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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
127/192

花火大会

 今日は待ちに待った花火大会だ。お夕飯も済ませて、万全の態勢でお出かけしよう。


「はい、できましたよ。」


 恵奈に着付けてもらう浴衣。これは昔、虹彩皇国が今ほど大きくなかった時に、東方から伝わって来た服だという。ボタンが一つもなく、帯だけで形を保っていて、とても可愛い。


「よくお似合いですよ。かんざしも着けましょうね。」

「うん、お願い。」


 この浴衣も帯もかんざしも、お店で秋人が選んでくれた。私も一緒に選んだけど、どれも素敵に見えて、自分では選びきれなかったから。


「本当に、可愛らしい愛良様によくお似合いです。」

「ありがとう。」


 私も可愛くなれると思っていたから、そう言ってもらえると嬉しい。支度ができたら秋人の待つ部屋に戻る。


「お待たせ。どう?」


 ドレスのようにくるりと回って見せるのは難しいけど、袖の部分がよく見えるように軽く上げる。


「可愛い、似合ってる。」

「秋人はいつもと同じ格好なんだね。」

「動きにくい格好にはできないからな。」


 今日はお仕事で出かけるわけではないから、剣は下げていない。だけど、私のように東方から伝わったという服にはなっていない。


「一緒に選べばよかったのに。」

「この格好じゃないと案内できない所に連れて行きたいんだよ。」


 その場所も行くまでの楽しみに、いつもより浮ついた雰囲気の街へと出た。




「やっぱり人がいっぱいだね。」

「逸れんなよ。」

「手繋いでるから大丈夫だよ。」


 人の波は秋人が避けてくれる。私は手を繋いで空いた道を歩くだけ。甘い匂いも香ばしい匂いもたくさんで、その元を探して視線が迷ってしまう。


「花火の時間は分かるし、愛良は気にしなくて良いからな。」

「うん。じゃあ、私、りんご飴食べてみたい。友達と何回か来てるんだけど、食べたことないの。」


 前に来た時は売っている店があった。今日はまだ見ていないけど、私の言葉で歩く方向を少し変えた。周りに人がいっぱいで、お店自体はそう見えない。通っているすぐ横だけが分かる。だけど、周りの人もいつもより綺麗な服装をしている気がして、飽きはしない。

 手が離された。見上げれば、目の前にりんご飴が差し出される。


「あ、ありがとう。」

「落とさないようにな。」

「そんなことしないもん。」


 また手を繋いで、歩きながら齧ろうとするけど、思ったより大きい。他の人が持っていると簡単に齧れそうな大きさに見えたのに、私の拳よりも大きいくらいだ。諦めて舐めてみると、飴の甘さしか感じられない。りんご部分も一緒に食べたいな。

 四苦八苦しながら歩き食べだ。綺麗な細工も見えたけど、欲しいとは思わない。だってもう、たくさん持っているから。

 そうやってりんご飴も食べ終われば、秋人が空を確認した。月も星も綺麗だけど、今夜の目的は花火だ。


「そろそろ向かうか。愛良、少し早いけど、特等席に案内してやるよ。」

「うん、楽しみ!」


 見やすい場所はみんなが行きたい。だから早めに行くのかなと思ったけど、秋人は人の流れとは反対方向に向かって行く。少し坂も上って、普段なら行ってはいけないと言われるような林の中を通る。


「ねえ、ここ来ていいの?」

「今日だけ特別な。他の人には内緒だ。」


 しーっ、と唇に人差し指を当てる。頷きそうになってしまうけど、言ってはいけない相手の確認が必要だ。


「友兄にも?」

「そう、誰にも。」


 全部包み隠さず伝えると先に約束してきている。だからこれは断ることになる。


「あのね、ちゃんとお話しするって言ってるの。だから、ごめんね。」

「ああ、まあ、良いけど。俺としか来ちゃ駄目だからな。」

「分かった、それは約束する。」


 一人だと危ないからだ。アリシアからも守ってくれる人がいない時は人目のない所に行かないよう言われている。

 もう少し進んだ所、木々の中なのに、ここだと言って秋人は立ち止まる。花火は見えそうにない。


「ちょっと失礼。」

「へ?わあ!」


 片腕で簡単に持ち上げられる。急に視点が高くなって驚くけど、やっぱり花火は見えそうにない。


「しっかり掴まっとけよ。」


 言われた通りにすると、ぴょんぴょんと太い木を登り出した。どんどん地面が遠くなっていく。周辺の木々が下になり、視界が開ける。私の胴体より太い枝に座り、私も座らせようとしてくれるけど、こんな場所に座ったことなんてない。

