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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
128/192

特別の続き

 暑いけど、温かい。そんな優しさで、誰かに抱きしめられている。しっかり抱き締めてくれるのは、いつもそうしてくれたのはお兄ちゃんだ。


「おはよー、お兄ちゃん。」

「お兄ちゃんじゃねえけど。おはよう。」


 目を開けると、徐々に焦点が合ってくる。そういえば、私は昨日、自分の部屋に戻らなかった。ここはサントス邸だ。お兄ちゃんがいるはずがない。


「あ、えへへ。おはよう、秋人。」


 するっと離れて行ってしまう。私も起きないといけないけど、着替えは自分の部屋だ。もう少しゆっくりしてから行こう。

 ぼやっとしていると、秋人は先に着替え始める。いつも服に隠れているけど、脱いでもお兄ちゃんと同じように筋肉質な体だ。だけど、お兄ちゃんとは違って、傷跡が少ない。お兄ちゃんは私と会う前に色々あったから、たくさん怪我をしたそうだ。


「愛良。人の着替えはそんなにじっくり見るもんじゃねえ。」

「あ、ごめんね。」


 上半身は脱いだまま、私に覆い被さる。お兄ちゃんともお風呂ではこの距離になったけど、こんな体勢になったことはなくて、どこを見るべきか迷ってしまった。


「後でお前の着替え、じっくり見てやるよ。」


 耳元で囁かれた。返事もできないまま、さっと着替えに戻る秋人を見つめるだけになってしまう。動くなと言われたわけではないのに指一本動かせなくて、はっきり目覚めているのに寝台から動けない。

 きちんと服を着た秋人が戻って来る。何となく目を逸らせば、体を起こされた。


「次はお前の着替えだな。」



 私の部屋まで送ってもらって、衣装箪笥の前まで私の背を押すと、使っていない私の寝台に当然のように座った。


「着替えねえの?」


 楽しそうにこちらを見続けている。不思議と顔が熱くなる。衣装箪笥に向かって、今日の服を自分で選ぼう。その日の気分で好きな服を選ぶけど、今日はもう何でもいいや。

 服のボタンに手を伸ばして、一度振り返る。やっぱり秋人は楽しそうにこちらを見ていた。


「ねえ、本当にずっと見てるの?」

「お前も同じことしたんだからな。」


 確かに私はずっと見ていた。でも私は半分くらい寝ぼけていて、こんなにしっかり見ようとして見ていたわけではない。


「そうだけど。でも、お兄ちゃんも友兄も、着替えてる時はそんなに見てこなかったよ。」

「俺は優弥さんでも友幸さんでもねえからな。」


 当たり前だ。私も同じだと思っているわけではなくて、二人は見てこなかったのに、どうして秋人はそんなに見てくるの、と言ったつもりだった。


「見られんの恥ずかしい?着替え、手伝ってやろうか?」


 立ち上がって、私の腰に腕を回してくる。これはよくされることのはずだけど、いつもと違う気もする。反対の手がボタンを持つ私の手を除けて、代わりに外し始めた。


「ダ、ダメ!」


 その手を掴めば、一つだけ外して止まる。顔も熱くて、心臓も忙しなく鳴っている。もう、お着替えするだけなのに、どうしてこんなことになっているの。


「了解。じゃ、先に食堂行って待ってるよ。」


 どこかご機嫌な様子で出て行くから、この不思議な感覚を後で教えてもらおうと考える余裕はできた。早く着替えて、お仕事もしないと。




 味の分からない朝食を済ませて、午前の曲作りの時間だ。花火の感動も残したいけど、それ以上に今朝の出来事が衝撃的で、私の思考を邪魔してくる。

 あれは何だったの。服のボタンは外してもらったことがあるのに、その時はあんなにどきどきしなかった。これも全部、友兄に伝えないといけない。そうしたら、理由を教えてくれるかな。

 どうしてあんなに楽しそうに、私のお着替えを見ようとしていたの。人のお着替えは見ていて楽しいものかな。私も見ていたけど、楽しいとか楽しくないとか考えていなくて、ただぼーっと眺めていただけだ。

