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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
121/192

夜会の事件

 秋人と何回も踊った後は、何人もから誘われた。危ない相手というのもいるそうだから、気を付けつつ、見える範囲に秋人かアリシアがいる場所で踊っていく。

 少し疲れたと壁際で一人休憩していると、ラウラが慌てた様子で足早に駆け寄って来た。


「どうしよう、私、皇太子殿下に求婚されちゃった!」

「へえ。」


 ラウラは確かに素敵な人だ。私と友兄を秋人と一緒に助け出してくれて、マリアのことをいつも守っている。特に今日は見た目もいつも以上に逞しく美しい。

 皇太子はマリアと同じかもっと年上の人だった。素敵な人だと聞いたこともある。


「動揺しすぎて私、そんな急に言われても困ります、って返事を保留にしちゃったの!」

「そうなんだ。」


 後でお返事するつもりなのかな。だけどラウラはなぜか焦っている。


「そうなんだ、じゃなくて。ちゃんと断ったほうが良いよね。なるべく直接伝えたほうが良いと思うんだけど。」


 何か問題があるのかな。今度は自分から誘って、さっきのお返事です、と言うだけだ。それがラウラには難しいのかもしれない。同じ人と何回も踊ることは少ないという話もさっき秋人から聞いたから、誘いにくいこともあり得る。

 ラウラはまだ動揺が収まっていない。アリシアは友兄と楽しそうにまた踊っていて、マリアも他の人との会話を楽しんでいる。私が力になろう。


「ラウラ、私が皇太子殿下と話せるように頑張ってみるね。ラウラも、皇太子殿下を見つめるとか、話したいですアピールをしとこう。」

「わ、分かった。意外と頼りになるね。」


 貴族の男の人は、可愛い女の子とか綺麗な女の人から熱心に見つめられると、声をかけたくなるそうだ。そうではない場合もあるから、皇太子殿下がそれで話しかけてくれない場合にも対応できるように、私も動く。

 一番簡単なのは自分から皇太子を誘うこと。だけど、多くの令嬢が皇太子と踊りたいと思っているそうだから、平民の私たちが、いくら招待されたからと言っても自分から誘うのは危ないと聞かされている。

 そうなると、私にできるのは皇太子と親しい人とお話しして、皇太子に伝えてもらうこと。誰が皇太子と親しそうかな。踊りの合間に皇太子の傍に長くいたのは誰かな。その時の皇太子と相手の表情をどうだったかな。

 あまり注目していなかった人だから、私の頭に残っている情報は少ない。だけど、覚えている限りの情報で、親しそうな人に向かって話したいという気持ちを込めた視線を送る。


「初めまして、お嬢さん。穂波ほなみ輝文てるふみだ。」

「お誘いいただき光栄です、穂波輝文様。神野愛良と申します。」


 貴族名鑑はアリシアに見せてもらったことがある。そのうち役に立つだろうからと言っていたけど、こんな形で助けられるとは思わなかった。個人の名前までは覚えようとしなかったけど、家名からどんな領地かくらいは思い出せる。


「お相手願えるか。」

「喜んで。」


 ここまで何人にもしてきたように、足を踏まないように気を付けつつのダンスだ。ここでにこにこと笑いながらお話もすれば、好意的に思ってもらえて、皇太子に伝わるかもしれない。それだけではなくて、好きになってもらえるような話も自分から振ってみる。


「穂波公爵家領は、小さな島が多い虹彩皇国の中では、比較的陸地面積が広く、高い山も多い土地だとか。」


 天国のような、雲の上に花畑があるような、そんなことが書いてあった。


「よく覚えているね。各領地に関する知識なんて、貴族でも幼い頃から少しずつ覚えていくものだというのに。」


 自分のお家のことを知ってもらえていると嬉しいそうだ。だから私は穂波公爵家領に関する話を選んで、本には載っていないことを尋ねていった。美味しい食材の話とか、素敵な景色の見られる場所の話とか、色々と。



