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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
125/192

家族会議

 私もアリシアも秋人も怪我をしなかった。だから安静にさせられることもなかったけど、しばらくはお出かけしたくない気持ちになってしまった。


「ねえ、友兄はよくああいうお茶会行くの?」

「令嬢同士のお茶会とは違うと思うけど。まあ、用心はするよ。」


 大変なことが続いたから、しばらくゆっくりすると良いと言われて、次の予定がないまま、私はお休みの日々だ。曲は作っているけど、マリアやラウラと予定を合わせられる日を待つことになっている。

 その時間を利用して、アリシアに連れられてたびたびお出かけしている友兄に助言を求めたのだけど、今のところあまり引き出せていない。


「どういう風に?」

「自分のカップだけ違うデザインになっていないか、お茶を淹れる時におかしな動きをしていないか、自分が飲む前に誰かがお茶以外の物を入れようとしていないか。おかしな薬でも入れられたら大変だからな。」


 私が遭った危険とは違う種類の危険もあるということ。バルデスでラウラたちから注意されたことをずっと気を付けている、ということだね。


「銃を向けられたらどうしようもないよね。」

「まあ、そうだな。本当に稀だよ、そういうことは。アリシア様のお言葉もあって、今回は令嬢にのみ厳しい罰が下されることになったみたいだけど。愛良はなんで川崎真希って令嬢に狙われたか分かってるか?」


 私のことが嫌いみたい。そんな雰囲気で、ずっと私と輝文の話をしていた。真希は輝文と話したいのに、輝文が私とばかりお話しするから、といった内容のことも言っていた。ほとんどアリシアがお返事してくれたから、私は適当に聞いていただけだ。


「知らない。意地悪したかったんだよ、きっと。」

「それはそうだな。輝文様のことが好きだから、いきなり出て来たように見える愛良が、自分以上に輝文様と仲良くなってるのが悔しくて、嫌がらせをしたくなったんだよ。要は嫉妬、焼きもちだな。」


 つまり、私が悪いことをしたわけではないのに、怖いことをされたということ。自分では防ぎようのないことだ。ただ、身を守ることしかできない。


「もう、困るなぁ。」

「それで、なんだけど。少し話し合いたいことがあるんだ。」


 その時、恵奈が来客を教えてくれた。


「神野優弥様が到着されました。」

「ああ、ありがとう。今行く。アリシア様と秋人にも伝えて、連れてきてくれ。」

「かしこまりました。」


 私は友兄に連れられて、お兄ちゃんの待つ応接間に向かう。


「お兄ちゃん!」

「もう元気みたいだな。友幸様、いつも愛良がお世話になっております。」

「俺にとっても妹みたいなもんだから。そんなに気を遣わないで、前みたいに話してほしいな。」


 お兄ちゃんと友兄が話しているところはあまり見たことがない。学園がお休みでお兄ちゃんもお休みの時はお兄ちゃんといるし、お兄ちゃんがお仕事の時は友兄といる。だから、私はどちらかといる状態だった。


「そうはいきません。今はもう、アリシア様の伴侶のようなものでしょう?」

「周りが勝手にそう言っているだけだ。」


 また友兄が不機嫌になってしまう。この話題は続けないようにしよう。


「あ、あのね。私、また新しい曲を作り始めたの。」


 文化交流事業の公演以降の出来事を伝えていると、秋人と恵奈がやって来る。二人の態度は対照的で、恵奈はにこにことしているのに、秋人は罰が悪そうにしている。何の話をするか知っているのかな。

 ほどなくしてアリシアも部屋に入って来た。


「待たせたわね。」

「いいえ。ようやく六人揃って話せますね、アリシア様」

「そうね。私は問題ないと思っているのだけれど。」


 アリシアもご機嫌だけど、友兄は怒る前のような雰囲気だ。私は怒られるようなことをしていないのに。立たされている秋人が怒られるのかな。恵奈も立っているけど、それは侍女だからと前に聞いたことがある。


「まず、愛良。」

「はい。」


 何もした覚えはないけど、いつもより少し気を引き締めて、きちんとお返事をする。怒られる時でも、こうすると優しくなるから。


「夜会に秋人からもらったネックレスを着けて行ったよな。その後、穂波輝文様が来られた際にも、同じネックレスを着けていた。その意味は説明されたか?」

「意味?」


 首飾りには風見京平も言及していた。マリアが琥珀色のドレスに意味を見出していたのと同じことだろうか。だけど、あれはもらった人がそう思っているという話だから、誰かから説明されるようなことではない。

