が滲んでいた。しかし、返事を渋るように菓子を口に含む。

 無言を埋めるように、私は話題を探す。そして思いついたのは気軽な会話には全く適さないものだった。


「二度の滅びと、一度の再生。君の預かって来た伝言だ。この言葉の真意は私にも分からない。だが、あえて伝えさせたからには、何かしらの意味があるはずだ。」


 二度の滅びは彼にも分かっているだろう。サントス王国に支配されたことと、アルセリアという最後の旧王家の人間を失ったこと。事実としてはラファエルとモニカが存在するが、アルセリアを失った時点ではその存在が明らかにされていなかった。

 問題は一度の再生だ。バルデスが独立国として成り立つことか、旧王国を復活させることか。前者ならバルデス共和国でも成就しているが、後者なら未だ友幸と愛良の身は危険に晒されたままだ。今後一生、護衛なく外に出せない身となる。


「聞きたくありません。もう俺には何ら関係のない話です。」


 彼があくまでラファエルとしての自分を否定するというなら、これ以上この話題は続けまい。もはやバルデス共和国の運命は私たちの手から離されたのだから。


「そうか。だが、以前のように生きるには危険すぎることは理解してくれ。」

「愛人として生きろ、と?」


 囲ってしまう者の中には仕事をやめるよう要求する者もいる。しかし、私は一度としてそんなことは言っていない。しばらく活動できていなかったのはバルデスに攫われ、体調を崩し、再びバルデスへ赴いていたからだ。


「そうは言っていない。役者としての仕事はあるだろう。」

「なくなりましたよ、ありがたいことに。」


 貴族相手の仕事は好んでいなかったはずだ。それが減ったならこのように不満をぶつけられる理由はない。


「舞台はないのか。」

「ありませんよ。奴らの変わり身も不気味です。アリシア様の愛人だと思った途端に、俺に丁寧に接するんですよ。」


 ぞんざいな扱いを受けていたのだろう。他の役者との関係を考えれば、状況は好転しているようにも聞こえるが、何が不満なのだろう。


「問題点があるなら改善しよう。教えてくれないか。」


 やあり言い淀み、菓子を食べることで誤魔化している。発すべき言葉を探しているなら、私の声で思考の邪魔はできないと、私も菓子に手を伸ばした。

 ほのかに冷たい玉にかけられた、たれの甘さが口に広がる。色は違うが味は同じ。見た目だけ変えているようだ。


「仕事がありません、ので。収入もなくなっているのです。」

「生活面なら心配は要らない。遠い友人から託されたのだから。」


 友人だと称しながら殺した相手から託されている。憎み合う未来からの解放がアルセリアの願いだったが、私はそれを妹に託した。その代わり、私はもう一つの願い、ラファエルとモニカを守ることを叶えよう。

 仕事という面なら、夜会での情報収集に励んでくれている。それぞれの思惑を抱える貴族の中からパートナーをその都度選ぶという手間からも解放された。


「それなら俺の立場は何ですか?愛良は音楽家として雇っているのでしょう。ですが俺は?愛人として囲われているだけですか?」


 夜会だけでは足りないようだ。幸い、文化交流事業の内容は公演だけではないため、できることは山ほどある。貴族の応対だけさせなければ負担も大きくなり過ぎないだろう。

 愛人が不満だと言うなら伴侶でも構わない。サントスに戻る予定などないのだから。共和国となってどう動くか読めないバルデスを刺激しないため、帰ることは好ましくないのだ。皇国での活動が確定したのなら、こちらで結婚してしまう許可くらい得られるだろう。


「伴侶になるか。」

「ふざけてます?そんな話はしていません。俺はただ……」


 言葉が続かない。視線をさまよわせ、口を噤んだ。愛良のように望むものが分かりやすいとありがたいが、そうはいかないようだ。


「私の補佐でも構わない。君の仕事が増えるだけで、対外的な立場は変わらないだろうが。文化交流公演の出演者には平民も多い。彼らとのやり取りにはむしろ君のほうが適している場合もあるだろう。」


 必ずしも直接やり取りするわけではないが、そういったことを行う場合もある。立場ある者がそうすることで、事業の重要性を示すのだ。もっとも、その場合、友幸には別の立場を与えるか、私の伴侶という立場で向かってもらうことになる。