 輝文と踊り終わったら、次からは一度踊った人たちだ。今、空いている人は岩城桃丸ももまる。桃子のお兄さんらしい。


「二回目の機会をいただけますか。」

「喜んで。光栄だね、一番星にお誘いいただけるなんて。」


 桃丸と踊りつつ話しつつ、ある人に視線を送ることも忘れない。王太子に伝えたいことがあると言えておらず、一回目に踊る時からそんなことをお願いなんてできないから。


「学園にいた頃は、桃子様にもお世話になりました。」

「ああ、聞いたよ。とっても可愛い女の子が編入してきた、ってね。どれくらいなのかと思っていたけど、想像以上だった。あまりにも可愛いからさっきは碌に話せなかったよ。」


 本当はたくさん褒めてくれていた。歌ったり弾いたりしている時の様子も、今の格好も。曲についてもたくさん聞いてくれた。


「でも、しばらく会いに行けていないんです。」

「それは僕も同じだね。夫と上手くやれているようだから邪魔しないようにというのもあるけど。」


 今日は弘樹も桃子も来ていない。来ていたらお話しようと思ったのだけど。


「〔聖女〕様がいらっしゃるから。仕事上関わることが多いからと今日は控えられたそうだよ。」

「そうなのですか。」


 今日のマリアは〔聖女〕様ではないと言っていたから、気にしないで来てほしかった。


「まあ、それだけが理由ではないだろうけど。今日は普段の夜会には出て来ないような人もいるから。」

「いると問題があるのですか?」


 知り合う機会だ。夜会に出席する人数が増えることになるけど、何か関係はあるかな。


「素行の悪い人間は招待されていないはずだけど、人数が多いとそれだけ目は行き届きにくくなる。弘樹さんも〔聖女〕様関連で何かあれば呼び出されることになりかねない。自分が傍で守れない状態にしたくないから、最初から出席しないことにしたんだよ、きっと。」


 度々アリシアや秋人が私の様子を伺っていることと同じかな。夜会も危ない時があるから気を付けるように言われている。

 二回目のダンスは、学園の時の桃子の話が中心になっていった。



 次は雨宮あまみやふう。学園で一度だけ同じ組になったことのある女の子のお兄さんだ。


「もう一度、踊っていただけますか。」

「もちろんだよ、末の姫君。」


 末の姫君なんて初めて言われた。〔シキ〕の中で最年少だからかな。もう学園も卒業して、大人になっているのに。でもここで反論すると子どもっぽいから、何も反応せずに、好感を稼げると聞いたことのある言葉を並べつつ、目的の人と視線が交わる瞬間を狙うことも意識する。



 最後が風見かざみ京平きょうへい。さっき初めて踊った人だ。学園に通っていたそうで、話しやすい雰囲気の人だった。


「再びの夢を、見せていただけますか。」

「夢見心地はこちらのほうだ。貴女の二つの煌めきで、目を覚ましてくれないか。」


 見つめ合って踊るけど、こっそりとまた周囲も観察する。壁際では桃丸と輝文が楽しそうに言葉を交わしている。ふと輝文が私と目を合わせ、微笑みかけてくれた。この後、誘ってくれるかな。


「気になる人がいるのかな。それなら俺は邪魔かもしれないな。」

「そのようなことはありませんわ。知り合いを見つけただけですの。」


 踊っている時に他の人ばかり見るのは失礼になる。だから、気付かれないようにしないといけない。


「なら、そのネックレスは誰からの贈り物だろう。」

「これですか?」


 突然、何だろう。質問の意図は分からないけど、隠す必要もないから正直に答える。


「秋人ですわ。アリシア様の専属騎士の。」

「そうか、それは悪いことをした。」


 桃丸たちの近くでは秋人が知らない女性が踊っていた。だけど、秋人は女性のほうではなく、私を睨んでいるようにも見えた。私は悪いことしていないのに。


「これは卒業祝いに贈ってもらった物なのです。アリシア様がご馳走と場を用意してくださって。卒業するためにもたくさん力になってくださいました。」


 アリシアにはたくさん感謝することがある。



 風見京平とも踊り終われば、まず秋人に悪いことをしていないと弁明に向かおうとした。だけど、同じ方向にいた穂波輝文に先に声をかけられてしまう。このために頑張っていたのはあるけど、少し待っていてほしかった。