 だけど、友兄は秋人を睨んでいる。秋人が説明するべき何かを怠っていたのかな。


「よし、なら次だ。夜会の際、愛良はラウラさんと秋人も一緒ではあったけど、また攫われて気を失った。帰って来ても意識の戻らない愛良は、秋人にしがみついたままだった。だけど体のことを考えて、恵奈は愛良の体を綺麗にした後、楽な服装にも変えた。恵奈、そうだね。」

「はい。頭を酷く打ち付けられたという話でしたので、まずは体を締め付けるドレスは不適切だと判断しました。移動の間、悪い夢を見られていたのか寝汗をかかれておられましたので、風邪をひいてしまわないよう、拭わせていただきました。」


 前に熱を出してしまった時も、恵奈はそうしてくれていた。お風呂に入るのも疲れてしまうから、濡らした布で綺麗に拭いてくれていた。


「その時、秋人には何て言った?」

「目を瞑っているよう指示させていただきました。決して開けないように、と。ですが……」

「違う、俺は開けてない。恵奈が勘違いして殴ってきただけだ。」


 私は怒られないみたい。少しほっと気を抜いて、お茶を飲む。だけどアリシアはむしろ興味を持ったようだった。


「あら、秋人はまた恵奈に殴られるようなことしたのかしら。」

「してない。そんなに疑うんだったら最初から目隠しでもしておけよ。」


 恵奈は呆れたような表情を作っているけど、手で隠した口元が笑っている。それに秋人も気付いて小さな声で、こいつ、と苛立ちを隠さず呟いている。だけど友兄は気付いていないのか、言及することなく話を進めた。


「まだあるんだよ。意識の戻った愛良は見舞いに来られた穂波輝文様と会った。きちんと怪我人としては最低限失礼のない服装に替えた上で、な。で、その着替えは誰が行ったか、って話なんだけど、恵奈。」

「はい。私はその時、穂波輝文様の対応を行っておりましたが、どの侍女も、もちろん侍従も、愛良様のお部屋には呼ばれておりませんでした。」


 これは秋人に、自分一人で着替えたって答えろ、と言われたことだ。


「あ、あのね。私、ちゃんと一人で着替えられたよ。だって、お兄ちゃんと住んでた時、学園にいる間もだけど、ずっと一人で着替えてたもん。」

「へえ、後ろにボタンが付いてたのに?」


 頑張れば留められるかもしれない。後ろにボタンがついている服なんて、一人で着たことないから分からないけど、そういうことにしておかないと秋人との約束を被ることになる。


「そ、そうなの!私も成長したからできるようになったの!」

「ふーん。で、誰にそう言えって言われたんだ?」


 信じてもらえていない。これは秋人と答えてはいけない質問だよね。そう確認するつもりで秋人を見たのに、思いっきり目を逸らされた。


「ああ、秋人に言われたんだ?ってことだけど、秋人、何か弁解は?」

「え、いや、その、見てないから。」

「何を?」


 友兄が冷たい声を出している。大きな声を出しているわけでも、声を荒げているわけでもないのに、怒っていることがはっきり分かる。私が怒られているわけでもないのに怖くなってくる。


