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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
124/192

嫉妬も怖い

 自分で開いた窓から爽やかな風が吹き込み、庭の緑も元気そうに揺れている。


「愛良、もう平気なのか。」

「すっごく元気。ほら。」


 まだ心配そうな秋人のために、くるりと勢いよく回転して見せる。


「無理すんなよ。」

「大丈夫だよ。走り回れそうなくらい。」


 それでも秋人は私の体を支え、ソファに座らせようとする。アリシアも心配しているからたびたび秋人に様子見に来させているのだと思うけど、自分の目で見たほうが安心できると思う。後でアリシアの前でも回復した様子を見せてあげよう。

 そう思案していると、来客の連絡が入った。


「行こう、ちゃんと伝えに。」

「服くらい直して行けよ。」


 回転した時に捲れてしまった裾を直してもらい、部屋を出ようとすれば止められる。


「忘れ物。」


 夜会にも着けて行った雫型の首飾りを着けられる。秋人の髪と瞳と同じ色の首飾り。どうして秋人は何度もこれを私に着けさせようとするのかな。

 問いかけると助言までくれて、応接間へと連れて行ってくれる。今日は秋人も私の後ろに立って、ソファには掛けない。


「お待たせしました、輝文様。」

「いいや。もう体は良いのか。」

「はい、もう万全です。飛び跳ねられるくらい。」

「それはやめてほしいな。」


 軽く笑う輝文。私が休んでいる間にも何回もお見舞いに来てくれたそうだけど、アリシアが会わせないようにしてくれていたそうだ。

 私の体調の話や文化交流事業の評判など、少しだけ聞かせてくれると、本題に入った。


「もう聞いているかもしれないが、君の叙爵についてだ。」

「風様が以前、教えてくださいました。」

「ああ、そうか。ありがとう、考えてくれていたか。」


 どう返事するかは決めている。だからその通りに返そうとしたのだけど、その前に輝文が言葉を続けた。


「先に女爵となる利点を教えよう。まず、貴族とも話しやすくなる。俺にも好きに話しかけて、ダンスに誘ってくれ。」


 利点、かな。別に輝文とは踊れなくても構わない。貴族とは今話しにくいわけではないから、私にとっては利点とならない。


「君の騎士にとっては、面白くないようだ。」

「私ではなくてアリシア様の騎士です。アリシア様も非常に私のことを心配してくださって、付けていてくださいますの。」


 事実を答えただけなのに、輝文は笑いを堪えている。


「そうか。では、君に伝わるように言い直そう。神野愛良殿、私を伴侶にしてくれないだろうか。」


 輝文は穂波公爵の息子だけど、第一子ではない。だから家を継ぐとか領地の問題とか、難しいことは考える必要がない。だけど、伴侶というのは、結婚してずっと一緒にいるという話だ。まだ輝文とは数回話しただけで、これからもずっと一緒にいたいとは思わない。

 きちんと考えてからお返事を。そう思っただけなのに、秋人が口を挟んだ。


「穂波輝文様、そのようなお話ならアリシア様を通していただけますか。失礼ですが、あなた方が愛良に何をしたのかお忘れで?」


 そうか、これは助言された事態だ。だから、言うべき正解の答えを教えてもらっている。


「この首飾りは秋人からもらった物なのです。」

「君は、それをいつ受け取ったんだ。」


 輝文は秋人に答えず、私に問う。半年前にもらったばかりだから、はっきり覚えている。


「半年前に、学園の卒業祝いとして贈ってくれました。」


 みんながお祝いしてくれて、とても嬉しかった。お兄ちゃんがくれたぬいぐるみは枕元に置いているし、友兄がくれた髪飾りは使っている。マリアとラウラがくれた本もしっかり読んだ。体幹を鍛えてはいないけど。

 思い出してまた嬉しくなっていると、輝文は見るからに気落ちしていた。


「そう、か。残念だ。だが、気が変わったら言ってくれ。」

「何の気でしょう。」


 答えてはくれない。振り返るけど、秋人も教えてはくれなかった。気を取り直した輝文は何事もなかったかのように話し始め、〔シキ〕の評判や一人一人に対する評価なども教えてくれる。特にアリシアは事業のほうに直接関わっているため、注目されているみたい。話題が一段落すれば、輝文は会話を切り上げた。


「では、そろそろお暇するよ。愛良、私を伴侶とする件、ぜひ考え直してくれ。」


 帰って行く輝文の背中が少し、寂しそうに見えた。


「愛良、今後こういったことがあっても、気にしなくて良い。だいたい利用したい奴だから。」

「そうなんだ。」


 貴族同士だと色々あるみたい。私には分からない世界だ。来客の予定は片付いたから、次の予定まで休憩を兼ねて、アリシアに元気な様子を見せてあげよう。



 一人でアリシアの部屋に向かう。今日は執務室ではなくて、私室のほうだ。


「お疲れ様、愛良。」

「うん、ちょっとびっくりしちゃうことがあったの。伴侶にして、って。」

「それは大変ね。すぐに着替えて出られるかしら。」


 あまり休憩はできなさそう。今度はアリシアと一緒に別の貴族のお家に呼ばれている。


「うん。」



 ドレスに着替えたら、二人で馬車に乗って、少しだけお話の時間だ。


「ごめんね、愛良。助けに行けなくて。秋人とラウラが離れてしまったら、私がマリアと友幸を守らないといけないから。愛良を攫うような人がいないか、会場で探してはいたのだけど。」