「愛良姫、少し話さないか。」

「はい、喜んで。」


 お話だけど踊りながらだ。ここからもっと頑張らないといけない。


「君はダンスがお好きなようだ。」

「くるくる回るのは楽しいです。」


 くるりと回してくれる。これが楽しいのも嘘ではない。踊りっぱなしになっているのはラウラの力になるためだけど。


「君ほど愛らしければ、困った人に会うことも多かっただろう。」

「貴方のほうこそ。そのようなことは多かったのではありませんか。」


 困った人、が悪口になる場合もあるから、返事は避ける。言い方で悪い子になりたくないからね。

 そうやって互いに褒めているのか何なのかよく分からない会話を続け、内容は少しずつ小さい頃の話へ移っていく。


「幼い頃もさぞ愛らしい子だったのだろう。」

「どうでしょうか。ですが、冒険に憧れていた記憶はありますわ。」


 絵本の中の動物たちのように、様々な所を駆け巡ることを夢見た記憶は残っている。


「階段下から繋がる秘密基地、とか?」

「お庭も好きでしたわ。」


 物語の中の王子様のような微笑みを浮かべる輝文も、秘密基地を作って遊んでいたようだ。見た目と中身は関係ないからね。そういう意味では私はどんな風に見えているのだろう。


「囚われの姫を助けるため、颯爽と現れる皇子や騎士に憧れたりしなかったのか。」

「囚われるのは好きではありませんの。」


 そうなってしまった場合に助けてくれるのはとても嬉しいけど、そんな状態にはなりたくない。怖くて不安なだけだ。それよりも、いつも一緒にいてくれて、たくさんお話ししてくれる人のほうがずっと素敵だ。


「まあ、そうだろな。好んで捕まる人はいない。これは俺が聞き方を間違えた。」

「貴方は囚われの姫に憧れましたの?」

「君のような少女が囚われていれば助けたくなるだろう。」


 そんな風に世間話を続けてると、別れ際に一つ気になることを言われた。


「貴女は、四回目の名誉も、与えてくださるだろうか。」


 まだ二回目なのに何回踊る気かな。それに、同じ相手と三回も四回も踊ってはいけないと秋人からも言われている。返答を誤魔化しつつ、ラウラの下へと戻った。



「ラウラ、皇太子殿下には誘われた?」

「ううん。別の人に誘われたけど。」


 まだお返事はできていない。少しお話ししながら待ってみようとしていると、秋人が様子見に来た。さっき聞けなかったことも聞きたい。


「ねえ、なんで私のこと睨んでたの?悪いことしてないのに。」

「愛良が悪い相手に騙されてんじゃねえかって心配で見てただけだ。」

「心配、ねえ。悪い相手は自分じゃないの。」


 ラウラはどうしてか分からないけど懐疑的。秋人がいつも心配してくれているのは本当だよ。

 親しい人と話していると、慣れない場所でも少し寛げる。そんな休憩時間を、待ち人が壊しに来た。


「踊っていただけるだろうか。」


 皇太子がラウラに手を差し伸べると同時に、秋人は私の腰を掴んで引き寄せ、ラウラは自分の身を引いた。今のために頑張ったのに、ラウラは答えてあげない。

 そんなラウラの姿を見て、皇太子は手を私の方向にずらした。


「愛良姫、相手をしてくれるか。」

「もちろんです。」


 秋人の手を解き、皇太子にダンスのため誘われる。


「このような機会を与えていただき、ありがとうございます。」

「何、聡明な女性だと聞いてな。秋人君には悪いが、少々君を借りてしまおう。」


 知り合いみたい。どうして秋人に悪いのかは分からないけど、それを聞くより先に言うことがある。


「先ほどはラウラが失礼しました。」

「恥じらう姿も愛らしいものだ。」

「そのことなのですが。」


 前向きに捉えてくれている皇太子に、ラウラに相談された件を伝えていく。ラウラが自分で言えないのは、本当に恥ずかしいからかもしれないけど。

 そんな一瞬のために私は、平民でありながら皇太子にダンスに二度も誘われるという危険を冒した。



 一仕事終えて、今度こそ休憩だ。だけど、ラウラに尋ねる前に、秋人から追及されてしまう。


「気を付けろって言っただろ。さっきの状態なら先約って言えば断れたはずだ。」

「することがあったの。ねえ、ラウラ、どうして踊らなかったの?」


 せっかく誘ってもらえたのに。もう一度誘ってくれることはないと思う。一度断られているのだから、ラウラのためにも誘わない可能性は十分にある。一度は私が踊って誤魔化せたけど、皇太子の誘いを断るのも危ないことがあるそうだから注意が必要だ。