「うん、何を見てないって主張してるんだ?」

「あ、愛良が、一人になるの怖がってたから……」

「着替えを手伝う理由にはなんねえよな?」


 これは私が答えてあげよう。直接友兄に怒られている秋人は私より怖い思いをしているはずだ。


「あのね、その時はまだ頭がくらくらしててボタンが外せなかったの。だから、手伝って、ってお願いしたの。」

「なんで侍女を呼ばなかったんだ?」

「だって秋人、部屋出て行こうとするんだもん。怖い夢見て起きて、すぐ一人になるのは嫌なの。」


 友兄は溜め息を吐いたけど、怖い雰囲気は少し和らいだ。それに秋人も気付いて、すぐ友兄に訴える。


「そう。だから、ボタン外すのだけ。ちゃんと、脱いで着るのは自分でできたもんな?」

「ボタンを外したとは認めるんだな、お前は。」


 また怖い雰囲気が戻ってくる。友兄は、秋人が私の服のボタンを外したから怒っているのかな。ここでようやくお兄ちゃんに話が振られた。


「優弥さんはこれを聞いてどう思う?」

「愛良が問題と感じていないなら、俺はその意思を尊重するよ。」

「はあ!?今はそんな流れじゃなかっただろ!愛良が気付いていないのが問題だって話だよ!」


 突然大きな声を出すから驚いてしまうけど、さっきまでよりは怖くない。不機嫌そうな表情も相変わらずだ。少し勢いをなくした友兄が今度はアリシアに同意を求める。


「アリシア様も秋人のこの行動は問題だと思いますよね?俺が何回言っても聞かないんです。」

「そうね。だけど、この行動の問題点を分からなくした責任の一端は、知らなくて良いと言って教えなかった友幸にもあるわ。」


 自分に矛先が向けられると思っていなかったらしい友兄が沈黙する。それを見て秋人が小さい声で、ばーか、と言うけど、アリシアは次に秋人に言い放つ。


「秋人はどこが問題だったか分かっているはずね。隠そうとしたのだもの。それなら、何がどう問題だったか、どう愛良に教えるかは任せるわ。任せるけれど、泣かすことは許さない。優弥さんも友幸も、もちろん私も大切にしている愛良を泣かすなんて、ねえ?」


 微笑んで優しく言っているはずなのに怖い。秋人も黙って頷いている。私はこれから何かを秋人に教えてもらえるみたい。

 全員の様子を見たアリシアは、パンと一つ手を叩く。


「さて、友幸もこれで満足かしら。」

「満足じゃないです。俺は、秋人のああいう行動が問題だって話を」

「解決したわ。悪いわね、時間を取らせて。恵奈、秋人、もう行って良いわ。」


 二人が退室しても、友兄の不機嫌は収まらない。


「優弥さんは、大切な妹が、順番を守らない元貴族の子どもみたいな男にどうこうされても良いのかよ。」

「俺にはそんなに悪い子には見えなかったな。」

「自分の色の首飾りを贈って、夜会に行くのに着けさせて、求婚されたらその首飾りを自分から貰ったって言わせてんの!」


 アリシアが微笑んでご機嫌斜めな友兄を見ている。宥めもせずに見ている。楽しいかな、それ。お兄ちゃんのほうに視線を移しても、ご機嫌なのは変わらない。


「悪いわね、こんなことに付き合わせて。しばらく忙しくて不満を聞く暇もなかったの。」

「そうですか。俺も六条公爵が気にかけてくださるおかげで、忙しいことも多いですから。身近にこんなにも愛良のことを大切にしてくれる人がいるなら安心して預けられます。」


 忙しいのは本当だけど、お兄ちゃんが自分からサントス邸に来られないのは身分の問題だ。今日は友兄が呼んだから来てくれただけ。私も一人で帰らないよう言われているから、そんなに頻繁には帰れない。


「私もね、友兄がいてくれるから、お兄ちゃんがいなくても頑張れてるの。」

「ここ最近は愛良の様子を伺う時間もなかったものだから、友幸に任せっきりにしてしまったわ。とても助かりはしているのだけれど、それではいけないと反省していたところよ。」


 みんなで褒めたら少し嬉しそうにしている。本当は秋人がご飯を一緒に食べたり呼びに来たりしてくれることも頑張れる理由の一つだけど、それは黙っておこう。


「別に、そういう話じゃないし。愛良が危ないだろ、って。」

「愛良は彼に嫌なことをされていないんだろう?」


 お勉強も教えてくれた。お菓子やご飯を忘れないようにも気を付けてくれている。助けにも来てくれた。一緒に踊るのも、練習を含めて楽しかった。お願い事もほとんど聞いてくれる。うん、嫌なことは何もない。


「んー。うん、されてないよ。」

「なんで今少し悩んだんだ?」


 お兄ちゃんの問いにしっかりと考えてから答えただけなのに、友兄は追及してくる。


「悩んでないよ。思い出してただけ。」

「そうだわ、愛良。友幸は愛良のことがどうしても心配なようだから、一度、秋人を試してみれば、友幸も安心させてあげられると思うわ。今度の花火大会、二人で出かけてらっしゃい。」


 秋人と二人でお出かけすれば、友兄が安心する。どうしてだろう。


「花火は楽しみだけど、なんでそれで安心できるの?」

「約束するからよ。何があったか、包み隠さず、全て話すこと。秋人に言わないよう頼まれても、全て友幸に教えてあげるの。できるかしら。」


 言わないようにお願いされたことは今日知られてしまったけど、秋人は少し怒られただけだった。お願いされても断れば、嘘も吐かなくて済む。約束してからこっそり友兄に教える必要はないと思うから。


「うん、できるよ。」

「それで愛良に危険を晒すのは賛成できません。」

「あれだけ念を押したのだから危険なことはないわ。何もしないならそれで良し、愛良が拒まなかったならそれでも良し。」


 頭を撫でるお兄ちゃんも微笑んでいるから、きっと悪いことは起きない。花火大会の日を楽しみに、今日の話し合いは終えられた。


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