 しがみ付く力を強くすると笑われてしまう。だけど、足の上に座らせてくれた。


「あっち見とけよ。たぶんもうすぐ上がるから。」


 そう言った途端、色とりどりの花火が上がり始める。大きく開いては消えていく光、小さく幾つも連なるように離れていく煌めき、地面から吹き上げるような炎。どれもほんの数秒の間に過ぎ去っていく。


「すっごい、綺麗。いつもよりよく見えるよ。」

「ああ、そうだな。」


 光は爆ぜて、軌跡を描く。ある一点から遠ざかれば、別の色に近づいて、やがては重なるように姿を消した。そちらに目を奪われていると、今度は地上が輝きに包まれる。波のような強弱が、見ている人を飽きさせない。そうこうしていると再び空は無数の彩りで埋め尽くされる。

 天と地を繰り返し満たしていく花火たち。一筋の閃光が大地から天空に解き放たれた。ひときわ激しく明滅し、静かに垂れ下がる光の雨。

 何事もなかったかのように星は瞬いていた。


「綺麗だった。」

「喜んでもらえて良かったよ。」


 風が興奮した体を鎮めてくれる。月も高く、一緒に花火を見ていた気分だ。花火で隠されていた星々も、一瞬の美しさを楽しんでいたのかもしれない。常にある星と、この時にしかない花火と、昇ったり沈んだりする月と。

 それがどれだけのものか、どうやったら表現できるかな。綺麗だとか美しいとか、一緒に見られて嬉しいとか、言いたいことはたくさんあるのに、圧倒されて一言しか口に出せなかった。