 曲作りに集中できないなんてものではなくて、どんな曲を作ろうかすら考えられない。今は先に友兄に話してしまおう。



 いつもよりかなり早い時間に、友兄のお部屋を訪ねる。


「待ってたよ。」

「あのね、」


 昨日の秋人とのお出かけ以降の出来事を全て伝えていく。その間に午前のお茶の時間もやって来るから、自分でお菓子をもらって、また続きを話していった。

 聞いている時、友兄は難しそうな顔をしていた。話し終えると、大きく溜め息を吐いて、私の話で不足していた部分を尋ねてくれる。


「まず、愛良は、裸を見られたら恥ずかしい、とは思わなかったんだな。」

「だってお兄ちゃんとも友兄ともラウラとも一緒に入ったもん。」


 そこまで仲良くない人に見られるのは嫌だけど、秋人にも嫌ではない。


「ああ、そうか。じゃあ次。桃ゼリーをあーんって食べさせられたのは?」

「美味しかったよ。」


 少し怒っている気がするけど、私は悪いことをしていない。きちんと約束を守って、何があったか話しているから。


「同じベッドで寝たのは?」

「安心したよ。お兄ちゃんと寝た時と一緒だね。起きた時暑かったけど。」


 そこまでは特に変なこともなかったから、友兄が溜め息を吐く理由も分からない。


「朝、寝起きに半裸で覆い被さられたのは?」

「どきどきした。ねえ、なんであんなことしたの?」


 止まったままのレース編みをする手に力が込められる。歯も食いしばっていて、とても怒っていることは分かった。

 何回も深呼吸をして、編み針を机に置いた。


「よし、愛良。俺とお勉強しようか。まず、家族以外の男の部屋には上がらないこと。」

「お兄ちゃんと友兄の部屋だけしかダメってこと?」

「そういうこと。」


 寒くなっても秋人に一緒に寝てと言えなくなってしまった。私の部屋に来てと言えばいいかな。


「で、自分の部屋にも上げないこと。」

「なんで?」

「危ないから。」

「何も危ないことなんてなかったよ。」


 秋人は何回も助けたり守ったりしてくれているのに、友兄は何を言っているのだろう。寒いと寂しくなってしまいやすいのに、一人で寝ることになってしまう。


「昨日大丈夫だったからといって、次も大丈夫とは限らないんだよ。」

「えー。」


 サントス邸でも危ないことが起きるならなおさら、一緒のほうが安心だと思うけど。友兄の話では一人のほうが安全ということになっている。そのことを追及しても、納得できる理由は教えてくれない。


「次に、裸を見せないこと。だから一緒にお風呂に入るのも、着替えに居合わせるのも駄目だ。」

「はーい。」


 他にもたくさん注意は続く。もう、お昼ご飯の時間になってしまう。




 お昼ご飯が終われば、ようやく曲作りに戻れる。友兄の注意は本当に多すぎる。二人きりはダメとか、迂闊に触れされるのもダメとか。全部本当に守っていたら今まで通りの会話すらできなくなってしまう。結局、朝の不思議な感覚の理由も教えてくれなかった。別の人に聞くしかないね。

 友兄に話して、時間も経ったことで、曲を作る余裕はできた。まずは花火の感動を音にしたい。次に、十二月公演に向けての曲作りだ。十二月の贈り物の歌以外もたくさん考える。どれにするかは、後でアリシアは決めてもらおう。

 一つ目は、冬の夜を一緒に過ごす歌。暗くて寒いから、怖かったり寂しかったりするの。だけど、守って温めてくれる人がいるなら平気。私だって、一緒にいてあげるとは言ってあげられる。この歌で、温めてあげよう。花火を見て熱くなったように、歌を聞いて暖まってほしい。

 二つ目は、守ってあげるよ、と言う歌。以前、アリシアはどんなに寒くても暑くても毎朝の鍛錬を怠らないと言っていた。それを思い出して、守るために頑張っているというのはアリシアに似合うと感じた。凍てつく朝も、雪の吹き乱れる夜も、必ず助けに行くよ、って。

 三つ目は、四つ目は。そんな風にしてたくさん思いついていったものを整理していく。


 午後のお茶の時間になれば、食堂からお菓子をもらって友兄のお部屋に。今日のお菓子は半透明な色とりどりの玉だ。どんな味がするのかな。また全部違う味なのかな。

 今は紅いレース色で、何かを編んでいる。小さく細長い物をいくつも作っていて、既に数個並べて置かれている。


「愛良、午前の話はちゃんと覚えてるか?」

「大丈夫だよ。」


 友兄は恵奈を呼んで、私の分も一緒にお茶を淹れさせてくれる。そのうち、自分でも上手に淹れられるように練習したいな。


「あ、そうだ。恵奈。あのね、今朝ね――」


 今朝の話を簡潔に伝えていく。恵奈は他にもお仕事があるから、あまり長くならないように、と思ってどんどん早口になってしまう。


「愛良様、そんなに急がなくても結構ですよ。」

「え、でも、恵奈のお仕事の邪魔しちゃダメだから。」

「友幸様のお相手をするのも私の仕事の内ですから。」


 その友兄は自分が完成させた物を並べて、考え事をしている。


「侍女の仕事は、主人とその伴侶が心穏やかに日々を過ごせるようにすることです。そして、友幸様は愛良様のことが心配になってしまわれるので、愛良様の相談事を受けるのも、私の仕事の内となるのです。」

「そっか、じゃあ、少しお話しさせてね。」


 今度は分かりやすいように気を付けて、あったことを間違いなく話していく。


「――ってことがあって、どきどきしちゃったの。どうしてかな?」

「まあ、素敵な体験をされましたね。それは秋人様に聞いて差し上げると喜びますよ。きっと、もっと詳しく教えてくださいます。」


 どきどきすることされないかな。されてもいいかも。そんな結論に達した頃、ここまで黙っていた友兄が口を挟んだ。


「恵奈はあれがどういう意味か分からないのか。」

「もちろん存じております。私がそういった遊びに触れていたことは、友幸様もご存じでしょう。」

「ああ、そうだったな。愛良にはそんな遊びを教えないでくれるか。」

「もちろんです。」


 また不穏な空気の会話だ。


「ねえ、何の話?」

「愛良にはまだ早い話だよ。実践で教えるとか言われたら殴って良いからな。」


 もう、友兄も恵奈もラウラも乱暴だ。何かあったらすぐ秋人のこと殴っていいと言うのだから。

 恵奈が退室すれば、またゆったりとした時間が流れる。私はお菓子を食べ終えて、お茶を飲み切るまでが休憩時間。


「愛良は今、幸せか。」


 唐突な友兄の質問。とても優しく聞いてくれていて、こんな風に気にかけてもらえることに嬉しくなる。


「うん、すっごく。」


 曲も作れて、それを喜んで歌ってもらえて、聞いて楽しんでもらえる。友兄や秋人と毎日お話しできる。


「そっか。それなら、良かったよ。」


 そしてこの時間がこの先も続いていくと思えるから、とても幸せだ。


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