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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
123/192

責任の取り方

 終わらない階段から、ふっと意識が浮上する。もう見慣れた私の部屋で、変わらず秋人が私を支えてくれていた。


「おはよう。もう休んでれば問題ないってさ。」

「うん。なんで、頬っぺたまで腫れてるの?」


 秋人の服装も変わっていて、手当てをした様子はある。だけど、他の斬り傷とは違う、殴られたような痕が頬に残っていた。


「ああ、うん。これは、まあ、気にしなくて良い。とりあえず、離してもらっても良いか?」

「あ、ごめん。」


 ずっとしがみ付いたままだったから、一緒にいてくれてみたい。寝かしてもらってようやく、私の服もドレスから体を締め付けない楽な物に変わっていると気付いた。

 部屋の外から恵奈の声が届けられる。


「穂波輝文様がお越しです。」


 私のほうをちらりと確認したから頷いて、寝台から降りようとしたのに止められる。


「愛良は今休んでるから、また後日にしてもらってくれ。」

「え?なんで、起きれるよ。」


 不思議な沈黙が流れ、輝文自身の声で私に語り掛けられる。


「無理をさせるつもりはない。だが、待たせてもらっても構わないだろうか。」

「はい、すぐに準備します。」


 足音が遠ざかっていく。秋人が大きく溜め息を吐いた。


「何のために俺が返事したと思ってんだよ。」

「嘘吐くのはダメだからね。」


 私の衣装箪笥を開けて、適当な一着を手に取った。


「さっきまで休んでたってことで、簡易な服装で許してもらおう。一人で着替えれるな?」


 ゆっくり立ち上がってみるけど、まだ少しふらついてしまう。ボタンも上手く外せない。


「難しそう。」

「侍女呼ぶか。」


 出て行こうとする秋人の手を握って引き留めてしまう。さっきまで危ない場所にいたのだから、近くで守ってくれないと困る。


「お前は、今から、着替えて、髪も梳くんだよ。俺がいたらまずいだろ。」


 捕まったのは秋人から離れてすぐだった。離れてすぐ、銃を突き付けられた。それが撃たれることはなかったけど、相手にその気があればできた。私では、逃げられなかった。

 見つめ続ければ、次第に視界も歪んでくる。すると秋人は困ったように眉をひそめて、頭を撫でてくれた。


「で、俺にどうしろって?」


 渡された服を反対の手で持って見上げれば、目を逸らされる。侍女ではないから手伝ってはもらえない、かな。挑戦する気持ちで、元に戻った視界で根気強く見つめ続ければ、私の勝ちだ。


「お前、本気かよ。これ、恵奈とか友幸さんに聞かれても、絶対自分一人で着替えたって答えろよ。」

「分かった。」


 どうしてか分からないけど、まだ頭も少しくらくらするから手伝ってもらうために、約束しておく。


「女物の服の構造なんか分からねえっての。」

「普通のワンピースなら複雑な構造なんてしてないでしょ。」


 前のボタンが今は自分で外せないだけ。だからお願い、と秋人を見つめればボタンだけ外してくれて、後ろを向いた。


「脱いで、上から被るくらいはできるだろ。」


 侍女のようには手伝ってくれないらしい。倒れてしまわないように気を付けつつ被る。後ろにボタンが付いているから、自分では留められない。


「秋人、ボタンして。」


 黙々と留めたら、靴下は履かせてくれるけど靴は履かせずに、お姫様抱っこで化粧台まで連れて行かれる。座って待っていると濡れた布も用意してくれて、それで顔を拭こうとしたのだけど。