「そろそろ帰るか。」

「うん、すごかったね。」


 まだ余韻が消えない体を抱えられ、勢いよく飛び降りられる。さっきまでとは違う意味で心臓がどきどきしてしまう。私の身長の何倍の高さから飛んだのだろう。

 下ろされても、自力で立てない。


「悪い、先に言うべきだった。」

「ううん。今のもすごかったよ。」


 えへへ、と腰を抜かしてしまった恥ずかしさを隠す。すぐ立てるようになったから、手を貸してもらって、またどこかに連れて行ってもらう。


「すっごく特別な日だね。」

「なら、もっと特別な日にしないか?」


 これ以上の特別を用意してくれているのか。今日は私の心臓が大忙しだ。


「何があるの?」

「友幸さんにこの間怒られただろ?」

「うん、友兄が何かしてくれるの?」


 何だろう。怒られたのは秋人だけど、私に何かしてくれるのかな。


「ああ、まあ、何か考えてるかもしんねえけど。友幸さんに見つからないように、俺と、特別な日にしないか?」

「どういうこと?」

「帰ってからのお楽しみ、だな。」

「もう!またそれ?早く帰ろ。」


 少し早足で坂を下る。滑りそうになってもしっかり支えてくれるから安心だ。


「そんなに焦んなくても。」

「気になるから!秋人との特別な楽しみでしょ?想像できないもん!今日はもういっぱい特別があったのに。」


 ほとんど駆け足になって、秋人の手を引いて行く。だけど、途中で引き戻されて、腕の中に閉じ込められる。


「そっちじゃねえって。」

「だったら連れてって!」


 簡単にお姫様抱っこに変えて、正しい方向へ連れて行ってくれた。




 お家に帰れば、いつもはそれぞれのお部屋に戻る。だけど今日は手を繋いだまま、いつもと違うことを言われた。


「友幸さんにばれないように、静かにな。」

「内緒なの?私、言う約束してるの。」

「後から知られるのは良いんだよ。」


 言ってもいいなら問題ない。足音も忍ばせて、秋人のお部屋に案内される。


「かんざしと根付けだけ外してから風呂に行こう。一緒に入るか?」

「うん。かんざし、どうなってるの?」


 私のボタンを外して怒られていたけど、一緒にお風呂は怒られないのかな。その疑問が伝わったのか伝わっていないのか、秋人はなぜか一瞬息を飲んでから、深く吐き出した。


「うん、じゃねえんだよなぁ。冗談だから先入って来いよ。」

「え、分かった。」


 呆れた表情なのも納得がいかない。提案したのは秋人なのに、どうして私がいけないことをしたみたいな反応をされないといけないのかな。

 脱衣所で脱いだ浴衣は侍女に預けて、一人で湯船に浸かる。お風呂から上がったら、いつも夜食が待っている。それが特別な物に変わっているのかもしれない。そんな風に、この後にあるらしい秋人との特別な楽しみに思いを巡らせつつ、時間を過ごした。

 脱衣所に戻れば、お着替えを置いてくれていた。いつもは自分で用意しておかないといけないけど、今日は特別だからかもしれない。きちんとボタンも留めて、お部屋に戻る。


「お先。上がったよ。」

「んじゃ、先に寝てても良いけど、起こすからな。」

「うん。」


 暖まって眠くなっていることに気付かれてしまった。寝入ってしまわないように、寝台には入らない。まだ夜食を食べないといけない。顔がふっくらしてきたとも言ってもらえているけど、まだ腰回りは細すぎると言われているから、しっかり食べる必要がある。

 うつらうつらと眠気を堪えていると、秋人がお皿を持ってくる。


「はやいね。」

「寝てたからだろ。今日は軽めに桃のゼリーな。」


 中に果物が入っているのが見える。白くて甘そうだ。お皿を机の上に置いてくれるけど、スプーンは取り上げられる。


「はい、あー。」

「ん。」


 これが特別なことなのかな。確かにいつもはしないことだ。大きく口を開けて、零さないように気を付ける。ゼリーだから一口が大きくても食べられるけど、これがケーキやワッフルなら難しかっただろう。

 つるつるとしていて、もぐもぐと噛むことなく舌と上顎で潰して飲み込める。ゼリー本体の味はさっぱりしている。

 私が飲み込んだことを確認して、もう一口差し出してこようとするけど、果物も乗っているのにさっきと同じように一口が大きい。


「食べにくいよ。」

「ああ、悪い。」


 減らしてくれるけど、それでもまだ普段の私の一口よりは大きい。柔らかい桃でも、ゼリーを飲み込んだ後に口の中に残る。その甘さをゆっくりと味わって、また一口。そんな風にしっかり全部食べ切って、特別な時間は終わりだ。


「ごちそうさま。おいしかった。さっぱりしてて、ももはあまくて、つるっとしてて、たべやすかった、ってつたえて。」

「了解。そのまま待っとけよ。……寝んなよ?」


 頷いて、ソファに横になる。移動していないから、そのままの範疇に入ると思う。熱かった体もゼリーが少し冷ましてくれた気がする。まだ今日はお休みを言っていないから、うとうとしながら戻って来るのを待つ。寝るなとわざわざ言ったということは、さらに何かあるのかな。

 落ちてくる瞼を必死で持ち上げていると、食堂にお皿を返してくるだけだから眠ってしまう前に戻って来てくれた。


「一緒に寝る?」

「うん、おやすみ。」


 起き上がって抱き着けば、寝台まで連れて行ってくれる。寝かしてくれるけど、秋人が入って来る様子はない。


「これは、良いやつだよな。」

「ねないのー?」

「今寝る。」


 お兄ちゃんみたいに抱き締めてくれる。似たような体格だから、全部包み込める。友兄と寝た時みたいに、物足りない感じにはなってしまわない。


「お休み。」


 他にも何か言ってくれた気がしたけど、もう眠気が限界で、聞き取れはしなかった。


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