次の予定
珍しく私一人がアリシアに呼び出される。執務室に、ということだから文化交流事業の話かもしれない。
「愛良、待たせたわね。次の公演は十二月下旬。マリアとラウラは舞の儀もあるから、私と愛良の二人で出ることになるわ。」
「分かった。次はどんなのがいいかな?」
年末に向けて、みんなが忙しくなり始める頃だ。大掃除を始めたり、冬休みの宿題を出されたり。
「民話も調べてみると面白いかもしれないわ。友幸に聞いてみなさい。良い話を聞かせてくれるわ。」
「うん、そうするね。」
その話を参考に作ってみてほしいのかな。それとも、悩むなら参考にしなさいと教えてくれただけかな。
「もちろん、愛良の思いを優先して頂戴。今度は練習期間を忘れないようにね。」
「気を付けるね。」
アリシアからの助言で、まず友兄に話を聞く。十二月下旬の、寒くなった頃に関わる民話についてだ。
「一年間頑張った良い子に贈り物をしてくれる精霊の話があるよ。」
「聞きたい!教えて。」
友兄はレース編みをする手を止めて、ゆっくり思い出すように語ってくれる。
「十二月は一年の最後の月だ。もうその年が終わってしまうという寂しさと安堵、それから新しい一年がやって来るという期待が人々を包む季節。もうひと頑張り。寒さと雪にはしゃぐ子どもも、耐え忍ぶ大人も、いつもとはどこか違った思いを抱いている。
そのあと少しを過ごし、次の年も一緒に生きるために、精霊たちが人間にご褒美を用意しようと考えた。だけど、何をあげたら良いか分からなくて、自分たちが用意できる物を手当たり次第に与えてみた。
みんなが起きて遊んでいられる昼、静かに眠れる夜、好きな人同士が触れ合う口実になる風、子どもたちの遊び道具になる雪。」
人間同士では絶対に用意できないものばかりだ。だけど、一日中昼でも夜でも驚いてしまう。好きな人と触れ合うのに口実なんて要らない。雪も多すぎると大変だ。
「だけど、全員が喜んでくれるわけじゃない。困った精霊たちは何人もの人間に聞くけど、人間は様々な物を答えた。お菓子、玩具、ぬいぐるみ、服、靴、友達。そんな風に答えられて、精霊たちはようやく気付いた。毎年こうやって聞いて、その時欲しがっている物を一人一人にあげれば良いのか、と。
それからその地方では、十二月の上旬から中旬にかけては、欲しい物を玄関付近に書いておくようになった。そうするとその書いた物が、十二月二十五日の朝に起きると、枕元や扉の前に置いてあるんだ。」
精霊が贈り物をしてくれるなんて、素敵なお話だ。ここでも書いていればくれるのかな。
「ねえ、それって頑張ってれば誰でももらえるの?」
「どうだろうな。俺は書いてみたことがないから分からないな。」
今年試してみよう。玄関付近に書く。サントス邸の門のほうかな、それとも建物の扉のほうかな。地面に直接書くのかな、壁に書くのかな。それとも書いた紙を置くのかな。
「どうやって書くの?」
「精霊に伝われば良いんだよ。どこにどう書いても良い。消えないようにだけ気を付ければ。」
見やすくしてあげよう。だけどサントス邸の人たちの邪魔にはならないようにしたい。片付ける手間もあまり増やさないように、と考えると、書いた紙をどこかに置くのが一番適しているかな。
今からまだ四、五か月ある。欲しい物を考える時間も十分だ。私は何がほしいだろう。
「愛良、どうしたんだ?」
「欲しい物考えてるの。」
おおよそもらえている。お勉強のための本も場所も、楽譜を書くための紙も筆記用具も、服も靴も装飾品も全て持っている。ぬいぐるみだって、もうたくさん持っているから、さらにほしいとは思わない。毎日美味しいお菓子も食事も一緒に食べている。夜に一人で寝るのももう慣れた。
そう考えていると、恵奈がお茶のお代わりを淹れに来てくれた。
「ありがとう。あ、そうだ。恵奈、十二月に頑張ったご褒美がもらえるんだって。だけどね、私、欲しい物が思いつかないの。」
「それは友幸様から、ですか。」
さっきの話の概要を教えてあげる。精霊が何でもくれるという話だ。
「精霊がくれるのですね。」
「そうだよ。」
友兄の話ではそうだったのに、本人に訂正されてしまう。
「お話の中ではそうだけど、実際は親や兄、姉、恋人からもらうんだよ。」
私はお兄ちゃんか友兄からもらいたい物になるのか。アリシアからかもしれない。
「今の季節に合う服では間に合いませんね。」
「うん。」
「まだ時間はおありなのですから、ゆっくり考えられるとよろしいですわ。」
「そうだね。」
それまでに欲しい物を考えておこう。何か欲しいと思ったらその時まで取っておかないと。
恵奈の退室を見送って、私は気付いた。お話を聞いたのは曲を作るためだった。
「友兄、私もう戻るね。曲作らなきゃ。」
「行ってらっしゃい。」
同じ家の中だけど、音楽室に出勤だ。お仕事の時以外も行くけどね。
私とアリシアだけで、十二月中旬に歌ったり演奏したりする。文化交流事業の一環だから、別の地方の民話を参考に作るのは適しているかもしれない。