「それなら、しても良いです。補佐ということは部下のようなものでしょう?」

「色々と勉強してもらうことも増えるが。」

「勉強は嫌いではありません。」


 補佐の仕事には前向きのようだ。愛良同様、物覚えは非常に良いため、そう時間はかからないだろう。愛良の卒業時のように時間的制約もない。ある程度書物で学ばせてからは、実際の書類を確認しながら少しずつ指導していけば良いだろう。

 今後の予定を簡単に確認して、この日は眠りに就いた。




 翌朝、考えていた書物を友幸の部屋に運ばせ、基礎的知識を入れてもらう。しばらくはその勉強で手一杯になるだろう。その間、私は私の仕事を済ませなければならない。

 まずは机に置かれた手紙類の処理だ。多くはただの恋文であるため、流し読みで良い。飾り立てた言葉だけが並ぶ、中身のない物だ。ただし、穂波輝文からの手紙には注意が必要となる。これは私に宛ててこそいるが、愛良との仲を取り持ってほしいという内容のため、何も企んでいないか知る手掛かりにもなる。

 最後はサントス王国から。次期女王からも、現女王からも届いていた。



  親愛なるアリシアお姉様へ

 お母様からも連絡が来ていることでしょう。ですが、私からも伝えたいのです。私は素敵な人と出会い(というよりも傍に居た人に気付いたのです)、結婚することとなりました。私も彼もお姉様に直接祝ってほしいという思いは抱いております。ですが、バルデス共和国との関係をこれ以上悪化させないため、それは叶わないと聞かされて、こうして手紙で伝えることとなりました。

 驚かないでください。相手の一人はシーロです。バルデスからお姉様が保護してきた少年です(今はもう男性と言うべきでしょうか)。お姉様ならこれを国のための決断と考えるでしょう。ですが、私と彼の想いは違います。お姉様が保護を決定したおかげで、私と彼の接点も多かったのです。お姉様を同じように慕う私たちが親しくなるのも必然と言えましょう。

 私たちはお姉様のおかげで幸せを手にしました。どうか、お姉様も幸せになってください。私は選んだ相手が結果として国のためになる相手でしたが、そうではなくても、好いた相手の手を取りたいと思っています。自分の心に嘘を吐くことは、酷く苦しみを伴う行為ですから。

  お姉様のおかげで順風満帆な人生を歩み始めた妹イリスより



 驚かずにはいられない。今までの手紙でシーロとそのような仲になっていたなど、一度も触れられていなかったのだから。もう一人の名は記載されていないが、誰か貴族を選んだのだろう。おそらくは立場を理解できる相応しい人を吟味したはずだ。

 これには祝いの手紙を返さなければならない。女王からの手紙も確認して、文面を決める必要がある。

 女王からの手紙は二通。形式的な連絡と、女王個人の思いも記された手紙だ。



  愛しい我が娘アリシアへ

 次期女王イリスの婚姻の儀が決定されたわ。まさか貴女より先にイリスが結婚するなんて、思いもよらなかった。

 順番なんて些細な違い。イリスはまた一つ大人になった。伴侶を自らの手で選び、人生を共に歩む決意をした。アリシア、貴女も過去に引きずられず、大人になりなさい。サントスで婚姻の儀を挙げることは叶わなくても、私は貴女の想いを尊重するわ。

 私たちは長くすれ違っていた。だけど、貴女を愛していることに偽りはないの。こうして遠く離れて、二度と会うことがないかもしれなくても、私は娘の幸せを願っているわ。

  娘を愛して止まない母ベリンダより



 二度と帰って来るな、ということか。情勢上、帰国が危険だというのは私も理解している。母の思いが最も分からない。私にとって重要なのは、皇国における婚姻を女王が許しているという点だ。報告は必要だが、障害は減った。

 返信を欠きがちな私も今回は怠れない。イリスには祝いの文を、母には婚姻の許可を求める返事を書いた。その相手が仮に旧バルデスの王族であっても構わないのか、と。

 そこに他意はない。ただ、アルセリアの願いを叶えるための一つの方法というだけだ。愛良は既に雇っており、秋人と上手くいってくれれば、将来的に婚姻の話が持ち上がっても手放すことにならない。輝文が相手では私の屋敷に引き入れるわけにはいかない。一方、友幸に関しては現状、愛人のような立場というだけであり、将来的にどうなるか見当もつかない。今は他に居場所がないから留まっているが、気が変わって、居場所を見つければ、簡単に出て行ってしまうだろう。

 彼を引き留める口実は何も、その身の危険だけではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