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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
122/192

不審な場所

 案内されたのは休憩室の一つだ。会場からは真っ直ぐ行って、何番目かの扉を開いただけだから、私でもきっと戻れる。


「後ほど迎えに来る。期待しているよ。」


 言い置いて輝文は会場に戻って行った。何を期待しているかは分からないけど、ひとまずラウラと一緒にお茶をする。もうどちらに行ったら戻れるかなんて覚えている必要はない。ラウラもいてくれるのだから。


「愛良ちゃん、ごめんね。ここでお茶したら良いって殿下が。」

「ううん、少し休憩したいって思ってたところだから。」


 ソファに腰かけ、ラウラに入れてもらったお茶を飲みながら、お菓子を食べる。甘くてサクサクしている。


「休憩室がこんなに遠いのはおかしい。」

「そうなの?確かに一人では戻れないけど。」


 ラウラがいるから不安がない。だから気を抜いて、踊って疲れた体を労われる。そうしていると一人分の早い足音が近づいて、扉が開かれた。


「愛良、何か変なことされなかったか?」

「秋人も心配性だね。踊ってここまで案内してくれただけだよ。」


 ねえ、とラウラにも同意を求める。だけどラウラは窓の外を見て、警戒したように立ち上がった。


「やっぱりおかしい。静かすぎる。いくら休憩室で離れてるって言っても、他に休憩する人も外を歩く人もいるはずなのに。この一角が休憩区画なら周辺の部屋にも人はいるはずだよ。」


 疲れて休んでいるなら、そんなに大きな声では話さない。一人で休憩中ならそもそも声を出さない。何がおかしいのか、私には分からなかった。

 だけど、秋人は私の手を引いて部屋を出た。ラウラもそれに異論を唱えることなく、窓を警戒している。


「ねえ、何?」

「遅かったか。」


 廊下を塞ぐように、剣や銃を構えた人たちが立っていた。


「窓の側にも来てる。」


 二人も銃を構えた。だけど今日は踊れるように剣を持っていない。銃は隠していたのかな。


「愛良、俺の傍から絶対に離れるなよ。」

「う、うん。」


 戦いになれば私にできることはない。

 互いに銃を向け合う膠着状態。最初に動いたのは秋人だ。私を片手で抱き寄せ、銃を持った不審者を撃った。その銃声を聞いて、ラウラも窓から入ってくる人たちを撃っている。当然、不審者たちも剣や銃で反撃してくる。

 どうやったか分からないけど、私には一発も銃弾が当たらない。振り回されるように動かされるけど、半分浮いているような状態だから、私が何かをすることはない。剣を持った人が近づけば、銃を向けて蹴り飛ばしている。

 だけど、同時に数人くれば対応しきれない。私に向けて突き出される剣が見えれば、急に見える風景が変わり、蹴飛ばされた別の人が視界に入る。


「あ、秋人、血、」

「黙ってろ。」


 肩に血が滲んでいる。服も斬れているから、おそらく返り血ではなく秋人自身の血だ。周りを見るのも怖いからそれを気にしていると、軽く突き飛ばされた。


「じっとしてろよ!」


 開いたままの扉の、部屋と廊下の境界上に座り込む。ラウラは窓から侵入する武装した人たちと、剣を片手にやり合っている。秋人も廊下側で剣を奪って戦っている。ラウラの一撃で、私の足元に銃が転がって来た。

 窓からの侵入者。その奥から、部屋には入ることなくラウラを狙う人がいた。

 銃の使い方は知っている。触るのは初めてだけど、先ほどまで使っていた物なら、引き金を引くだけだ。でも、この位置から撃てば、ラウラに当たってしまう。少し移動して、うっかりラウラに当てることのないよう、引き金を引いた。それと同時に、見知らぬ人間の声がした。


「動くな!」


 狙った相手には何も変化がない。外したのだろう。周囲が静かになった。頭には金属の感触がする。


「武器を捨てろ。」


 秋人とラウラがそれに従った。それなのに、二人にも銃が突き付けられる。


「両手を後ろに回せ。」


 その手首が紐で縛られる。私が、勝手に動いたからかな。その私の口は布で覆われ、二人が私の名を呼ぶ声を最後に、私の意識は途絶えた。




 簡素な部屋で目覚める。


「動くなよ。」


 すぐ傍から秋人の声がして、起き上がろうとする体を額に当てられた手で止められる。ラウラも隣で私を心配そうに見ている。


「どこかのお屋敷だね。ひとまずこれ以上は危害を加える気がないみたいだけど、早々に立ち去りたいね。」

「手掛かりが何もないことにはただの無謀だろ。」

「皇太子殿下が穂波輝文にも気を付けろ、って言ってたことくらいだけど。」


 にも、ということは他の人にも、なのかな。でも、輝文が何か知っていることは確定だ。何を話しただろう。穂波公爵家領の話はたぶん違う。互いの思い出話も置いておいて、何か言っていたかな。