「そんなに急に来ると思わなくて。心の準備ができてなかったの。」

「何でも思ったことを言うんだよ。一応、私から断りたがってたことを伝えたけど、やっぱり本人の口から聞きたいって。」

「そっか。良し、次は受けて立つ。」


 踊るだけとは思えないほどの気合を入れたラウラに、皇太子が再挑戦に来る。今度は素直に手を取り、踊りに行った。

 頑張れラウラ、と心の中でだけ応援していると、秋人からの追及が再開された。


「さて。じゃあ、俺に説明してくれるか、愛良。」


 ラウラが求婚されてからの話を全部伝えれば、呆れたような目を向けてくる。友達のために頑張ったのだから、褒めてほしいくらいなのに。


「愛良は余計なことしとしなくて良いんだよ。ラウラなら万が一のことがあっても自力で解決できるんだから。愛良は捕まったら一人で逃げられないだろ。」


 頑張ったのに。だいたい、きちんと見てくれているなら、捕まる時も分かるはずだから、一人で逃げられなくても問題ない。

 不満を伝えるために沈黙を守る。踊るラウラは緊張しているものの、途中で安堵の表情を浮かべたから返事は伝えられたのだろう。


「聞いてんのか、愛良。」


 腰を掴む手に力を込められるけど、秋人のほうは向いてあげない。そうしていると、踊り終えたラウラが駆け寄って来る。私も手を振りほどいて、それを迎え入れる。いつもは私から駆け寄って抱き着くけど、今日は逆だ。


「愛良ちゃ〜ん。」

「お疲れ、大変だったね。」

「いや、本当にごめんね。それとありがとう、助かった。」


 ラウラも心を落ち着けて一緒に休んでいると、今度は輝文に声をかけられた。


「貴女と何度も踊る名誉を、いただけるだろうか。」


 手を差し出して、三度目のダンスのお誘いだ。その手を取ろうとすれば、秋人に止められる。


「愛良はアリシア様の抱えられる音楽家です。不用意な行動は控えられたほうがよろしいかと。」

「君が言えた立場かな。」


 私の中途半端な位置で止まっている手を取って、輝文は私を連れて行く。今度は秋人も止めなかった。

 秋人とラウラの表情が分からないくらい離れてから、輝文は話を始める。


「貴女の目的は果たせたかな。」

「はい、ご協力ありがとうございます。」

「それが俺だと嬉しいのだが。」


 輝文と仲良くなることが目的だと嬉しい、ということかな。踊るくらい私は構わないけど、これが三回目だから、秋人には怒られそうだ。自分は何回か分からないくらい踊っているのだから、後で一緒にアリシアに怒られよう。


「ラウラが動揺してしまって。その手助けをしていたのです。」

「そうか。彼女の目的は別人だったか。」

「そうですね。」


 ラウラが仲良くしたい人というわけではないけど、踊ろうとはしていた。一度は断ったけど、きちんと踊って、断れている。

 輝文は何かがおかしかったようで、笑いを堪える振動が伝わってくる。


「物事には順番というものがある。」

「はい。」

「言葉でも順番は大切だ。相手を見ることもな。今回のことは、光輝殿下の責任だな。」

「ラウラの対応も不思議なものでしたから。」


 結婚とかよく分からないとか、よく知らないのに好きなんて思えないとか、何でも思ったことを言うだけだった。貴族は嫌でも何でも言うことはあった。


「君は意外と危険な遊びをしているのだな。では、他の遊びにも付き合っていただけるか。」

「どのようなことでしょうか。」

「ラウラも疲れているようだ。後ほど、スターチスでも届けよう。」


 先ほどの場所にはラウラも秋人もいなくて、代わりに皇太子が立っていた。


「どこに行ったのですか?」

「この曲が終わったら案内しよう。」


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