まだ十二月の贈り物はもらっていないけど、贈り物の嬉しさは知っている。物をもらえることももちろん嬉しいけど、その人が自分のために贈り物をしようとしてくれたことが一番嬉しい。そして、十二月の贈り物には一年間頑張ったねという気持ちが込められている。その一年を過ごせたことと、次の一年も一緒にいようという気持ちも入る。自分からは渡さなくても、受け取ってから私も一緒にいたいと言うことはできる。
昼と夜、風と雪。精霊たちはそういったものも頑張った人のために贈った。それらはもらっても困ることもあるかもしれないけど、頑張ったね、一緒に過ごそうねという込められた思いは変わらない。
「よし。」
作りたい曲が思いついてくる。だけどまだ決まらない。
私が歌うのか、アリシアが歌うのか、二人で歌うのか。もらう人の気持ちかな、贈る人の気持ちかな。アリシアは贈り物の精霊さんと言うには格好よすぎるかもしれない。迷ったなら全部作ってみよう。全部歌うのか、どれかを歌うのかはアリシアが決めてくれる。
最初は私が歌う曲。自分の気持ち、もらう側の気持ちだから、一番分かる。嬉しいよ、私も一緒にいたいよ、という気持ちをたくさん込めたい。吹き飛ばされそうな暴風でも、埋まってしまいそうな豪雪でも、私のための贈り物なら嬉しいよ。
次はアリシアが歌う曲。贈る人の気持ちを想像しよう。アリシアはいつも色んな物を贈っている。私にだけではなくて、友兄にも。夜会に出る時に相応しい衣装をという意味の時もあるけど、楽しく時間を過ごせるようにと考えてくれている時もある。ゆっくり休めるような時間もくれる。直接アリシアが傍にいられない時は友兄や秋人が私の傍にいられるようにしてくれる。楽しく明るい昼も、疲れを癒す夜も、誰かのために贈っている。
今日はもうあと一曲だけ考えよう。二人で歌う曲だ。聴いてくれている人たちに贈る曲か、それともアリシアが私に贈ってくれるという曲か。
「愛良、夕飯。」
「もう?まだ考えられてないのに。」
「明日もあるだろ。」
秋人の声でまた、お仕事の時間が終わりを告げる。悩んで迷って、覚え書きだけが増えてしまった。だけど今日はもうおしまい。気分を切り替えて、アリシアと友兄から聞いた話を教えてあげた。
「欲しい物、何にもねえの?」
「だってもうもらってるもん。あ、でも、いっぱい好きって言ってもらえて、ぎゅっとしてもらえたら嬉しいな。」
精霊さんには頼めないけど、友兄たちには頼める贈り物だ。
「好きだよ、俺は。」
「うん、私も。」
「友幸さんやアリシアさんと同じように?」
どうだろう。友兄はお兄ちゃんみたいなもので、その友兄がアリシアの伴侶みたいものならアリシアもお兄ちゃんみたいなものだ。だけど秋人はお兄ちゃんみたいな部分もあるけど、お兄ちゃんたちと同じ分類に入れられるのかな。
どちらかと言えばラウラと同じ分類な気がする。バルデスでは二人で見つけてくれた。
「分かんない。ラウラと同じ感じかな?」
だけど、ぎゅっとしてくれた時のことを思い出せば、ラウラよりお兄ちゃんに近い。
「ラウラと、かぁ。」
「何?」
嬉しそうでも嫌そうでもないけど、納得している様子もない。何か分からないのに、秋人は答えてくれなかった。
「いや、何でも。明後日、時間あるか?」
「曲作るつもりだけど、空けられるよ。」
「なら空けといてくれ。出かけよう。」
どこへとは言ってくれない。まだ花火大会には日があるのに、何があるのかな。何も言わないということは私が特別に用意することはないと思うけど、気にはなる。
普段の食事は礼儀作法もそんなに気にする必要はないから、食べながらも聞いていける。
「明後日、何があるの?」
「行ってみてからのお楽しみ、だな。花火大会の準備みたいなものだよ。」
学園の友達と何回か見に行ったことはある。屋台でご飯を食べたり、お菓子を食べたり。最後に花火を見てお別れだ。だけど、事前に何かを用意してから行ったことはない。
「準備が要るの?」
「したらもっと楽しい、って感じ。愛良は楽しみにしててくれたら良い。明後日も、花火大会も。」
「ふーん。」
想像もできないけど、秋人が楽しそうに話してくれるから悪いことではないと分かる。もう少しすれば分かることだから、わくわくしながら当日を待っていよう。
来年はこういう気持ちも歌いたいな。花火大会を待つ時の期待感と、きっと楽しい当日の気持ちと。忘れはしないだろうけど、歌いたいと思った気持ちも一緒に日記に付けておこう。文化交流公演はなくても、私が作って歌うことはあるだろうから。
「曲作り、順調なんだな。」
「うん。アリシアと友兄が色んな話をしてくれたから。今の気持ちもそのうち歌いたいって思ってるんだよ。幸せな気持ちは伝えたくなるからね。」
友兄とアリシアと秋人には毎日会えて、お兄ちゃんにもたびたび会える。曲も作れて、聞いてくれる人がいる。楽しみなことが明後日にも数週間後にも、半年くらい先にも待っている。
早くその時が来てほしいと思いつつ、この幸せな時間が長く続いてくれたって嬉しいとも思う。そんな風に思える明日がきっとまた来てくれる。