「不自然な会話や交流。何かの合図を共有しているような人。駄目だ。思い当たる節がない。」


 ラウラも同じように思い出しているけど、首を横に振った。私は何か聞いたかな。

 四回目の名誉。あれはダンスの話かな。その時はまだ二回しか踊っていなかった。もっと踊りたいという意味なら三回目のほうが納得できる。

 囚われの姫様と、颯爽と助ける皇子様に騎士様。でも、今囚われているのは姫でもなければ、一人でもない上に、秋人も一緒だ。これは関係のない話かも。


「愛良、穂波輝文から何か聞いてるか?攫おうとしてる奴がいるとか、隠し通路の場所とか。」

「はっきりとは言ってなかったけど。」


 場所に関する話はそう多くなかった。だけど、隠し通路の話かは分からない。


「駄目元で良い。何かあるか?」

「階段下、とか?」

「行ってみよう。」


 秋人に抱えられて、既に破壊されている扉から部屋を出る。ラウラが一応警戒しているけど、戦っていた時ほどの緊迫感はない。


「ね、ここは平気なの?」

「少なくともこの部屋の近くは大丈夫だ。」


 よく見ると秋人もラウラも布で肩や腕を縛っている。怪我をしているはずだ。私が一番、元気なはずなのに。


「私、自分で歩けるよ。」

「今は異常がなくても、後から出るかもしれない。無駄に動こうとすんなよ。」

「愛良ちゃんが意識を失った原因が分からないから、念のため、ね。」


 二人のどちらも説得できないまま、一階の階段下の探索が始まった。ラウラが荷物を避けて、染み一つ見逃さないくらいの丁寧さで調べている。


「あった。床が外れるようになってるね。」


 床の一部が蓋のようになっていて、開けると階段が出てくる。ラウラがそれを押さえている間に、秋人がそっと降りてくれる。

 馬車が通れそうなくらい広い地下通路が続いている。高さも十分にある。続いて降りて来たラウラも、この広さに驚いている。


「何のためにこんなの作ったんだろうね。」

「さあな。出られりゃ何でも良い。愛良は寝てて良いからな。」


 二人は帰り道が分かっているのかな。疑問に感じたのに、何もしていないはずの私は眠くなってきてしまって、また瞼を閉じた。




 どのくらい経ったかな。一定の間隔で続いていた揺れが止まり、二人が何やら話している。


「厄介だな。」

「こんな所にこんな鍵があるのも不思議だけど。」


 カチャカチャという音もする。


「全部試す気か?」

「四桁しかないんだから、そのうち当たるでしょ。」

「お前、何通りあると思ってんだよ。一万通りだぞ?」

「ない情報を求めてるより有意義だと思うけど。」


 視界がはっきりしてくると、重そうな扉の前で、ラウラが何かを触っている。音もそこから出ているみたい。


「何、してるの?」

「おはよう。鍵を開けようとしてるの。四桁の数字で掛かってるんだけど、何か思い当たることはある?穂波輝文が何か言ってたとか。」


 このことを輝文が何か知っていたなら、手掛かりを話してくれていたはずだ。だけど、輝文が言っていた言葉の中に含まれていた数字は、四回目の名誉、の四だけ。

 手掛かりという意味なら、輝文や皇太子と親しい人が教えてくれた可能性もある。親しいと思って私が話しかけたのは、岩城桃丸、雨宮風、風見京平の三人。そのうち、数字が会話に出てきたのは、桃丸の一番星、京平の二つの煌めき、だけ。

 数字の数も足りない。これでは三桁だ。風は何を言っていたかな。二回目誘った時に言ったと考えると、末の姫君。これは〔シキ〕の中の四番目と考えることもできるから、一度、四としてみよう。

 これが使う数字は、四、一、二、四。次は順番だけど、輝文の言葉から情報を引き出すなら、言葉でも順番は大切、というもの。数字ではなくて言葉の順だ。その後すぐ、相手を見ることも大切、と言っていた。言っていた人と言葉の組み合わせ。家格の順番ということかな。

 そうすると、公爵家の輝文、侯爵家の京平、伯爵家の桃丸、子爵家の風という順番だ。


「四、二、一、四、かな。」


 カチャリ、と先ほどまでとは違う音がした。


「開いた。」

「よく分かったな。」


 感心する二人の声で、少し気分が上がる。私が余計なことをしなければ危ないこともないから、二人といるなら不安に思う必要はない。さっきも危なかったのは秋人と離れてからだった。くっついていれば、何も怖いことは起きないはずだ。

 ラウラは扉を開くと、素早く両手を上げた。


「怪しい者ではありません!」


 首を伸ばして扉の向こうを伺うと、銃口がこちらを覗いていた。


「馬鹿、覗くな。」


 小声で注意した秋人が扉から離れて、向こうを見えなくする。


「ねえ、スターチスを届けるって言われたんだけど、それは何か分かる?」

「静かにしてろ。」


 怒られた。きちんと小声で聞いたのに、思ったより近くにいた兵士に会話を聞かれていた。


「その伝言はどちらの方からでしょうか。」

「は、え、えと。穂波輝文様からです。」

「失礼しました。伝言、確かに受け取りました。後は我らにお任せください。」


 兵士に案内されて地上へと上がっていく。長い階段がずっと続いている。どれだけ深い場所を歩いていたのかな。なんだか頭が痛くなってきて、ふわふわする。たくさん頭を使ったからかな。お勉強や曲作りの時はもっと頑張れた気がするのに。


「帰ったらちゃんと医師に診てもらおうな。」

「うん。」


 階段がいつまで経っても終わらない。私が感じるのは揺れだけ。上っているのか下っているのかさえ、次第に分からなくなってくる。きちんと連れて行ってもらわないと困ってしまうから、ずっと必死にしがみ付いていた。


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