「痛っ。」

「怪我してんだから、そっとしないと駄目だろ。」


 小さな布が当てられていた。頭のほうにばかり意識がいっていて、顔の怪我には気付かなかったみたい。

 今度こそそっと顔を拭いている間に、髪を梳かし始めてくれる。だけど引っ張れてしまっている。


「ちょっと、優しくして。」

「こういうのは侍女の仕事だろ。」


 髪の根元から一気に梳かそうとしている。長い髪を梳かしたことがないから分からないのかな。


「毛先からちょっとずつ解してくの。無理やり引っ張らないで。髪も千切れちゃうし、櫛も折れちゃうでしょ。」

「こうか?」

「そうそう。」


 今度は痛くない。綺麗に梳かしてもらったら、次は装飾品だ。


「よし、行くぞ。」

「え、何も着けないの?」

「怪我して休んでたんだ。しっかり着飾ってないほうが早く帰ってもらえるだろ。」


 またお姫様抱っこで部屋を出ようとするけど、これはいけないと私でも分かる。輝文に失礼になってしまう。


「私、ちゃんと靴履いて自分で歩くよ。」

「今はまだ絶対安静なんだよ。意識ない間に頭殴られてんだから。」


 痛い部分を触ってみると、瘤ができている。だからずっとくらくらしているのかも。ゆっくり動かすくらいはできるし、支えてもらえば自分で歩けそうではあるけど、許してもらえそうにはない。

 そのまま応接間に連れて行かれる。輝文がソファに座って待っているけど、先にこんな体勢であること謝罪しないと。私に会いに来たから、私が言うべきだ。


「このような格好で失礼いたします。まだ具合が優れませんので、ご了承願います。」

「ああ、こちらこそ、無理をさせてすまない。」


 秋人はソファに座って、床に足がつかないよう、私を自分の膝の上に座らせた。支えてもらったほうが安心するのは確かだけど、これも失礼にならないかな。

 心配になりつつ輝文を伺うと、真剣な顔で、別のことを話し始めた。


「本当にすまない。私たちの読みが甘かった。貴女からの罵倒ならいくらでも受けよう。それだけのことを、私はしてしまった。」


 直接は何もされていない。殴った人が輝文なら秋人はそう教えてくれるはずだから、輝文から謝られるようなことは何もないはずだ。だからなんて答えるべきか分からなくて迷っていると、また恵奈の声が届けられる。


「ラウラ様が到着されました。」


 今この場では、輝文の身分が一番高い。だけど、ここはサントス邸だから、その家の人が許可を出すべき。私に会いに来ているから秋人はおまけのようなもの。私が輝文に確認して、恵奈に頼まないと。


「愛良殿、入れてもらっても構わないか。」

「ええ、分かりました。」


 入って来たラウラは軽く駆け寄って来る。とても心配そうな表情だ。大丈夫だよ、と微笑んであげる。


「良かった、意識が戻って。」


 輝文を無視して、優しく頬を撫でてくれる。挨拶もせずに、とても失礼な行為だけど、輝文は咎めない。私が注意すべきなのかもしれないけど、私のことを心配してくれているから、輝文がそのことに関して何も言わないことを免罪符に、私もそれには触れない。


「安静にしてればいいんだって。」


 だから大丈夫だよ、ともう一度微笑む。だけどラウラは優しく私に触れたまま、怖い顔を輝文に向けた。


「貴方が穂波輝文様ですね。」


 踊っていれば知っているはずだから、ラウラは踊っていないと分かる。誰かから聞いたのかな。


「ああ、そうだ。巻き込んでしまい、申し訳ない。」

「貴方が余計なことを吹き込むから!」


 輝文が何かを知っていたとして、先にラウラを危ない休憩室に連れて行ったのは皇太子。輝文が伝えたから皇太子がラウラを連れて行った、とは考えられるけど実際のところは分からない。

 ラウラはいつの間にか私から手を離し、怒りの滲む拳を震わせている。私が眠っている間に何か聞いているのかもしれない。


「責任は取ろう。」


 真剣な表情のまま、輝文は私に向けて言った。何の責任があるのか分からないし、どう取るのかも分からない。その上、私が言われているのに、ラウラが勝手に答えてしまう。


「愛良ちゃんはそんな子じゃありません。そんなことを言うほど大人でもなければ、今の状態を見てそれを望むとも思えるのですか。」


 結局この日は何の説明もされないまま謝罪をされただけ。見舞いと言って差し出された花束も、秋人が小声で助言をくれたため、受け取ることにはならなかった。




 床にほとんど足を付けることなく数日を過ごし、ようやく説明をしてくれる人が見舞いに来てくれた。雨宮風だ。その説明は、若い貴族の間の恋愛感情などについての話から始まった。