「ううん。その時は怖かったけど、もう大丈夫。秋人がずっとついててくれたから。アリシア、いっぱい心配かけてごめんね。」


 ぎゅっと強く抱きしめてくれる。近くで見てもアリシアは綺麗だ。今日は特に格好いいと言うよりも綺麗と言ったほうが似合う雰囲気になっている。

 今向かっているのは川崎侯爵家の屋敷。第三子の真希という人が招待してくれた。私と話してみたいと言ってくれたそうで、一人で行かせるのは心配だと言ったアリシアが付き添ってくれている。


「愛良のことは私が守るわ。大丈夫、今日は真希のお兄さんにも連絡を入れているの。」


 何があるのか分からないけど、アリシアから離れなければ大丈夫。



「御機嫌よう、アリシア様、愛良さん。ええ、さぞご機嫌よろしいことでしょう。」


 二階まで案内されると、本人は機嫌が悪そうに挨拶してくれる。素早く侍従がお茶を淹れてくれて、その人は部屋の隅で待機した。部屋の中は少し怖い雰囲気に包まれているけど、アリシアは怯まずに挨拶をする。


「招待いただき感謝するわ、真希さん。今日はどうされたのかしら。お兄様と口論でも?」

「いいえ、違いますわ、アリシア様。お優しいアリシア様はご存じないかもしれない、とても大切なお話をさせていただきたいのです。」


 真剣な様子だ。アリシアに話したいのに、どうして私を呼んだのだろう。


「愛良さんが先日の夜会で、何人もの男性と、何度も踊っていらしたのです。礼儀作法に疎いのかもしれないけれど、それならそうと伝えるべきだと思いまして。お手紙で伝えて、うっかり外に漏れてしまっては事でしょう?」

「ええ、事情は聞いているわ。まだ表に出せない情報もあるのだけれど、何度も踊ったのは特段の事由がある相手のみであることをこちらでも確認済みなの。心配していただいたことには感謝するわ。」


 他にも長々と説明するけど、輝文たちとは極秘任務関係で踊っただけだ、ということだ。秋人はアリシアの専属騎士だからたぶん数えない。


「その後、何度も見舞われていたようですけれど。」

「自分のせいで怪我をした、と責任を感じられたようね。」

「そのわりには、熱心に通われていたようですこと。何をお話しされていたのでしょう。」


 会っていないから話していない。綺麗な笑みを浮かべるアリシアが、私に頷いて発言を促してくれる。


「なかなか一人で歩ける状態になりませんでしたので、実は夜会以降では今日やっとお会いできたのです。」。


 本当は歩けたけど、秋人が歩かせてくれなかった。やっと、というほど待ち望んでいたわけでもない。来ていたことも今日初めて聞かされたくらいだ。


「惚け方は教えていただいたの?これだから平民の女は怖いわ。こんなに小さいのに、輝文様を落とす技を手に入れているのだもの。」

「真希、私の愛良を愚弄するのはやめなさい。」


 怖い、は悪口なのか。それに、私はそんなに幼くない。既に成人している。嫌な雰囲気の会話をしばらく聞いていると、真希は自分の腰に手を伸ばし、銃を構えた。


「惚けるのも大概になさい!」


 アリシアがその手を押さえる。だけど、侍従が私を掴んで、窓の傍に連れて行く。


「秋人!受け止めろ!」


 私の体は宙を舞った。手を伸ばしても、どこにも届かない。私は衝撃を覚悟した。

 しかし、随分軽い衝撃しか訪れなかった。見上げると、秋人が一緒に来ていなかったはずなのに私を受け止めていた。


「どんだけ危険なことさせんだよ。」

「え、来てたの?」

「怪我ないか?」

「うん、ないよ。」


 ドレスなのに窓からひらりと飛び降りて来るアリシア。その手には銃が握られている。


「愛良、無事かしら。」

「俺が怪我させるわけがないでしょう。」

「先日の夜会を忘れたかしら。」


 あれは私が言いつけを守らずに動いてしまったからだ。だけど、秋人はアリシアの叱責も気にせず、私たちを囲む武装した人たちに銃を向け、剣も構えた。


「今、拓真様が皇国騎士を呼んでくれています。」

「数分の辛抱ね。愛良、決してそこを動かないで頂戴。」


 今度はきちんとじっとしていよう。怖い目に遭わないために。

 アリシアの発砲を合図に、戦いが始まった。相手は銃ではなく剣を構えている。そのため、二人は簡単に二発三発と当てていき、立ち上がれなくしている。近い敵を撃てば、秋人は剣を倒れた敵に突き立て、腹ばいでの移動も封じている。

 比較的近い場所に倒れている人が、懐から銃を取り出し、私に向けて構えた。しかし、発砲する前にアリシアが銃を蹴飛ばし、持っていた手を撃ち抜いた。銃は壁で跳ね返り、私のすぐ傍に落ちて来る。

 これを取ってはいけない。そうして動いたせいで、怖い目に遭ったのだから。だけど、よく見ると倒れた人たちが何人も、懐に手を入れている。数は、五人だ。もう元気に立っている人は一人しかいないけど、同時に撃たれても、二人に止められるのだろうか。

 私は銃を手に取った。場所は変わっていないから大丈夫。銃を持っている人のうち一番近い人を狙う。引き金に、指をかけた。


「川崎真希。サントス王女アリシア様、並びにその抱える愛良の殺害を企てたとして逮捕する。」


 お仕事をしている時のお兄ちゃんと同じ服装の人たちが、倒れた人たちを拘束する。一部は屋敷の中に侵入していった。アリシアが私の手から銃を離させる。


「君はそんなことをしなくて良い。君の手は、銃声ではなく美しい音色を響かせるためのものなのだから。」

「アリシアぁ……」


 抱き着こうとしたのに、アリシアは離れて行ってしまう。代わりに秋人が抱き締めてくれた。


「怖かったな。もう大丈夫だ。後はアリシア様に任せておけば良い。」


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