「僕たちの親世代は政略結婚が大半だ。爵位を継ぐ人に限ってだけどね。だけど、僕たちの世代になると第一子でも婚約者を持っていない人も増えているんだ。そして、皇太子殿下も結婚されておらず、婚約者もおられない。」


 自分が一緒にいたい人と結婚できる。今まではできなかったのかな。


「そのせいで、皇太子殿下の妻となりたい令嬢が、皇太子殿下の関心を引いた女性に嫌がらせをする、といったことが発生していたんだ。」


 そんなことをしても、自分のことを好きになってもらえるわけがないのに、してしまう。乙女心は複雑なの、と誰かが言っていた。


「本当に王妃となってもらいたい人が殺される事態になっては困る。もちろん、それを自力で躱せるだけの技量を持っている人が好ましいけど、未然に防げるならそれに越したことはない。そこで、騎士として不測の事態にも対処できるラウラさんに、目を付けられた。」


 ラウラは強い。秋人もラウラならと言うくらいだ。いつもマリアを守っているなら、自分一人守るくらい、なんてことないのかもしれない。


「皇太子殿下がラウラさんに特別の関心を示せば、奴らは動く。ラウラさんにはしばらく耐えてもらって、救出に向かう予定だったんだ。」


 同じ人と二回以上踊らない皇太子が、ラウラや私とは二回も踊った。それが特別な関心に、他の人からは見えた。ラウラには求婚もしているけど、それも特別な関心の一環かな。


「だけど、僕たちは少し欲張ってしまった。人から聞いていた評価以上に、愛良さん、君が優秀だったんだ。」


 皇太子の妻になりたい人をおびき出すためかもしれない求婚だと思わないで、ラウラは慌て、私もラウラのために話をしていった。


「君は皇太子殿下に近づくため、的確に親しい人を見抜き、ダンスに誘えた。記憶力に優れているという話は僕も妹から聞いたことがあってね。それは輝文様も夜会での会話の際に確認されている。」


 領地のことを聞く時に、本の知識と実際が同じかどうかという質問もした覚えがある。そのことかな。


「そして、情報を少しずつ与え、君も巻き込まれるように仕組んだ。僕たちは君がどこまでできるのか試したくなってしまったんだ。」


 今日はラウラがいなくて良かった。いたら殴り掛かってしまったかもしれない。秋人は睨んでいるけど、今も私を膝の上に乗せているから、揺らさないようにしてくれるはずだ。


「結果として、君は期待以上だった。何気ない挨拶や会話の中から必要な情報を取り出し、見事逃げ出すことができたのだから。」


 これは褒められているのかな。お礼を言うようなことなのか判断がつかない。


「だけど、巻き込んで、怪我をさせた責任はある。そのため、皇太子殿下はあなた方に褒賞を用意した。そして、愛良さんには女爵位を授けることが検討されているんだ。」


 輝文から与えられた極秘任務を、少ない情報から少ない犠牲で成し遂げた。それを称えて爵位を授ける、という形らしい。本当は勝手に巻き込んだけど、極秘任務という扱いにした、と。


「そうなのですか。」


 どう言うべきか分からないけど、とりあえず返事はしておこう。すると、秋人が小声で教えてくれる。


「爵位のほうは受け取るなよ。碌なことにならない。」


 貴族になれば国のために頑張ることになる。バルデスでは大変だった。アリシアは今も大変そうだ。元貴族の秋人がお勧めしないなら、きっと私にとって嬉しいものではない。


「え、と。爵位のほうは辞退させていただけますか。」

「そう気張らなくて良いよ。名誉貴族みたいなものだ。一代限りで、大した力もない。何か話を聞いた時に、自分で協力するかどうかを決めてくれたらよい。輝文様たちが気軽に君と話せるように与えるようなものだから。」


 身分がないと友達にもなりにくいなんて大変そう。でも、助けてと言われて、嫌ですと答えられるのかな。

 風たちは私に女爵になってほしい。秋人はなってほしくない。私はどっちだろう。


「今決めなくても構わない。また連絡するよ。爵位だってそんなにすぐあげられるものではないんだ。ゆっくり考えてくれれば良い。」


 そう言って風は帰って行った。


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